子どもが幼稚園年少で入園したその年、初めて役員を引き受けました。周りの役員さんは、上の子が同じ園に通うきょうだいがいるお母さんばかりでした。疎外感が…何か話し合いで発言しても「それは去年こうだったから」「きょうだいの学年ではこうだった」と、全て過去の例を出され否定されてしまいました。園に通うきょうだいもおらず、初めての役員で前例を知らないた私は、発言権が無いように感じてしまい1年で役員を辞めてしまいました。もう少し和気あいあいとみんなで意見を取り入れながらやりたかったなと思いました。 ◇ ◇ ◇ 小学校では役員を引き受けても、比較的和やかに楽しく仕事が出来ました。園や学校に関わらず、役員はメンバーによるところが大きいなぁと感じました。 作画/いずのすずみ著者:松本まい30代、4歳男の子、2歳女の子の母。パートタイムで医療職で勤務中。
2024年05月16日子どもたちが通った幼稚園での出来事です。当時息子が年長、娘が年少のクラスでした。私の年齢は30代後半だったのですが、子どもたちには年齢を教えていませんでした。そ…そんな…そんな中、私の誕生日がきて子どもたちに年齢を聞かれたので「たしか20歳は過ぎたかなぁ」と曖昧に答えていました。幼稚園にお迎えに行ったとき娘が「今日お母さんのお誕生日なんだよ。20歳なの」と先生に話していました。すると息子が「20歳じゃないよ、たぶん50歳くらいだよ!50歳だよね!?」と大喧嘩になりました。 そして先生に「先生どっちだと思う?」と質問をしましたが、先生は苦笑いで「20歳くらいに見えるけど、何歳なんだろうね?わかったら教えてね」と子どもたちに話してくれました。先生に気を使わせてしまい恥ずかしかったです。 ◇◇◇ 幼稚園からの帰宅後、旦那が帰宅し「パパ、ママ何歳?20歳?50歳?」と聞いていて、本当の年齢を教えてもらっていました。息子は年齢があがることはカッコいいことだと思っていたので、「ママはすごくいっぱいでかっこいいのかなと思ったの。」と教えてくれてほんわかしました。 作画/まげよ著者:北乃雪美40代、中3息子と中1娘の母。派遣社員として週3日勤務。反抗期が2人もいて大変です。
2024年05月16日私には2人の息子がいます。次男が幼稚園に入園し、私は自分ひとりだけの時間を持てるようになりました。ようやく得た自分だけの時間ですが、思っていたようには楽しめず、日を追うごとに気持ちが沈んでいくようになりました。そんなとき、私はあることをし、再び前向きに過ごせるようになったのです。今回はそのときの体験をお話しします。 専業主婦になった私私たち夫婦は共働きでしたが、次男の妊娠を機に私は退職し、専業主婦になりました。なぜなら夫は仕事柄帰宅が深夜で、ワンオペになる私はワーキングママとして息子2人を育てる自信がなかったからです。 「専業主婦になれば時間に余裕ができるだろう」そう思っていた私は、すぐにその考えは甘かったと思い知らされました。24時間365日、誰にも預けず家事と育児をおこなうのは想像以上に大変。「次男が幼稚園に入園したら自分の時間ができる」と、そのことを楽しみに過ごしていました。 自分の時間を楽しむことができない次男は3歳になった翌春、幼稚園に入園し、私は平日5時間ほどひとりの時間を過ごすようになりました。入園後、1~2カ月は開放感でいっぱいで、ゆっくり買い物をしたり、友人とランチをしたりと、今までできなかったことをして満喫していました。 しかし、しばらくすると目標を失ったかのような喪失感にとらわれるように……。元来、生真面目な性格の私は、時間に追われるくらいのほうが性に合っていたのでしょう。仕事もせずひとりで家にいると、なぜだか自分が無価値な人間に思えたのです。 死ぬまでにしたいことは何かひとりの時間は、自分と向き合う時間でもありました。「私は何がしたいのだろうか……」。ふとそう思い、1冊のノートに「死ぬまでにしたいこと」を思いつく限り、書き出してみました。そして、それを叶えるには、具体的にどうすればいいかも書きました。 例えば、「ホノルルマラソンに参加したい」という内容なら、費用はいくらか、何月に申し込みが始まるかなどを調べ、書き加えます。すると、やるべきことが見える化され、落ち込んでいる時間がもったいないと感じ、とても前向きに過ごせるようになりました。 育児をしていると、どうしても自分のことはおざなりになっていた私。しかしながら、自分と向き合い、どう生きていきたいかを明確にすることは大切なのだと、改めて思いました。私は今、稼業を手伝いつつ、フリーランスとして好きな仕事をしています。これからも、家族との時間を大切にしながら、自分の人生を充実させていきたいと思っています。 ベビーカレンダーでは、赤ちゃん時代を卒業して自己主張を始めた2~6歳までの子どもの力を伸ばし、親子の生活がもっと楽しくなる【キッズライフ記事】を強化配信中。今よりもっと笑顔が増えてハッピーな毎日になりますように! 著者:中田りこ8歳と4歳の兄弟の母。次男は自閉症スペクトラム障害。教育業界を退職後、現在は実家の家業を手伝っている。 監修者・著者:助産師 松田玲子医療短期大学専攻科(助産学専攻)卒業後、大学附属病院NICU・産婦人科病棟勤務。 大学附属病院で助産師をしながら、私立大学大学院医療看護学研究科修士課程修了。その後、私立大学看護学部母性看護学助教を経て、現在ベビーカレンダーで医療系の記事執筆・監修に携わる。
2024年05月16日年中からいよいよ幼稚園に入園。事前にASD(自閉スペクトラム症)の診断や娘の特性は伝えていたけれど……Upload By マミヤ事前に発達の相談の面談もしていただき、無事に年中から幼稚園に入園した娘。娘の発達のことも伝えているし、診断書も提出しました。そのかいあってか娘のクラスには加配の先生が入ることになりました。加配の先生は娘個人につくのではなく、クラス全体の補助ということでした。でも、いざ園生活が始まると、娘ではなく、別の園児1人に加配の先生はつきっきりになっていました(園長先生の話では1クラス中で3人が診断書を出してくれたら、加配の先生が1人つけられるとの説明でした)。娘に加配の先生の補助が入っていないと聞いて不安もありました。ですが娘の園生活での課題は給食が苦痛になりやすいとか、一斉指示が聞こえていないとか、何個かの指示のひとつを忘れてしまうというもので、ひっそりと困っているタイプでした。もっと小さい頃は癇癪が激しかったのですが、 その頃は泣いたり怒ったりなどの強い感情は、外ではあまり出さなくなっていたので、困りごとがあっても気づかれにくい子なんだなと思いました。遠足で運動場に行った時に、クラスの皆は水筒を1ヶ所に置いてグラウンドを走っていたのですが、娘1人だけ水筒を持って走っているのを見た時は「ああ……指示聞いてなかったんだ……そして気づいてもらえてないんだな……」と感じました。それでも、当時の担任の先生は、面談などで娘の特性や困りを伝えるとしっかり聞いてくれ、声がけなど工夫してくれていました。年長になり新しく担任になった先生。明るくていい人だけど、「娘さんは大丈夫」と繰り返すばかりUpload By マミヤ年長になり新しい担任の先生になりました。今度の担任の先生は明るくて大らかな方なのですが、娘の特性を伝えても「でもしぇーちゃんは大丈夫ですよ。できてますよ。問題ないですよ」と答える方でした。娘のことをほかの定型発達の子どもと同じように見ている……初めは「それって良いこと、うれしいことかも?」と思いました。でも娘は、次第に幼稚園へ行き渋りをするようになりました。なぜ幼稚園に行きたくないのか聞くと、給食の時間に約束した量を完食したのに、担任の先生に「あと一口頑張ろう」「もっと頑張って食べよう」と声がけをされるからだというのです。事前にあった先生との面談で、私は「給食がとても苦手なので、約束した分を食べたら無理させないでほしい」と配慮を求めていましたが、 娘は苦手な給食を毎日頑張らなくてはいけなくなっていました。 また娘がヘルプを出しても「あとでね」や「大したことないよ」と言う先生に、娘は不信感を持ってしまっていました。3学期には週に1回お休みしながら通いました。担任の先生に娘の困りは最後まで伝わらなかったのかなと思います。就学相談で、親子共に「特別支援学級」を希望。判定は?Upload By マミヤそして年長になったので、就学相談が始まる時期でもありました。小学校には親のみで1回、娘を連れて1回の計2回見学に行きました。特別支援学級ではクラスにあるオモチャに興味津々、通常学級では後ろで飼っている生き物ばかり気にしており「見学に意味はあるのか……」とも思いましたが、娘は迷いなく特別支援学級を希望しました。人数が少なく静かなところが気に入ったようでした。また小集団療育で通っていた病院で、夏頃にWISC−Ⅲの発達検査を受けた結果と、小集団療育での様子もふまえて「娘には情緒障害特別支援学級を希望しよう」と決めました。発達検査の結果を見てはじめは「通常学級でいいのでは?」と言っていた夫も、娘が笑顔で通えるならと納得してくれました。特別支援学級への就学希望を決断してすぐ行ったことは、療育の先生と娘の特性や困りごとについて話し合い、A4の紙にすべて書き出すことでした。その年はコロナ禍で、親子面談や教育委員会の方が園に娘の様子を見学に行くことなどが中止になっていたため、特別支援学級の判定は「医師の診断書」と「幼稚園の担任の先生が書いた園での娘の様子についての書類」で決まると言われました。申し訳ないのですが幼稚園の担任の先生は娘の困りを詳しく書いてくれるか不安があったので、療育の先生とまとめた娘の特性や困りごとに関する文書を幼稚園に提出し、「療育の先生に療育での娘の困りも書いてもらったので、一緒に書類へ記載してほしい」とお願いしました。幸い担任の先生は快く引き受けてくれ、結果として娘は無事に情緒障害特別支援学級への在籍が決まりました。これでめでたしめでたしとなればいいのですが、就学後は就学後でまた大変な生活が待っていました。また別の機会に就学後のことも書きたいと思います。執筆/マミヤ(監修:室伏先生より)マミヤさん、幼稚園生活から小学校への進学に至るまでの道のりを詳しく共有してくださり、ありがとうございました。しぇーちゃんの困りごとや課題を見極め、それを踏まえた就学先の検討、そして入念な情報収集、しぇーちゃんの小学校生活のため、丁寧にご準備されたことが伝わりました。就学にあたって、特別な配慮・教育を希望される場合(特別支援学校、特別支援学級、通級指導教室など)、もしくは発達に不安があり就学先について相談・検討をしたい場合には、各自治体で行われている就学相談を受ける必要があります。就学時健診とは異なり、就学相談には保護者からの申請が必要となります。マミヤさんは、しぇーちゃんの特性や園でのご様子から、特別支援学級への就学をご希望されたとのことですが、どのような進路がお子さんに合っているのか判断がつかず希望する進路が決まっていない方も多くいらっしゃいます(周りでそういった進路に進まれている方がいらっしゃらない場合にはイメージも湧きにくいと思います)ので、相談を申し込む時点ではご希望を決められる必要はありません。また、申し込みをすると必ず特別な支援を受けなくてはならないのかと不安に思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、就学相談は教育に関わるプロの方が、お子さんが小学校で楽しく充実した生活を送るためにはどのような環境や配慮が必要かを検討し、保護者に提案するものです。就学相談を受けても、検討の結果、現状では通常学級の進学のほうが望ましいとの判断になる場合もありますし、特別な支援を受けたほうがよいとの判断がおりてもご家庭での相談の結果、さまざまな事情で通常学級に通うことを希望され通常学級へ通われる場合もあります。特別支援学級でどのような授業が行われているのか、どのようなお子さんがいらっしゃるのか、学校によっても異なりますので、マミヤさんのように、実際に特別支援学級の見学をされるのもとても大事なことだと思います。また、特別支援学級は知的発達症(知的障害)のあるお子さんが通う場所と思われている方もいらっしゃるかと思いますが、知的発達症(知的障害)がなくてもコミュニケーション・対人関係の面や、感情や衝動性のコントロールの面、その他情緒面で援助が必要なお子さんが通われる場合も多く、自治体にもよりますが、知的発達症(知的障害)のあるお子さんのためのクラスと情緒面に困難さのあるお子さん(ASD/自閉スペクトラム症やADHD/注意欠如多動症など)のためのクラスに分かれている場合もあります。就学相談への申し込みに不安や葛藤のある保護者様もいらっしゃるかと思いますが、みんなでお子さんのこれからを考える場として、前向きに捉えていただけるといいなと思います。前の記事はこちら(コラム内の障害名表記について)コラム内では、現在一般的に使用される障害名・疾患名で表記をしていますが、2013年に公開された米国精神医学会が作成する、精神疾患・精神障害の分類マニュアルDSM-5などをもとに、日本小児神経学会などでは「障害」という表記ではなく、「~症」と表現されるようになりました。現在は下記の表現になっています。神経発達症発達障害の名称で呼ばれていましたが、現在は神経発達症と呼ばれるようになりました。知的障害(知的発達症)、ASD(自閉スペクトラム症)、ADHD(注意欠如多動症)、コミュニケーション症群、LD・SLD(限局性学習症)、チック症群、DCD(発達性協調運動症)、常同運動症が含まれます。※発達障害者支援法において、発達障害の定義の中に知的発達症(知的能力障害)は含まれないため、神経発達症のほうが発達障害よりも広い概念になります。知的発達症知的障害の名称で呼ばれていましたが、現在は知的発達症と呼ばれるようになりました。論理的思考、問題解決、計画、抽象的思考、判断、などの知的能力の困難性、そのことによる生活面の適応困難によって特徴づけられます。程度に応じて軽度、中等度、重度に分類されます。ASD(自閉スペクトラム症)自閉症、高機能自閉症、広汎性発達障害、アスペルガー(Asperger)症候群などのいろいろな名称で呼ばれていたものがまとめて表現されるようになりました。ASDはAutism Spectrum Disorderの略。ADHD(注意欠如多動症)注意欠陥・多動性障害の名称で呼ばれていましたが、現在はADHD、注意欠如多動症と呼ばれるようになりました。ADHDはAttention-Deficit Hyperactivity Disorderの略。ADHDはさらに、不注意優勢に存在するADHD、多動・衝動性優勢に存在するADHD、混合に存在するADHDと呼ばれるようになりました。今までの「ADHD~型」という表現はなくなりましたが、一部では現在も使われています。
