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2020年11月28日本連載の第1回と第2回では、日本初の金星探査計画である「あかつき」がどのようにして生まれ、打ち上げられ、5年前の金星周回軌道への投入失敗が起きたのか。そしてそこからどのようにして再挑戦ができる道筋が見つかったのか、について紹介した。また第3回では、「あかつき」のプロジェクト・マネージャを務める中村正人さんに、「あかつき」の計画がどのように立ち上がったのか、そして第4回では「あかつき」が完成するまで経緯、また人工衛星のプロマネというのがどういう仕事なのかについて話しを伺った。今回は中村さんに、5年前の金星周回軌道への投入に失敗したときの状況と、そして原因調査で焦点となったセラミック・スラスターについてお聞きした。(このインタビューは2015年11月19日に行われたものです)中村正人さん1959年生まれ。理学博士。JAXA宇宙科学研究所 教授。1982年、東京大学理学部地球物理学科卒業。1987年、東京大学理学系研究科地球物理学専攻博士課程修了。ドイツのマックスプランク研究所研究員、旧文部省宇宙科学研究所助手、東京大学大学院理学系研究科助教授を経て、2002年より現職。惑星大気とプラズマ物理学が専門。金星探査機「あかつき」では、計画の立ち上げから先頭に立ち、プロジェクト・マネージャとして開発から運用、5年前の失敗事故への対応、再挑戦に向けた計画策定を率いてきた。○打ち上げ、そして金星周回軌道投入の失敗--2010年5月21日の打ち上げから同年12月7日の金星到着までは何も不安なところはなかったのでしょうか。中村: 何もなかった。本当に順調でした。今考えると不気味な話ですね。--2010年の金星周回軌道投入は、もう確実に成功するだろうと思っていらっしゃったのでしょうか。中村: そうですね。だから「どうしたんだろう」と思ったんです。不思議でした。「これはもしかしてエンジンが爆発して吹っ飛んじゃったんじゃないか」って推進系の人たちには言ってたんだけど、今から考えると当たらずと雖も遠からずでしたね。セラミック・スラスターが途中で千切れてくれたから良かったようなものの、あれが大爆発していたら衛星が壊れていましたから、あの程度で済んで良かったですよ。そのあと、NASAのマドリード局のアンテナにつなぎかえて探して、通信が切れてから2時間ぐらいで再補足できたんですが、臼田宇宙空間観測所で山本善一先生がずっとオシロスコープで探していたんです。それで捕捉できて「あっ、あった」という声が聞こえてきたんですね。そのあと、セーフ・ホールド・モードに入ってることがわかりました。爆発した痕跡はないんだけど、生きてたということが不思議で、逆に「何が起きているんだろう」と思いました。--その2時間ぐらいの間というのはどういうお気持ちだったのでしょうか。中村: 「俺、こんな運悪かったかなー」と思ってたかなぁ。こんなはずないぞ、と。落ち込む余裕もなかったかなぁ。どうなっているか状況が分からないからね。ほら、女の子に確実にフラれたと思っても、まだ完全に「アンタ嫌いよ」と言われたわけじゃないなら、諦めきれないものじゃないですか。それと同じですよ(笑)。--運用に関わっておられた、他の皆さんの反応というのはどういうものだったのでしょうか。中村: 軌道の計算はすぐにでき、このまま行けば6年後には金星のそばを通るということはわかっていたので、先がないという状況じゃなかったですね。集まった人たちに「今は何もしない。6年先にまたみんな集まってください」というようなことを言ったような記憶があります。そのときみんなはうなずいていたかな。まぁ、うなずくしかないですよね。各人それぞれ気持ちはあったでしょうが、ほとんどの人は「そうは言ってもたぶん駄目だよね」と思ってたんじゃないかな。と言うのも、6年先に金星のそばに近付けたとしても、エンジンがぜんぜん噴けなかったら入れないじゃないですか。燃料が残っているかどうかもわからないし。だから単に金星のそばをもう1回通るチャンスがある、という期待だけで希望をつないだんです。人間ってそういうときには藁にもすがるものですね。--海外の研究者からの応援や励ましなどはあったのでしょうか。中村: いっぱい来ました。応援というよりは、我々と欧州のグループとは一心同体なんです。