コミックエッセイ:夫婦・子育ていまむかし
「美人薄命」の本来の意味とは? 国を滅ぼすレベルの美女「楊貴妃」の生涯【夫婦・子育ていまむかし Vol.30】
楊貴妃にみる
「美人薄命」の真実とは
時は過ぎ、50年後に白居易によって玄宗皇帝と楊貴妃の美しくも儚いラブロマンスを讃え、ふたりを偲ぶ『長恨歌』が紡がれます。
評価が高く、日本にも渡り源氏物語でもしばしば引用される長恨歌ですが、その魅力は権力者とその寵姫という立場を超えて、純粋な人間ふたりの対等な純愛を描いたものだからだと言われています。
でも死後50年、ほとんど当時のことを知る人はいないんですよね。
だから、ちょっと二次創作に近いというかほぼフィクション
…だとしても!
国を揺るがすキッカケになり、その責めを負って死ぬことになった人なのに、そこまで悪い話が記録されていないのは(「悲劇的な美人」として美化されたこともあると思いますが)、本人の人となりによるところが大きいのではないでしょうか。
自らの力で成り上がり権力を握った武則天とは違い、楊貴妃はどこまでも『ただそこにいて愛された人』でしかないんです。勝手に暴走した身内のハンドリングができなかったことは責められません…よね?
強大な権力者の最愛の人となれば周囲に取り入りたい人が群がってきて、ヨイショはすごいし甘い誘惑も止まなかったことでしょう。このくらいの贅沢、わがまま、いいんじゃない?皇帝ゾッコンだし? とエスカレートしてしまう人も多いと思うのに、楊貴妃が直接誰かに横暴な行動を取ったり、積極的に権力を追い求めたりする記述はほとんどないのです。
調べる前は、絶大な美女が皇帝を骨抜きにして贅沢し放題した結果、国が傾いたのかと思っていたのですが、そうではなかったようです。楊貴妃の美しさと人間性が玄宗を虜にし、ふたりで深い愛を育んでいただけ…。
とはいえ、楊貴妃が玄宗との愛を大切にして、聡明な振る舞いをしていたとしても、時の権力者に寵愛されるという影響は大きく、周囲に波紋を広げ、自身も悲劇的な最後を迎えたのは事実。楊貴妃の生涯は「権力者に愛されすぎた悲劇」の象徴なんですね…。
そしてもう一つ今回の学び!
『美人薄命』って「天から美貌を授かった代わりに、病弱で早死にしたりすることが多い」みたいな意味だと思っていたんですが!
本来の意味は「美人はその美しさゆえに争いの種となって、トラブルや不幸に巻き込まれやすくなる」ということのようです! 本人に悪気がなくても存在するだけで周囲に影響を与えてしまう…やっぱり「美しすぎるって罪」なのねぇ…。