2024年05月16日まるで王様!?"自ら"動くことがほぼなかった赤ちゃん時代何に対しても興味が薄かった赤ちゃん時代の息子は、運動発達もゆっくりでした。母子手帳のチェック項目などでは3~4ヶ月が目安とされる『首座り』をクリアした以降、徐々に運動発達の遅れが出始めます。同じく6~7ヶ月が発達目安とされている寝返りは、先に腰の座りを習得したことで毎回「座らせてくれー!」の泣きで私がホイホイ座らせてあげていたため、10ヶ月になるまで自ら寝返りをすることはありませんでした(……なぜホイホイ座らせてしまっていたかというと……当時家の建て替えのためにアパートに住んでいたので、泣き声や物音を極力立てないようにご近所にとても気を遣っていたのでした)。転ばないよう、怪我をしないよう、息子の周りをフカフカのクッションで囲み、転んでしまっても寝返りができないので私が座らせてあげていました。また、おもちゃへの興味の薄い息子はすぐに飽きてしまうので、色んなおもちゃ代わる代わる並べ……微動だにしない息子をまるで王様のように扱っていたのでした(振り返れば、なんて過保護な育児をしていたんだと遠い目になります……)。Upload By 海乃けだまその後もずり這いしたのが10ヶ月、ひとり歩きをしたのは1歳5ヶ月でした。2歳半〜5歳半、療育園での様子療育の親子通園クラスに通いはじめた頃には少しずつ好きなものが出てきた息子。電車のおもちゃを追いかけたり、地面からゼロ距離で眺めたり(笑)と、好きなおもちゃを通じて自ら動いて遊ぶようになっていました。3歳手前で2語文、3語文を話し始めると、電車ばかりだった遊びもおままごとややり取り遊びへと広がり、当時親子通園していた療育園でのリトミックも楽しんで参加するようになりました。とはいえ、運動発達が急激に進むということはなく……体幹の弱さや持ち前の怖がりな性格から、ジャンプができるようになったのも3歳目前、片足のケンケンは5歳手前でした。幼稚園に転園後、同級生の身体能力に驚愕‼︎……やはり少し落ち込んでしまった母息子が5歳半になり、年長クラスに上がるタイミングで、地域の幼稚園に転園しました。転園後すぐに春の遠足が予定されていたので、付き添いすることになりました。行き先はなんと登山!!園児でも登れるくらいの標高とはいえ、「息子以前に産後運動を怠っていた私に登れるのか!?(笑)」という不安を抱えながら出発しました。出発するやいなや、同級生のお友達の早いこと!!!!息子の歩幅に合わせていたら、列からどんどん置いていかれそうになるので、5分に一回「疲れたぁ~」と言う息子を励ましながらほぼ私が手を引っ張り登ることになりました(運動発達がゆっくりであることに加え、体力も少なく、疲れやすい息子でした)。Upload By 海乃けだま遠足で同級生の子たちとの体力の差に圧倒されたのも束の間、同じ幼稚園に通う娘の登園時(当時娘は年少で、登園時間が年長より30分ほど後でした)、ふと園庭をみると、縄跳びをいとも簡単にヒュンヒュン跳ぶ年長のお友達、鉄棒を回っているお友達、そして鬼ごっこをしているお友達の足の速いこと……!!片足ケンケンがやっと様になってきた段階だった息子との運動能力の差に驚くとともに、ショックを隠しきれませんでした。いよいよ運動会。はたして息子は……!?そんなこんなでショックを受けつつも、運動会が近づいてきました。お迎えで担任の先生に会うたびに「今日はリレーで最後になって泣いてしまいました」とか「通し練習を1回したら疲れてしまって……」とか……不穏なことばかり聞いていました。運動会当日、息子本人以上にドキドキしながら見に行きました。息子が出る種目は年長のみのキッズソーラン、年長・年中合同のダンス、障害物競走、バトンリレー。「……うまくできなくても、列から離れずその場にいれれば100点!」と考えていましたが、列から離れるどころか、自分の出番やポジションをしっかりと覚えて動いているではありませんか!!!!しかも時折笑顔を見せて楽しんでる……(涙)!!!!!細かいことを言えば、ピシッと手を伸ばすところが伸びていなかったり、腰を落とすところがへっぴり腰だったり、小走りで集まるところを息子だけ優雅に歩いていたり、息子版にカスタマイズされていましたが……(笑)。先生やお友達が声をかけてくれて誘導していてくれたものの、息子なりに全ての競技を頑張っていました!Upload By 海乃けだま現在、小学1年生の息子は、自転車もまだ補助輪なしでは乗れないし、縄跳びも跳べないし、鉄棒も1回も回れません。ですが、大きな怪我をしない程度に、運動も日常生活に困らない程度にできるようになればと思っています(私たち両親も運動が苦手なので、高望みはしません(笑))。執筆/海乃けだま(監修:室伏先生より)けだまさん、息子さんの運動発達のご様子や運動会で頑張られたお姿について共有くださり、ありがとうございました。運動会、ご自身の出番やポジションをしっかり覚えて参加できたこと、そして何よりご本人が楽しむことができていたとのこと、成長が感じられてとてもうれしいことですね。ASD(自閉スペクトラム症)やADHD(注意欠陥多動症)と診断されるお子さんには、DCD(発達性協調運動症)が合併することも多いです。協調運動とは、ある動作に対して複数の身体の部位を連動させて滑らかに動かす運動のことを言います。例えば、本をめくって読む(両手、眼)、縄跳び(両方の腕と脚)、ピアノ(両手と眼、ペダルもあるのであれば脚も)、ボール投げ(腕、脚、眼)、など生活には協調運動が溢れています。DCD(発達性協調運動症)は、このような運動を年齢相応に行うことができず(単にできない場合だけでなくぎこちない、動作が遅いなども含まれます)、日常生活に支障がある場合に診断されます。こうしたお子さんには、筋緊張低下もみられることがあります。しばしば、体幹が弱い、疲れやすいなどと表現されることもあります。これは筋肉の疾患などで見られる筋力低下とは異なります(合併することはあります)。筋力と筋緊張の違いは分かりにくいのですが、筋緊張とは常に持続的に生じている筋肉の緊張状態のことを言います。イメージとしては、ズボンのゴムを思い浮かべていただけるとよいかと思いますが、ズボンのゴムはその位置を保つために常に一定の張りがありますよね。筋肉は、姿勢を保ったり、関節を安定させたりするために動いていない時も常に一定の張りを保っています。これは無意識に行われており、例えば寝ている子どもを抱っこしても、体の重みで関節が変な方向に過度に曲がってしまうということは生じないわけです。筋緊張低下は、このゴムの張りが少し緩いという状態と考えていただけると分かりやすいと思います。この筋緊張の維持には、固有感覚(筋緊張の状態、どの筋肉がどのくらい引き伸ばされているか→関節の曲げ伸ばしの状態)という感覚を筋肉がキャッチし、それを脊髄や脳に伝えて、さらにそこからの情報が筋肉に伝えられることが必要です。筋緊張低下の要因は複数ありますが、発達障害のあるお子さんにおける一つの要因として、この筋緊張を感じる固有感覚の鈍さがある可能性があります。筋緊張低下があると、姿勢が崩れやすくなり、本人のやる気やしつけの問題だと見なされてしまうこともありますが、上記を理解すると決して本人の気持ちの問題ではないことが理解できると思います。この場合、筋力と違って筋肉を鍛えることで改善することが難しいばかりでなく、疲れやすい状態にある筋肉に過度な負荷をかけてしまうことにもなりかねません。とはいえ、もちろん運動は大事ですので、支援としては、本人のペースや体力、運動能力に合わせた継続的な運動(本人が楽しめるもので)を行いながら、本人が姿勢を保ちやすい支援(成長に合わせた椅子を使い、椅子に滑り止めマットを敷くなど)を行うことが基本となります。前の記事はこちら(コラム内の障害名表記について)コラム内では、現在一般的に使用される障害名・疾患名で表記をしていますが、2013年に公開された米国精神医学会が作成する、精神疾患・精神障害の分類マニュアルDSM-5などをもとに、日本小児神経学会などでは「障害」という表記ではなく、「~症」と表現されるようになりました。現在は下記の表現になっています。神経発達症発達障害の名称で呼ばれていましたが、現在は神経発達症と呼ばれるようになりました。知的障害(知的発達症)、ASD(自閉スペクトラム症)、ADHD(注意欠如多動症)、コミュニケーション症群、LD・SLD(限局性学習症)、チック症群、DCD(発達性協調運動症)、常同運動症が含まれます。※発達障害者支援法において、発達障害の定義の中に知的発達症(知的能力障害)は含まれないため、神経発達症のほうが発達障害よりも広い概念になります。ASD(自閉スペクトラム症)自閉症、高機能自閉症、広汎性発達障害、アスペルガー(Asperger)症候群などのいろいろな名称で呼ばれていたものがまとめて表現されるようになりました。ASDはAutism Spectrum Disorderの略。
2024年05月15日幼稚園の参観日私には発達障害がある24歳の娘がいます。これは、娘が幼稚園の頃のエピソードです。娘が通っていた幼稚園では一年に一度の『発表会』とは別に、年に数回、親が保育の様子を見学する『参観日』がありました。ステージ上で決まった演目を披露する『発表会』とは違って、参観日では子どもたちの普段の様子を見ることができます。内容は園庭での運動遊びや、七夕やハロウィンなどの季節のイベントの準備の様子など、クラスによってさまざまでした。娘が年長のときその日の参観は主に室内での保育の様子の見学でした。子どもたちは輪になって椅子に座り、先生のピアノ演奏に合わせて歌っていました。それはよく耳にするポピュラーな歌で、みんな楽しそうに歌っていましでした。歌が終盤にさしかかった時、娘がおもむろに立ち上がりました。Upload By 荒木まち子入園前から療育にも通い、年少の時に比べ成長していた娘。それでもやはり娘は周りの子どもに比べると成長がゆっくりでしたし、障害特性でもある『こだわり』もあったので、私はドキっとしました。予想外の展開立ち上がった娘は、本来その歌にはない“3番の歌詞”を歌いだしました。先生は驚く様子もなく、娘の歌に合わせてピアノを弾き続けています。思い返せば入園前は、娘が集団でのお遊戯をするなんて夢のまた夢でした。親子で参加したリトミック体操には頑として参加しませんでしたし、お友達と一緒に行った音楽教室の体験レッスンでは、講師の意図するルールが理解できず、入会を断られたこともありました。でも療育センターや幼稚園に通ううちにお遊戯も好きになり、集団での活動もできるようになっていました。自然な受容娘は小さい頃から歌を聴くのは大好きで、車の中では常に子ども向け番組で歌われている曲を流していたほどでした。おかげで私もたくさんの歌を覚えました。入園後は幼稚園で覚えた歌や自分で創作したを歌を歌ったり、踊ったりして私に披露してくれました。Upload By 荒木まち子でもまさか、たくさんの人が集まる参観日にそれを目にするとは思ってもいませんでした。ひとしきり歌った後、娘は満足げに着席しました。娘の次に別のお子さんが立ち上がりました。先生は、さらに演奏を続けました。そのお子さんは緊張してしまったのか歌うことができずに着席しましたが、先生がピアノの演奏を終えると、参観していた保護者からは自然と拍手が起こりました。普段の参観日に保護者は、静かに子どもたちの様子を見守るのみだったので、その拍手にも驚きました。それまで私は、娘が集団行動の際に、周りの子どもと違うことをしたり、目立った行動をしたりすると「周りに迷惑をかけてしまう」「恥ずかしい」と思うことがほとんどでしたが、この時今までに感じたことのない気持ちになりました。帰り際には保護者の数人が私に「娘さん、良かったよ」「すごいね」と声をかけてくれました。娘が通っていたのは小さな幼稚園で、お互いの子どものことをよく知っていました。公にはしていませんでしたが、娘に発達障害があることはみんな気が付いていたと思います。そこには「○○ちゃんだけずるい」とか「ひいきだ」などと言うことはない、あたたかく寛容な雰囲気がありました。トラブルもあったけど娘の幼稚園生活がずっと順風満帆だったかと言えば決してそうではありません。言葉も遅く、周りのお友達と比べてできないことが多かったですし、お友達とのトラブルもありました。年中の時には園のお子さんに障害について傷つくような言葉を面と向かってかけられ、娘が行き渋った時期もありました。でもそんなトラブルがあっても娘は幼稚園が好きでした。Upload By 荒木まち子Upload By 荒木まち子それは幼稚園の先生たちが“子どもの良いところ”をしっかり見て“ありのままのその子”を認めてくれていたからなのだと思います。私自身初めてのことばかりで子育ては毎日手探り状態でした。そんな私のことも先生たちは見守ってくれていました。小さいお子さんの保護者さんに伝えたいこと最近はSNSなどで、保護者の方が障害のあるお子さんの様子の動画をアップすることが増えてきました。“障害のことをみんなに理解してもらいたい”という啓発の気運の高まりの影響も少なからずあると思います。ただ、具体的な解決策が示されず大変さばかりがクローズアップされていると、見ていて不安を感じる人もいるのではないかと私は思っています。マイノリティ(少数派)ゆえに相談先が少なく、焦り、不安になる保護者の気持ちは痛いほどよく分かります。(実際、私も障害に関する本を読んだり、インターネットで検索したりしました!)。でもインターネットの情報は玉石混交です。時として大げさな表現や稀にフェイクなどもあります。インターネットや本での情報がすべて自分の子どもに当てはまるわけでもありません。子どもの特性は一人ひとり違いますし、居住地や家族構成などの環境もそれぞれ異なります。お子さんの様子を生で見てもらい、保護者も含めて支えてくれる人を探してほしいと思います。保健師さん、医師、自治体(役所)相談員、地域の相談機関、保育・幼稚園の先生、民間の支援機関など、探せば支援してくれる人は必ずいるはずです。コロナ禍も終盤を迎えてきました。気候も暖かくなってきています。お子さんと一緒に一歩外に踏み出し、リアルな世界での素敵な出会いをぜひ探してみてください。どうしても消化しきれない親としてのつらい気持ちや愚痴は、私たち先輩保護者がいつでも受けとめるのでどうぞご安心を(^^)執筆/荒木まち子(監修:初川先生より)娘さんが年長さんのときの素敵なエピソードをありがとうございます。成長を感じる場面でもあり、先生はじめ周りのあたたかい雰囲気やまなざしを感じる場面でもあったのですね。伴奏に合わせて自由に歌を歌う。子どもののびやかな感性が発揮される場面、それを制止することなくその豊かな発想や遊び心を活かしてくださった先生、素敵ですね。さて、最後にまち子さんが書かれていたように、良いこともそうでないこともいろいろあるのが子育てで、その中でも発達障害やそうした特性を強く持つお子さんの場合には苦労や難しさがより一層あるというのはその通りだと思います。周囲との軋轢、無理解などさまざまありつつも、日々とともに生活する中で理解が広がったり、理解ある周囲の方の眼差しに気が付いたり。それももちろんあることです。発達障害=そのお子さんの全て、ではないということが時として忘れられてしまうというか、全てが障害のせいでできるできないと語られてしまい、そのお子さん自体を見ることができなくなってしまうことも残念ながらあります。発達障害の知識や、「発達障害かも」と思ってお子さんを見てみることで見えてくるものももちろんあります。しかし、それが全てではない。そもそも“子ども”とは未熟で、発達途上にある存在である。そうしたことが時々忘れられてしまいます(ちなみに、だいたいそういうときは、保護者や周りの方が疲れているとき、困っているときです)。頑張りすぎていると、お子さんの日々の姿をどう理解していいか分からなくなるときもあるでしょう。まち子さんが書かれていたように、ぜひお近くの支援者や専門家を活用していただければと思います。そうした方と一緒に、お子さんを支えるネットワークができるといいなと思います。(コラム内の障害名表記について)コラム内では、現在一般的に使用される障害名・疾患名で表記をしていますが、2013年に公開された米国精神医学会が作成する、精神疾患・精神障害の分類マニュアルDSM-5などをもとに、日本小児神経学会などでは「障害」という表記ではなく、「~症」と表現されるようになりました。現在は下記の表現になっています。神経発達症発達障害の名称で呼ばれていましたが、現在は神経発達症と呼ばれるようになりました。知的発達症(知的障害)、自閉スペクトラム症、注意欠如・多動症、コミュニケーション症群、限局性学習症、チック症群、発達性協調運動症、常同運動症が含まれます。※発達障害者支援法において、発達障害の定義の中に知的発達症(知的能力障害)は含まれないため、神経発達症のほうが発達障害よりも広い概念になります。ASD(自閉スペクトラム症)自閉症、高機能自閉症、広汎性発達障害、アスペルガー(Asperger)症候群などのいろいろな名称で呼ばれていたものがまとめて表現されるようになりました。ASDはAutism Spectrum Disorderの略。
2024年05月12日上の子のとき、同じマンションで、同じ幼稚園に通わせているママ友がいました。彼女はパートを始めた話をなんとなく聞いていたのですが…。同じマンションに住む、同じ幼稚園のママ友が…上の子が幼稚園の年長さんのときのことです。 同じマンションで同じ幼稚園に通うママ友がおり、彼女がパートを始めました。うちの幼稚園は、毎朝、送迎バスがマンション前に来るのですが、彼女曰く「送迎バスを見送ってからパートに向かうと、パートの開始時間に間に合わない」とのこと。私は、その話をなんとなく聞いていました。 次の日の朝です。パートの話をしていたママ友の子が、1人でうちにやって来ました。「朝からどうしたの?」と尋ねると、「お母さんにバスの時間までここで待つように言われた」というのです。何も聞いていなかった私はびっくり! さらに、その日から卒園まで、ママ友の子は毎朝うちに来るようになったのです! わが家も下の子はまだ1才で、朝はわが子の世話だけで精一杯だったのに、バスの時間まで、ママ友の子がおもちゃをどんどん出して遊んだり、一緒に遊んで~と言ってきたり、本当に大変な日々でした。 最初は「数日だけかな」と思い、黙って受け入れてしまったのですが、まさか卒園まで続くことになるとは…。そもそも突然押し掛けてきたので、許可したつもりもないのですが、こんなことなら早いうちに断りをいれておけばよかったです。何事も早めの対処が必要だと学びました。 作画/きりぷち著者:鈴木 遥