「ヴィーナス・エクスプレス」[*10]と「あかつき」は、関わっている人間が入れ子になってますから、他人事ではなくて「自分たちが衛星をロストした」という気持ちだったんじゃないかな。ヴィーナス・エクスプレスのプロジェクト・サイエンティストは、僕がESAのオランダの研究所に勤めていたときの同僚ですからね。あと米国のNASAに行って、この事故について説明したときに、ジム・グリーンというNASAの科学部門の部長に「それはとても貴重な情報だ」と言われたんですよ。でもよくよく顔を見ると「これはNASAは過去に同じ失敗をやったことがあるな」という気がしました。NASAとはずっと以前から、僕らはNASAのアンテナ[*11]を毎日タダで使ってて、その見返りとしてNASAの科学者を受け入れて「あかつき」のデータを見せる、という協定を結んでいるんですね。だから同情というよりは、自分自身の問題と捉えていたと思います。○セラミック・スラスターは悪くない--その後の調査で、セラミック・スラスターが壊れたのではないかという可能性が出てきます。ただ、セラミック・スラスターが悪い、というわけではないのですよね。中村: そう、誤解している人が多いのですが、配管の中の弁で閉塞が起きて、燃料の供給量が少なくなり、理論的に最適な混合比率になってしまい、それで燃焼温度が上がって壊れてしまったんですね。だからニッケル合金製のスラスターだったらもっと早く、1分ぐらいで壊れていたでしょうね。セラミック・スラスターは三菱重工と京セラが造ったんだけど、大変にきちんと開発されていて、非常に性能は良いものです。--そもそも、「あかつき」にセラミック・スラスターを搭載するという話はいつごろ、どういう経緯で出てきたのでしょうか。中村: 僕もよく知らないんですよ。最初は手堅い設計で行こうということで、そういう新技術の話はありませんでした。高利得アンテナも検討時はパラボラでしたしね。スラスターはニッケル合金製が普通で、それで行くんだと思っていたら、いつの間にかセラミック・スラスターになってたんです。これは最後まで揉めたんですよ。なにが問題になったかというと、小さなデブリ(宇宙ごみや宇宙塵など)が当たったときに「パーン」と割れちゃうんじゃないか、という心配があったんです。それでデブリの衝突確率を一生懸命計算して、「まず起こりえない」という結果を出して、採用することになったんです。--従来型のスラスターでは性能不足だった、ということではなかったのですね。中村: 今のスラスターは、燃焼温度を落とすために、酸化剤と燃料を理論的に効率が一番良い比率では燃やしていないんですね[*12]。今回は故障によって図らずも理論的に最適な燃焼になってしまって壊れましたが。セラミック・スラスターは耐熱性が高く、燃焼温度を高く設定できるので、エンジンの効率を上げられるという点はありました。でも、その可能性は探りはしましたが、「あかつき」では従来どおりの比率で噴いていると思います。だからセラミック・スラスターを積んだのは、試験的な要素が大きかったと思いますね。--しかし、セラミック・スラスターのような新技術は、本来であれば工学試験衛星で試験したいところだったのではないでしょうか。中村: 「あかつき」は科学衛星ではありますが、工学的なチャレンジをやるという面もありました。他の惑星の周回軌道への投入ということ自体がチャレンジなことでしたから、その要となるエンジンを新しい技術でやるということに、精神的な抵抗というものはまったくなかったですね。【取材協力:JAXA】
2015年12月10日2010年12月7日。日本初の金星探査機「あかつき」が、約半年間の航海を経て、いよいよ目的地である金星に到着しようとしていた。「あかつき」の運用室がある宇宙航空研究開発機構(JAXA)の相模原キャンパス(神奈川県相模原市)には、関係者や報道陣、そして「あかつき」を応援するために宇宙ファンが集まっていた。8時49分00秒。「あかつき」は金星をまわる軌道に入るためのエンジン噴射を開始した。この噴射中、「あかつき」は地球から見て金星の裏側に入る。「あかつき」と再び通信ができるのは9時12分ごろの見込みだった。ところが通信は再開されず、「あかつき」は行方不明になった。約1時間半後に見つかったときには、まったく予想外の方向を飛んでいた。エンジンが途中で止まり、金星の周回軌道に入れなかったのだ。