2023年6月25日 11:10
「女」を取り巻くラベルを見つめ直すことで気づくこととは? 『それでも女をやっていく』書評
誰が「アリ」で誰が「ナシ」かを意気揚々と酒のネタにする男どもがいる。
何度その場に立ち会っても、私は聞こえないフリをしたし、直接その話題をぶつけられたときも、あくまでも柔和な態度を保ち、必死にへらへら拒絶していた。
その数年後、居酒屋にて、同期の女友達と「誰が一番男根が大きそうか」のテーマで30分かけて議論をし、太さと硬さの2軸で男たちのランク付けをしてやった。そのゲスな30分は仕返しだった。圧倒的に正しくないかたちで、この上なく下品なかたちで、敵に泥を塗り返した。
本来ならその場で「そういう下世話な話はここでしないでください」とほぼ初対面の男たちに冷や水をぶっかけてやればよかったのだ。だが、それができる女がこの世にどれほどいるだろうか。
臆病でずるい私は、その場ではやり過ごすことしかできなかった。
男性から容姿でジャッジされ、愛嬌や媚びを強いられ、性的な眼差しを無遠慮にぶつけられ、機能や記号のように消費され、ときに物のように扱われた経験は、女性なら誰しもが通ってきた道だろう。こんな風に断言できてしまうのは胸糞悪いが、この国の社会で数十年生きていれば、当たり前のように小さな傷が刷り込まれる。