人気芸能人の最新ニュースや恋愛、不倫、離婚などの恋愛事情、芸能界の噂、暴露話まで、気になる芸能ニュースをお届けします。 (1/10)
松竹芸能は8日までに公式サイトで、同社に所属するお笑いコンビ・ももグミが31日をもって解散することを発表した。同サイトでは「この度、弊社所属タレントの『ももグミ』は、2025年5月31日をもってコンビを解散することになりました」と報告。「ラストライブは5月25日(日)の『#あなたのスパイス』になります」と伝えた。今後について「つぐみは芸人として活動をしてまいります。まるもももかは、芸人活動を休止し、SNS(インフルエンサー)を中心に活動してまいります」とし、「両名とも引き続き弊社に所属しての活動となります」と記した。そして最後に「今まで御支援頂きました沢山のファンの皆様方や、関係者各位の皆様には心より感謝申し上げます」「今後とも変わらぬご愛顧の程、よろしくお願い致します」と呼びかけた。ももグミは、まるもももかと、つぐみによるお笑いコンビで、2022年4月に結成。結成2年目となる2023年の『THE W~女芸人NO.1決定戦~』で準決勝に進出した。
2025年05月08日2025年5月2日、俳優の広末涼子さんが、すべての芸能活動を休止することを発表。所属事務所である株式会社R.Hが、ウェブサイトを通じて報告しました。広末涼子、すべての芸能活動休止へ同年4月8日に傷害の疑いで逮捕された、広末さん。新東名高速道路で事故を起こし、搬送先の病院で、一時的にパニック状態に陥った結果、看護師にケガを負わせたといいます。同月16日には、勾留が解除となり、都内の病院に入院していたとのこと。広末さんは、『双極性感情障害』および『甲状腺機能亢進症』と診断されたそうです。4月16日の勾留解除後、広末は都内の医療機関に入院し、双極性感情障害および甲状腺機能亢進症と診断されました。現在も医師の管理のもと治療を継続しております。今後も通院を続けながら自宅療養を行ってまいります。広末本人はもちろん私たち周囲も、本人の不調や苦しみを「体調不良」といった言葉で済ませてしまっていたことを、今回の事案を通じて深く反省しております。当面の間、広末はすべての芸能活動を休止し、心身の回復に専念いたします。なお、今回の件につきましては、病気によるものとすることで責任を回避する意図は一切なく、警察の調査には引き続き誠実に対応してまいります。今後の状況や体調を見ながら、改めて皆さまにご報告をさせていただく予定です。広末涼子公式サイトーより引用双極性感情障害は、気分が高まる躁(そう)状態と、落ち込む抑うつ状態を繰り返す精神疾患。甲状腺機能亢進症は、甲状腺が活発に働き、甲状腺ホルモンが多く分泌される病気で、バセドウ病とも呼ばれています。今後、広末さんは、すべての芸能活動を休止して、心身の回復に専念するそうです。なお、今回の事件に関して「病気によるものとすることで責任を回避する意図は一切ない」と説明しています。今後の状況は、広末さんの体調を見ながら、改めて報告されるそうです。[文・構成/grape編集部]
2025年05月03日芸能活動10周年を記念した写真集『10。』が好評発売中の都丸紗也華が、4月30日発売の『週刊FLASH』(光文社)グラビアに登場した。4ページにわたって、美しいボディを披露。芸能活動も11年目に入ったが、インタビューでは「ファンの皆さんに今までの感謝を込めて、何か恩返しができたらいいなと思っています」とファンへの思いを語っている。また、同誌ではグラビアのメイキングシーンを収録したDVD付録も同梱。タイでの写真集撮影の一部始終を収めており、ファン必見だ。田中美久、熊切あさ美、南みゆか、大瀧沙羅、都丸紗也華、中島由依子、白濱美兎、深江有恵、ミスFLASH2025グランプリの葵成美、丸山りさ、MAHOと、同スペシャル賞の鳥海かうらが登場している。
2025年04月30日きょう28日発売『週刊ヤングマガジン』22・23号で、芸名のない“謎の女X”が巻末グラビアを飾る。“謎の女X”は、本誌で芸能デビューを飾った“イツザイ”だが、「私に芸名をください」と呼びかけており、本誌ではグラビア展開しながら、ゴッドファーザー(名付け親)を募集する。グラビアや「ヤンマガ日常ch」で見られるドキュメンタリーの印象から応募し、集まったもののなかから本人が名前を決定。その後、ゴッドファーザーに“謎の女X”が会いに行き、ゴッドファーザープロデュースのグラビアを撮影する。明かされている情報は、埼玉県出身の22歳、身長160センチで前職は歯科衛生士。本誌では、ビキニやハイレグなどさまざまな水着を着用し、スレンダーボディを披露している。このほか表紙・巻頭グラビアには、小日向優花・浅見りおん・三園響子、巻中グラビアには久瀬あおい、巻末グラビアには、COCO・今井りこ・松之迫陽菜・東原優希が登場する。
2025年04月28日2005年に芸能活動を開始し、今年デビュー20周年の節目となる女優の高梨臨にインタビュー。今の仕事に対する思いを聞いた。現在36歳の高梨。「今年20周年ということで、人生の半分以上この仕事をしているんだなと。20年も続けてこられてうれしいという気持ちです。もちろんずっと続けていきたいという気持ちでやっていますが、こうやって今もありがたくお仕事をいただけていることが本当にうれしいです」と20年続けられてきた喜びを噛みしめる。現在放送中のNHKの大河ドラマ『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』(総合 毎週日曜20:00~ほか)では10代将軍・徳川家治(眞島秀和)の側室・知保の方を熱演し、4月19日スタートのテレビ朝日系ドラマ『ムサシノ輪舞曲』(毎週土曜23:00~)では2人の男性の間で揺れ動くヒロイン・武蔵原環役を務めるなど、作品ごとに幅広い役を演じている。女優業に対する思いを尋ねると、「役に向けて準備して考えている時間も好きですし、現場に行って初めて感じる感情に出会えるのも好きです。もちろん大変なこともたくさんあって、セリフを覚えるのが大変で受験勉強のように感じることもありますが、つらいことも含めてトータル的に好きなのだと思います」と回答。続けて、「趣味のゴルフをしたり、友達とご飯を食べたり、お酒を飲みに行ったり、そういう遊びの時間も楽しいですが、作品に入っていて『寝る時間ないな、頑張らなきゃ!』と頑張っているときの自分の方が好きです」と話した。○「反省の日々」の中で成長も実感新たな挑戦に喜びも大好きな仕事でありながら、「どの作品もいまだに毎回不安です」との思いも打ち明ける。「『期待されていることができなかったらどうしよう』という不安しかなくて、今でもクランクイン前は全然寝られないですし、『明日このシーンできるかな?』とか、作品に入っている間はいつも不安です。あえてそうしているわけではなく、本当に自信がなくて。でも、日々不安な方が生きている! と感じられる気がしています」そして、「反省の日々です」と自身の演技に対して評価が厳しい。「20年になるので、もう少し芝居がうまくなっていたらよかったなと思っています。全然ダメだなと思うことはしょっちゅうありますし、もっとこういう風にできたんじゃないかなと思うことも。現場では満足していても、放送を見て下手だなと思ったり、何年か前の作品が恥ずかしくて見られなかったり」もちろん反省だけでなく、ちゃんと成長も感じられているようで、「どの現場でも学びがあり、日々成長も感じています」とにっこり。怒り狂った演技で存在感を放っている『べらぼう』に関して、「猟奇的な感じでここまで感情を爆発させる役はなかった」と言い、人生初の髪の毛の短さにし、バレエに初挑戦している『ムサシノ輪舞曲』についても、「新しい挑戦をさせていただけてうれしい」と、新たな挑戦を楽しんでいる。最後にファンに向けて「芸能生活20年ということに自分でも驚いていますが、楽しみにしてくださっている方がいるから成り立っている仕事なので、感謝の気持ちを忘れずこれからも頑張っていきたいと思っています。日々成長していくので、ぜひ作品を楽しんで見ていただけたらとうれしいです」とメッセージを送った。■高梨臨1988年12月17日生まれ、千葉県出身。2005年に芸能活動を開始し、2007年に女優デビュー。2014年放送のNHK連続テレビ小説『花子とアン』に出演し、話題となる。その後、日本テレビ『恋がヘタでも生きてます』(17)、NHK大河ドラマ『西郷どん』(18)、フジテレビ『PICU 小児集中治療室』(22)、TBS『VIVANT』(23)など数々のドラマに出演。主演映画『ライク・サムワン・イン・ラブ』(12)が第65回カンヌ国際映画祭コンペティション部門にノミネート。2024年はテレビ東京『夫を社会的に抹殺する5つの方法 Season2』や日英合作映画『コットンテール』などに出演。
2025年04月19日マセキ芸能社は14日、公式サイトで、マセキユース所属のピン芸人・だにるそんMUSASHIが、同日をもって退所したことを発表した。公式サイトでは、「【ファンの皆様、関係者各位】」に宛て、「この度、弊社マセキユース所属の『だにるそんMUSASHI』は、 本日付けで退所いたしましたことをご報告いたします」と報告。だにるそんMUSASHIのコメントを掲載した。■だにるそんMUSASHIコメント全文この度退所させていただくことになりました。だにるそんMUSASHIです。4月で5年目になったことでこのままでいいのかと思い、ピン芸人を辞め、退所するという選択をしました。早かれ遅かれ僕のような芸風の人間はいつかはピンでやることの限界が来ると感じておりました。これからは相方を探してオリーブゴールドから受け直そうと考えているので芸人は辞めません。今までピン芸人だにるそんMUSASHIをありがとうございました!またお会いしましょう!だにるそんMUSASHI
2025年04月14日琉球芸能活動中-リュウカツチュウ『琉球舞踊と古典音楽の会』が2025年4月5日 (土)に関内ホール 小ホール(神奈川県横浜市中区住吉町4丁目42-1)にて上演されます。チケットはカンフェティ(運営:ロングランプランニング株式会社、東京都新宿区、代表取締役:榑松 大剛)にて発売中です。カンフェティにてチケット発売中 : 公式ホームページ 沖縄県内外で歌三線・琉球舞踊・琉球箏の演奏演舞、舞台活動に取り組む棚原健太、髙井賢太郎、町田倫士が公演を開催。ゲストに、阿波連本流 啓扇明峯の会をお迎えします。琉球芸能活動中-リュウカツチュウ は、芸術文化活動が制限された2020年10月感染症流行(コロナ)の真っ只中、活動を開始。「海だけじゃない首里城だけじゃない、沖縄の宝もの。消えてなくなりそうだった、カタチのない宝もの」をコンセプトに沖縄の伝統をYouTubeで動画配信を行ってきたリュウカツチュウが、琉球舞踊と古典音楽を舞台で上演します。出演者のプロフィール■棚原 健太(琉球古典音楽 歌三線/ 組踊 地方)琉球古典音楽野村流保存会 所属。比嘉康春に師事。19歳から本格的に三線を始める。沖縄県立芸術大学では、沖縄の伝統芸能や関連する芸能史等について学ぶ。のちに同大学院に進学。国立劇場おきなわ組踊養成研修では人間国宝をはじめとする講師陣から琉球古典音楽および組踊・琉球舞踊の地謡実技を学び、一般社団法人伝統組踊保存会より伝承者として認定された。現在は国立劇場おきなわ主催の企画公演のほか県内外での舞台出演やワークショップや組踊の普及活動に取り組んでいる。2019年度 沖縄タイムス 伝統芸能選考会 三線の部 グランプリ 受賞。(一財)地域創造 公共ホール邦楽活性化事業 登録演奏家(令和4・5年度)。■髙井 賢太郎(琉球舞踊/ 組踊 立方)玉城流敏風利美の会 所属。仲間若菜、安次嶺利美に師事。日本体育大学 体育学部 武道学科 伝統芸能領域にて、伝統芸能を学ぶ中で琉球舞踊、組踊に出会う。沖縄県立芸術大学(修士課程)を修了。国立劇場おきなわの組踊養成研修では、人間国宝をはじめとする講師陣から組踊・琉球舞踊を学び、一般社団法人伝統組踊保存会より伝承者として認定された。現在は、国立劇場おきなわ主催公演はじめ県内外での舞台出演やワークショップや組踊の普及活動に取り組んでいる。その他、琉球芸能公演の自主制作活動にも取り組んでいる。第55回 琉球新報 琉球古典芸能コンクール 琉球舞踊部門 最高賞 受賞。■町田 倫士(琉球箏曲/国指定重要文化財 組踊 地方)琉球箏曲興陽会・琉球古典音楽湛水流保存会 所属。山内照子に師事。幼少期からのエイサー好きが高じて伝統芸能の道へ。琉球大学 法文学部 国際言語学科琉球アジア文化専攻にて、琉球文学・中琉関係史について見識を深めたのち、沖縄県立芸術大学(修士課程)へ進学。国立劇場おきなわ組踊養成研修では、人間国宝をはじめとする講師陣から組踊・琉球舞踊の地謡実技や琉球箏曲を学び、一般社団法人伝統組踊保存会より伝承者として認定された。現在は、国立劇場おきなわ主催の企画公演のほか、県内外で舞台活動に取り組んでいる。第53回琉球新報 琉球古典芸能コンクール 箏曲部門 最高賞 受賞。■ゲスト出演阿波連本流 啓扇明峯の会公演概要琉球芸能活動中-リュウカツチュウ『琉球舞踊と古典音楽の会』公演日時:2025年4月5日 (土)開場13:30/開演14:00会場:関内ホール 小ホール(神奈川県横浜市中区住吉町4丁目42-1)■チケット料金全席指定:5,000円(税込)<カンフェティ限定>500円割引!5,000円 → カンフェティ席4,500円!チケットサイト「カンフェティ」チケット購入の流れ・カンフェティ会員特典 詳細はこちら プレスリリース提供元:NEWSCAST