その後、運用チームの懸命の努力により、再び金星にたどり着くことができる道筋が見つかり、2015年12月7日に金星軌道への投入に再挑戦することが決まった。本連載の第1回と第2回ではまず、「あかつき」の検討から打ち上げ、そして5年前の失敗と、再挑戦に向けた歴史を振り返る。そして第3回と第4回では、「あかつき」のプロジェクト・マネージャーの中村正人さんへのインタビューを掲載する。その後、12月7日の金星周回軌道投入の再挑戦の顛末を紹介し、「あかつき」が拓く金星のサイエンスについても紹介していきたい。○「あかつき」の誕生日本が金星探査をやろうという話は、20世紀の末に持ち上がった。2000年当時、日本も金星探査をやりたいという機運はあったものの、金星の分厚い大気を見るために必要な、赤外線を使う観測機器を造れる人がおらず、また金星探査という大きなプロジェクトを率いることができる人もいなかった。そこで当時、東京大学にいた中村正人さんに白羽の矢が立った。中村さんは当時、極端紫外線を使った観測を行っていたが、新たに赤外線を使う観測機器を造らないかともち掛けられ、宇宙科学研究所(ISAS)に移った。さらにそのなりゆきで、中村さんはこの計画のプロマネを務めることにもなった。そこで他の研究者や日本電気(NEC)の技術者らと共に検討を重ね、わずか1年で構想をまとめた。2000年12月には、ISASの宇宙科学ミッションを審査する宇宙理学委員会に提案書が提出され、翌2001年の1月に開催された「第1回宇宙科学シンポジウム」の初日の最初の講演で、中村さんはこの計画を発表した。発表は好評。宇宙理学委員会による審査を経て、2001年5月、ISASとして金星探査ミッションを推進することが決まった。同年7月には、宇宙開発委員会推進部会の事前評価で「開発研究」段階への移行は妥当との評価を受け、ここに第24号科学衛星「PLANET-C」、後に「あかつき」と命名される日本初の金星探査機の計画がスタートした。当時の計画では、2007年に打ち上げ、2009年に金星に到着する軌道を取ることになっていたが、2004年になってようやくPLANET-Cの開発に予算がつき、打ち上げ時期は2010年まで遅れることになった。○金星気象衛星「あかつき」PLANET-Cは打ち上げ時の質量が約500kgで、ここに5台のカメラと1台の電波発信器からなる、合計約35kgの科学観測装置が搭載されている。535kgというのは金星探査機の中では比較的小さいが、金星の自転と大気の回転と同じ方向に向けて回る軌道から、赤外線を使って金星の大気を見るというミッションは、これまでどの探査機もやったことがないことで、科学的に大きな成果が得られることが期待された。実はこの探査機には、コードネームの「PLANET-C」、愛称の「あかつき」以外に、Venus Climate Orbiter (VOC)という名前でも呼ばれていた。直訳すると「金星気象衛星」。現在ではあまり使われることのない名前だが、この「金星気象衛星」この、「あかつき」の性質を端的にかつ的確に表した名前である。金星には地表を覆い隠すほどの分厚い大気があり、地表での気圧は90気圧もある。その内部の構造がどうなっているのかはまだ謎が多く、たとえば硫酸の雲がどうやってできているのかはわかっていない。また、赤道から高緯度までの広い範囲で、金星の自転方向と同じ向きに風が吹いており、さらにその速度は高度60kmあたりでは時速400kmにも達する。こうした高速で循環する風のことをスーパーローテーションと呼ぶ。地球では考えられない現象だが、土星の衛星タイタンでも似たような現象が起きていることが判明しつつあり、宇宙規模では珍しくないかもしれないと見られている。こうした金星大気の謎を解明することで、金星そのものを知ることになるのはもちろん、金星と地球の気候は何が共通していて何が違うのか、そしてそれは何故なのかを調べることで、地球に対する理解をさらに深めることにつながり、気象学の分野がさらに発展することが期待されている。○金星環境に耐える「あかつき」PLANET-Cの開発は2004年に始まった。2001年に承認された提案に手を加え、設計を詰める作業が行われたが、中村さんによれば、これにはプロジェクト・エンジニアを務める石井信明さんが辣腕を振るったという。PLANET-Cの開発では、特に金星環境にどう耐えるかが重要となった。