2024年05月11日未就学期の様子ASD(自閉スペクトラム症)とADHD(注意欠如多動症)のある息子のタク。今回はタクがまだ発達障害の診断を受ける前のお話です。タクは在胎週数30週で産まれた早産児でした。体重はわずか1,463g。とても心配しながら乳児期を育てました。正産期で産まれた子よりも、体重や発達は2、3ヶ月は遅れるものだと産院で教わりましたが、タクの成長具合に一喜一憂していました。物心つく頃には、周りの子と比べてこだわりの強さがあると感じました。食事の順番やおもちゃの遊び方には独特のルールがあるので、私が手伝うと癇癪を起こす。一度泣き始めると落ち着くまでに時間がかかるので、私は怖々しながら関わっていました。Upload By もっつんタクの行動で日に日にストレスと疲れをためていた私は、育児ノイローゼ寸前だったと思います。気分転換に、毎日のように何ヶ所も児童センターを巡りました。ベビーカーに乗せて歩いている間は静かにしてくれるので、毎日何時間も歩き回っていました。児童センターでは同じ年齢の子どもたちが集まって、さまざまな遊びをします。ところがタクはなかなか集団に入ることができません。先生の声がけにもなかなか反応せずに自分の世界に入っているようでした。この頃はブロックがお気に入りで、ずっと熱中して遊んでいました。結局、皆でやる遊びにはほとんど参加できずに過ごしたのを覚えています。児童センターは午後になると小学生が集まり始めて一気に騒がしくなるので、未就学児の親子は昼食後しばらくすると帰宅するのが暗黙のルールでした。しかしタクは、遊びに夢中になっていると私の声がなかなか届かなくて、帰宅させるのにも一苦労でした。遊びに過集中モードになると、中断することがとても難しくて大騒ぎ。落ち着いて連れ出せるかどうかで、その日の1日の機嫌が決まってしまっていました。他害してしまうタクに悩む日々Upload By もっつん未就学児の頃は、タクと2人で公園や買い物に行くことが多かったです。しかし公園でもトラブルは頻発しました。公園では色んな親子が遊んでいるけど、ほかの子が持ってきた砂場道具を勝手に使ったり、三輪車に乗ったり……とにかく一瞬たりとも目が離せないのです。砂場でおもちゃの取り合いになった時には、突然見知らぬ子に頭から砂をかけてしまったことがありました。目が離せないどころか、常に手が届く範囲で気を張っていなければいけませんでした。相手の親子に申し訳ないのはもちろんですが、防ぎきれない自分自身を責めて傷ついていきました。イヤイヤ期の子育ては大変だと聞いていたけど、うちの子は特別大変なんじゃないか?と思うようになった頃です。夕方になると周りの親子がどんどん帰宅する中、いつまでも「帰りたくない!!」と泣いて地面に転がるタク。私は精神的にもだんだんと疲れがたまっていきました。忘れられない幼稚園の面接。定員割れなのに入園保留……!Upload By もっつんタクの癇癪やこだわりに疲弊していた私は、3歳児健診で「うちの子って発達障害なんでしょうか?」と聞いてみました。結果は「考えすぎだよ」と言われてしまい……より一層子育てに対して自信が持てず悩む日々になってしまいました。その後3歳になってタクは幼稚園に入ることになります。幼稚園は面接があり、園長室で行われました。園長室に入ると、その密閉されて堅苦しい雰囲気に圧倒されてしまい、タクは緊張感からかハイテンションになってしまいました。私と先生が話している最中に立ち歩き、挙句の果てにはソファの上で飛び跳ねる始末……!先生の前できつく怒る訳にも行かず、私は頭が真っ白になってしまいました。結局その日は、入園保留になってしまいした。あの時の先生の驚いた顔と苦笑いは、何年経っても忘れられません。「ヤンチャなほうがいい!」ポジティブな言葉をかけられても前向きになれなかったUpload By もっつん幼稚園にはなんとか合格をいただき、通園できることになりました。しかしタクは入園後も落ち着きが無く過ごしていたようで、先生からは「タクくんは元気いっぱいで、マスコットキャラクターみたいだね」と言われてしまい……。毎日毎日元気すぎるタクに振り回され精神的に疲れがたまり、ついに私は実母に相談しました。「タクは周りの子に比べてヤンチャすぎる気がする、多動なんじゃないかな?」と言うと「ヤンチャなほうが良いんだよ!多動?この位は普通だよ〜」と笑いながら言われました。それは母なりのやさしさだったのだと思います。子育てや発達への不安に苛まれている私が、もっと楽になるようにポジティブに振る舞っていたのだと。でも私は、違和感に向き合い、できればその理由を知り、タクとの関わりを変えられたらと願っていたのです。だからこそ、悩みが深まっていくようでした。違和感に向き合うことが第一歩Upload By もっつん周りに「考えすぎだよ、普通だよ」と言われつつも、タクの発達に不安と疑問を持ちながら子育てをしてきました。離婚しましたが、当時の夫には「子どもに振り回されている、もっと子育てに余裕を持ったほうがいいよ」と言われていました。こんなにも子育てが大変で、タクをおとなしくさせることもできない……。私は自分の育児スキルが低いのだと思い、どんどん自分を責めて悩んでいきました。この頃を振り返ると、私は限られた人にしか相談できていなかったなあと思います。相談する人によっては「障害なんて気にしないほうがポジティブだよ」という考えの人もいるものです。けれど、わが子を育てているのは、ほかでもない自分自身。違和感を感じて、子育てに困難を感じているのなら無理にふたをしないほうがいいのだと思います。今は、SNSや地域の相談窓口も格段に増えています。「わが子の発達障害を疑うなんて、ネガティブだからやめたほうがいいのかな……」と思わずに、どんどん相談して悩みや不安は外に吐き出していく。それが、楽しい子育てへの第一歩だと思います。(執筆/もっつん)(監修:初川先生より)タクくんが診断を受ける前、もっつんさんが何らか違和感を感じつつも日々子育てに奮闘されとても悩まれていた頃のエピソードをありがとうございます。周囲の同年齢のお子さんと様子が違ったり、ひとときも目を離せないほどの緊張感で日頃タクくんを見ていたり。心配と疲弊とでとても大変だったことと思います。そして周囲が良かれと思ってポジティブな返しをしてくれたり、せっかく相談した健診で「考えすぎ」と言われてしまったり(考えすぎだとしても、そう考えてしまう保護者の追い詰められ感、不安心配、そうしたところを一緒に考えてくださいよ……と同じ“支援職”の端くれとしては思います。支援職に「考えすぎ」と言われるのは、本当に考えすぎなだけだったとしても、なかなかの破壊力とダメージを与える発言ですよね……)。子育てがうまくいっていないと感じられると、「自分が子育てが下手だからだ」と責めてしまうことはよくあります。そもそも子育てが初めから上手な方ばかりではなく、ましてや多かれ少なかれ発達的な特性の強さや偏りを持つお子さんだとしたらなおのこと難しい子育てを求められているのにそれを最初から上手にやるのは難しいことなのに、ご自身を責めてしまう場合が多いです。自分がうまく子育てできてないと感じる、どうにもうちの子、ほかの子たちとはちょっと違う気がするといったことがあれば、ぜひ相談していただければと思います。もっつんさんが書かれていたように、今はさまざまな窓口や機関があります。最初のところでうまく相談としてかみ合わなかったなどあっても、ほかのところの意見も聞いてみようといった心持ちでぜひお問合せいただければと思います。(コラム内の障害名表記について)コラム内では、現在一般的に使用される障害名・疾患名で表記をしていますが、2013年に公開された米国精神医学会が作成する、精神疾患・精神障害の分類マニュアルDSM-5などをもとに、日本小児神経学会などでは「障害」という表記ではなく、「~症」と表現されるようになりました。現在は下記の表現になっています。神経発達症発達障害の名称で呼ばれていましたが、現在は神経発達症と呼ばれるようになりました。知的障害(知的発達症)、ASD(自閉スペクトラム症)、ADHD(注意欠如多動症)、コミュニケーション症群、LD・SLD(限局性学習症)、チック症群、DCD(発達性協調運動症)、常同運動症が含まれます。※発達障害者支援法において、発達障害の定義の中に知的発達症(知的能力障害)は含まれないため、神経発達症のほうが発達障害よりも広い概念になります。ASD(自閉スペクトラム症)自閉症、高機能自閉症、広汎性発達障害、アスペルガー(Asperger)症候群などのいろいろな名称で呼ばれていたものがまとめて表現されるようになりました。ASDはAutism Spectrum Disorderの略。ADHD(注意欠如多動症)注意欠陥・多動性障害の名称で呼ばれていましたが、現在はADHD、注意欠如多動症と呼ばれるようになりました。ADHDはAttention-Deficit Hyperactivity Disorderの略。ADHDはさらに、不注意優勢に存在するADHD、多動・衝動性優勢に存在するADHD、混合に存在するADHDと呼ばれるようになりました。今までの「ADHD~型」という表現はなくなりましたが、一部では現在も使われています。
2024年05月10日株式会社創功エンジニアリング(本社:兵庫県西宮市、代表取締役:浦山 暢之)は、株式会社F&Iクリエイト(代表取締役:井上 淳)と共同開発し、2024年2月1日に正式リリースした保育施設の解錠自動化システム「MISIRU(ミシル)」のサービス改善を実施したことをお知らせいたします。■業界初の手間無し簡単登録システムの機能改善でさらに便利に。MISIRUでは保育園側が保護者にシステム登録用の専用サイトを案内すれば、保護者様がそれぞれのスマートフォンからご自身で登録できます。さらに、卒業年度の登録まで行うことで卒業時には自動的にユーザーとしての権限が失効されるため、園側の作業は承認のみという簡単登録システムで導入時の手間を可能な限り軽減。この簡単登録システムは今までの顔認証デバイスの課題だった初期の導入準備の手間を大きく減らすことに繋がっており、すでに多くの引き合いをいただいております。MISIRU 登録方法■その他のMISIRUの特徴1. 顔認証AIを活用した門扉解錠自動化システム登園時の門扉解錠業務は通常、保護者の入園許可証をカメラ付き玄関子機等で確認しては解錠するという膨大な手作業となっておりました。MISIRUでは、顔認証AI搭載のリーダーと電気錠を連動することで、顔を登録した保護者への門扉解錠を自動化できるシステムになっております。顔認証リーダーで自動解錠2. 顔認証リーダーと園内事務所モニターを連動園務従事者にとって、誰が登園したのかは随時確認したいというニーズもあります。MISIRUでは顔認証リーダーと事務所内の既存モニターを連動させることで、訪問者の顔と名前を随時チェックすることができる仕様になっております。園内事務所モニターで訪問者をチェック3. 補助金活用可能MISIRUは幼稚園、幼稚園型認定こども園を対象とした、園務改善のためのICT化支援事業補助金(文部科学省)の対象事業です。これにより、システム導入の一つのネックであった費用の軽減が可能です。4. なりすましによる不審者の侵入を防止一般的な入園証は簡単に偽造できる為、なりすまし等の危険がありました。MISIRUでは登録された保護者の顔を認証して解錠する為、なりすましによる不審者の侵入は不可能となります。また、保護者の氏名が記入された入園証を携帯する必要もないので、紛失して情報を悪用される心配もありません。■MISIRUの仕組み1. 門扉認証カメラを中心とした連動システムMISIRU 本体機能2. オプション追加により業務量をさらに軽減MISIRUではオプションとしてクラウドPBXを活用することにより、門扉認証カメラ、サーバー、園内事務所モニター、手持ちのスマートフォンなど多様なデバイスと連動させることが可能となります。これにより、さらに窓口業務を多角的にサポートできるシステムへとアップグレードが可能です。例えば、スマートフォンとの連動により、来客時の門扉遠隔解錠、窓口のやりとりを職員の手持ちスマートフォンへ直接転送も可能となります。今後も幼保現場からの声を元に、業務量改善の機能向上を追求してまいります。■会社概要名称 : 株式会社創功エンジニアリング代表者 : 代表取締役 浦山 暢之本社所在地 : 兵庫県西宮市浜町13-2創業 : 1983年(昭和58年)7月設立 1985年(昭和60年)3月資本金 : 300万円従業員数 : 10名ホームページ: ※「MISIRU(ミシル)」のサービス改善は令和5年度「事業再構築」として実施いたしました。 詳細はこちら プレスリリース提供元:@Press
2024年05月10日ASD(自閉スペクトラム症)の息子の日常生活の中の不器用スバルは幼稚園での生活の中で、明らかに飛び抜けて不器用でした。ダンス、体操、ボール投げなどの全身運動。筆、はさみ、楽器などの道具を使う微細運動。そして日常生活の中でも服のボタンやファスナー、お弁当包みなど、あらゆることにサポートが必要でした。ちなみに両足ジャンプは年少の終わり頃までできませんでした。のちに「DCD(発達性協調運動症)」と診断されるのですが、この頃は「スーパー不器用BOY」として過ごしていました。年少の運動会スバルは幼稚園に入園するまで歌ったり踊ったりしませんでした。その頃のスバルは、幼児向けの教育番組が大好きでした。特にお兄さんお姉さんが楽しそうに踊る、テンポの良い明るい歌が好きで、毎日食い入るように観ていました。しかし真似して踊ったりリズムに乗ることはありませんでした。歌に関しては3歳まで喋らなかったのでそのせいもあるのかなと思いますが、番組に登場する同世代の子ども達が上手に踊る姿と比べて、「あれ?」と感じ始めた私。しかしテレビに出演するくらいだから特別ダンスが得意な選ばれし子どもたちなのだろうと思いました。スバルのダンスを初めて見たのは年少の運動会でした。振りつけは覚えているようでしたが、可動域が少ないというか、ぎこちないというか、踊れているか踊れていないかでいえば踊れていないというか……。Upload By 星あかり踊れていないスバルもめちゃくちゃ可愛いけど、それはそれとしてこれはただ事ではないと思いました。ただスバルの中ではみんなと同じように踊れていると思っているようでした。「スバル、ダンス上手だったでしょ?」と自慢げに楽しそうに運動会を終われたのはとても良かったです。年中の運動会年中の頃には周りと比べてダンスが得意ではないことに、本人が気づくようになりました。ダンスの難易度も上がり、物理的にできない動きが増えました。この頃のスバルは片足ジャンプや、複数の動作を同時にすることができず、「しゃがんでからジャンプ」みたいな流れるような動きもできませんでした。練習では少しでもできることが増えるようにと補助の先生がマンツーマンで指導してくれていました。どうしてもできない動きも最後まで諦めずに指導してくれました。それは親としてはとてもありがたいことなのですが、結局踊ることもできず、みんなと別で行われた個別指導により自分の不器用さを自覚したスバルはすっかり自信をなくしてしまいました。弾ける笑顔がトレードマークのスバルですが、年中の運動会の写真はしょんぼりしています。努力ではどうにもならないレベルで苦手なことを自覚し、それを人前で披露するのは本当に心に負担があったと思います。年長の運動会年長の運動会の数日前、スバルは独り言のように「運動会の日、お父さんが運動会があることを忘れて、スバルを連れて遠くに遠くにお出かけしちゃわないかな」と言いました。しかし休みたいかと聞かれるとスバルの答えは「NO」なのです。私たち夫婦は運動会の参加にこだわりがないので、休むことにも抵抗はないのですが、実はスバル自身がズル休みを引きずってしまうタイプで本人もそれを自覚しているのです。それにダンス以外の競技はそれなりに楽しみにしているようでした。いっそのこと熱でも出れば、心穏やかに休めるのに……なんてことを考えながら運動会当日。プログラムの最初の方でダンスが始まりました。年長の時の先生も個別指導をしてくれたのですが、今回は物理的に無理な動きは切り捨て、ギリギリ可能性のある動きだけを「まあまあできる」まで伸ばす方針でした。スバルとしても「できない動きはあるものの、できる事も増えた」と感じ、どん底まで自信をなくすことはありませんでした。前半は屈伸運動やステップなどの下半身の動きは切り捨て、直立のまま上半身の動きをゆるっとこなしていました。そんな感じで全体的に集団の中に紛れてなんとなくできている風にやり過ごし、フォーメーションチェンジのあと、スバルがついて行けない激しい動きのサビに入りました。「なんとなくリズムに乗る」なんて器用な事ができないスバルは、直立のまま時間が過ぎるのを待つのかなと思いました。しかしスバルは「あれ?スマホに着信が!」みたいな表情でポケットからスマホ(に見立てた手のひら)を取り出し、通話ボタンを押した後、スマホを耳に当てペコペコしながら「スミマセン、今運動会中なんですよ~。あとでまた掛け直しますね」と言って通話を切りスマホをポケットにしまいました。そしてちょうどサビが終わったタイミングでまたダンスにゆるっと合流しました。Upload By 星あかりもしかして『ぼく、ダンスができないんじゃなくて、仕事先から電話がかかってきちゃって仕方なくダンスを中断しているんですよ~』ってこと?曲の2番のサビでも仕事先から電話がかかってきちゃったので、仕方なくダンスを中断していました。仕事先からの電話だから仕方ない仕方ない。ダンスが終わり肩の荷が下りたスバルは楽しそうにほかの競技に参加してました。スバル的には楽しく運動会を終える事ができたようで、私も安心しました。小学生の現在小学2年生でケンケンができるようになり、全身運動でも微細運動でも、できる事がグンと増えました。しかし年齢が上がるにつれて求められることも難しくなるので、今でも「スーパー不器用BOY」のままです。運動会のダンスは未だに下半身の動きを切り捨て上半身の動きだけで集団に紛れています。日常の中でぶつかる「努力しても今すぐにはできない事」は便利な道具とアイディアと人の優しさで乗り切りっています。「ぼくはこれが難しいのでこうして良いですか?」