2025年03月17日本人Instagramより2月末をもって芸能界を引退することを発表したグラビアアイドルの林田百加(24)が2月26日、自身のInstagramを更新。長文で綴った“衝撃の告白”が波紋を呼んでいる。投稿によると、林田は所属事務所の社長から《タレントと社長という関係を超えた、不適切な言動を繰り返し受けて》きたと主張。《特にここ1~2年は、2人きりの空間を強いられ、顔や肩を触られたり、個人的な関係を押し付けられたりするなど、恐怖と不快感に苛まれる日々が続きました。そのたびに逃げ場がなく、心が縮こまるような感覚に襲われました》と被害を訴えた。また、《他のタレントやスタッフとの連絡を厳しく制限され、誰にも相談できない孤立した状態》になり、精神的にかなり追い込まれていたと告白。さらに、社長は《「林田百加が自分に好意を持っている」とまるで事実のように関係者や他のタレントに吹聴》していたそうで、《もうこの事務所にいられないと強く感じ》たのだという。そこで、林田が事務所を退所したいと伝えたところ、《それなら、芸能界自体を引退する形にしてほしい》と迫られ、退所決定後もドラマ出演のオファーなどが勝手に断られていたと明かした。林田のInstagramのコメント欄には、《急な引退だと感じてたけどそういうことだったのか。許せない》《大変な思いで活動してたんだ……辛かったね》《まじ腹が立つ》《これからもずっと応援してます》など、衝撃を受けたファンからの励ましの声が相次いだ。同じ内容を投稿した林田のXには、グラビアアイドルの森島詩葉(25)も《私もフリーになって判明したことが色々あったし、事務所にいても辛いことが多かったから気持ちが分かるよ》とリプライしている。林田が最初に事務所からの退所を報告したのは、1月6日のXでの投稿。当初は今回明かした被害を訴えることもなく《契約満了》との理由のみだった。2月23日の引退前最後となった写真集発売イベントでは、「引退したいわけではなかった」と本音を漏らしていたという。そして今回、退所を目前にして事務所社長からのハラスメント行為を“告発”したわけだが――。「林田さんは“令和のハイレグプリンセス”として人気を博し、着実に実績を積み重ねていました。グラビア業界では、DVDだけでなく写真集を発売できるかどうかというのが人気のバロメーターになるのですが、彼女は毎年写真集も出していましたし、人気が高かったことは間違いないです。そのため、突然の事務所退所と今回の投稿には業界全体が驚いています。彼女は2020年のデビューから変わらず、俳優や元アイドル、子役など幅広いジャンルのタレントを抱える事務所に所属していました。今回退所したのはその事務所なのですが、彼女のグラビア関連の仕事を担当していたのは、別で業務提携していたもう一つの事務所だと思います」(グラビア誌ライター)そこで、今回の件について本誌が彼女の所属事務所に電話取材を試みたところ、「林田の件は〇〇〇(業務提携先の事務所)に問い合わせてください」との回答が。業務提携先の事務所にも電話をしたが、不在の音声ガイダンスが流れ、現時点まで繋がることはなかった。前述の投稿で、《今はただ、心が壊れないように、少しの間落ち着ける時間を作りたいと思っています》と現在の心境を吐露した林田。この勇気ある告発に対し、今後事務所からの説明はあるのだろうか。
2025年02月28日●「芝居をより頑張っていきたい」気持ちが固まった2024年『Popteen』の元専属モデルで、現在俳優、モデル、グラビアと幅広く活動している古田愛理。小学生時代にEXILEのバックダンサーを務めた経験があり、それが芸能界を目指すきっかけになったという古田にインタビューし、当時の思い出や今の仕事に対する思い、今後の抱負などを聞いた。――2024年はご自身にとってどんな年になりましたか?とても充実していて、一つ一つのお仕事と丁寧に向き合って、土台を作れた年かなと思います。どんなお仕事も力を抜かずこなして古田愛理という軸をどんどん作っていけた1年でした。――明確になってきたというご自身の軸や土台についてお聞かせください。まだ未完成な状態ですが、「何がやりたい」「こうなっていきたい」ということを口にしていくたびに、ちゃんと俳優さんとして成功したいんだなというのがわかってきて、ちゃんと目標を口にすることって大事だなと思いました。――俳優としてしっかりやっていきたいと思うようになったきっかけがあったのでしょうか。昨年たくさんの作品に巡り合わせてもらいましたが、一番大きかったのは『素晴らしき哉、先生!』かなと思います。学園ドラマに参加して自分の中ですごく変わったなと。教室のシーンが多かったのですが、クラスに30人以上いて、一人ひとりの演技を間近で見て刺激を受けました。監督も役者の立場になって見てくださって、すごく勉強になり、芝居をより頑張っていきたいと思うようになりました。2025年もいい作品、そして素敵な人たちとたくさん出会えて、頑張ったなと思える1年にしたいです。――将来的にはどうなっていきたいと考えていますか?私は『闇金ウシジマくん』とかワル系の作品が好きで、いずれはそういう作品に挑戦していきたいと思っているんですけど、演技力が問われると思うので、まずは経験を積んで、いろんな方の演技を見て吸収し、自分に落とし込めたらと思っています。そして、今はなんとなく「モデル・俳優の古田愛理」ですが、「俳優の古田愛理」という肩書きをちゃんと認めてもらいたいというのが目標です。――サイコパスな役に興味があるそうですね。昔からサイコパス系がすごく好きで(笑)――おっとりしている印象なので、サイコパス系が好きというのは意外です。おっとりしているんですけど、『ウシジマくん』とか、最近だと『地面師たち』がすごく好きです。――サイコパス系が好きな理由は?自分でもよくわからないんですけど、映像が暗くてダークな、どんでん返しがあるのものが好きなんです。犯罪者など自分とかけ離れた役を演じられるというのは、役者の醍醐味だと思うので、興味があります。――もともと古田さんはEXPG(LDHのダンススクール)に通われていて、EXILEさんのバックダンサーを務めた経験もあるそうですね。EXPGが今の私を作ったと言っても過言ではないです。ずっとキッズダンサーをやっていて、EXILEさんのバックダンサーをしたときに、ステージからの光景、お客さんの笑顔が忘れられなくて、今でもずっと脳裏にあるんですけど、それを見て私もこっち側に立ちたい、みんなを笑顔にできる存在になりたいと思い、芸能界を目指すようになりました。そして、ダンサーというところにいたんですけど、ちょっと世界を変えて頑張っているという感じです。――EXPGに入ったきっかけも教えてください。お母さんがダンスをやらせたかったみたいで。それが私にとってはすごくいい経験になりました。もともと私は人見知りで誰ともしゃべらなくて、でもダンスのときだけ人が変わるみたいで、それって演技にも通ずるものがあるなと。自分と全く違う他人になれる感覚がすごく楽しくて、そこから演技をやりたいと思うようになりました。――自分ではない誰かになることにやりがいを感じてダンサーではなく女優を目指すようになったんですね。そうなんです。表現者というのは全部一緒だと思いますが、感情の部分で違う自分になれるのがすごく楽しくて。最初はモデルをやりたいと思っていたんですけど、モデルをやっているうちに演技にもどんどん興味が湧き、今やりたいことができるようになってきてとっても幸せです。モデルのお友達も映像をやっている子が多いので、私も負けないという気持ちで。常にライバルがいるありがたい環境にいるので、私も頑張りたいなと思っています!●おっとりした性格ながら情熱も「心の中に熱いものがある」――憧れている方などがいましたら教えてください。私は憧れを作らないようにしていて、逆にみんなから憧れてもらえる存在になりたいと思っています。――憧れられる存在になるには何が大事だなと思いますか?わかりやすく言えば結果を残すのが一番かなと思いますが、内面でも経歴でも、尊敬してもらえるものを自分の自信として持っておくことが大事かなと思います。自分はまだ未熟ですが、いずれいろんな後輩たちに、俳優としても人としても尊敬されるようになりたいです。――結果を残すということに関して、明確に目標に掲げているものはありますか?例えば、主演をやらせていただいたり、そういう風になれたらなと思っています。内面を磨きつつ、結果もしっかり出せるようになりたいです。――おっとりした中にも強い信念を感じますが、自分らしさとして大切にしていきたいことを教えてください。確かにおっとりしていますが、心の中に熱いものがあって、ちゃんと結果を残すぞという気持ちを持っています(笑)。なので、おっとりしているけど情熱もあるというのが自分らしさかなと思います。――ちなみに、おっとりとした性格は子供の頃からですか?昔から変わらないです。自分はおっとりしていると思ってなかったんですけど、世間に出て「おっとりしているね」とよく言われるようになって、「え!」って。無自覚でした(笑)。私らしさも生かしつつ、頑張っていろんなところに出ていきたいと思いますので、よろしくお願いします!■古田愛理2002年6月30日生まれ、岐阜県出身。2017年12月から2022年8月まで5年間、ファッション誌『Popteen』の専属モデルを務める。2019年にはABEMAの恋愛リアリティショー『オオカミ』くんシリーズに出演。2023年3月31日にオール岐阜ロケのファースト写真集『体感温度』を発売。俳優としてはABCテレビ・テレビ朝日系ドラマ『素晴らしき哉、先生!』(24)、読売テレビ『未成年~未熟な俺たちは不器用に進行中~』(24~25)、日本テレビ『となりのナースエイドSP 2025』(25)などに出演。