金星は地球よりも太陽に近いため、探査機が受ける熱の量も大きくなり、放っておくと壊れてしまう。そのため、太陽から受ける熱や、探査機内部から出る熱をうまく制御する必要がある。実際の開発と製造を担当したNECによれば、「熱設計が大変だった」と語る。機体の随所には、いかに放熱する面に太陽光を当てないようにするかという工夫が施されている。特に、地球と大容量の通信を行うための高利得アンテナも、検討時はお椀のような形でおなじみのパラボラ・アンテナだったが、これだとアンテナが太陽のある方向を向いたときに給電部に集光し、温度が上がってしまうため、平面状のアンテナ(ラジアルライン給電スロットアレイアンテナ)が新たに開発された。また、探査機の両側にそれぞれある太陽電池の格納方法にも工夫が施された。多くの衛星では、両翼にある太陽電池はそれぞれの側面側に折り畳まれているが、PLANET-Cでは探査機の高利得アンテナがある側に、蓋をするような形で折り畳まれている。これにより、タイダウン(拘束具)のメカニズムを共通化でき、軽量化につながった。そしてもうひとつ、PLANET-Cにとって最大の変更ももたらされた。スラスターがセラミック製に変わったのだ。通常、人工衛星のスラスターにはニオブ系合金の金属製のものが使われる。しかし、耐熱性に制限があり、また寿命や取扱性にも問題があり、さらに日本にとっては特許の問題から海外から輸入するしかなく、入手性にも問題があった。そこで、金属ではなく窒化珪素系セラミックスを使った「セラミック・スラスター」の開発が行われた。セラミックはニオブ系合金よりも耐熱性が高いため、その分スラスターの性能を上げることができる。またニオブ系合金で必要な耐酸化コーティングも不要という利点がある。そして国産であるため入手しやすく、いわゆる「ブラックボックス」にもならないため、問題が起きても十分な調査が行えるという利点もあった。開発は順調に進み、試験を繰り返した結果、十分な性能と信頼性をもつことが実証された。そしてPLANET-Cが、この新型スラスターの採用第1号になることになった。○M-VからH-IIAへPLANET-Cそのものの開発は順調に進んだが、それ以外のところで大きな問題が起きた。打ち上げロケットの変更である。当初の予定では、打ち上げには「M-V」ロケットが使われることになっていた。M-VはISASが開発した全段固体燃料を使うロケットで、世界の固体ロケットの中でも高い性能をもっていた。しかし、コストが高いという欠点があり、JAXAは2006年、M-Vを退役させる検討を始めた。このとき、PLANET-Cの打ち上げをどうするのかという議論が起こった。「あかつき」はM-Vで打ち上げるように造られているが、機体が完成し、打ち上げられるのは2010年になる。それまでM-Vを延命させるのか、それともH-IIAロケットで打ち上げるのかが検討され、最終的に後者が選ばれた。H-IIAはM-Vとは違い、液体の推進剤を使うロケットであるため、乗り心地は比較的良いほうだった。しかし、大型ロケットのH-IIAにとってPLANET-Cはあまりにも軽く、振動が発生することが問題になった。その振動はPLANET-Cの固有振動数と一致しており、そのまま打ち上げると共振を起こして、壊れる心配があった。まずこの振動を抑えるため、ダミー・ウェイト、要するに衛星でもなんでもない、ただの「重り」を載せることになった。後に、このダミー・ウェイトは、小型ソーラー電力セイル実証機「IKAROS」が換わって載ることになった。さらに、各所に補強のための梁が入れられることになった。一方、H-IIAにしたことでメリットもあった。M-Vは固体ならではの振動が大きく、H-IIAとはまた別の点で補強が必要なところがあった。たとえば、M-Vで打ち上げられた小惑星探査機「はやぶさ」は、回転する駒の力で機体の姿勢を制御する「リアクション・ホイール」に、打ち上げ時の振動に耐えるための設計変更が加えられた。このリアクション・ホイールそのものは米国製で信頼性は高く、また他の衛星や探査機にも採用された実績もあるものだったが、この設計変更が仇となり、航行中に故障することになった。しかし、PLANET-CはH-IIAで打ち上げることになったため、ともすれば不安要素にもなる、こうした設計変更をする必要がなかった。それは設計寿命を超えて今日まで、「あかつき」が正常に動き続けていることにつながっている。