と自らのアイディアを提案する姿を見るとあの年長の運動会を思い出します。おそらくあれがスバルが一番最初に自ら考えて実行した「スーパー不器用BOYが乗り切るためのアイディア」だったのだと思います。執筆/星あかり(監修:新美先生より)からだの動かし方の不器用さがある方の、運動会のダンスとの変化について詳しく聞かせてくれてありがとうございます。後半の、ダンスが苦手な場面で「仕事先から電話がかかってくる」という想定外の必殺技を繰り広げられた時は、思わず声をあげて笑ってしまいました。すごい対処スキル!!!!!こんなすてきなアイデアを思いつくなら、なんでも乗り越えていけそうです。DCD(発達性協調運動症)のお子さんにとっては、日常の体育や運動会の競技など、みんなで同じ事を揃ってやると、苦手さに直面することになります。いくら先生が「自分なりでいいよ」と言われても、本人的にはできない自分に直面して傷つくものです。星さんのように、「運動会休んでもいいよ!」というスタンスも全然ありだし、体育は別メニューでやるというのもありなのですが、自分だけがほかの子とは違う行動をとることも、なかなかハードルが高いものです。できれば、周りも完璧にし過ぎない(運動会で完成度を高くするために厳しく練習しすぎない。その場でできるスポーツお楽しみ会ぐらいのスタンスにする)、複数のメニューが誰でも選べるようにするみたいな、ユニバーサルな支援があったらいいのかもしれませんが、学校の方針もあります。「ぼくはこれが難しいのでこうして良いですか?」と自らのアイデアを提案できるというのは本当に素晴らしいです。きっとこれまでの関わりの中で、そんな風にしても大丈夫、苦手をアイデアでチェンジできるという経験を育んできてもらっているのかなと思いました。素敵なエピソードを聞かせていただきありがとうございました。前の記事はこちら(コラム内の障害名表記について)コラム内では、現在一般的に使用される障害名・疾患名で表記をしていますが、2013年に公開された米国精神医学会が作成する、精神疾患・精神障害の分類マニュアルDSM-5などをもとに、日本小児神経学会などでは「障害」という表記ではなく、「~症」と表現されるようになりました。現在は下記の表現になっています。神経発達症発達障害の名称で呼ばれていましたが、現在は神経発達症と呼ばれるようになりました。知的発達症(知的障害)、自閉スペクトラム症、注意欠如・多動症、コミュニケーション症群、限局性学習症、チック症群、発達性協調運動症、常同運動症が含まれます。※発達障害者支援法において、発達障害の定義の中に知的発達症(知的能力障害)は含まれないため、神経発達症のほうが発達障害よりも広い概念になります。ASD(自閉スペクトラム症)自閉症、高機能自閉症、広汎性発達障害、アスペルガー(Asperger)症候群などのいろいろな名称で呼ばれていたものがまとめて表現されるようになりました。ASDはAutism Spectrum Disorderの略。
2024年05月07日亮太さんは妻の麻耶さん、4歳の息子・和馬君の3人家族。亮太さんは、麻耶さんに対して不満があり、会社で寝泊まりして1週間になります。亮太さんが家を出ることになった理由とは……?何を伝えてもいつも屁理屈ばかりの麻耶さんに、亮太さんはいつしか「話し合うだけ無駄」と考えるように。しかも、麻耶さんは隠れて浮気をしているようで、和馬君をしっかりと見ていないこともしばしば……。夫婦の溝はますます深まるばかりです。そのうち亮太さんは、家庭のことを考えるだけで体調不良を感じるようになってしまいます。そんな亮太さんを見かねて、社長はメンタルクリニックへの受診を提案。「この先どうなるんだろう……」と不安に思う亮太さんでしたが、たまたま仕事帰りに立ち寄ったコンビニで、和馬君と同じ幼稚園に通う凛ちゃんのママ・保奈美さんと遭遇。立ち話から彼女が離婚したことを知ります。 「離婚した」という彼女のカミングアウトを受け、亮太さんも自分の気持ちを打ち明けてみることにしたようで……? 俺も離婚したいなと思ってるんだけど… 亮太さんが離婚を考えていることを聞いた保奈美さんは、一瞬びっくりした表情を見せますが、すぐに「弁護士紹介しましょうか?」と経験者ならではのアドバイスをくれました。 保奈美さんが友人の離婚に協力することを懸念した亮太さんは「いいの? 麻耶と友だちだし……。」と返答。 しかし、保奈美さんは、麻耶さんがどこか自分を見下していることに気づいていた様子。 「友だち……なんですかね……。」と複雑な表情を浮かべるのでした。離婚後、すでに前を向いている保奈美さんにとっては、麻耶さんとのこれまでの関係もすでに過去のことになっているのかもしれませんね。 それよりも、どこか思いつめた様子の亮太さんを、なんとかしてあげたいと考えたのでしょう。 実際、今回の保奈美さんの話は亮太さんにとって何かを考えるきっかけになったようです。 最終的に離婚を決断するのは亮太さん自身ですが「あのとき保奈美さんに思い切って相談してよかった」と思える結果にできるといいですよね。 >>次の話 著者:マンガ家・イラストレーター くろねこ
2024年05月06日亮太さんは妻の麻耶さん、4歳の息子・和馬君の3人家族。亮太さんは、麻耶さんに対して不満があり、会社で寝泊まりして1週間になります。亮太さんが家を出ることになった理由とは……?何を伝えてもいつも屁理屈ばかりの麻耶さんに、亮太さんはいつしか「話し合うだけ無駄」と考えるように。しかも、麻耶さんは隠れて浮気をしているようです。そんなある日のこと。麻耶さんが浮気相手との電話に夢中になってしまったことで、和馬君が行方不明になる事件が発生。結局、和馬君はお隣さんが保護してくれていたためことなきを得ましたが、このことが原因で麻耶さんと激しく衝突したため亮太さんは本格的に離婚を考えるように。そんな矢先、亮太さんは社長からメンタルクリニックへの受診を促されます。どうも社長は、少し前から亮太さんの様子がおかしいことに気づいていた様子。胸の痛みや気分の落ち込みが、ストレス性のものではないかと言うのです。 社長の話を聞いて、たしかに原因不明の体調不良が続いていることに気づいた亮太さんは、メンタルクリニックに行くことを社長と約束します。 その夜、仕事帰りの亮太さんはごはんを買って帰ろうとコンビニに寄りますが……? そこにいたのは、和馬君と同じ幼稚園に通う凛ちゃんのママ 偶然、仕事帰りに凛ちゃんのママ・保奈美さんとコンビニで遭遇した亮太さんは、軽い世間話の中で保奈美さんが離婚していたことを知りました。 ついこの間、家族ぐるみで一緒にバーベキューをした矢先の出来事にとても驚く亮太さんですが、保奈美さんは大変ながらもどこかスッキリとした表情です。 そんな彼女の柔らかい雰囲気に、亮太さんも思い切って、自分が離婚を考えていることを話し始めるのでした。 誰かに話を聞いてもらえるだけでラクになることってありますよね。特にセンシティブな問題になるほど「誰にも相談できない」とひとりで抱え込んでしまうことは珍しいことではありませんが、自分の力だけで解決できそうにないときは、ほかの人に頼ってみるのも大切なこと。 自分の気持ちを話すことで、心のモヤモヤが晴れたり考えを整理できたりするきっかけになるかもしれません。 離婚した保奈美さんなら、亮太さんの気持ちを汲んだアドバイスをくれる可能性もあります。彼女の話から、何か解決への糸口が見つかるといいですね! >>次の話 著者:マンガ家・イラストレーター くろねこ
2024年05月05日子どもが幼稚園に通っていたころの話です。幼稚園へは送迎バスで通っていました。え…嘘でしょ!?送迎バスの停留所には同じマンションのお子さんもいたのですが、そのうちの1人のママがお迎えの時間になっても何の連絡もなく、現れないことがありました。基本的には子どものママがお迎えをするのが基本ですが、いないとなると園に戻ることになります。その子どもも可哀そうですし、何か急用があって忙しかったのかも?と思うと、また園にお迎えに行くのも大変だろうと思い、その日は先生の了承を得て同じマンションの私がそのお子さんを引き受けることに。 そして家で遊ばせて待つこと数時間。夜になって玄関チャイムがなり、その子のママが登場。本人曰く「パートがちょっと忙しくなっちゃって迎えに行けなかったの。」とのこと。ですが、それからも度々同じようなことが続きました。 またパートでトラブっちゃったのかな?なんて思っていたのですが、何とそのママをよく知る別のママから「彼女ならパチンコ屋さんにいるよ。今日も車が止まってたから。」と言うのです。聞けばパチンコ好きで有名なんだとか。私はいい様に使われていたようです。 ◇ ◇ ◇ 結局は幼稚園の先生にも内容を話し、幼稚園の方から「基本的に親が迎え出るというルールになっているので、今度からはバス停に来ていない場合はお子さんは園に連れて帰ります。」と言ってもらいました。本人もわざわざ車で迎えに行かなくてはならないのは面倒だと思ったのか、それからは迎えに来ていました。 作画/さくら著者:まみ子どもは成人して、今は週末になると夫と仲良くお出かけしている主婦。
2024年05月04日発達に不安のある1歳半頃のたーちゃんと、ノイローゼ気味だった私たーちゃんは1歳頃から、人見知りや場所見知りが激しかったりコミュニケーションに困難さを感じたりと、発達に不安がありました。その時の私は悩みや不安を気軽に相談できる人がおらず、助けてほしいと思っていても行動できずにいました。自宅保育で1日中たーちゃんと一緒だったので、ノイローゼ気味になっていたのかもしれません。そしてたーちゃんが1歳半頃、発達について悩んでいることを思い切って市役所の窓口に相談しました。市役所の職員さんと面談を重ねたあと、市で開催している親子教室へ週に1回通うことになりました。しかし、夫の帰りが遅く、近くに住む義母や義祖母には頼れない状況で、それだけの支援では足りないとモヤモヤとした気持ちを抱いていました。Upload By みかみかん診断書がないと児童発達支援を利用できないの?療育や児童発達支援の存在を知ったのは、発達障害についてインターネットで調べている時でした。私はすぐにでも通わせたいと思いましたが、どうしたらいいか分からずにいました。児童発達支援を利用するための受給者証は、診断書がないともらえないものだと勘違いしていたのです。Upload By みかみかん当時のたーちゃんは児童精神科や発達外来で診てもらったことはなく、もちろん診断書もありません。さらに調べていくうちに、児童精神科や発達外来は紹介状が必要だったり、初診の受付は停止していたり、そもそも2歳児は診てくれない病院もあったり……ということを初めて知りました。児童発達支援を利用するためには診断書が必要だと思い込んでいた私は、堂々巡りの状況に悩みながらも、引き続き週1回の親子教室に通っていました。しかし、2歳半頃にたーちゃんが通い始めたプレ幼稚園での様子を見て、「やはりほかのお子さんとは何かが違う」と感じ、ついに行動を起こしました。児童発達支援について、分からないことばかり。思い切って市役所で直接聞いてみることに。まず、市役所で児童発達支援について聞いてみることにしました。「発達に不安がある」という相談だけでは、数回の面談のあとに市の親子教室に繋がるだけだと分かっていたので、「児童発達支援の利用をしたい」と単刀直入に伝えました。Upload By みかみかんすると、必要な書類や手続きの流れや、市内にどんな事業所があるかなど、分かりやすく職員さんが教えてくれたのです。以前「発達に不安がある」と話をした職員の方が不親切だったわけではないのですが、来訪の目的がはっきりしているだけでここまで違うのかと驚いたのを覚えています。そして、私の住んでいる市では診断書がなくても児童発達支援に通うことができると分かり、ホッとしました。※児童発達支援の利用については自治体によって申請方法が異なります。そこからはとんとん拍子に事が運び……診断書の代わりに必要だったのは、医師が書いた意見書でした。職員さんから意見書のひな型を受け取りましたが、初めて見る書類なので、やはり発達外来を受診するべきなのだろうかと戸惑っていると、「かかりつけの病院で書いてもらえば大丈夫ですよ」と言われました。しかし、たーちゃんは病気をすることが少なかったので、かかりつけの小児科といえば、予防接種を何回かしてもらった近所の小さな診療所しか思い浮かびません。まずその診療所に意見書を書いてもらえるか問い合わせをしてから、たーちゃんを連れて診てもらいました。私がたーちゃんの発達や、療育に通わせたいことについて伝えたところ、すぐに意見書を書いて渡してくれました。先に市役所で意見書のひな型を受け取っていたので、とてもスムーズでした。Upload By みかみかんさらに幸運なことに、診療所の先生から「詳しく診てもらうならこの病院が良いと思います」と言われ、大きな病院にある発達外来への紹介状を書いてもらえたのです。発達外来でたーちゃんを診てもらいたいと思っていても、どうすれば受診できるのか理解できていなかった私でしたが、先生のおかげで活路を見出すことができました。児童発達支援事業所の見学、そして契約その後、受給者証の申請の手続きをしつつ、複数の児童発達支援事業所へ見学に行きました。預かってもらえる人がいないのでたーちゃんを一緒に連れて行きましたが、快く受け入れてくれる事業所ばかりでした。最初、場所見知りや人見知りのあるたーちゃんは警戒していましたが、理解のある支援員さんの誘導もあり、ほかのお子さんと楽しそうに活動をしていました。また、たーちゃんの様子を観察して、支援方法をアドバイスしてくれる事業所もありました。Upload By みかみかんその後、市の担当の方と複数回の面談を経て、念願の受給者証を手に入れることができました。「児童発達支援の利用をしたい」と市役所に駆け込んでから、約2ヶ月。ようやく1つの事業所と契約することができました。その事業所に決めた理由は、たーちゃんの好きな運動療育がメインで、自宅や幼稚園への送迎があり、母子分離で半日預かってくれるからでした。やっと児童発達支援事業所に通える!と思ったけれど……これで、来月から利用開始できる!プレ幼稚園や親子教室のない夏休みも、なんとか頑張れる!そう思っていました。ですが契約した時にはすでに、その事業所の夏休みのスケジュールは利用者さんの予定で埋まっていたのです。そのため、実際の利用は9月からということを知り、もっと早く行動していたら……と落ち込みました。それでも夏休み明けの9月から週に2回ほど通えるようになり、ゆっくりですが、たーちゃんの発達にも良い影響が表れ始めました。そして私も、たーちゃんと離れる時間ができて徐々に元気を取り戻していきました。この児童発達支援には、現在も幼稚園と併用して楽しく通っています。たくさん悩んだ、いままでの道のりを振り返って児童発達支援の利用を開始するまでに思ったことは、・自分で調べてみても分からないことは人に聞いてみる・児童発達支援について知りたければ、まず自治体に問い合わせしてみる・すぐには利用できないので、利用したいと思ったらなるべく早く行動した方が良いということでした。この記事が、児童発達支援を利用したいと思っている方を後押しするきっかけになれば幸いです。執筆/みかみかん(監修:室伏先生より)児童発達支援に通われるまでの道のりを詳しく共有してくださり、ありがとうございました。児童発達支援施設の通所に必要な書類や、自治体が管轄する療育を受けられるかどうか、自治体・民間の児童発達支援施設の空き状況は、自治体や地域により異なります。みかみかんさんのように、悩まれている親御さんも少なくないと思います。利用されたい方は多い一方で、発達を専門にする外来も児童発達支援も、空きが少なくて待つ期間が長かったり、書類準備や申請などの準備に時間がかかったり、という現状があります。発達に不安はあるけど個人差の範囲なのかもしれない、もう少し様子を見てみたほうがいいのかもしれない、と迷われている方もいらっしゃるかもしれませんが、お早めに自治体に相談して情報を集めてみることが、適切な時期に適切な支援へとつながる大切なステップになるかもしれません。前の記事はこちら(コラム内の障害名表記について)コラム内では、現在一般的に使用される障害名・疾患名で表記をしていますが、2013年に公開された米国精神医学会が作成する、精神疾患・精神障害の分類マニュアルDSM-5などをもとに、日本小児神経学会などでは「障害」という表記ではなく、「~症」と表現されるようになりました。現在は下記の表現になっています。神経発達症発達障害の名称で呼ばれていましたが、現在は神経発達症と呼ばれるようになりました。知的障害(知的発達症)、ASD(自閉スペクトラム症)、ADHD(注意欠如多動症)、コミュニケーション症群、LD・SLD(限局性学習症)、チック症群、DCD(発達性協調運動症)、常同運動症が含まれます。※発達障害者支援法において、発達障害の定義の中に知的発達症(知的能力障害)は含まれないため、神経発達症のほうが発達障害よりも広い概念になります。ASD(自閉スペクトラム症)自閉症、高機能自閉症、広汎性発達障害、アスペルガー(Asperger)症候群などのいろいろな名称で呼ばれていたものがまとめて表現されるようになりました。ASDはAutism Spectrum Disorderの略。