2025年02月22日「2月19日には有料ファンクラブサイトが閉鎖されます。この日は、’15年に亡くなった中居さんの父・正志さんの命日でもあります」(芸能関係者)1月23日に芸能界を引退した中居正広(52)。最愛の父の命日に、芸能界から完全に姿を消すことになる。「中居さんは昨年12月に騒動が報じられて以降、自宅にこもりきり。香取慎吾さん(48)は“電話したけどつながらなかった”と非常に心配していたそうです。ただ、かつての恋人でダンサーのMさんが中居さんのマンションに昼夜を問わず通って世話をしているとも報じられています。それ以外はほとんど世間との関わりを絶っているようです」(前出・芸能関係者)しかし、ひきこもり生活をいつまでも続けるわけにはいかない。今後の生きる道を模索し始めているようだ。「中居さんはボランティア活動に取り組むことをひとつの選択肢として考えています。これまでも災害のたびに復興のための取り組みをしてきましたが、今後はそれをさらに本格化させようというのです」(テレビ局関係者)タレントとして巨万の富を築いた中居。倹約家の彼はその多くを寄付に充ててきた。「中居さんの寄付が最初に報じられたのは’95年の阪神・淡路大震災に際して。’11年にはSMAPとして、孫正義氏や王貞治氏とともに東日本大震災復興支援財団の発起人に名を連ねました。’16年の熊本地震、’24年の能登半島地震でも巨額の寄付が明らかになっています。コロナ禍でも、医療現場を支援するために寄付をしていました」(社会部記者)一般人には到底まねできない額の寄付。天皇陛下から“栄典”を授けられたこともある。「中居さんはこれまでに3度、紺綬褒章を受章しています。紺綬褒章とは、国や地方公共団体などに私財を500万円以上寄付した人を対象に、審査を経て授章が決定します。1度目は’21年1月。2度目は’22年12月。そして3度目は’23年3月。特に1度目は、『賞杯』と呼ばれる漆塗りの木製の杯も授与されていました。これは1千500万円以上を寄付した人にのみ授与されるものなので、中居さんはかなりの額を寄付していたとみられます」(前出・社会部記者)ここには亡き父の教えが関係しているようで……。「正志さんは『求めるな、与えよ』を中居家の家訓として掲げてきました。中居さんはそれを体現するかのように、炊飯器はセロハンテープで蓋を留める、椅子はガムテープで補強するなど、1つのものをボロボロになっても使い続ける“求めない”生活をしていました。いっぽうで惜しみなく“与える”姿勢を貫き、これまでの寄付総額は5億円を超えるともいわれています」(前出・芸能関係者)とはいえ、これも芸能界のスターだったからこそできたこと。彼はすでに仕事場を追われた身だ。「今回の騒動で、6本のテレビ・ラジオ番組が終了または降板。CMも2本降板しました。引退に際して中居さんは《これだけたくさんの方々にご迷惑をおかけし、損失を被らせてしまった》と深く詫びていましたし、違約金を自主返納する考えもあると聞いています。さらに芸能活動ができなくなったことで今後の収入は不透明。これまでのように莫大な寄付を続けることはできません。“お金で解決できたことも、これからは同じようにはできない”と痛感しているといいます」(前出・テレビ局関係者)前出の芸能関係者は言う。「東日本大震災の際は、仕事のない日に被災地へ入り、福島第一原発から60キロの地域でがれきの撤去や炊き出しを行いました。エコノミークラス症候群が多く発生した熊本地震の際にはマッサージチェアを寄付したり避難所を訪問したりと、現地での支援の経験はあります。ただ、タレントとしての仕事を抱えながらではボランティアの時間が限られ、もどかしい思いがあったといいます」しかし今となっては幸か不幸か、時間の制約がなくなった。「能登半島地震の復興支援のため、中居さんは昨年1月に3千万円を寄付しています。震災発生から1年以上がたった今も、豪雨災害の被害も重なり復興は道半ば。“収入がなくなった自分にもできること”として、中居さんは自ら汗を流して復興を手伝いたいという思いがあるそうです。災害のたびに『復興まできちんと関わりたい』と口にしていましたから、被災地支援に長く取り組む意向なのでしょう」(前出・テレビ局関係者)ただ、被災地入りは孤独なものになりそうだという。「熊本地震のときには親交のある笑福亭鶴瓶さん(73)やナインティナイン・岡村隆史さん(54)、香取さんとともに被災地を訪問していました。しかし、周囲に多大な迷惑をかけた中居さんが芸能界の友人と行動をともにすることはもうないでしょう。中居さんが堂々と能登に行っても目立ってしまうので、ボランティアも“一人でひっそりと”になりそうです」(前出・芸能関係者)能登の被災地には2度目の春が訪れようとしている。だが、中居の人生に再び春が訪れるにはまだ長い歳月がかかりそうだ。
2025年02月20日取材中も元気な勝俣。11年からレギュラー出演する『旅サラダ』のオープニングでは誰よりも早く挨拶する特徴が(撮影:加治屋誠)【前編】「誰も僕をライバルだと思わない」「テレビは学芸会」勝俣州和語る芸能界37年“ファン0人説”も生き残れた本当の理由から続く勝俣州和(59)は私生活では2年間の交際を経て’02年10月に結婚。朝4時起きの勝俣は早朝デートを繰り返し、東京ディズニーランドのシンデレラ城の前で「幸せになろうよ」とプロポーズした。決め手は何だったのか。「結婚前、一緒に住んでいたときに大げんかをしたんです。次の日起きると家にいなくて『終わったな』と思った。そしたら机にノートが置いてあった。開けてみると彼女の反省点、これからの指針が何ページにも書いてあったんです。僕がふて寝している間に何時間も考えていた。『この人すげえ』って」国際線の客室乗務員を務めていた彼女は専業主婦となった。「妻は自分の幸せを俺に懸けている。その覚悟を受け止めなきゃいけないと思いました」誕生日には年齢分のバラの花束をプレゼントし、30歳や40歳という節目には妻のよいところを年齢分つづったノートを渡した。「“ありがとう”を書くんです。『カレーがとてもおいしい』とかね。これも元をたどれば、妻のおかげですよ。付き合ってるころから、交換日記をしていたんです。楽しかったこと、悔しかったこと、今考えてることなどを書き合っていた。すごく2人の関係に役立ちました。会話だと忘れてしまうけど、ノートだと一生残る。けんかをしたときも、過去の例を見ると解決法がわかる。人って、頭にくると汚い言葉を口にしてしまうけど、活字にすると冷静になれるんですよ」結婚と同時に、芸能界の付き合いとして必要なゴルフをやめた。「家族にとって、いちばんの敵だと思ったんです。休みの日に早朝から行かないといけないし、ふだんも練習に時間を取られる。子供からすると、ゴルフにお父さんを持っていかれる感覚になる。僕の親父は趣味のバイクをやめて、子供第一に考えてくれましたからね。その影響も大きかった」’04年に娘、’09年に息子が誕生。妻と「すぐに答えを与えず、一緒に考える」と教育方針を決め、子供に反省ノートを書かせた。「悪いことをしたときに何が間違っていたか考えさせるんです。的外れな反省だと、書き直しになります。妻が全部うまくやってくれるから、僕はよほどのことが起こらない限り、口出しはしません」陰で支える妻の力もあって、勝俣は37年も芸能界で生きている――。(取材・文:岡野誠)
2025年02月16日芸能プロダクションの倒産・休廃業が、2024年に過去最多の193件にのぼることが分かった。東京商工リサーチが24日、調査結果を発表した。2024年は22件(前年比57.1%増)が倒産に追い込まれ、2014年以降で最多を記録。また、休廃業・解散も171件(同64.4%増)と大幅に増え、倒産と休廃業・解散を合わせると193社となった。2024年は、3月に壇蜜や吉木りさが所属したフィットが破産。12月には藤原紀香や篠田麻里子が所属したサムデイも破産した。コロナ禍で仕事が減少したほか、メディアの多様化で制作費も削減され、ギャラの値下がりなどで競争に拍車がかかっているとみられる。さらに、近年はタレントの移籍や独立が相次ぎ、安定収益を確保できない芸能プロが増加。コンプライアンス強化が問われ、対応できない小・零細規模の芸能プロは生き残りが厳しくなっているようだ。今年に入って1月23日には、中居正広が芸能界からの引退を発表。代表を務めるのんびりなかいは「残りの様々な手続き、業務が終わり次第、廃業する」とコメントしていが、東京商工リサーチでは「中居さんが出演していたレギュラー番組の打ち切りや降板、スポンサーとの契約解除に伴う賠償金の有無など流動的な要素もあり、のんびりなかいが発表通りに廃業できるか不透明だ」と見ている。また今後、フジテレビでCMの差し替え対応やスポンサー契約の見直しが出てくることが予想され、その影響が芸能プロに及ぶことも予測される。
2025年01月24日モーニング娘。の元メンバーでタレントの道重さゆみが19日に自身のアメブロを更新。今夏のツアーをもって芸能活動を終了することを報告した。この日、道重は「今年の夏に開催予定のコンサートツアーをもって活動の全てを終了いたします」と報告。「ファンの皆さんのことが大好き」「皆さんに会えるから頑張ろう!と、そんな風にして日々を生きてきました」とつづった。続けて「ライブをしている時間が1番楽しい」と述べ「ピンク一面の光景を見る事が、何よりも私の幸せな時間」とコメント。一方で、ここ数年の自身について「1人になると」「不安感や恐怖心がなかなか頭から離れてくれず」と不安定な状態だったことを説明した。また「一昨年末に『強迫性障害』と診断されて、正直ほっとした部分もあり」と明かし、一部の活動を制限していたことを報告。「芸能生活22年、私のそばにはいつも、ファンの方がいてくれました」「感謝の気持ちでいっぱいです。本当にありがとうございます」と感謝の言葉をつづった。最後に「私にできることを精一杯し、感謝の気持ちを届けたい」とコメント。「最後まで、どうか、宜しくお願い致します」と呼びかけ、ブログを締めくくった。この投稿に読者からは「本当にお疲れさまでした」「ずっとずっと大好きです」「最後まで応援しています」などのコメントが多数寄せられている。
2025年01月20日●「芦田愛菜ちゃんみたいになりたい」と憧れて飛び込んだ芸能界5歳で芸能活動を開始し、数々のドラマや映画、舞台で活躍している鈴木梨央が、今年2月10日に20歳を迎える。新成人の鈴木にインタビューし、芸能界入りを決めた15年前の思い、人生の分かれ道となったNHK大河ドラマ『八重の桜』(2013)にまつわるエピソード、今の女優業への思いや今後の抱負、憧れの存在など話を聞いた。2010年に日本テレビ系ドラマ『Mother』を見て「芦田愛菜ちゃんみたいになりたい」と思い、芦田が所属する事務所のオーディションを受け、芸能界に飛び込んだ鈴木。当時のことを今でも「覚えている」と語る。「人見知りで泣き虫で、やりたいこともないというのんびりした女の子でしたが、母がドラマ好きということもあって小さい頃からドラマを見ていて、初めてすごく集中して見た作品が『Mother』でした。自分もこの世界に入ってお芝居してみたいという気持ちになり、オーディションを受けさせてほしいと母に泣きながら何度もお願いしたのを覚えています。それが生まれて初めてのお願い事で、母も『そんなに言うなら応援するよ』と言ってくれて」5歳にして自分が本当にやりたいことを見つけ、それ以降、芸能界から離れたいと思ったことは一度もないという。「『このお仕事じゃなかったら何になっていたかったですか?』という質問をいただくことがありますが、想像できないんです。このお仕事が好きですし、生まれて初めてしたお願い事だったので」鈴木の熱意に母親も驚いていたそうだ。「それまでもスイミングや空手などいろんな習い事を試していましたが、泣いちゃったり、もじもじしてしまったり。そういうことなく無我夢中にオーディションに挑んでいる姿は母もびっくりしたみたいです」『Mother』を見て憧れた芸能界。実際に入ってから「テレビに出るって簡単なことではないんだと思い知らされました」と振り返る。「5歳の自分は全く知識がなかったので、頑張ったらすぐ愛菜ちゃんみたいにテレビに出られると思っていたし、撮影もすぐ終わってすぐ放送されると思っていましたが、全然そんなことなくて。オーディションも、書類の段階で落ちてしまうことがたくさんあって、現実を思い知らされた瞬間がすごくありました」当時は事務所のレッスンに全力を注ぎ、演技の勉強に励んだ。「毎週日曜日のレッスンにかけていました。平日は、小学校から帰ってきてレッスンの台本を読み込むというのが、自分の中での勉強であり遊びで、それがすごく楽しくて大好きでした」そして、2012年にフジテレビ系ドラマ『カエルの王女さま』で子役としてデビュー。「3次か4次ぐらいまでオーディションがあり、決まった時はすごくうれしかったです」と当時の喜びを語る。●『八重の桜』に受からなかったら辞めていた西田敏行さんとの秘話もその後、2013年放送の『八重の桜』で綾瀬はるか扮する主人公・八重の幼少期を演じ、注目を集めた鈴木だが、当時は「これに受からなかったら辞めよう」という覚悟でオーディションに参加したという。「5歳の時に始めてから2年ぐらい経っていて、私は辞めたくなかったのですが、母から『この作品に受からなかったら辞めるぐらいの覚悟で挑んできなさい』と言われて、そこで受かってなかったら辞めていたと思います。合格した時は、まだ続けていいんだといううれしさと、これからお芝居をもっと頑張っていかないといけないという覚悟を決めた瞬間でした」鈴木にとって人生の岐路となった『八重の桜』。一生懸命撮影に挑み、成長を実感できたという。「常に草履を履いて撮影していたので、脚が傷だらけになりながら、ぬかるんだ道を何度も走ったり、うまくできなくて泣いてしまうこともたくさんありましたが、そのひとつひとつの経験が今の自分を作った大切な過程だと感じています」西郷頼母を演じた西田敏行さんの優しさが伝わるエピソードも明かしてくれた。「木登りをして(西郷頼母に)怒られるシーンがあったのですが、本当に怒られている気持ちになってしまっていたら、西田敏行さんが待ち時間の時やシーンが終わった後にも変顔をして笑わせてくださったり、たくさん声をかけてくださり、緊張をほぐしてくださいました。私もそんな風に人としても俳優としても尊敬できるような役者になれるようしっかりと歩んでいきたいです」また、監督からクランクアップの時にかけてもらった言葉をずっと大事にしているという。「『長く続けていくと最初の気持ちを忘れがちになることがあると思うけど、初心を忘れないでほしい』と言っていただいて、それは今でも意識しています。演じられる喜びや、撮影現場にはたくさんのスタッフさんがいて、1人の力だけでは成立しないということも『八重の桜』で感じ、そういった最初の気持ちをこれからも忘れないようにしたいです」2014年には、芸能界入りのきっかけとなった芦田愛菜と日本テレビ系ドラマ『明日、ママがいない』で初共演。それからまもなく11年経つが、芦田が自身にとってどういう存在か尋ねると「憧れの気持ちはずっと変わりません」と答えた。「同い年でありながら、常に自分の先を走っている先輩。今の自分がいるのは本当に愛菜ちゃんのおかげで、愛菜ちゃんの作品を見てなかったら自分はどうなっていたんだろうと考えることもありますが、それは想像できないです」●目指す女優像とは? “周りを笑顔にする”綾瀬はるかをリスペクト「お芝居が好き」「お芝居が楽しい」という気持ちは子供の頃から変わらないという鈴木だが、お仕事との向き合い方には変化があるという。「『この役を演じたい』という思いだけでなく、より演じる人物の内面を考えて分析する時間が増えました。いろんな方のお芝居を見て研究し、自分に足りないものを吸収していくということも意識しています」将来的にどういう風になっていきたいのか展望も聞いた。「ずっとこのお仕事をしていきたいです。こういう役をやりたいとか、明確な目標もありますが、それよりも、一緒に作品を作った方たちから『またお仕事したい』と思ってもらえるような信頼の厚い女優になりたいと思っています。そして、ダメなところがあったら指摘してもらえるような人になりたいなと。指摘してもらえたら、もっと頑張ろうと思えるので」すでに芦田愛菜と西田敏行さんへの憧れを語ってくれたが、綾瀬はるかにも特別な思いがあるという。鈴木は、『八重の桜』に加え、TBS系ドラマ『わたしを離さないで』(2016)でも、綾瀬演じる主人公の幼少期役を務めた。「綾瀬はるかさんはこのお仕事をする前からドラマなどでたくさん拝見させていただいていましたが、お芝居ももちろんですが、ご一緒した時に、周りの方を笑顔にする力がすごくある方だなと感じ、自分もそういう大人になれたらなととても尊敬しています」そして、普段の綾瀬と役に入った時の切り替えや、周りのために動く座長としての姿をリスペクト。「綾瀬さんが存在しているだけで皆さんが笑顔になるような方ですが、スイッチが入ると人が違ったかのような姿になれるのもすごいなと思いますし、自分のことよりも周りの人を元気にしようと考えて座長として存在している姿がすごくかっこいいです」と語っていた。■鈴木梨央2005年2月10日生まれ、埼玉県出身。2010年、5歳で芸能活動を開始。主な出演作は、ドラマ『八重の桜』(13)、『あさが来た』(15)、『ひきこもり先生』(21)、『命のバトン~赤ちゃん縁組がつなぐ絆~』(21)、映画『僕だけがいない街』(16)、『ナミヤ雑貨店の奇蹟』(17)、『最高の人生の見つけ方』(19)、『屋根裏のラジャー』(23 ※声優出演)、『モアナと伝説の海2』(24 ※声優出演)、舞台『奇跡の人』(19)、『るろうに剣心 京都編』(22)、『ダーウィン・ヤング』(23)、『新生!熱血ブラバン少女。』(24)、『ピーター・パン』(24)など。
2025年01月12日●コロナ禍に経験した人生のどん底、そして覚悟の決断2007年に芸能界デビューし、NHK連続テレビ小説『あまちゃん』(2013)をはじめ数々の作品に出演してきた女優の山下リオ。今年4月にグラビアに初挑戦し、今月13日に17年ぶりとなる写真集『Selenge』(講談社)を発売するなど、活躍の幅を広げている山下にインタビューし、今の仕事に対する思いや自身の転機について話を聞いた。これまでの歩みを振り返り、山下は「お芝居に関して挫折した経験が何度かあって、これ以上成長は望めないかもしれないとか、自分の中でずっと葛藤があったり、実生活で自分の人間性について悩むことが多かったです」と打ち明ける。人間性についての悩みについては「言葉にするのは難しいんですけど、人に影響を受けすぎて、感情が振り回されたり、感化されてしまうので、自分の軸がなくゆらゆらして、自分に対して不安がありました」と説明。「加えて、お芝居に関しても確信が得られず、昔はダメ出しもたくさんされていたので、私はこのお仕事向いてないと思っていました」と語る。「辞めたい」と思った時には、いつも母親に連絡。「『じゃあ辞めればいいじゃん』って言われるんですけど、天邪鬼だから、それも嫌で(笑)」と、自分の気持ちを何度も奮い立たせて続けてきた。そして、コロナ禍に大きな試練が訪れた。「全部の仕事がなくなり、貯金も尽きました。そんな中、親友が亡くなるという悲しい出来事で、人生のどん底を経験しました。俳優という仕事で誰かの命を救えるわけではないですし、エンタメは今は必要ないという感じになっていたので、あの時期が一番葛藤がありました。自分には何もできないし、誰からも求められていないと思ってしまって」葛藤を抱える中、2022年8月末に16年間所属したスターダストプロモーションを退所し、独立した。「声をかけていただかないと続かないお仕事だと思っているので、辞めたら自分は求められているのかわかるだろうと。自分に対する究極の追求というか、追い詰めた先にどんな景色が見えるんだろうと思って辞めました」独立してオファーをもらえなかったら芸能界を引退しようという覚悟の決断だった。「このお仕事は踏ん切りの付け所が難しいんです。定年退職もない上、事務所にいることで甘えが生まれたり、つてでどうにかなるかもしれないという期待をもってしまう。私の場合は、未来の自分の輪郭を誰かに描いてもらうのを待っているだけな気がしていました。そんな自分が嫌で、どんな結果になっても誰のせいにもできない、野ざらしの環境で自分がどうなるのかをみてみようと思いました」結果的にオファーが絶えることはなく、数々のドラマや映画、舞台に出演。「本当にありがたいことに、自分でも激動の2年間だったなと思います」と笑顔を見せる。「オファーが増えていく中でどんどん解放されていったというか、ありのままの自分でいることで、自分の人生の舵をちゃんと切れているような、そんな片鱗がつかめた感覚があって。そういう道を少しずつつかんでいった先に、また何か試練が待ち受けているとは思いますが、それも含めて、逃げずに続ける大切さを感じていますし、俳優業の面白味もやっと見えてきたかなと思います」●「30歳を超えてから、この仕事が好きだと思えるように」そして、独立後、「30歳を超えてから、この仕事が好きだと思えるようになってきました」と明かす。「俳優業は、自分の引き出しを開いていく作業が必要になる中で、自分の深い部分と向き合っていかないといけないんです。私は、楽しい思い出よりも苦しいとか悲しいという引き出しも多くて、それが自分の重みにもなっていたのですが、そんな経験もお芝居で消化していったり、エンタメになるのが俳優業ですし、その重さが誰かの心を軽くできるはずだと信じているので、続けてきてよかったと思えるようになりました」すべての感情が生かせる役者という仕事。「いろいろなことがあっても、それをお芝居で表現することで、自分の中で踏ん切りがつくことがあって、自分の助けにもなっているんだなと感じます」と語った。また、「オファーをいただくたびに、『どんな仕事だろう!?』っていつもワクワクするんです。この歳になって、こんなにワクワクする感覚が出てくるとは思ってなかったですが、このワクワクを宝物だと思ってこの仕事を続けていきたい」と目を輝かせる山下。とはいえ、「この仕事に縛られてはいけない」という意識があるそうで、「しがみつくのではなく、いつでも辞めていいと思うようにしていて、いつでも自由に動けるようにしながら、ワクワクを大切に楽しんでいけたら」と語っていた。■山下リオ1992年10月10日生まれ、徳島県出身。2007年に「三井のリハウス」12代目リハウスガールとして芸能界デビュー。ドラマ『ラブレター』(08)、『あまちゃん』(13)、『ガンニバル』(22)、映画『寝ても覚めても』(18)、『零落』(23)、『ペナルティループ』(24)、舞台『DEATH TAKES A HOLIDAY』(24)などに出演。Netflix恋愛リアリティシリーズ『韓国ドラマな恋がしたい』(23)への出演も話題に。主演映画『雪子 a.k.a.』が2025年1月25日より公開。2月6日~3月2日には舞台『ヒーロー』に出演する。
2024年12月30日タレントの高橋みなみが9日、自身のInstagramを更新した。【画像】高橋みなみが「決断ひとり」出演「AKB48が19周年ということは私も芸能生活19年経ち20年目へ!メンバーの輝く姿、前に進もうとする姿に私も頑張らねばと思えました☺️✨セレモニー後劇場で秋元さんとメンバーが集合写真撮るところを見てたら「たかみなもほらほら!」と秋元さんにお声がけいただいて入れてもらいました!縁起のいい写真✨✨w私も楽しく心穏やかに頑張ります!」と綴り、2枚の写真を公開。AKB48グループ初代総監督としてグループを牽引した高橋。現在はタレントとして芸能生活を続けている。芸能生活20年目に突入する高橋の活躍に今後も目が離せない。 この投稿をInstagramで見る 高橋みなみ(@taka37_chan)がシェアした投稿 この投稿にファンからは芸能生活19周年を祝う声が多く届けられている。