2024年05月04日入園でトラブル発生!?園への行き渋り、園での活動に参加できない…園生活の困りごとを紹介発達ナビのQ&Aコーナーは、子育てに関する疑問や知りたいことなどを気軽に質問し相談し合える場所です。幼稚園や保育園での困りごとやお悩みも多く寄せられていますので、ここで一部をご紹介します。4歳児の暴言暴力の相談です。1歳半〜3歳過ぎまで癇癪が酷く療育に通ってます。癇癪は一時落ち着き、入園後は集団行動も問題なく、お友達もできて楽しく通っていました。3学期になり、家では怒りやすく行き渋りが酷くなり癇癪も再発しています。上手にできていた切り替えもできなくなりました。息子はASD 軽度知的障害で、普段は週4幼稚園、週1で市の療育園と民間療育に通っています。この生活が始まって約一年、息子の成長も多く感じましたが、同時に癇癪や他害自害も増え、このまま年中に進級して良いのか、療育園のみに変える方がよいのではと悩むようになりました。2歳7ヶ月の娘がいます。新生児期よりなかなか寝付けずとても育てにくさを感じています。言葉や身体の発達は遅れの指摘はないですが、むしろ流暢、喋りすぎる、こだわり、癇癪や衝動、多動などがあります。抱っこはツイストして解除、手繋ぎは座り込みや地面と同化してしまうタイプです(中略)基本的に朝車から降りて10m先の園玄関まで手を繋げません。帰りが特に手強く本当に困っており、玄関でさようならしてから車に乗るまで平均30分かかります。最大1時間かかったこともあります。ようやく車に乗ったあとはチャイルドシートに乗せるのに5〜10分泣き叫びプロレスのような状態です。登園渋り、癇癪、他害、集団行動が苦手……どうすれば?園生活の悩みやギモンに専門家が回答!幼稚園や保育園に行きたがらない、思い通りにならないと癇癪を起こす、お友達を叩いたり物を壊したりする、先生のお話を聞けないなど、園生活ではさまざまな困りごとが起こりがちです。特に、入園したばかりのお子さんにとっては、初めての集団生活に戸惑いや不安があることでしょう。ここでは園生活での悩みやギモンについて、鳥取大学大学院教授で発達障害を専門とする井上雅彦先生にご回答いただきました。Q:年少の男の子です。小さい時からこだわりが強い傾向がありました。幼稚園に入りましたが、毎朝登園時には激しく泣き、園に行きたがりません。こんな時は休ませてもよいのでしょうか?多少無理をしてでも行ったほうがいいのか、判断に悩んでいます。A:登園時に泣いたり拒否したりされると親御さんもつらくなるかと思います。登園させても子どもと離れられないこともあるかもしれません。まず園の中の環境が苦手なのか、あるいは親御さんと離れることが苦手なのかなど、その原因に目を向けていく必要があるかと思います。登園時の工夫としては、お気に入りのグッズを持っていく、園に行ったらすぐに好きな活動ができるようにしておくなどが考えられます。登園して好きな活動ができるようになると、登園時の抵抗は弱くなると思いますが、親と離れられる程度の好きな活動が見つからない場合、まずは親同伴で過ごすことから始め、少しずつ一人遊びや先生との遊びができるようにして徐々に離れていくなど、スモールステップで進めていくとよいでしょう。Upload By 発達ナビ編集部Q:活動の切り替えが苦手な年少の娘がいます。園でも思い通りにならないと泣いて癇癪を起こすので、先生から連日のように電話があり、精神的に参ってしまいました。このような時、どう対応すればよいのでしょうか?A:癇癪の原因にはさまざまなものが考えられます。何かしたいことができなかったり、好きなことをやめさせたりする場合、あるいは嫌な刺激があったり体調が悪い場合などに癇癪が起こりやすくなります。このケースでは、思い通りにならないという場面を具体的にし、環境を調整することで、その原因を取り除いたり、癇癪以外で意思を伝える方法を教えていくことが大切です。園の先生だけで対応できない場合は、巡回相談など外部の専門家を活用していくのも一つの手段ではないかと思います。Upload By 発達ナビ編集部Q:年中の男の子です。ことばが遅く、 気持ちを伝えることができないせいか、お友達を叩いたり、噛んでしまったりすることがあります。やってはいけないことだと家でも言い聞かせてはいますが、なかなか改善しません。すぐに手が出てしまう子どもへの対応方法はあるでしょうか。A:まず、トラブルが起こらないような環境調整を工夫していく必要があります。例えば、スケジュールやルールを視覚的に示したり、遊具の与え方を工夫するなどです。また、やってはいけないことだけではなく、気持ちを伝えるための手段を教えていくことが大切です。ことばが表出できるお子さんにはことばで、ことばは難しいが動作の模倣ができそうなお子さんには身振りやサインで表現できるように教えていきましょう。Upload By 発達ナビ編集部Q:保育園に通っている年少の男の子です。教室から出て行ってしまう、先生の話を聞けない、一斉指示が通らないといった指摘を受けました。家では特に困りごとがなかったので驚きましたが、集団行動が苦手な理由はどんなことが考えられるでしょうか?どうしたら集団行動ができるようになるのでしょうか?A:集団行動が苦手な理由は複数考えられます。例えば、自分の興味関心や好きなもの、マイルールや順番などに対するこだわりが強いことなどがあげられます。また、不注意(注意がそれやすく集中しにくい)や、多動性や衝動性といった特性が関係している場合もあります。ほかにも、指示が理解できていない可能性もあるかもしれません。さまざまな苦手な理由について園の先生と話し合い、集団活動に子どもの好きな活動を入れる・役割を与えるなど、あてはまる原因を探りそれに沿った工夫をすることで、活動参加がしやすくなると思います。Upload By 発達ナビ編集部もしかして発達障害?ASDやADHDなど、発達障害のある子どもの特徴「園での様子を見ると、ほかの子どもとわが子は何かが違うような気がする……」「もしかして、ASD(自閉スペクトラム症)やADHD(注意欠如多動症)など、発達障害があるのではないか?」と考えている保護者の方もいらっしゃるかもしれません。まずは一つひとつの行動の原因に目を向け、子どもの視点に立って、苦手な環境や対応を工夫してみましょう。また、不適切な行動だけに目を向けるのではなく、できていることを認めたり褒めていくことで、行動全体が変わってくることもあります。園の先生や巡回相談の先生と話し合いながら、工夫に取り組んでいきましょう。それでも多くの困難が生じている場合、発達障害などの相談が可能な機関に相談に行かれることをお勧めします。発達障害の特性を以下に示します。ASD(自閉スペクトラム症)は、「社会的なコミュニケーションの困難さ」「限定された行動や興味、反復行動」といった特性が幼少期からみられ、日常生活に困難を生じる発達障害の一つです。ASD(自閉スペクトラム症)の症状の表れ方には個人差がありますが、幼児期には以下のような行動がみられることがあります。・お気に入りのおもちゃをひたすら並べる・くるくるまわるものをずっと見ている・水遊びが大好きで始めるとやめられない・おもちゃなどを使う順番を待てない・決まったおもちゃで遊びたがる・道順が違うとパニックになる・活動の切り替えが難しい・マイルールや勝ち負けにこだわるなど※上記は一例ですADHD(注意欠如多動症)は、「不注意」「多動性」「衝動性」といった特性により、日常生活に困難を生じる発達障害の一つです。特性の表れ方には個人差がありますが、主に、多動・衝動性の傾向が強いタイプ、不注意の傾向が強いタイプ、多動・衝動性と不注意が混在しているタイプの3つに分けられます。ADHD(注意欠如多動症)の特性がはっきりしてくるのは早くても2歳頃からと言われていますが、幼児期には以下のような行動がみられることがあります。・物事に集中できず、忘れっぽい・落ち着きがなく、じっとしていられない・かんしゃくを起こすことが多い・ものを壊したり、乱暴な遊びを好むなど※上記は一例ですしかしながら、これらの行動は幼稚園や保育園に通う年頃の子どもにはよく見られるため、このような行動をとるからといって、必ずしも発達障害があると判断することはできません。ASD(自閉スペクトラム症)やADHD(注意欠如多動症)などの診断は医師によってなされます。お子さんの発達に不安があったり悩んだりしている場合、まずは発達相談などが可能な専門機関に相談されるとよいでしょう。発達障害のある子どもの園生活にまつわるエピソード発達ナビライターの方々や、読者の皆さんから寄せられた園生活にまつわるエピソードをご紹介します。皆さんがどのように園生活の困りごとや悩みを乗り越えていったのか、参考になる部分もあるのではないでしょうか?ぜひご覧ください。(コラム内の障害名表記について)コラム内では、現在一般的に使用される障害名・疾患名で表記をしていますが、2013年に公開された米国精神医学会が作成する、精神疾患・精神障害の分類マニュアルDSM-5などをもとに、日本小児神経学会などでは「障害」という表記ではなく、「~症」と表現されるようになりました。現在は下記の表現になっています。神経発達症発達障害の名称で呼ばれていましたが、現在は神経発達症と呼ばれるようになりました。知的障害(知的発達症)、ASD(自閉スペクトラム症)、ADHD(注意欠如多動症)、コミュニケーション症群、LD・SLD(限局性学習症)、チック症群、DCD(発達性協調運動症)、常同運動症が含まれます。※発達障害者支援法において、発達障害の定義の中に知的発達症(知的能力障害)は含まれないため、神経発達症のほうが発達障害よりも広い概念になります。知的発達症知的障害の名称で呼ばれていましたが、現在は知的発達症と呼ばれるようになりました。論理的思考、問題解決、計画、抽象的思考、判断、などの知的能力の困難性、そのことによる生活面の適応困難によって特徴づけられます。程度に応じて軽度、中等度、重度に分類されます。ASD(自閉スペクトラム症)自閉症、高機能自閉症、広汎性発達障害、アスペルガー(Asperger)症候群などのいろいろな名称で呼ばれていたものがまとめて表現されるようになりました。ASDはAutism Spectrum Disorderの略。ADHD(注意欠如多動症)注意欠陥・多動性障害の名称で呼ばれていましたが、現在はADHD、注意欠如多動症と呼ばれるようになりました。ADHDはAttention-Deficit Hyperactivity Disorderの略。ADHDはさらに、不注意優勢に存在するADHD、多動・衝動性優勢に存在するADHD、混合に存在するADHDと呼ばれるようになりました。今までの「ADHD~型」という表現はなくなりましたが、一部では現在も使われています。
2024年05月03日幼稚園で鬼ごっこをしていたときに転び、上の前歯を強打してしまった長男。グラグラした歯を診てもらうために、息子と近所の歯医者さんに駆け込みました。息子にとって初めての歯医者さん。そこで衝撃の事件が起こってしまったのです……。鬼ごっごで転んだ息子が…息子が3歳3カ月のときのことです。息子はとても活発なタイプで、いつも元気いっぱい遊んでいました。その日、息子は幼稚園のホールでお友だちと鬼ごっこをしていたようです。しかし、そこでハプニングが……。 鬼になってお友だちを追いかけていた息子が勢いあまって転び、上の前歯を強打してしまったのです。私は担任の先生から電話をもらったあと、近所の歯医者さんに診てもらえるかを先に確認し、急いで幼稚園に駆けつけました。 近所の歯医者さんへ幼稚園に到着した私が息子の上の前歯2つを見てみると、少しぐらぐらしていました。息子は普段、転んだり痛いことがあったりしてもあまり泣かないのですが、そのときは相当痛かったようで大泣き。私は息子を連れて、先ほど電話した歯医者さんに向かいました。 そこは当時、看板に「小児歯科」は表示されていませんでしたが、私はとにかく早く診てもらわないといけないと思い、家のすぐ近くにあった歯医者さんを選びました。息子は歯医者さんが初めてだったので、ちゃんと治療できるか不安でいっぱい。私は息子がなるべく怖がらないように「先生が痛いのを治してくれるからね」と伝えました。 地獄絵図とはまさにこのことしかし私の不安は的中してしまい……。診察室に通され、なんとか診察台に上がりましたが、痛い歯を触られる恐怖から泣き叫び、頭を左右に激しく振ったり、身をよじらせたりしながら逃げ出そうとしました。 私や歯科衛生士さんは「痛くないよ! 痛いのを治してくれるんだよ」と声をかけましたが、息子は泣き叫んでいるためまったく聞こえていません。先生は子どもに慣れていない様子で「口を開けて!」と何度も強い口調で言うため、息子はさらに怖がって逃げ出そうとし、叫び声はますます大きくなるばかり。まさに地獄絵図でした……。 そして事件が起こってしまった…そしてついに事件が起きてしまいます。先生に口を開けられそうになった息子が、なんとその先生の指を噛んでしまったのです! 指を噛まれた先生は「噛んだらだめだろ!」と息子を叱りました。私は「申し訳ありません」と何度も頭を下げて謝りました。 その後、先生たちがなんとか息子の口を開け、上の2つの前歯の間を埋めて動かないようにする処置が施され、ひと安心。治療後、息子は「噛んでごめんなさい」と先生に謝り、許してもらえました。 それまで市の健診以外で、息子を歯医者さんに診てもらったことはありませんでした。もし定期検診などで歯医者さんに慣れていたら、こんなことにはならなかっただろうと反省。その後は3〜4カ月に1回フッ素塗布に通うようになり、今では大きな口を開けて診てもらっています。 ※本記事の内容は、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。 イラスト/しおん著者:今岡めい6歳と4歳の超わんぱく兄弟を育てるママであり、フリーライター。「子育てで一番大切なのは母親が笑顔でいること」「幼児期最大の英才教育は遊びである」をモットーに掲げ、日々テキトー育児を繰り広げている。 監修者・著者:助産師 松田玲子医療短期大学専攻科(助産学専攻)卒業後、大学附属病院NICU・産婦人科病棟勤務。 大学附属病院で助産師をしながら、私立大学大学院医療看護学研究科修士課程修了。その後、私立大学看護学部母性看護学助教を経て、現在ベビーカレンダーで医療系の記事執筆・監修に携わる。
2024年05月02日現在、5歳と2歳のやんちゃな男の子2人を育てています。最近、もうすぐ6歳になる長男が「バカ」、「あっち行け」、「うるせーな」など言葉遣いが悪くて困っていました。幼稚園やYouTubeで覚えたのだろうと思っていましたが、本人に聞くと意外な答えが……。大反省した体験をお伝えします。 言葉遣いが悪すぎる!最近の長男はとにかく口が悪く、何か注意しても「面倒くせーなー」、「ぶっとばすぞ」など耳を覆いたくなるような言葉の数々。2歳の次男までが長男をマネして、舌足らずな声で「ぶっとばすぞ」と言ったときは本気で子育てが嫌になりました。 もちろん、次男は言葉の意味を理解していませんが、これは本当になんとかしないといけないと思い、原因を知るため、長男にどこでこの言葉を覚えたのか聞き取り調査をすることに。 原因は……私!?すると「ぶっとばす」、「バカ」はアニメのキャラクターが言っていたセリフとのこと。確かに「ぶっとばす」はそのキャラクターがよく言っているなぁ……と納得。日常的に使って良い言葉ではないことを、一緒に見ているときにきちんと説明しなければいけなかったと反省しました。他の言葉も「幼稚園で〇〇君が言ってた!」とも。 長男と話していると、「悪い言葉」というのは何となく理解している様子。幼稚園では他のお友だちには言っておらず、家で私や弟にだけ使っているとのこと。 しかし、乱暴な言葉だし、聞いた人が悲しくなる言葉なので使わないようにと言い聞かせました。最後に「あっち行け」の発生源を聞くと、長男は驚いた顔で「ママだよ」と。 一度だけでもダメ!?「ママがそんな言葉使うわけないでしょ!?」と驚く私に、「ママ、前に怒ったときに言ってたよ!」とのこと。そう言われると確かに、体調が悪くてイライラしているときにワガママを言われて思わず使ってしまった記憶が……。 ただ、自己弁護すると、言ってしまったのは本当に一度だけですし、日常的には使っていません。ただその「一度」だけでも子どもにとっては覚えるのには十分、衝撃的な言葉だったようです。そのことを大反省しました。 社会生活を送る中で、子どもが悪い言葉を覚えてきてしまうのはある程度は仕方のないことだと思います。ただ、今回の場合は、私が悪い言葉を使うことで子どもも「ママが使ったなら、僕も使ってもいいんだ!」と思ってしまったようです。一度だけであっても使うべきではなかったと反省しました。今は子どもと一緒に私も正しい言葉遣いをするように気をつけています。 著者:竹内優実5歳と2歳の男児を育児中。時短と節約が大好きなアラフォー母。簿記2級・MOSマスター・初級シスアド取得。パソコンを活かした育児グッズの作成が得意。夫は激務の為、ほぼ1人育児中。