2024年12月09日2024年11月11日、俳優の桜庭ななみさんがInstagramを更新。所属事務所『スウィートパワー』を退所し、今後は本名で芸能活動をすることを発表しました。桜庭さんは、15歳でテレビドラマ『栞と紙魚子の怪奇事件簿』(日本テレビ系)でデビュー。その後、大河ドラマ『西郷どん』(NHK)、連続テレビ小説『スカーレット』(NHK)などに出演し、人気を集めてきました。桜庭さんは、このように報告をしています。 この投稿をInstagramで見る 宮内ひとみ(@nanamisakuraba_official)がシェアした投稿 ご報告。この度、私は2024年11月11日をもちまして17年間お世話になりましたスウィートパワーを退所することとなりました。何もわからなかった15歳だった私を、この世界に連れてきてくださり、女優として様々な経験と沢山の素敵な出会いをくださった事務所の皆様、関係者の皆様には感謝の気持ちでいっぱいです。そして、17年間「桜庭ななみ」として活動して参りましたが、これからは新たな挑戦として心機一転、本名の「宮内ひとみ」として活動していきます。温かく送り出してくださった事務所の皆様に改めて感謝しつつ、応援してくださっている皆様に、女優として新たな姿をお見せできるよう、より一層精進して参りますので、今後とも応援よろしくお願いします。2024年11月11日桜庭ななみnanamisakuraba_officialーより引用桜庭さんは、17年間芸能活動をしてきた『桜庭ななみ』という名前から、本名の『宮内ひとみ』に変更し、今後も活動を続けていくといいます。『スウィートパワー』は、「自分のペースで活動をしていきたいという本人の気持ちを尊重し、円満に契約を終了した」と報告。ファンからは、応援の声がたくさん寄せられていました。・これからも頑張ってください!芸能活動続けてくれてよかった。・ずっと『桜庭ななみ』が本名だと思っていました…!・デビューしてからずっと応援してきました。驚きましたが、応援し続けます。2023年9月には、一般男性との結婚を報告していた、桜庭さん。公私ともに心機一転、新しい道を進む桜庭さんを応援したいですね。[文・構成/grape編集部]
2024年11月12日株式会社アデッソ所属実倉萌笑が、2024年9月より公開された、ショートドラマ配信アプリ「BUMP」『「#憧れだった芸能の世界は」~操られた復讐劇~』へ主演中野茉子役にて出演中!「#憧れだった芸能の世界は」~操られた復讐劇~◯出演実倉萌笑飯田賢治卯ノ原圭吾平岡明純マサキ(さくらだモンスター)杉山麻衣宮島三郎松田俊大◯監督ねる屋。◯脚本桐本絵梨花◯エディター宮原拓也ねる屋。◯監修千島茂加藤栄作◯プロデューサー駒場舜◯ビジネスプロデューサー佐藤汰◯プロダクションプロデューサー酒井大輝◯ラインプロデューサー河合将太郎◯ヘアメイク鈴木 ゆうすけ◯スタイリストおぐ◯キャスティング桐本絵梨花酒井大輝◯製作/著作weavin◯制作プロダクション株式会社Minto◯制作協力株式会社FOR YOUnowhere株式会社<ドラマ視聴はショートドラマ配信アプリ「BUMP」から>◎Google: ◎APPSTORE: 実倉萌笑<プロフィール>2000年11月30日生まれ。女優・モデル資格:保育士資格、幼稚園教諭一種免許、第一種運転免許<経歴>・flumpool「SUMMER LION」MV(2024)・「HondaCarsプレミアム決算フェア」CM(2024)・ローソンまちかど厨房「ゴロゴロたまごと照焼ソースの鶏竜田揚げ弁当新登場!」CM(2024)・共立メンテナンス「やっぱりいいな学生会館ドーミー篇」CM(2024)・EX「全力坂」(2024)・リアクション ザ ブッタ「一目惚れかき消して」MV(2023)・小嶋貴之監督『帰ってこなかった男』あゆみ役(2023)・チェンコ塚越監督『私、前世が見えるんですけどw』彩花役(2023)・渋谷ファッションウイーク「TRAVASTOKYO」(2022A/W)<HP&SNS>〇HP: 〇X(旧twitter): 〇instagram: 〇TikTok: 株式会社アデッソは、 現在、インフルエンサーマーケティングが可能なアプリ「ENTAMAエンタマ」をローンチ中。ENTAMA : ENTAMA : 「ENTAMAエンタマ」☆WEBアプリ ☆AppStoreダウンロード ☆AndroidAPKダウンロード 「ENTAMAMOVIESTUDIO」多目的レンタルスタジオ 所属事務所:株式会社アデッソHP: twitter: instagram: Facebook: 詳細はこちら プレスリリース提供元:NEWSCAST
2024年09月28日2024年8月初旬、お笑いタレントの、やす子さんとフワちゃんとの間に、一連の騒動が起こりました。やす子さんがファンに向けた「生きているだけでえらいので、みんな優勝でーす」という投稿を引用し、フワちゃんが「お前はえらくないので死んでくださーい。予選敗退でーす」とコメントしたのです。フワちゃんのコメントはすぐに削除されていましたが、ネット上ではまたたく間に拡散され、世間を騒がす事態に発展。このような騒動を受けて2024年8月11日、お笑いタレントのフワちゃんが、Xで芸能活動の休止を発表しました。フワちゃん、一連の騒動受け活動休止へフワちゃんはXを通じて釈明や謝罪のコメントを発表するほか、当人同士の話し合いの場でも謝罪。またやす子さんからは「明るい言葉を発信したいと思っているので、今後は言及しません」「フワちゃんのことを許している」といった投稿が続いていました。フワちゃんは「いつも応援してくださってるみな様、お世話になってる関係者のみな様」と題して、活動休止を発表しています。この度の件の責任の重さを考え、一つの区切りとして、しばらくの間、芸能活動をお休みさせていただくことにしました。活動休止期間は、自分のことを見つめ直す時間にできればと思っています。@fuwa876ーより引用いつも応援してくださってる皆様、お世話になってる関係者の皆様へ。 pic.twitter.com/7tu4yBfy6m — フワちゃん FUWA (@fuwa876) August 11, 2024 活動休止期間は「しばらくの間」としており、はっきりとは分かっていません。またフワちゃんは、一連の騒動に対して、責任の重さを感じているとのことです。フワちゃんの活動休止に対して、ネット上ではこのようなコメントが寄せられています。・本人同士の問題かもしれないけれど、SNSでの誹謗中傷は、影響力のあるタレントとしてあるまじき行為でしょう。・フワちゃんをテレビで見ていて、元気をもらっていました。すぐには難しいかもしれないけど、また活動を再開してくれることを祈っています。・これ以上、当人たちを批判するコメントはやめてほしい!名指しをして誹謗中傷するのは、あってはならないこと。過去には誹謗中傷を受けて、尊い命を自ら絶ってしまう事件も起こりました。軽んじた気持ちでやっていても、取返しの付かないことに発展してしまいます。影響力のあるタレントであっても、一般人であっても関係ありません。誰しもが、人の心を傷つけてしまう可能性があることを意識して、行動しなければなりませんね。[文・構成/grape編集部]
2024年08月11日一般社団法人若獅子会(代表:笠原 章)主催、若獅子会プロデュース公演『若獅子芸能のつどい』が2024年9月7日 (土) 〜 2024年9月8日 (日)に早稲田小劇場どらま館(東京都 新宿区 戸塚町 1-101)にて上演されます。チケットはカンフェティ(運営:ロングランプランニング株式会社、東京都新宿区、代表取締役:榑松 大剛)にて発売中です。カンフェティにてチケット発売中 公式ホームページ お芝居と義太夫、そして立ち回りを目の前で観ていただく、二日限りの【芸能のつどい】を催します。ジャンルを越えた芸能の方々と、お芝居とのコラボレーションでございます。スクリーンと実演で楽しむ若獅子の立ち回り。菅原伝授手習鑑「寺子屋の段」より、情を語り、弾く女流義太夫の魅力。そして若獅子初挑戦の『森の石松』の名場面。新国劇では島田正吾先生の持ち役です。今回は広沢虎造師口演で、名場面三場のみを上演させて頂きます。芸術の秋に、【芸能のつどい】をご一緒に繰り広げませんか。【番組】一、私の殺陣考笠原章/滝洸一郎一、 女流義太夫浄瑠璃竹本越孝三味線鶴澤三寿々一、 森の石松出演:笠原章/風祭ゆき/若和屋帆志朗・玉木文子・橋本和幸・瓜竜健司・片岡保海・烏羽宏至・奈良崎晃隆公演概要若獅子会プロデュース公演『若獅子芸能のつどい』公演期間:2024年9月7日 (土) 〜 2024年9月8日 (日)会場:早稲田小劇場どらま館(東京都 新宿区 戸塚町 1-101)■公演スケジュール9月7日(土)12時/17時9月8日(日)12時/17時※開場は、開演の30分前です。■チケット料金一般:5,000円(全席指定・税込)<カンフェティ限定>1,000円割引! 5,000円 → カンフェティ席4,000円!■スタッフ森の石松脚本協力:衣川友巳照明/中島隆一(銀河プロジェクト)制作/根本亜季絵・片岡こう史朗主催/一般社団法人若獅子会共催/日本時代劇研究所 詳細はこちら プレスリリース提供元:NEWSCAST
2024年08月11日●久しぶりの台湾での撮影で原点回帰「初心を思い出した」俳優で歌手のディーン・フジオカが2004年に香港で芸能活動をスタートさせてから今年で20周年。2013年に日本での活動を開始してからは11年となる。現在は日本を拠点に海外でも活動を続けており、6月21日に配信スタートを迎えたNetflix台湾ドラマ『次の被害者』シーズン2では、検察官の張耿浩(チャン・ゲェンハウ)役を全編中国語セリフで演じている。また、同ドラマのエンディングテーマに起用された新曲「In Truth」を6月28日に配信リリースした。台湾は俳優として注目を集めるきっかけになった場所。久しぶりの台湾での撮影で「俳優人生の初心を思い出した」とディーンは語る。香港でモデルとして活動した後、2005年に香港映画『八月の物語』で俳優デビューし、その後、台湾で数々のドラマや映画に出演したディーン。『次の被害者』シーズン2で久しぶりに台湾の連続ドラマに出演し、原点に戻った気持ちになったという。「この10年、主に日本で活動し、いろいろな経験を経て、自分が過去に仕事をしていた台湾にまた戻り、昔だったら出られなかったような作品に参加し、しかもフル中国語で、現地のクルー・キャストの中に1人混じっていくというのはすごく刺激的でした。同時に、もともとここでやっていたんだなと思いました」台湾もディーンにとっては“ホーム”のような場所だ。「過去に別の作品で一緒だったスタッフがいたり、昔一緒にトレーニングをやった役者がいたり、帰ってきたという感じがしました。自分の国籍を持たない国でも、今もそういう関係性を持ち続けられているというのは、すごく幸運なことだなと改めて思います」そして、香港や台湾で活動していた当時を振り返る。「香港ではファッション、モデルの仕事をしていて、2週間に1回は違う国に行くという生活でした。中国大陸に行く時もあれば、東南アジアもあれば、ヨーロッパのことも。そのあと台湾に移り、中華圏においてほとんどの人が知っているような番組に出させてもらって、アジア以外の国に行っても『台湾のあの人だ』と言ってもらえる経験をさせてもらいました」その後、2013年に日本で俳優としても歌手としてもデビューし、2015年にNHK連続テレビ小説『あさが来た』の五代友厚役で大ブレイク。日本でオファーが殺到するようになり日本に拠点を移したが、海外を拠点に活動していた頃、将来的に日本を拠点にすることを見据えていたのか尋ねると、「それはなかったです」と否定する。「日本でも仕事はしたかったですが日本に住む気はなかったので、仕事の機会があったら呼んでくださいという感じで、日本で仕事を始めた頃は、仕事が入ったら日本のホテルに泊まり、終わったら台北とかジャカルタに帰るという生活でした」『あさが来た』の撮影が終わり、TBS系ドラマ『ダメな私に恋してください』のオファーがあったタイミングで、初めて東京に自分の家を構えるようになったという。「2016年頃ですが、そうしないとスケジュールが回らなくなって。そこからは壮絶な日々でした(笑)」と多忙な日々を壮絶と表現するも、「それは幸運なことですよ。オファーをいただけるというのはありがたいことなので。選んでも選んでもスケジュールに収まらないという貴重な経験をさせてもらったなと思います」とほほ笑んだ。●縁を大切に…国境を越え、仕事の内容もボーダレスに活動母国とはいえ、日本での活動に最初は戸惑いもあったと明かす。「長いこと海外にいたので、最初は日本の社会に馴染めない部分がありました。仕事の仕方も全然違うし、10年前の日本はまだしきたりが強くて、コンプラもそこまで厳しくなかったので、そういった昭和からの流れを制作の現場で垣間見ることができ、そこからどんどん変わっていくのを体感できたことは、すごくいい経験になったなと感じています」さまざまな国の現場を経験したことで、日本の現場の優れている点も明確に感じている。「日本が突出して優れているなと思うのは“計画する力”。ほかの国の現場は仕切りが悪くて、日本のメソッドで仕切るとすごく感謝されるんです。それは日本の先輩たちが作り上げてきたもので、お金と時間がない中でどれだけクオリティを高めるかという仕組みを叩き込まれたことは財産だなと思います」日本での約10年で自身も「すごく変わった」と言い、2022年公開の『Pure Japanese』で初プロデュースに挑戦するなど仕事の幅が広がっていることが大きな変化だという。「10年前は出演する側という意識が強く、よく言えばシンプルでいられた。今は違う言語圏で、違う役職で、違うプロジェクトをいくつも同時進行で回しているので。去年は東南アジアで映画を撮ったり、プロデューサーとして参加するプロジェクトも増えてきました」もともとプロデュース業に興味があったそうで、「やりたいと思うことにチャレンジさせてもらえるというのは、すごく幸運なことだなと思います」としみじみ。国境を越えた人脈も武器となっている。「自分が国籍を持っている日本でも、外でもプロデュースの機会をいただけてありがたいなと思いますし、時間の積み重ねで繋がっている関係性はお金では買えないものだなと感じています。当時一緒に叩き上げてきた連中が、その国でそれなりになって頑張っているから、再会した時に盛り上がれる。これからも楽しみです」国境を越え、そして、仕事の内容もボーダレスに活動するディーン。コロナが落ち着き、今また海外での仕事が増えているという。今後、俳優業とプロデュース業のどちらに力を入れていくのか、また、どの国での活動に力を入れるのか。そのバランスについては「縁ですね」と語る。「求められて成立するもので、自分がどれだけやりたくても、それをやってほしいというファンの方がいてくれてやっと奇跡的なバランスが取れると思うので。とはいえ、やってほしいという期待だけでできるほど簡単なことではなく、自分もそこに対してパッションがなければ続かないと思います」大変そうだなと感じるオファーも、初心に帰ると断ることはできないという。「15年前の自分だったら喉から手が出るほど求めたチャンスだと思うと、やる以外の選択はないですよね。過去の自分を裏切れないし、未来の自分も裏切れない。そして、楽しみにしてくれているファンの方々に何かしらサプライズを届けたいと思いもありますし、願わくは受け取ってくださる方々の人生において何かいいことがあるといいなと思っています」●IT起業家を目指し渡米した過去や放浪旅中のスカウトを回顧縁を大切にここまで歩んできたディーン。自身の人生を「奇跡の連続」と表現する。「そもそもエンターテイナーになるつもりもなかったのに、香港で俳優になって、台湾で大きな規模のドラマに出させてもらって。音楽活動もやって、武道館まで一緒にファンの皆さんもスタッフも歩んでくれて、奇跡の連続だなと。自分の国ではないところで活動を始め、その土地の通貨を稼いできて、今思えばよく野垂れ死ななかったなと思います(笑)」芸能活動をスタートさせる以前の1997年、「第10回ジュノン・スーパーボーイ・コンテスト」で最終選考まで残ったが、妹が勝手に応募しただけで、自身は芸能界に入りたいという気持ちはなかったという。高校卒業後はアメリカ・シアトルのコミュニティ・カレッジでITについて学んだ。「ITの起業家になろうと思ってシアトルに。進路を考えたときに、一番未開の地というか、産業構造が出来上がってなくて可能性を感じたのがITで、世界中を旅しながらでもキャリアを積めるし、コンピュータさえあればどこに行っても生きていける時代が来ると思ったので」アメリカでいろんな人種の人たちと出会って視野が広がり、世界により興味を抱くように。「世界中から優秀な人たちが集まっていたり、本当にやばい人もいたり。学校のキャンパスで銃乱射事件があって教授が射殺されるというのも目の当たりにしましたし、教室が世界の縮図でした。いろんな国の生徒がいて、いろんな価値観、宗教、言語……これが世界かと思い、その人の地元がどんな感じなんだろうと興味が湧き、旅してみたいと思ったんです」そして実際にアジアを放浪する旅をし、香港を訪れていた時にスカウトされ芸能界に足を踏み入れた。「放浪してよかったなと思います。バックパッカーみたいな感じで旅していたときに『モデルをやらないか』と声をかけてもらい、お金をもらえるんだったらやるよという感じでスタートしたのがきっかけですが、エンターテインメントやクリエイティブの仕事に対して自分がパッションを持っているんだということを気づかせてもらえたので」海外で注目を集め、そして日本でも大ブレイク。これまでの活動を振り返り、「五代さんとの出会いは自分の人生においてすごく大きな転機だなと思います」と、朝ドラの五代友厚役が与えた影響の大きさを改めて語る。「五代さんとの出会いがあったから日本に帰ってこられたので。あれがなかったらそのままジャカルタや台北を拠点に、日本で仕事があるときだけ来るという感じだったと思います」●「日本に住む気はなかった」2つの理由五代さんへの感謝も海外を拠点に活動していた頃、「日本でも仕事はしたかったけど日本に住む気はなかった」というディーンだが、「こんな快適な国はないですよ!」と今はすっかり日本の生活に満足している様子。そして、当時日本に住みたくなかった理由の一つとして花粉症を挙げ、「でもグルテンフリーにしてから花粉症はだいぶ楽になりました」と話した。もう一つの理由について、「日本は内向きな社会だと見えていた」と語る。「だから日本に行ってしまうと前に進まなくなる感じがして。外に出られなくなるとは言わないですけど、自分の中で日本からどんどん遠ざかっていくことが、自分の成長につながっているという感覚でした。でも日本で一定期間過ごす機会をいただいて、学びと気づきの日々だったので、五代さんを筆頭にいろんな方に感謝しています」もちろん、五代友厚役だけではなく、それぞれの仕事から影響を受けている。「日本での仕事が中心になり、日本に住むようになったきっかけは五代さんですが、それ以外にもいろんな経験をさせてもらい、これからも新しいことを始めるたびに人生の転機や、新たな気づき、再構築のきっかけのようなものがあるんだろうなと思います」『次の被害者』シーズン2への出演、そして「In Truth」もリリースした今も、「新しいスタート」だと捉えている。「In Truth」の制作を経て、自分で作詞作曲するのではなく、歌い手に特化することで新たな可能性を見出していきたいと思うようになったそうで、「『In Truth』という曲で自分が作りたいと思ったものが表現できて、1つのチャプターが終わった感じがしました。作詞作曲への執着が取れて、誰かが自分のために作ってくれた曲を歌い手として表現することで、さらに可能性を膨らますことができるかもしれないと思うようになりました」と語る。俳優やプロデューサーとして活躍の幅を広げ、音楽活動においても新たなフェーズへ。「いろんな国でいろんな仕事をして、選択肢としてありうる選択を全部試してきた気がしています。音楽に関しては、これまでとは違うやり方で、初心に帰る形で改めて音楽活動をスタートさせることで、今まで経験してないことも積極的にやれたらいいなと思っています」と今後の抱負を述べ、ファンに向けて「東京ドームでライブをやると公言しているので、一緒にドームに行けるように、今後もいろんな局面で叱咤激励、応援サポートいただけたらうれしいなと思っています。いろんなところで会いましょう!」とメッセージを送った。■DEAN FUJIOKA(ディーン・フジオカ)1980年8月19日、福島県須賀川市生まれ。2004年に香港で活動をスタート、ライブパフォーマンスや音楽制作を始め、2006年から台湾に拠点を移す。2009年にはジャカルタへ拠点を移し、1stアルバム『Cycle』を自主制作開始。2013年に日本で1stシングル「My Dimension」をリリース。2015年以降は拠点を東京に置き、国内ライブツアーを重ねる。2019年に2nd アルバム『History In The Making』をリリースし、アジア・ツアーを成功 させる。2021年12月8日に3rdアルバム『Transmute』リリース。2021年に自身がプロットを書き“新たな舞台表現”として話題となった「Musical Transmute」を開催し、2万5,000人を動員。日本でアーティスト活動をスタートさせてから10年が経つ2023年、自身初となるベストアルバムリリースと日本武道館単独公演を開催。今年、中華圏への活動を最大限にすべく、B’in Musicから自身も出演するNetflix台湾ドラマ『次の被害者』シーズン2のエンディングテーマ曲「In Truth」を6月にリリースした。さらに台湾盤のベストアルバムもリリース予定。
2024年07月13日アイドルグループ・アンジュルムの川村文乃が、グループ及びハロー! プロジェクトを卒業し、芸能活動を終了することが4日に発表された。○■川村文乃、アンジュルム卒業1999年7月7日生まれ、高知県出身の川村は、2016年8月17日にハロプロ研修生に加入し、2017年6月26日よりアンジュルムのメンバーに。現在は、サブリーダーを務めている。日本で9番目、女性初となる「1級マグロ解体師」資格取得や、Vシネクスト『特捜戦隊デカレンジャー20th ファイヤーボール・ブースター』に牧野植物園のベテラン学芸員 ・モクミス役での出演などの活動で話題を呼んだほか、「さかなの日」応援隊、ゆず活アンバサダー、高知県観光特使、高知市PR大使に就任するなど、個人でも活躍してきた。川村は、今年秋に開催を予定しているアンジュルムのコンサートツアー最終日をもって卒業予定。アンジュルムと同時に、ハロー! プロジェクトも卒業し、芸能活動も終了する。アンジュルムからは、6月に佐々木莉佳子が卒業しており、今年2人目の卒業者となる。○■アンジュルム川村文乃コメント応援してくださる大好きなみなさんへ2024秋ツアーをもってアンジュルム及び、ハロー!プロジェクトを卒業し芸能活動も終了します。8歳の頃からアイドルになりたくてアイドルの為に生きてきた毎日でした。夢を追いかけて地道にコツコツやってみたいことはなんでも挑戦してハロー! プロジェクトの一員になり大好きなアンジュルムで活動して7年が経ちました。ハロプロに入ってたくさんの大切な仲間に出会いたくさんの方の応援があったからこそがむしゃらに夢中になってこの活動に打ち込んでこれました!アイドルになりたい! と夢見ていたあの頃の私には想像できないくらいたくさんの方に出会えてたくさんの夢を叶えることができました!愛でいっぱいのアンジュルムに出会えたことハロプロで活動できたことはこの先も一生の宝物です。キラキラな夢のような時間をありがとうございます!!遠回りな人生だったと思いますが無駄なことはひとつもなく積み重ねた全ての経験があったからここまでやってこれたんだと思います。おもしろいアイドル人生でした!始めることよりも終わりを決めるほうが難しいと分かってはいたし、たくさん考えてきたけど私はアンジュルムの活動をもって、アイドル川村文乃としての物語を終わらせることにしました。諦めるよりもこだわり抜くことが出来てよかったです!いままで出会ったみなさんからの愛と経験を胸に引退後も頑張って生きていきます。芸能界を引退する日までステージの上で歌って踊ったりアイドルでいられる残りの約半年間を大好きな仲間たちと大好きなみなさんと全力で楽しんで過ごせたらと思います。これからもアンジュルムの応援をよろしくお願いします!