2024年05月01日通っている幼稚園、保育園から突然「退園勧告」をされたら……!?退園勧告エピソードまとめ幼稚園、保育園に入園したけれど、診断結果や特性からの困り、お友だちとのトラブルなどで突然の退園勧告……!そんな時、どんな対応をしたらいいの?転園先はどうする?など、困った経験をした方も多くいらっしゃると思います。今回は発達ナビ連載ライター陣の描いた、お子さんの退園勧告に関するエピソードなどをまとめました。突然の退園勧告!トラブル、特性、その理由はさまざま……退園勧告にまつわるエピソード6選4歳の時に軽度の知的障害(知的発達症)と診断されたプクティさんの息子さん。療育に通い始めた矢先、幼稚園の園長先生から「年長クラスに進級するのは難しいと思う」と退園勧告をされます。プクティさんは次に通う園探しに奔走し……。なのはなさんの息子さんは5歳でADHD(注意欠如多動症)、ASD(自閉スペクトラム症)と診断を受けています。好奇心が強く真面目、こだわりが強い性格は幼稚園でもトラブルを起こし、入園5ヶ月で実質退園勧告を言い渡されました。専門家に「言葉が遅いだけ」と言われ、息子のスバルくんを見守ってきた星あかりさん。とうとう3歳の誕生日の数日前に言葉が溢れ出し、これで一安心と思ったのもつかの間、プレ幼稚園のある日の放課後、園長と副園長から呼び出され……監修の初川先生からのメッセージも必読です。自分の気持ちを言葉にするのが苦手なるみちゃんさんの娘さんでしたが、幼稚園に入園し仲の良いお友達ができました。しかし、言葉をうまく伝えられない娘さんは口喧嘩に勝てずにお友達の腕をかんでしまい、ママ友ともトラブルに……。保育園に通わせながらもお子さんの発達の遅れが気になっていたエピソード提供者さん。療育に通うことが決まり、保育園にもその事を伝えると突然呼び出され「劣っている子の保育は難しい」「在籍は今年度一杯が限界だと思います」と伝えられ……退園を決意するまでのお話です。ASD(自閉スペクトラム症)のあるかさはらあやこさんの息子さん。園側との意思の疎通の難しさから保育園を半年で退園した出来事を振り返り、当時のエピソードを描いていただきました。(コラム内の障害名表記について)コラム内では、現在一般的に使用される障害名・疾患名で表記をしていますが、2013年に公開された米国精神医学会が作成する、精神疾患・精神障害の分類マニュアルDSM-5などをもとに、日本小児神経学会などでは「障害」という表記ではなく、「~症」と表現されるようになりました。現在は下記の表現になっています。神経発達症発達障害の名称で呼ばれていましたが、現在は神経発達症と呼ばれるようになりました。知的発達症(知的障害)、自閉スペクトラム症、注意欠如・多動症、コミュニケーション症群、限局性学習症、チック症群、発達性協調運動症、常同運動症が含まれます。※発達障害者支援法において、発達障害の定義の中に知的発達症(知的能力障害)は含まれないため、神経発達症のほうが発達障害よりも広い概念になります。知的発達症知的障害の名称で呼ばれていましたが、現在は知的発達症と呼ばれるようになりました。論理的思考、問題解決、計画、抽象的思考、判断、などの知的能力の困難性、そのことによる生活面の適応困難によって特徴づけられます。程度に応じて軽度、中等度、重度に分類されます。ASD(自閉スペクトラム症)自閉症、高機能自閉症、広汎性発達障害、アスペルガー(Asperger)症候群などのいろいろな名称で呼ばれていたものがまとめて表現されるようになりました。ASDはAutism Spectrum Disorderの略。
2024年05月01日下の子が幼稚園のとき、クラスの違うお友達のママからなぜかとても気に入られ、よく話しかけられるようになりました。え!?今なんて!?特に避ける理由もなかったので、会ったらおしゃべりする程度でした。ある日、そのママが通っているクリニックの整体師さんがどれだけカッコ良いのかを話してきました。私は「へぇ、イケメンだね」程度に答えていたのですが、それからというものもっぱら彼女の話題は整体師さんがどれだけイケメンなのかばかりに。ある日、別のママから「あの人整体師の人と不倫してるんだよ」と告げられました。旦那さんは単身赴任で海外にいると聞いていたのですが、楽しそうに不倫している姿を彼女はSNSに投稿しているのも見てしまいショックを受けました。 その後、話かけられたら対応はするけれど、自分からは挨拶以外は話をしないようにしました。 ◇ ◇ ◇ 不倫していることがバレバレなのに、アピールするような行動をとる人と仲良くするのはトラブルなどに巻き込まれたりしないためにも、このママのようにある程度距離を置くことも大切かもしれませんね。子どものことを考えると、わざと避けるよりも当たり障りのない対応をすることが良いのかもしれませんね。自分と価値観が合わない人とは、ある程度距離を置き無理に合わせず、ママの心の平和を優先させると良さそうですね。 作画/さくら著者:米田芽衣子40代、中学生と大学生の子がいる母。正社員で働きつつ家事は全て担当しているブラック主婦。
2024年04月30日女性活躍・ダイバーシティと言われていても、「仕事か家庭か」の選択肢を迫られるのは、女性が多いのが現実です。結婚後も女性は、妊活、家事育児との両立、産休・育休後の職場復帰など悩みが尽きません。積み上げたキャリアを維持するのか、手放すのか決めなければならない局面で、どのように考えるとよいのでしょうか。36歳の時には楽天グループにおいて最年少の執行役員になるなど華々しいキャリアを歩むCMOの河野奈保さんも、ライフステージが変わっていく同世代を見て“35歳の壁”や“適齢期”という言葉に縛られ考えていたと言います。その後40歳を過ぎて結婚・出産。人生観を大きく変える決断でした。それぞれのライフステージをどのような考えで過ごしたのか、話を聞きました。■仕事中心で駆け抜けた20~30代、「結婚・出産への不安は少なからずありました」28歳で楽天市場のモバイルサイトを立ち上げるための事業責任者に指名され、リーダー、副部長、部長と昇進。36歳の時には最年少の執行役員になるなど、順風満帆に昇進した河野奈保さん。楽天市場内のモバイル事業の責任者となって150人の部下をマネジメントし、悩みながらも事業拡大を推進し成功を収めるなか、プライベートでは早期に結婚・出産していく同年代の女性たちを見て、つい比べてしまう自分がいたと言います。「一番悩んだのは20代の最後をどう暮らすのか、でしたね。学生の頃は子どもを早めに産んで、友達みたいな関係で子供と一緒に成長する…そんな自分を思い浮かべていたので、同年代の友人が結婚・出産していく中、その流れにのれない自分についてふと考えてしまうこともあれば、適齢期という言葉にがんじがらめになっていたこともありました。30代を超えると『35歳の壁』、妊娠・出産適齢期の壁があることに不安を感じていました。 結婚や出産は自分ひとりの選択肢ではないにも関わらず、『こうありたい』と自分で変にレールを引いてしまう。それでがんじがらめになって、苦しんでいた時期もあったと思います」今では社内の重役たちが集まる会議で、どんなに重たい議題であっても、河野さんの発言によって「ポジティブに対処することができる」と評されるほど、常に朗らかな河野さんですが、実は物事をネガティブにとらえてしまうクセが過去にはあったと言います。「仕事でもプライベートでも、昔はマイナス面に目を向けてしまいがちで、自分のネガティブ思考を切り替える方法を模索していました。ポジティブシンキングについて学べる本は複数冊読んだと思います」。その結果、「仕事でもプライベートでも、人生を楽しむのって自分の考え方次第だな、という感想が残ったんです」と河野さん。40歳で常務執行役員になるなど順調にキャリアを積み上げていき、周囲から「働く女性の代表」や「楽天で働く女性の代表」として見られる機会も増えていきました。そのなかで家庭を持つ自分はなかなか想像できずにいたと言います。「当時の私が一番大事にしていたのは、『自分がどうありたいのか』という軸をしっかり持つことでした。ライフステージが変わっていく友人たちを見て比べるのではなく、自分に素直になること。一歩一歩しっかりと歩んでいくことしかないと意識を変えました。割り切って考えていたので、40代を迎えた頃には、正直、子どもがいない人生もありだなと思っていました。子どもを育てることだけでなく、仕事できちんと自分らしく生きて社会に貢献することも、人として十分価値があると思っているからです」。■ライフステージに大きな影響を与えた“母の介護”人生観が変わり、家庭を持つことも視野にその考え方に今も変わりはないですが、「家族があってこそ、仕事に打ち込める」と河野さんの意識を変えるきっかけとなったのが、40歳を迎え経験した“母親の介護”でした。「私が40歳になったころ、母が癌だとわかったんです。一緒に病院に行き、そこで告知されたときにはステージ4。余命何ヵ月とは明確に言われなかったですが、明らかにもう最終ステージだというのがわかりました。その時に私が仕事に100%の力を注いでこられたのは、家族が元気でいてくれたからであって、何も心配することなく仕事と向き合えた自分は恵まれていたんだと気づきました」昼休みに抜け出して病院へ通い、仕事帰りにも病院へ。良い治療法がないかと探し、仕事中も母の病気のことを考えてしまう日々。精神的にも肉体的にも追い込まれる厳しい状況だったと言います。「この経験は、私の働き方に大きな影響を与えた出来事でした。ガムシャラに働いていた私を支えてくれていたものにあらためて気づくことができた…人生に対する価値観がガラリと変わった瞬間でした」。河野さんはお母様が亡くなった後、結婚と出産を経験。「何よりも自分の人生に寄り添ってくれる人を大事にしたいと考えました。当時を思いだすと涙が出てくるほど、私にとって大きな存在だった母がいない寂しさを、今は夫や子どもが補ってくれています。学生の頃に思い描いていた『子どもと一緒に成長していく関係』ではないけれど、親が歩んできた道をたどる経験ができています。子どもを見て可愛いなぁと思った瞬間に、母もそう思ってくれていたのかなと想像してみたり…。子育てを通して母の気持ちを追体験することができて、悲しさと楽しさですごく充実しているというのが今の状態です」。■「早く会社に戻りたい人の支援にも目を向ける」、社会における育児支援のあり方と課題40代で家庭を築き、「仕事と家庭の両立」を迫られるようになった河野さん。出産予定日の1週間前まで勤務し、出産後は6週間で会社に戻り、復帰1日目からフルタイムで働いたといいます。河野さん自身、「そのような働き方を推奨するわけではない」と言いながら、そこまで早く復帰したのはなぜだったのでしょうか。「子どもと向き合うためにも、まずは”自分らしく”あることが大事と考えたときに、早く社会復帰したほうがいいとなりました。何十年もずっと仕事をしてきた人生だったので、6週間だけとはいえ仕事から離れた時に自分がわからなくなったんです。自宅で子どもだけと向き合うことを続けていたら、私の場合は産後うつになっていたかもしれません。むしろ、社内にある託児所『楽天ゴールデンキッズ』は0歳児からの受け入れが可能なので、子どもが生後 8 週で入園したことで、子育ての相談をすることもできました。それが私にも子どもにとっても大きな支えとなりました」河野さんはさらに、“女性の選択肢を広げること”にも目を向けたいと話します。「休みたいと言ったら休める、子育てに集中したいといったら集中できるように。一方で会社に戻りたいといったら、本当に戻れるのか。長く休みたい人の選択肢はどんどん広がっているのに対し、早く戻りたい人を支援できる環境は多くは語られていない課題があることも感じました」。急な早退やお休み、保育園・幼稚園のお迎え。復帰後は働く上で、様々な制限がかかります。河野さんもお子さんが幼稚園に入園した際に言われたことが「他のママは早くお迎えに来るのに、なんでママだけ遅いの?」ということでした。「会社でも大変な思いをして、慌てて走って迎えに行っているのに、それでも遅いと言われてしまう。でもそういう時こそ、子どもとしっかり話をすることにしています。目線を合わせて、『ママはこういう仕事をしていたから今日は遅くなって、明日は早く帰って来てほしいというけれど、明日も遅いの。でも、明日行ったらその後は2日間お休みなんだよ。そのとき何をしたいか考えておいてね』と一所懸命説明するんです」。これは、働く親であれば誰しもが経験したことかもしれません。とにかく今は家族で一緒に走り続けようと、河野さんは「子どもが寂しがったら話し合うことを徹底しています」と話します。「ある時、子どもを預けた後に、『ね、うちのママ、かっこいいでしょ』と先生に言ってくれたみたいで、聞いたときは胸が熱くなりました。子どもに寂しい思いをさせているだけじゃない、カッコイイと思ってくれている部分もあるんだな、と。割り切って色々な人の手を借りながら育てていくことも、正解のひとつなんじゃないかと思っています」■自分らしく生きるためには、“ワークライフバランス”より、“ワークライフインテグレーション”仕事にまい進してきた20代30代。40代で訪れた結婚・出産。これらの経験を経て、河野さんは女性が自分らしく生きるためには「頑張りすぎないことも大切」だと思い始めたといいます。「子育てってサステナブルじゃなくてはいけなくて、持続可能なライフスタイルであることに加え、精神状態も安定していないといけません。そのためにも無理をしないことが大切で、その時の自分のやりたいことを、ちゃんとやり続けるのが大事じゃないかと思います。これは私の考えではあるんですが、ワークライフバランスという言葉があるために、子育てと仕事のバランスに悩む方も多いと思うんです」そんな河野さんの推奨する考え方は「ワークライフインテグレーション」。仕事とプライベートを分けて考える「ワークライフバランス」と違い、「ワークライフインテグレーション」は、仕事もプライベートも生活の一部であり、両方が充実することで人生が豊かになるという考え方なので、無理にバランスを整える必要がなくなります。「私は、仕事と家庭どちらかではなくて、双方の相乗効果で頑張っていきたいと思っているので、バランスを取ることに負荷をかけて、ストレスにしないほうがいいんじゃないかと思っています」積み上げたキャリアを維持するのか、家庭のために手放すのかではなく、両方とも自分の生活の一部と考え、相乗効果を狙う…これを実現するには、本人の意識に加え、周りの環境も必要なため、一朝一夕で叶うものではないかもしれません。ただ、いずれのライフステージでも、河野さんが大切にしてきたのは「自分の考えをしっかりもって、一歩一歩進むこと」。既存の考え方や理想像にがんじがらめになることなく、「自分は何をしたいのか」を見つめ直し、「その時やりたいと思ったことをきちんと続けること」、それが後悔しない選択肢を選ぶためのヒントなのかもしれません。取材・文/森下なつ
2024年04月30日私の娘はとても健康です。友だちとも仲良く遊び、よく食べ、よくしゃべり、よく眠る子どもだと思います。そんな娘が3歳を過ぎたころ、異常にグズるようになった時期がありました。その原因は、思いもよらないアレだったのです……。突然グズりがひどくなった娘基本的にはいつもニコニコ楽しそうにしている娘。そんな娘が3歳のとき、突然「髪の毛が変、頭がかゆい……」と言って、機嫌が悪くなったのです。普段は一度寝たら朝まで起きないような子だったのですが、夜も数回起きるようになってしまい、明らかに様子が違いました。 頭に何かあるのかと思い確認したものの、白いフケのようなものが少しあるくらいで、特にアレルギーのような異常は見当たりませんでした。 幼稚園から注意喚起が……!娘がグズりはじめた2日後、幼稚園からシラミに気をつけるよう連絡がありました。正直、シラミは戦後に多く発生していたイメージがあり、まさか現代でも起こり得ると知らなかったのでビックリ。 インターネットでシラミについて検索すると、髪にフケのように見える卵を植えつけること、フケと違い指で取れないことが書かれていました。シラミの情報を頭に入れ、恐る恐る娘の髪を再度確認したところ……、フケに見えた白いものは、指でまったくとれませんでした。 シラミと闘う1週間さらに娘の髪の毛と頭皮を念入りに確認したところ、小さな小さな虫を発見しました。娘のグズりの原因はシラミだったようです。すぐに薬局へ行き、シラミ駆除に効くシャンプーと、目が非常に細かくシラミの成虫や卵を髪からそぎ落とす、シラミ用のくしを買ってきました。 それから1週間は、ひたすら洗髪とシラミ用のくしでのブラッシング。ブラッシング時に抜けた髪をよく観察すると小さな虫がついており、気持ち悪さで叫びそうになりつつも、とにかく念入りに洗髪とブラッシング! 無事にシラミはなくなりました。 もっと観察すべきだったと反省娘以外は家族の誰もシラミ症にならなかったので、娘はおそらく幼稚園でシラミをもらってきたのだと思います。集団生活をすると風邪だけではなく、こういったものももらってくる可能性があるのだな……と学んだ出来事でした。 娘が最初に発した「頭がかゆい」というシグナルを、その時点でインターネットなどで深く調べていれば、もっと早くシラミが発見できたかもしれません。親として反省した出来事でした。 シラミを娘の髪から取り除くのは、本当に大変でした……。この一件以来、娘の様子が少しでも普段と違ったら、さまざまな角度から観察するように。まさかそんな病気になるわけがない、起こるはずがないという先入観を、できるだけなくして対応するようにしています。 ※本記事の内容は、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。 著者:レイトン 愛加5歳の娘を育児中。現在はブラジルに移住しており、海外での子育てと仕事の両立に奮闘中。大学卒業後、ずっと経理の仕事をしており、ブラジルで独立して事務所を構えることが直近の目標。いつか子どもと世界旅行をするという野望も!監修者・著者:助産師 松田玲子医療短期大学専攻科(助産学専攻)卒業後、大学附属病院NICU・産婦人科病棟勤務。 大学附属病院で助産師をしながら、私立大学大学院医療看護学研究科修士課程修了。その後、私立大学看護学部母性看護学助教を経て、現在ベビーカレンダーで医療系の記事執筆・監修に携わる。