2024年07月04日元子役の中武佳奈子氏が20日、ABEMAのニュース番組『ABEMA Prime』(毎週月~金21:00~)に出演。芸能界引退後の生活を語った。○ホームレス生活を経験したことも告白元子役で、平成の人気番組『あっぱれさんま大先生』(フジテレビ系)の第1期生のレギュラーとして、「かなちゃん」の愛称で親しまれた中武氏。当時を振り返り、「電車に乗れないくらい自分の顔が知れ渡っていた」と話す。一方で、その後の生活については、「年齢を重ねても食べていけるくらいの仕事量はあったが、ある時を境にそれがなくなった。同時に事務所と方向性が合わなくなっていき、結婚を理由にして芸能界を引退した」と明かした。続けて、「芸能界で売れなくなったことや、引退した自分を受け入れることができず、『芸能界にいたことは恥』と思うようになり、過去を隠すようになった。そのため、仕事を探す時にも履歴書が書けず、空白だらけで定職に就けなかった」と語り、ホームレス生活を経験したことも告白。また、「“普通の暮らし”を知った上で、キラキラした世界を知ることが大事。子どもは何も分からないからキラキラした生活に勘違いしてしまうし、親も子役と同じくらいチヤホヤされて、平凡な生活に戻れなくなってしまう。私の場合は引退と同時に親と縁が切れた。だからこそ、“普通”を教えてくれる環境が絶対に必要」と訴えた。この話を受けて、番組MCを務めるEXITのりんたろー。は「僕は売れていない時期が長かったから、すぐに売れた芸人との価値観の違いを感じた。中武さんの言う通り、普通を知ることは大切だと思う」とコメント。相方の兼近大樹も「すごく刺さりました。僕も大人になってから、普通や平凡な生活の素晴らしさを知った。お笑い芸人は、普通からズレたことで笑いをとれるから、それを知ることは大事。いまだに僕は普通を勉強している日々です」と話していた。なお、この配信の模様は現在も「ABEMA」にて見逃し配信中。【編集部MEMO】「ABEMA NEWS チャンネル」で生配信されているニュース番組『ABEMA Prime』(毎週月曜〜金曜21:00〜) 。キャッチコピーは「みんなでしゃべるとニュースはおもしろい」。これまでの当たり前や価値観が変わるなか、今の時代らしいネット言論に挑戦する。レギュラーメンバーは総勢70人。さまざまなバックグラウンドをもつ論客たちと多様で新しい議論を届ける。
2024年06月24日歌手の酒井法子が10日、ABEMAのニュース番組『ABEMAエンタメ』に出演。現在の芸能活動について語った。○動画配信を始めた理由今年でデビューから37年を迎えた酒井。2021年には個人事務所を設立しているが、現在の芸能活動について尋ねられると、「歌がメインで、ディナーショーやいろんな場所で歌わせてもらっています。あとはテレビやラジオ、舞台などでも活動しています」と語った上で、「自分を鍛え直すために独立させてもらったけど、蓋を開けてみたら、今まで以上に皆さんに支えてもらっています」と笑みを浮かべた。また、昨年から新たな試みとして、配信活動をスタート。動画配信サービス「ニコニコ生放送」の配信現場では、ファンからのお便りを通じて、明るく温かい交流を重ねる酒井の姿が見られた。動画配信を始めた理由について、酒井は「『“心の拠り所”みたいなものを探している』と言ったら変なんですけど、ちょっぴり不安になっちゃうことが多くて、いろんな動画をマラソンのように観ていたんです」と切り出し、「小さい頃からの私のモットーである『人の笑顔を見るのが好き』を考えた時に、自分が見つけた宝物のような話や、良い出来事をシェアしていきたいと思った」と明かした。さらに、配信を通して、ダイレクトに届くファンのリアクションについては、「めちゃくちゃ面白い。みなさんの反応が見えることが嬉しくて、配信を始めて良かったと思う」とファンとのつながりを喜ぶとともに、「一瞬『ん?』と思う声もあるけど、それもあって然り。落ち込まないわけではないけど、『そういうのもあるよね』という捉え方です。今の世の中は温かくなってきたというか、そこまですさまじい目には遭わない気がします」と率直な想いを語っていた。なお、この模様は現在、「ABEMA」にて無料配信中。【編集部MEMO】『ABEMAエンタメ』では、ABEMA厳選の「エンタメニュース」を動画にこだわって配信中。最新ニュースはもちろん、初出しの解禁情報をどこよりも最速で紹介する。さらに、“エンタメ情報の発信源”となっている芸能人・有名人のSNSをアベマ独自の目線でオリジナルニュース化。地上メディアと差別化したコンテンツ制作でアベマ世代の最旬とトレンドを届ける。
2024年05月16日元櫻坂46の土生瑞穂が9日、都内で行われた『中村雅俊芸能生活50周年記念公演』製作発表会見に、中村雅俊、コロッケ、久本雅美、林翔太、小川菜摘、松田悟志、玉野和紀、田中美佐子とともに登壇した。中村雅俊が今年6月に芸能生活50周年を迎えることを記念した舞台が、東京・明治座にて6月2日~18日に上演される。同公演は、昭和歌謡音楽劇とコンサートの二本立ての構成。第1部の『どこへ時が流れても~俺たちのジュークボックス~』は、中村雅俊の楽曲と同名タイトルの新作音楽劇で、登場人物の心情を昭和歌謡で表現した笑って泣ける物語に。第2部のコンサート『MASATOSHI NAKAMURA LIVE look back with smile , look ahead with pride. 』は、中村雅俊のヒット曲を中心としたライブで、記念すべきステージならではの演出を盛り込んでいる。土生は「家族も大ファンなぐらいの中村雅俊さんの50周年記念という素敵な公演に私も参加していいのだろうかという気持ちと、豪華な皆さんとご一緒するということで、緊張で眠れぬ夜を過ごしているぐらい本当にうれしかったです」と心境を告白。自身が演じる役について「かわいがられて甘やかされるようなキュートな女の子」と紹介し、「皆さんの背中を見て良いところをしっかり盗んで、千秋楽まで精いっぱい頑張りたいと思います」と意気込んだ。
2024年05月09日『中村雅俊芸能生活50周年記念公演』製作発表会見が9日、都内で行われ、中村雅俊、コロッケ、久本雅美、林翔太、土生瑞穂、小川菜摘、松田悟志、玉野和紀、田中美佐子が登壇した。俳優、歌手として、長きにわたり第一線を走り続ける中村雅俊が、今年6月に芸能生活50周年を迎える。その集大成ともいえる記念舞台が、東京・明治座にて6月2日~18日に上演される。同公演は、昭和歌謡音楽劇とコンサートの二本立ての構成。第1部の『どこへ時が流れても~俺たちのジュークボックス~』は、中村雅俊の楽曲と同名タイトルの新作音楽劇で、登場人物の心情を昭和歌謡で表現した笑って泣ける物語に。第2部のコンサート『MASATOSHI NAKAMURA LIVE look back with smile , look ahead with pride. 』は、中村雅俊のヒット曲を中心としたライブで、記念すべきステージならではの演出を盛り込んでいる。中村は、デビューからの道のりを振り返り、「いろんな出会いがあって、振り返るといい思い出ばかり残っています。出会いに感謝しています」としみじみ。「そんな中で、今回このような依頼がありまして、50周年の節目ということで、こんな豪華な皆さんと一緒に仕事ができる喜びを噛みしめながら素晴らしい舞台を作り上げたいと思っています」と意気込んだ。また、50周年を迎えた心境について、「50という数字は半世紀。『俺ってよくやってきたな』と初めて思いました。それと同時に、この先って意外と短いなと。限られた時間をどうやって生きていくんだという自問自答がありました。でも本当に50年やってきた自分を褒めたいという思いがあります」と語った。
2024年05月09日多くの人の支持を集めることが人気のバロメーターである一方、常に評価の目にさらされる宿命にあるのが著名人たち。それぞれの職業観の中で、どのような言葉を支えにして苦境を切り抜けているのか。連載「わたしの金言・名言」は、著名人たちが心の拠り所としている言葉を聞く。第20回は、現在、ABCテレビ・テレビ朝日のドラマ『あなたの恋人、強奪します。』(ABCテレビ:毎週日曜23:55~、テレビ朝日:毎週土曜26:30~、TVer・ABEMAで見逃し配信あり、ほか地域でも放送予定)で、狙ったオトコを100%の確率で落とす探偵事務所・オフィスCATの社長で泥棒猫=ヒナコ(武田玲奈)と共に“恋人強奪”に奮闘する梨沙役の、渡邉美穂が登場。今週放送の第4話(テレビ朝日は放送休止)は、ネットで知り合った兄のような男性の家に泊まり込む家出少女が、同居人の裏の顔への不安と恐怖心から、オフィスCATにSOSを求めるのだが……というストーリー。渡邉が大事にしているのは、高校3年生の頃、けやき坂46の追加メンバーオーディションに合格し、芸能界入りが決まったときに母親にかけられた言葉。合わせて、渡邉が考える“自分らしさ”や、“自分の機嫌の取り方”についても話を聞いた。○芸能界入りを前に母親がかけてくれた言葉このお仕事を始めたばかりの頃、母親に「自分を見失わないようにしなさいね」と言われたことがありました。両親は、芸能人がいついきなり仕事がなくなるか分からないような、安定した職業ではないことや、芸能界が身近ではない未知の世界だったことから、不安でいっぱいだったみたいで。何より、芸能のお仕事を始めることで、私の性格や考え方、価値観が変わってしまうのではとすごく心配していたんです。そんなときに「自分を見失わないようにしなさいね。どこにいても、どんな仕事をしていても、美穂は美穂なんだから」と言われて。どこに行こうが、どんな仕事をしようが、私は私だし、そこはぶれちゃいけない。母親からかけられたこの言葉を忘れないように、いつも心に留めています。当時の私は、アイドルになるぞ! という思いが強すぎて周りが見えてなかったので、母親が心配して反対する気持ちも、今となってはよく分かります。そうやって心配してくれた分、一生懸命お仕事をして、恩返ししたいとずっと思っていて。今はテレビで私を見るたびに連絡をくれて、楽しそうに応援してくれています。○経験積んで覚えた“機嫌の取り方”“見失いたくない私”は、この明るい性格と、感謝の気持ちと礼儀。子どもの頃から人としての基本的な部分を大切にしなさいと教わってきたので、見失いたくないです。でも、疲れていたり、仕事が重なっていたりすると、自分らしくない部分が出てしまう瞬間があります。そんなときも、ちゃんと自分の機嫌を自分で取れる人間でいたいですね。私の機嫌の取り方は、おいしいものを食べたり、音楽を聴いたりすること。お仕事の合間に音楽を聴いて、外の景色を見るだけでもリフレッシュできます。それも経験を積んだ今だからできることで、最初は機嫌の取り方なんて分からず、限界を迎えてしまうことがあって。今はそうなる前に、誰かに相談して吐き出すことを覚えました。アイドル時代も、お仕事はすごく楽しかったのですが、周りと比べて「自分だけが、成長できていないんじゃないか」と自分を追い詰めてしまう性格で。若かったこともあって、「もっと努力しないと」と、勝手に一人で焦ってしまうことがありました。今は年齢や経験を重ねたことはもちろん、一人でお仕事をするようになってからは比べる対象がいなくなって、自分は自分と思えるようになったかもしれません。グループや環境がどうというわけではなく、ただ自分がそういう性格だっただけなのですが、今振り返ると、日向坂46時代は毎日必死にもがいていたなと思います。■渡邉美穂2000年2月24日生まれ。埼玉県出身。2017~2022年まで日向坂46で活躍。Wリーグアンバサダー、埼玉応援団、埼玉バスケットボールアンバサダーを務める。主な出演作にドラマ『SHUT UP』(テレビ東京系)、『イチケイのカラス スペシャル』(フジテレビ系)、ヒロインを演じた『星になりたかった君と』(日本テレビ系)、『グッドモーニング、眠れる獅子』(ひかりTV)、 ミュージカル『SUNNY』など。現在は『熱血バスケ』応援隊(NHK BS)、『BS12 Bリーグ中継』ナレーション、『シネマ・アディクト』(BSテレ東)にレギュラー出演中。ドラマ『あなたの恋人、強奪します。』(ABCテレビ・テレビ朝日系)にも出演している。■スタイリスト:米田由実■ヘアメイク:岩根あやの■衣装:LANSE、LIMITED NUMBER、RANDA、TEKI