2024年04月28日こんにちは♡Akaneです!我が家の長女は腰まであるロングヘアなのですが、毎日のヘアアレンジがとっても大変。。それでも可愛さは忘れたくないなぁ。。と思いここ半年程ハマっているリボンヘアピン❤︎気がつけば沢山の種類が集まっていたので、今回はリボンを使った超簡単楽かわアレンジをご紹介しますね!不器用ママでも楽かわ! 三つ編みリボンアレンジ3選〜ねじねじ×三つ編みで立体ヘアー〜まず1つ目はこちら❤︎一見複雑そうに見えますがとっても簡単!まずツインテールに結び、片方を真ん中を量を多めにした3等分に分けます!左右は三つ編み、真ん中はねじねじにします!出来たら、バランスを見ながら左右の三つ編みをねじねじに巻き付けるだけ!ポイントは少し空間をあけて立体感を出すこと♡仕上げに大きめリボンとミニリボンを付けてあげるとポイントになって可愛いですよ♩〜おだんご×三つ編みヘアー〜次は一手間加えるだけでより可愛く見えるおだんごヘアー❤︎ベースはとっても簡単!ツインテールに結び、それぞれを毛先を3分の2くらい残しておだんごにします!あとは残った部分を三つ編みするだけ♩ポイントに大きめのカラーリボンを付けてあげるとコンパクトな可愛いおだんごヘアーの完成❤︎〜ロングリボン×三つ編みヘアー〜最近のお気に入りはロングリボンを使ったお手軽アレンジ!リボンの端がロングタイプのヘアアクセを使っています♡ツインテールをしたところにピンをつけて、一緒に三つ編みしていくだけの超簡単アレンジ!それでもところどころからリボンが見えるのでポイントにもなるし、こんなに簡単なのに“可愛い❤︎“と沢山周りからも褒めてもらえますよ♪このアレンジはツインテールだけじゃなくて、ポニーテールでやっても可愛のでおすすめ!ポニーテールの場合は三つ編みを2つに分けるのもおすすめです!リボンの色味を変えるだけでもかなり印象が変わるので、色違いで何本あっても使えますよ♪ゴムだけだから幼稚園もOK! リボン無しの登園ヘアアレンジアイデア♡幼稚園や保育園は飾りピンがダメなところもありますよね?それでも一癖アレンジしたい。。というのが女の子ママですよね!そんな時におすすめなのがこちら♪まずは左右それぞれ3回くるりんぱをします!ツインテールまでしたら、次は引っ張ってぷっくりさせます!隠しゴムをして残りは三つ編み♡完成〜!とにかく簡単なので朝の忙しい時間でもサクッと出来ちゃうのでおすすめです♡ヘアピン等がOKの場合はこんな感じで大小のリボンを付けてあげても可愛いですよ♪どんなに簡単なアレンジでも、可愛く見せてくれるリボンアイテム♡私は韓国雑貨屋さんや、SHEINで購入したりしています!沢山のアイテムが低価格で購入できるのでオススメですよ♪ぜひ皆さんもチェックして簡単にアレンジしてみてくださいね❤︎
2024年04月28日亮太さんは妻の麻耶さん、4歳の息子・和馬君の3人家族。亮太さんは、麻耶さんに対して不満があり、会社で寝泊まりして1週間になります。亮太さんが家を出ることになった理由とは……?何を伝えてもいつも屁理屈ばかりの麻耶さんに、亮太さんはいつしか「話し合うだけ無駄」と考えるように。その内亮太さんは、胸の違和感に加えて、涙が勝手に溢れたり異常なほどの物欲が湧いてきたり、体や心の異変を感じるようになります。そしてとうとう仕事に集中することもできなくなってしまった亮太さん。社長に言われるがまま、早退して体を休めることにしたのですが……? 一方そのころの麻耶さんと和馬君は、2人並んで幼稚園から歩いて帰っているところです。 居間にいたはずの息子がいない…? 家について和馬君におやつを出した麻耶さんは、いつものようにイヤホンを装着。大好きな音楽を聴きながら自由に過ごします。 そんな母を邪魔しないようにと考えたのか、和馬君は幼稚園でもらったしゃぼん玉でひとり庭に出て遊ぶことにした様子。 母親の言いつけを守り、きちんと窓を閉めることも忘れません。 ふと、麻耶さんは和馬君が居間にいないことに気付きますが「別の部屋に行ったのだろう」と推測。そのまま、和馬君が出て行った窓の鍵を閉めてしまったのでした。 ある程度ひとりで遊べる年齢になると、厳しく子どもを監視することはなくなるでしょう。 ですが、それでも子どもが事件や事故に巻き込まれないように気を配るのは親の務めです。 麻耶さんは、イヤホンの装着によって子どものSOSに気付けなくなるリスクがあることを、しっかりと認識しておくべきだったかもしれません。 子育ての合間の息抜きは大切ですが、小さな子どもといるときに趣味や友人との会話に熱中するのはNG。 自宅から締め出されてしまった和馬君に、何事も起きないことを祈るばかりです……。 >>次の話著者:マンガ家・イラストレーター くろねこ
2024年04月26日息子が幼稚園年長のころの話です。公園で遊んでいると、息子と同じ年の男の子と出会い、子ども同士が仲良しに。その後、ママ同士も仲良くなってママ友になることができました。ある日、子どもたちが「家で遊びたい」と言い始めます。私の家で遊ぶことになったのはいいのですが、何時になっても帰ってくれなくて……。 気の合うママ友だと思っていたのに…… いつもは公園で遊んでいたものの、あるとき子どもたちが「家で遊びたい」と言い始めました。親子を家に招くと、子どももママも大盛り上がり。私は「長くても17時くらいには解散かな」と思っていましたが、17時30分になっても帰る気配がありません。私が「そろそろ夕飯の準備をしなきゃ」と言っても、ママ友は「うちは夫が遅いから、まだ時間は大丈夫!」とひと言。 さらに、夫が帰宅しても帰るそぶりもありません。18時になるとママ友はようやく「そろそろ帰ろう」と言いますが、今度は子どもが「帰りたくない!」と言い出し結局帰ってもらえず……。私が困っていたところ、「そろそろお開きにしませんか?」としびれを切らした夫が言ってくれたので、やっとお開きになりました。 その後もわが家に何度か遊びに来ることがあり、その度に18時過ぎまで居座られます。時間の話を私から切り出しても、ママ友は平然と居座るのです。しかも、ママ友のお宅に呼ばれたことは一度もなく、毎回わが家。「次は○○くんのおうちで遊ばない?」と提案しても、ママ友は「うちは散らかっているから」と言うだけ。幼稚園は違うものの、進学すると同じ小学校に通うことになるので、トラブルにしたくなくてわが家で遊ぶことを断れずにいました。しかし、やはり困っていたのでママ友にではなく子どもたちに「遊ぶのは外にしようね」と提案してみることに。すると意外にも、子どもたちは「家で遊ぶ」と言わなくなり、以前のように外で遊ぶようになったのです。 人によって、時間の感覚やよその家にお邪魔する際のマナーについての考え方が違うのは当然ですが、配慮がないと大変だと感じました。今後は相手が自分の感覚と同じだと思い込まず、家で遊びたいと言われた場合は「◯時まで」と事前に約束してから招こうと思います。 作画/Pappayappa著者:さとうきみ
2024年04月26日私は30歳の兼業主婦。3歳年下の夫と幼稚園に通う娘と3人暮らしです。夫は塩対応だけれど、とても仲良し♡ パートをしたいという話をしたときも、「無理させたくない」「他の男の人に言い寄られないかが心配」という理由で反対してくるほど♪幸せな毎日を過ごしていますが、幼稚園に苦手なママ友がいて……。読モ出身の派手なママ友は夫がお気に入りド派手な服装をして、周囲のママたちの服をけなしてくるママ・A子。A子は昔ギャル雑誌の読者モデルをやっていたということもあり、ファッションセンスに自信がある様子。 しかもイケメンの私の夫がお気に入りなんです。「ダサくて残念な妻には、愛想尽かしているわよ」と、嫉妬からか私にいつも強く当たってきます。 プールでA子と水着対決をすることに!ある日、ママたちがプールに行く約束をしていると、通りかかったA子も一緒に行くことに。私も誘われましたが、水着になるのは苦手。そんな私を見て「スタイル悪いから、水着姿を晒したら見た人の目を腐らせちゃうね!」と意地悪を言ってきます。 そこで怒ったのが私の娘。「オバサンはド派手で下品なだけ。TPOさえわきまえてない!」と正論をぶつけます。デザイナーを夢見る娘は、私に似合う水着を見つけ出し、A子と勝負させると言い始めました。A子も「私の引き立て役になるのがオチよ!」と対決することに。 娘が選んだ水着を家で試着していると、その様子を見ていた夫もプールに行くと言い出しましたよ。さぁ、どうなる!? 上着を無理矢理はぎ取ろうとされ……プールについたものの恥ずかしくて上着を脱げないでいると、A子は「早く脱ぎなさいよ!」と、強引にはぎ取ろうとしてきました。止めようとした娘と押し合いになり、娘が転倒! A子の行動に、私が上着を脱いで戦おうとすると…… 「スタイルいい!」「水着のセンスいい!」と周囲の人たちが私を見てザワつきはじめました。その様子に気付いた夫は走ってきて、私に上着をかぶせながら「こいつの水着姿を見ていいのは、俺だけだ!」とまさかのバックハグ! A子は、「私のほうが相応しいんだからぁ!」と悔しがります。その声はA子の夫にもしっかり聞こえてしまい、これまでのA子の言動を周囲から聞いて激怒! A子はたっぷり説教されたそうですよ。見た目ばかりに気にして、周囲を見下すような人は誰にも好かれません。身から出た錆ですね。 著者:ライター ベビーカレンダー編集部/ママトピ取材班
2024年04月26日子ども同士は仲が良くても、親同士は仲良しになるとは限りません。こちらは仲良くしたいと思っても、一方的に冷たい態度を取ってくる親もいるようです。今回は、子どもの幼稚園のママに挨拶をして無視され続け、それでも挨拶をし続けた結果起きたことについて紹介します。同じ小学校を受験するから…無視!?「娘が通っていた子どもの多くがお受験をする幼稚園で、3年間同じクラスだったママの話です。私はそのママに会うたびに挨拶をしていましたが、ずっと無視され続けました。でもそれに懲りずに挨拶を続けた結果、年長で卒園間近だったある日、なんとそのママがにこっと笑って挨拶を返してくれたんです。今まで私と目も合わさなかったのに。そのママに今までなぜ私の挨拶を無視していたか聞いたら、『同じ小学校を受験すると知って、ライバル心が湧いたから』と言っていましたが、だからって無視しなくてもいい気もしますがね。今ではそのママと子ども抜きでもよく会う仲です。ちなみに子どもたちは同じ小学校に合格し、仲良く通っています」(30代女性)▽ 子どもたちが2人とも合格したからいいものの、もしその挨拶を無視していたママの子だけ不合格だったら……きっと永遠に挨拶してくれなかったでしょうね。にしてもこの女性はメンタルが強いですね。
2024年04月26日こんにちは。HugMugフレンズの海老原です。今年、長女が無事に高校の志望校に合格し次男が小学校に入学した我が家。バタバタと同時に一安心の4月を過ごしていました。小学校入学と同時に次男が公文を始めました。兄さんと一緒に公文に行くのが今は楽しみらしく生活にも少し変化があったので公文に通わせている保護者の一人としておすすめの習い事の一つの公文について今回はご紹介します♪公文から入室、退室メールが来るので安心◎入室メール子供が公文に行くとまず入り口で自分のファイルを取りバーコードを読み取ります。そうすると保護者に入室メールが届きます。退室メール学習が終わると、また自分のファイルのバーコードを読み取ると保護者へ退室のメールが届きます。息子達が通う公文は家から近く大通り沿いなのもあり安心なのですが駐車場が限られており、徒歩で行くと終わるまで外で待っていないといけないので...正直、雨の日や夏の残暑の中や冬の寒い日はキツイな。と思っていたのですが入退室のメールが届くことで安心だし退室メールが来て、途中までお迎えに行ったりしています。長男が5年生になって、かなりしっかりし「ちゃんと二人で行くから大丈夫!」と言われ兄さんに任せています。弟が早く終われば絵本を読んで兄さんを待っていて兄さんが早く終われば本を読んで弟を待っているらしく仲良く二人で行って帰宅してきます。メールが届くことで確認できるのは本当に助かります。自分で考える力がついた!毎日やることで学習習慣が身につく始めたばかりだから公文が楽しくて仕方がない次男今は、自分から進んで学習をしています。子ども自ら考えた”効率のよい学習法”を紹介筆箱、時計、公文のファイルを用意して始めるのですが...どうやったら効率が良いか自分で考えたみたいで①やる枚数の宿題を切り離し右側に置くまず、10枚1セットになっている宿題をやる枚数を決め切り離してました。切り離すことをプレビューって言うんだよ。と息子から教えてもらいました。②今から始める宿題を真ん中に置き学習を始める○がつ○にち名前を書いたら時計で始める時間を確認。時間は書く必要がないのですが、兄さんがやっているのを見て真似してやっています。終わった後に「何分でできた?」と聞いてくるので今日は昨日より早く出来たね!と褒めたりしています♡③終わった宿題は左側へ置く終わったら左側へ裏返しに置きやり忘れがないか確認。右から左への流れを考えてやっています。教室で見たのか、教わったのか分からないのですが「こうやったほうが、やりやすいんだよ。」と教えてくれ凄いな!と思い感心しました。笑「今日は○枚やる!」と決め進んで学習しています。「明日は遊びたいから、今日○枚やろうかな。」と考えている姿を見れるようになったのは親として嬉しい子供の成長でした。モチベーションが上がる一つ、Gメダル!兄さんが小学校4年生の時に中学課程進級賞のGメダルのキーホルダーを貰いました。長女も公文に通っていた頃に貰っていてその時に喜んでいたのを覚えていたらしくGメダルを一つの目標として頑張っていた息子今は、次男もこのGメダルが欲しくて頑張っています。兄さんは高進度学習者が貰えるトロフィーを次の目標に頑張っていて目標を達成する喜びも大きく続けるモチベーションの一つとなっています。頑張った証として貰えるご褒美があることはモチベーションを保つ一つになっているのでとても有難いな。と思っています。4年以上使用して劣化した場合は新しいリュックがもらえる⁈公文入会時に貰えるリュック。会費に含まれておらず入会時に無料で頂きました。長男のリュックは、5年目になりボロボロになっていて...先生から新しく頂きました。「壊れたり、劣化したら言って下さい。新しいリュックをお渡しします。」と先生に言われるまで私は知らなかったのですが、家庭の負担にならないのは有難いな。と思いました。今は二人お揃いのリュックで公文に行っていて「行ってきまーす!」と見えなくなるまで手を振っている姿を嬉しく見守っています♡3人の子どもを通わせたママからみたメリット我が家は4歳から子供達に自分のことは自分で決めてね。と伝えています。幼稚園に通い始めてから自我が目覚め、初めて親元から離れて社会性を学ぶのをきっかけに自分のことは自分で決めて行動する。と家庭の教育方針として主人と決めました。長女は幼稚園での文字書きや英語など机に向かって勉強する時間が好きで、公文へ入会。長男は、姉さんに憧れて公文へ入会。追いつけ追い越せ!と頑張ってました。次男は、兄さんに憧れて公文へ入会。一緒に公文に行きたくて、「いつ公文行ける?」と聞いてきたぐらい。笑3人共、同じ親から生まれたとは思えないぐらい個性強めで性格もバラバラ。自分達で選択し決めた習い事の一つ公文は楽しい!から始まりました。その点は3人共、共通。上の子二人を見ていて...学年が上がるにつれて問題も難しく、量も多くなり楽しいから辛い、大変。と挫折しそうになる姿も見てきましたが学習習慣が身についたのは勿論忍耐力もつき、自分で考え、行動できる人になってるな。と思っています。大変だった長女の高校受験。終わった今、やっぱりベースとなったのは公文での継続は力なり。のおかげだと思いました。本当に通わせて良かったな。と思います。始まった次男の学校生活。自分のペースでコツコツとチャレンジして頑張ってくれると期待してみようと思います♪