2024年05月03日太鼓芸能集団「鼓童」による『鼓童浅草特別公演』が、6月26日(水) から30日(日) にわたって浅草公会堂で開催されることが決定した。太鼓を中心とした伝統的な音楽芸能の普及と発展に努めてきた「鼓童」は、1981年のベルリン芸術祭でのデビュー以来、世界50以上の国と地域で7,000回以上の公演を行い、2023年には「令和5年度文化庁長官表彰」を受賞。また、ワールドミュージック、クラシック、ジャズ、ロック、ダンスパフォーマンスなど、異なるジャンルのアーティストとも積極的に交流を図っている。今年で12年目を迎える『鼓童浅草特別公演』では、浅草をイメージしたお囃子調の音楽から女性キャストを中心に響く唄声、若くして技術を蓄えた奏者による花形演目への挑戦など、爽やかでエキサイティングなライナップを予定。『とこしえ』と題して、鼓童の“これまでの伝統”、そして“この先の未来や革新”をひとつの舞台に表現。長年大切にしてきた「大太鼓」「千里馬」「族」などの鼓童人気楽曲に加え、今の時代の鼓童だからこそ生まれた新曲・編成を使った演奏をお届けする。■演出:前田順康 (鼓童)コメント時代を紡ぐ、繋いでいく新しいものを作るということは、それまでの流れを突然に切り替えることではなく、時代の中で残ってきたものや、積み上げられた文脈に則り、倣い、次の1ページを書き足していく作業だと思っています。受け継いだ演目やスタイルの繰り返しと、積み重ねのなかで、鼓童の歩んできた道のりと自分たちの今が重なり、進むべき未来が見えてきます。伝統が革新を拒まず、革新が伝統を否定することなく、二元論を離れ、新しい鼓童に思いを馳せたいと思っています。12年前に鼓童の新しい1ページとなった浅草特別公演。舞台を上演するというアウトプットの手段に留まらず、鼓童に多くのインプットを与え続けてくれている公演で、鼓童の歴史を更新する一歩を踏み出せることをとても嬉しく、そして楽しみに思っています。<公演情報>鼓童 浅草特別公演2024『とこしえ』鼓童 浅草特別公演2024『とこしえ』ビジュアル6月26日(水)~30日(日) 東京・台東区立浅草公会堂演出:前田順康出演予定:船橋裕一郎/阿部好江/小松崎正吾/鶴見龍馬/北林玲央/米山水木/木村佑太/三枝晴太/山脇千栄/渡辺ちひろ/新山萌/野仲純平/勝部しずくチケット情報:()公式サイト:
2024年03月12日●「お洋服作りは本当に楽しい」ブランドディレクターにやりがいモデルやタレントとして活躍、昨年8月には結婚を発表し、公私ともに絶好調の藤田ニコル。「芸能の仕事は天職だと思っています」と語る藤田は、もう1つファッションブランドのディレクターの仕事も波に乗っている。2021年に新ブランド「CALNAMUR(カルナムール)」を立ち上げ、3月1日に東京・ルミネエスト新宿に同ブランドの1号店をオープン。そんな藤田に今の仕事の充実ぶりや結婚後の心境の変化など話を聞いた。3月2日に開催された「第38回 マイナビ 東京ガールズコレクション 2024 SPRING/SUMMER」(TGC)では、自らプロデュースしたブランドの衣装をまとい、モデルたちと共にランウェイを歩いた藤田。「今回はディレクターも兼ねて参加したので、自分だけではなく、他のモデルちゃんたちのスタイリングやメイクの確認など、ステージに出るまでに最終チェックをしていました。いわば裏方もやりながらのステージだったので、緊張感や達成感などいろんな感情があふれてきました」また、「やっぱりファッションって楽しいなと思いました。お洋服のかわいさを皆に伝えるために出ているので、ファンの子を見つけながら歩きましたが、だいぶ伝わったと思います」と手応えを口にする。「CALNAMUR」のコンセプトは“優美な野心家”だそうで「自分がモデルをやっているからこそ、お洋服の最先端が人よりも早く知れるし、お洋服と一緒に育ってきているので、自分の好きなファッションの要素をたくさん取り込めたブランドになっています」と自身の強みも語る。ブランドをディレクションするやりがいも実感している。「お洋服作りは本当に楽しいです。3月1日に初めての店舗を新宿のルミネエストにオープンしましたが、自分の作ったお洋服たちがずらりと並んでいるのを見たら、なんだか自分の子どもが育ったみたいな感覚で、やっと皆さんにお披露目できたんだなとうれしくなりました」さらに、「ファンの方が店舗に足を運んでくださり、『かわいい!』と生の声をいただけたことに感激しました。3月16日にイベントも予定していますが、今後、サプライズでちょこちょこレジをやりに行きます。店舗ができたことで、ファンの皆さんと会える距離がまたぐっと縮まった気がします」と喜びを語った。年齢や経験を重ねてきてモデル業に対する思いに変化はあるか尋ねると、「何もかも始めた頃から変わってないかもしれないです。ただ、私はお洋服が好きだということはわかりました」と答え、「モデルを始めた頃は自分でコーディネートもできなかったけど、お仕事でプロにメイクをしてもらったり、きれいにしてもらったり、お洋服を着ることによってかわいくなれるんだということがだんだんわかっていった気がするので、本当にモデルをやっていて良かったなと思います」としみじみ。ファッションブランドのディレクターを務める中で、思ったことをしっかり伝える大切さも感じているという。「これは無理かもしれないと思ったことも、一緒にやっているスタッフにお願いしたりして解決することもあります。やはり口に出して言うことが大事で、そういう時は言って良かったと思うことが多々あります。みんなにも何か思うことがあれば言ってもらうようにしているし、そういう環境で仕事をしているからストレスもないですし、本当に楽しくやっています」●昨年結婚しプライベートをもっと大事にしようと思うようにバラエティ番組や情報番組などでも活躍している藤田。テレビ出演する際に心がけていることについて聞くと「何もないです。素のままで出ています」と答え、「私は自分を飾ることもしないし、そのままでいるのですごく楽です。みんなとおしゃべりをして楽しい中でお仕事が終わるので、芸能の仕事を始めたころから天職だと思いました。また、タレントとモデルのほか、お洋服作りもしていて、毎日が違う現場なので、飽きることがないです」と充実感に満ちた表情を見せた。今年の目標について尋ねると「昨年からプライベートをもっと大事にしようということは心がけています。お仕事ばかりになっちゃうとインスピレーションを得る時間がなくなってしまうので、お外に遊びに行ったり、お友達と会ったり、 海外旅行をしたりと、吸収する時間を自分でちゃんと作ってあげなきゃと思っています。だから、休める時は休むようにしたいです」と回答。それは、結婚して家族ができたことも大きいそうで「やはり家族との時間も欲しいし、お家にワンちゃんがいるので一緒にいろんな場所へ行きたいなとも思っています」と穏やかな笑みを浮かべる。幸せオーラに満ちている藤田は「充実しすぎていて怖いです。逆に何か試練が欲しいです。試練があったらそれを乗り越えたいので」と言うが、そもそも「試練を試練と思わないかもしれません。なんでもかんでも乗り越えちゃっている気もします」と実に頼もしい。そして、今後の人生について「私は12歳くらいから芸能のお仕事をしているので、今までずっと駆け抜けてきた気がします。だから30歳まであと4年くらいは、自分ができるお仕事をバーッと頑張ってやっていきたいし、いろんな番組でも呼ばれているうちが花なので、いろんな番組にも出させていただきたいです」と抱負を語ってくれた。■藤田ニコル1998年2月20日生まれ、ニュージーランド出身、埼玉県育ち。2009年、ファッション誌『nicola』の「第13回ニコラモデルオーディション」でグランプリを獲得し、専属モデルに。その後、『Popteen』の専属モデルを経て、現在は『ViVi』の専属モデルに。情報番組やバラエティ番組でも活躍するほか、2021年にアパレルブランド「CALNAMUR(カルナムール(CALNAMUR)」を立ち上げ、今年3月1日にルミネエスト新宿に同ブランドの1号店をオープンさせた。
2024年03月08日芸能事務所のレプロエンタテインメントは27日、芸能戦略PRサービス「あなたの宣伝係」の提供開始を発表した。羽田美智子、真木よう子、浅見れいな、秋元梢、ユージ、菊地亜美、中村蒼、内田理央、宮沢氷魚、藤間爽子、古畑星夏、久間田琳加らが所属する同社。1991年2月に設立されてから30年以上にわたり、「感動コンテンツで世界の平和に貢献する」をモットーに、俳優・タレント・モデル・文化人・アスリートなど、数多くの才能をプロデュースしてきた。そこで培った経験が企業の課題解決にも活用できるのではないかという発想から、PRサポートを開始。そして今回、あらゆる企業からの発注を受け付けるPRサービス「あなたの宣伝係」を新たにローンチした。「あなたの宣伝係」は、芸能界に精通する同社による、芸能人を活用した芸能戦略PRサービス。PRで起用する芸能人は、同社が専属マネージメント契約するアーティストに限らない。「迅速な回答」「透明性の担保」「課題解決型の提案」を方針として掲げ、「芸能界のブラックボックスにストレスを感じている、全てのマーケティング担当者の皆様、ぜひお気軽にお問い合わせください」と呼びかけている。
2024年02月29日モラハラ夫図鑑
原因は俺…?
母の勘を信じて 次男が入院するまでの記録