2024年04月25日娘の幼稚園のお友だち家族が家を建て、その新居にお邪魔することになりました。娘も私も当日を楽しみにしていましたが、よりによって私はママ友宅へ行く前日に生理に。新しい家を汚してしまわないか、終始落ち着かずソワソワしてしまい……。 娘の友だち家族の新居へ娘の幼稚園のお友だち家族が家を建てました。以前から家を建てているという話は聞いていて、ママ友たちの間でも、「完成したら遊びに行きたいね」という話で盛り上がっていました。 しばらくして家が完成し、引っ越しも終わったとママ友から連絡が。そして、「新居に招待したい」と言ってくれ、私はママ友とやりとりをし、さっそく遊びに行く日を決めたのでした。 予定していた前日に生理にそして、ママ友宅へ遊びに行く前日。娘は「明日はお友だちの家に遊びに行くのが楽しみ」と言いながら寝て、朝起きた瞬間から「今日はお友だちのお家に遊びに行く日だ」とワクワクしていました。 私も楽しみな気持ちはあれど、ソワソワとした気持ちも。なぜなら前日に生理がきてしまい、ママ友宅へ遊びに行く当日は生理2日目だったから。よりにもよって経血量の多い2日目とかぶってしまうなんて。もし経血が漏れて新しい家を汚すこととなってしまったら……、ナプキンを替えるためとはいえ新しい家のトイレを何度も借りるのは気が引ける……と、気にかけないといけない点が多くあり、不安でいっぱいだったのです。 とはいえ、ママ友宅に行くことには変わりありません。そのため夜用のおしりまでカバーする大きめのナプキンを着け、消臭タイプのあるサニタリーバッグを持参し、準備万全でママ友宅へ行くことにしました。 経血漏れが気になって仕方ない初めてお邪魔するママ友宅。新しい家ということもあってとてもきれいで娘は大興奮です。私も「新築の注文住宅、うらやましいな~! すてきだな~!」と思いながら見学。そして、大はしゃぎで遊んでいる娘たちを見て、私は「生理で不安な気持ちはあったけど、遊びにきてよかったな」と思いました。 その後、娘たちが遊ぶ様子を見ながらママ友との会話をしている中で、いつのまにか生理であることが頭から抜けていて……。娘を抱っこした瞬間に、経血がドバッと出る感覚で「そうだ、生理中だったんだ」とハッとした私。 多い日用の大きいナプキンをしてきているので、経血漏れは大丈夫だろうと思っていても、結構な量が出た感覚があり、不安になってしまって……。 心配になって一度だけトイレを借りましたが、経血漏れはしていないようで安心。持参していた大きいナプキンに取り替え、使用済みのナプキンは持ってきたサニタリーバッグに入れ、持ち帰りました。またトイレから出る際は、便器に経血汚れが付いていないかも念入りに確認しました。 その日の滞在時間は2時間程度で、そこまで長くない時間でしたが、経血漏れを気にしはじめてからの時間は私にとって長い時間に感じました。今回はお互いにパパが仕事ということもあり、パパは不参加でした。そのため、次回はパパも参加できるホームパーティーを計画しています。次回は生理ではない日にして落ち着いてゆっくり楽しみたいです。 著者/Sugar111(佐藤幸代)作画/ののぱ 監修/助産師 松田玲子医療短期大学専攻科(助産学専攻)卒業後、大学附属病院NICU・産婦人科病棟勤務。 大学附属病院で助産師をしながら、私立大学大学院医療看護学研究科修士課程修了。その後、私立大学看護学部母性看護学助教を経て、現在ベビーカレンダー、ムーンカレンダーで医療系の記事執筆・監修に携わる。 ムーンカレンダー編集室では、女性の体を知って、毎月をもっとラクに快適に、女性の一生をサポートする記事を配信しています。すべての女性の毎日がもっとラクに楽しくなりますように! イラスト制作者:マンガ家・イラストレーター ののぱ
2024年04月24日かし家の3人の子どもたちを紹介しますはじめまして!かしりりあと申します。 ASD(自閉スペクトラム症)の長男りー、発達ゆっくり次男かー、同じく発達ゆっくり三男おーと夫、5人家族で仲良く過ごしています。 ブログ、SNSで子どもたちとの暮らしの中で気づいたことを発信しています。そんな私たちの家族を紹介していきます。中度知的障害(知的発達症)を伴うASDの長男りーUpload By かし りりあ中度知的障害(知的発達症)を伴うASD(自閉スペクトラム症)の長男りー(6歳)です。 2024年4月から特別支援学校に入学し、放課後等デイサービスに通っています。長男りーは、1歳を過ぎても指差しや模倣、言葉が出ず、1歳半健診で様子見になりました。 その時は、インターネットで検索して出てきた自分が安心できる言葉だけを信じて、「この子には何もないんだ。もう少しで身振りをしたり、言葉を話したりするんだ」、そう思っていました。その後絵本を読み聞かせしたり、よく話しかけたりと自分なりにいろいろとはたらきかけてきましたが、これといった良い変化を感じることができませんでした。知り合いの児童発達支援管理責任者の方へ相談したところ「ぜひ来てください」と言っていただき、幼稚園入園と同時に、児童発達支援事業所へ通い始めました。あわせて、言語療法や作業療法などにも2年間通ってきましたが、事業所の先生から療育園へ通うことを勧められ、幼稚園を退園し、療育園へ通うようになりました。Upload By かし りりありーは小さい頃から、気持ちが高まるとその場で飛び跳ねます。特に、電車や車などの走るものや、流れるように動くもの(マニアックなものだと、テレビ番組のスタッフロール)が大好きで、テレビや動画でこのような場面を見ると必ず飛び跳ねています。飛び跳ねる癖は、6歳になった今も続いているので、トランポリンでジャンプするように教えています。また、感覚過敏なところがあり、マスクや帽子などが苦手です。マスクをつけていてもすぐに外してしまうので、コロナ禍の真っ只中では、周囲の目が怖かった記憶があります。最近は、家でズボンやパンツを履くのを嫌がるようになりました。履かせてもすぐに脱いでしまうため、できるだけ脱ぎにくい丈が長い服を着せるようにしています。6歳ではありますが、まだまだ幼いところもあり、気まぐれにだっこやおんぶなどのスキンシップを求めてきます。父(夫)が大好きで、以前は出勤すると泣いて怒ることもありました。発達ゆっくりさんの次男かーUpload By かし りりあ次男かーです。幼稚園年少(3歳)です。児童発達支援事業所に週2回通っています。長男同様言葉が話せないということが気になったため、保健師さんや長男の通う児童発達支援の先生へ相談し、幼稚園に入るタイミングで、長男と同じ児童発達支援に通うことになりました。そんなかーですが、身振り手振りで自分のやりたいことを伝えてくれるので、兄よりも気持ちが分かりやすいです。そして母(私)が大好きです。スキンシップも多めで誰かと触れ合っていると安心するようです。お友達や先生との関わりでいろいろなことを吸収してきて、 幼稚園で習った手遊びやダンスを披露してくれます。見通しが立たなくなると不安を感じるのか、幼稚園や児童発達支援では泣くことがあります。Upload By かし りりあかーは今、声のボリュームについて勉強中です。家では楽しくなると「わー」「きゃー」などの奇声のような大きな声をあげます。「小さい声でお話しようね」と伝えるとその時は気をつけていますが、少し時間を置くとまた「きゃー」と騒ぎ出してしまいます。今のところ、幼稚園や児童発達支援では大声は出していないようで、家の中だけなのですが、これは繰り返し伝えていきたいと思っています。発達に遅れはないと思っていた三男おーUpload By かし りりあ三男おー(1歳)です。兄たちの姿を見て活発に育っていますが、言葉や身振りがまだ出ておらず、1歳半健診で引っ掛かり、様子見ということになりました……。欲しいものへの主張はすさまじく、自分で高いところへのぼって取りに行ったり、泣いて「欲しい」アピールをしてきます。兄たちが大好きで、常に追いかけています。たくさんの人に支えてもらいながら毎日ドタバタな生活をする中で、いろいろなトラブルやハプニングもありました……。そんなわが家の日々を描いていきたいと思います。どうぞよろしくお願いします。執筆/かしりりあ(監修:鈴木先生より)言葉の遅れがある知的発達症のお子さんは焦らずゆっくりと階段を上っていけばいいのです。そこにASD(自閉スペクトラム症)の併存があればなおさら大変になります。言語療法以外に感覚統合を行う作業療法も必要になるからです。さらに、感覚過敏やこだわりなどもあるため、育てにくさを感じる場面に多く遭遇することとなります。今回は3人とも言葉の遅れがありますが、小児科医がまず初めに疑うのは難聴の有無です。ABR(聴性脳幹反応)という検査で難聴の有無を客観的に判定できます。難聴が見つかった場合は補聴器などで補正して言葉を増やすことができるので、健診で様子見ではなく、できるだけ早く小児科医と相談する必要があります。(コラム内の障害名表記について)コラム内では、現在一般的に使用される障害名・疾患名で表記をしていますが、2013年に公開された米国精神医学会が作成する、精神疾患・精神障害の分類マニュアルDSM-5などをもとに、日本小児神経学会などでは「障害」という表記ではなく、「~症」と表現されるようになりました。現在は下記の表現になっています。神経発達症発達障害の名称で呼ばれていましたが、現在は神経発達症と呼ばれるようになりました。知的障害(知的発達症)、ASD(自閉スペクトラム症)、ADHD(注意欠如多動症)、コミュニケーション症群、LD・SLD(限局性学習症)、チック症群、DCD(発達性協調運動症)、常同運動症が含まれます。※発達障害者支援法において、発達障害の定義の中に知的発達症(知的能力障害)は含まれないため、神経発達症のほうが発達障害よりも広い概念になります。知的発達症知的障害の名称で呼ばれていましたが、現在は知的発達症と呼ばれるようになりました。論理的思考、問題解決、計画、抽象的思考、判断、などの知的能力の困難性、そのことによる生活面の適応困難によって特徴づけられます。程度に応じて軽度、中等度、重度に分類されます。ASD(自閉スペクトラム症)自閉症、高機能自閉症、広汎性発達障害、アスペルガー(Asperger)症候群などのいろいろな名称で呼ばれていたものがまとめて表現されるようになりました。ASDはAutism Spectrum Disorderの略。
2024年04月24日お気に入りのもの長男は、同じ場所を行ったり来たりする常同行動を2歳の頃からしています。そして、その時いつも手にお気に入りのものを持っています。3、4歳の頃は「曲がるストロー」がお気に入りで、このストローの曲がる部分の”角度“が長男にとって重要でした。思うような角度にならないと「これは違う」とよく泣いて、自分で直せない時は私に「直してほしい」と訴えてきました。私からすると、「え?どこが違うの?」と思うようなほんのわずかなズレも長男は気になる様子でした。 ストローはすぐに傷ついたり、凹んだり、角度が変わる素材なので、長男は何度もイライラしていました。ストローの曲がっている角度と色とメーカーさえ同じであれば替えがきいたので、「思う存分折り曲げて、気にいる角度を作っていいよ」と同じストローの100本入りを渡してみました。すると長男は曲げたストローを手に持つだけではなく、ストローで工作もするようになりました。当時はたくさんのストローの芸術たちが床に転がっていました(曲げる角度を失敗したストローは飲む時に使いました)。 こだわりに拍車をかけてしまっていたのではないかと少し心配もあったのですが、最近長男が通う児童精神科の心理士の先生に幼い頃のストローの話をしたら、「ストロー100本入り良いですね!」とおっしゃってくださり、何年も経ってから安堵しました。ストローブームのあとは、「食べかけのお菓子の袋などを止める袋止めクリップ」が長男のお気に入りとなり、やはり角度にこだわりをみせていました。 今現在のお気に入りは長方形のブロックで、もう角度のブームは去ったようです。今は角度ではなく感触を気にしています。感触が気になりすぎて、ブロックを洗うことに夢中になっています。やりすぎてしまうことがあるため、通院しながら様子を見ています。Upload By ねこじまいもみ食に関するこだわり長男は好きになると、とことんはまるという性格で、1番初めにそれを感じたのは2歳の頃でした。とにかくリンゴジュースが好きすぎる。リンゴジュースをすごく飲みたがる。食事の時はお茶という約束をしていて、それは本人も受け入れていたので特に深く考えてはいなかったのですが、このようなこだわりは長女にはなく、現在3歳の次男にも見られないため今振り返ると長男のリンゴジュースへのこだわりはすごかったなぁと感じます。好きなものを何度も食べたいというのは誰にでもあることかもしれませんが、その度合いを少し超えるこだわりの強さでした。スイカも同様に、ある時期とことんはまっていました。といっても幼い頃は、そういったこだわりくらいで、激しい偏食は感じませんでした。しかし、成長につれて長男の偏食は強くなっていき、食べられないものがみるみる増えていきました。同じ頃から感覚の過敏さも強くなっていったことも関係しているかもしれません。現在は、毎日長男の食事に頭を悩ませています。Upload By ねこじまいもみ衣類のこだわり幼い頃の長男は、衣服のタグを嫌がりましたが、私が選んで着るのを手伝うと特に拒まず着ていました。タグを嫌がるのはよくあることかな、とあまり気にしていませんでした。この素材、大きさ、形が嫌、長袖は着たくない、肌着、上着は着たくない……といったこだわりが出てきたのは、幼稚園の年中の頃でした。成長するにつれてどんどんこだわりが強くなり、着られる服が限られていきました。一度も袖を通さずサイズアウトした服がたくさんあります。長男と一緒に服を選んだり、気持ちを聞いたりしながら、これなら着られるという服を私もだんだん理解していきました。それでも幼稚園の頃は、家の外でも寒くても半袖だったり上着を着なかったりしました。小学生になってからは長男自身、人の目が気になるようで家の外では長袖を着たりするようになりました。しかし、本当は窮屈だと話してくれます。家に帰るとすぐに半袖半ズボンに着替えて開放感を感じているようです。Upload By ねこじまいもみ成長するにつれて特性は強くなる幼い頃の長男は、こだわりが強いほうかな?と感じつつも臨機応変もでき、本人の困りごともうまく解消できる範囲のもので、大きな癇癪につながったりということもほとんどなかったため、「なんとなく気になるけど、どうなんだろう……」という気持ちがずっと続きました。ほかにも麺がすすれない、手先が不器用、エスカレーターが怖いなど細かいことで気になっていたことはありました。いろいろな特性が成長するにつれて強く表れるようになり、私も強く感じるようになりました。 実際に9歳の発達検査で診断を受けた時、心理士の先生から「年齢とともに、特に家での特性はどんどん強くなっていくと思う」と言われ、今それをすごく感じています。執筆/ねこじまいもみ(監修:初川先生より)長男くんのこだわりの遍歴エピソードをありがとうございます。幼い頃から、日常生活に大きな支障が生じにくいタイプのこだわりがあったのだなと感じます。お子さんによってこだわるポイントが違うので、ものによっては体調や日常生活のリズムに影響を及ぼしうるものだとなかなかに本人も周りも疲弊します。長男くんのストローは、ねこじまさんがされたように、好きなだけ(100本入り!)あげることができ、好きなだけ没頭できたのは、長男君本人にとってストレスにならなかっただろうというところでよかったなぁと思います。成長につれ、色濃くなってゆくもの、逆に成長に伴って頭で理解することで多少(本人が)寛容に受けとめられることとどちらもあると思います。昔から変わらないこと、気づけば少しずつ変化していくこと。それぞれあると思いますが、どんな経過をたどるかは人それぞれ(本人のこだわりポイント、不安の高さや、環境側の受け入れなどによっても変わります)であるため、保護者の方はどうなっていくんだろうと不安になられることもあると思います。よき相談者や支援者とつながり、ともにその不安や成長の喜びなどを共有しながら対応されると良いと思います。(コラム内の障害名表記について)コラム内では、現在一般的に使用される障害名・疾患名で表記をしていますが、2013年に公開された米国精神医学会が作成する、精神疾患・精神障害の分類マニュアルDSM-5などをもとに、日本小児神経学会などでは「障害」という表記ではなく、「~症」と表現されるようになりました。現在は下記の表現になっています。神経発達症発達障害の名称で呼ばれていましたが、現在は神経発達症と呼ばれるようになりました。知的障害(知的発達症)、ASD(自閉スペクトラム症)、ADHD(注意欠如多動症)、コミュニケーション症群、LD・SLD(限局性学習症)、チック症群、DCD(発達性協調運動症)、常同運動症が含まれます。※発達障害者支援法において、発達障害の定義の中に知的発達症(知的能力障害)は含まれないため、神経発達症のほうが発達障害よりも広い概念になります。ASD(自閉スペクトラム症)自閉症、高機能自閉症、広汎性発達障害、アスペルガー(Asperger)症候群などのいろいろな名称で呼ばれていたものがまとめて表現されるようになりました。ASDはAutism Spectrum Disorderの略。前の記事はこちら
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めまぐるしいけど愛おしい、空回り母ちゃんの日々