○打ち上げ打ち上げロケットがM-VからH-IIAに変わるということはあったものの、計画そのものは大きな遅延を出すことなく進んだ。2009年10月23日には、PLANET-Cの愛称を「あかつき」とすることが決定、発表された。「あかつき(暁)」は、日の出直前の東の空が白み始めるころを指し、金星が最も美しく輝く時間として知られている。一日の始まりである夜明けを意味するこの言葉には、情景の美しさだけではなく物事の実現への力強さがある。その名前が与えられた背景には、ミッションの成功と、探査により惑星気象学を新たに創出しようという想いと決意が込められているという。そして2010年5月21日6時58分22秒(日本標準時)、「あかつき」を搭載したH-IIAロケット17号機は、種子島宇宙センターから離昇した。ロケットは順調に飛行し、打ち上げから約27分29秒後に「あかつき」を分離。その後、太陽電池パドルの展開や、太陽を捕捉する制御にも成功し、その日の夜には搭載カメラを使って地球を撮影する試験も行われた。こうして「あかつき」は、半年後の金星到着に向け一路、宇宙の海へ漕ぎ出した。【取材協力:JAXA、日本電気】
2015年12月08日富士山が世界遺産に登録されてから2年が経つ。麓の町、静岡県の御殿場市 産業部商工観光課 富士山・観光室の主事 中村 大輝氏によると、一時のブームよりは若干観光客は減ったものの、平日も多くの外国人観光客が詰めかけているという。富士山の登山ルートは4つある。富士宮ルートと(富士)吉田ルート、須走ルート、そして御殿場市の御殿場ルートだ。御殿場ルートは距離が長く、一般的に難所と言われていることもあり、富士登山客の年間30万人のうち、利用者は3万人に過ぎない。その一方で玄人好みとも言われており、愛好者も多い。2013年からは、それまで小さな売店と駐車場しかなかった御殿場口に「Mt.FUJI TRAIL STATION(通称:トレステ)」を設置。早稲田大学や東海大学といった学術機関、SalomonやSINANOといった登山関連メーカーなどが協力している。トレステでは、御殿場市内の観光スポット紹介や富士山の歴史の解説展示、また、近くにある自然休養林を含む環境保全活動、啓発活動など、様々な取り組みを行っている。環境保全活動では、植生なども行っており、ボランティアで大学生も参加しているという。もちろん富士登山者のために手洗いスポットを用意したり、富士山登頂証明書の発行といった"おもてなし"も行っている。その一環として、KDDIと協力して行っていることが、「外国人観光客へのWi-Fi環境の提供」と「モバイルバッテリーの提供」だ(+auスマートパス会員向けに「ガーナチョコレート」の提供も行っている)。外国人観光客へ観光誘引施策は昨年も行っており、トレステにおける公衆無線LANサービスと、Wi2が無償で提供するワンタイム チケットをもらうことができた。今年はこの施策を拡大し、同じくWi2らがパートナー企業とともに訪日観光客向けに提供する「TRAVEL JAPAN Wi-Fi」のプレミアムコードを提供。このプレミアムコードを入力すると、2週間、全国20万カ所のWi-Fiスポットが利用できるようになる。そもそもTRAVEL JAPAN Wi-Fiでは、アプリを事前にダウンロードするだけで6万カ所以上のWi-Fiスポットを無償で利用できる。もし、訪日観光客が事前にインストールしていない場合でも、Wi2のワンタイム チケット(1day)も同じ場所で配布するため、その場でアプリをダウンロードでき、プレミアムコードももらえるため20万カ所以上でWi-Fiスポットを利用できるという仕組みだ。これらは観光誘引施策として展開されているものの、決して行政主導ではなく、KDDIやWi2らの私企業が独自負担で行っている。トレステも外国人観光客が多く訪れており、よそでWi-Fiを利用する観光客の誘引と、富士山の登山口という"スポット"から、ほかのスポットへという相互送客のメリットもあるわけだ。また近年、外国人観光客の急増が大きく報じられているが、御殿場口でもその傾向は変わりない。「ボーイスカウト活動の関係から、スウェーデンの方が多いです。あとはアメリカや中東、ネパールの方もいます。全体の約1割が外国人で、日によってはほとんど外国の方というケースもあります。たまにビーチサンダルで途中まで登られる方が外国人にはいらっしゃるんですが、山から降りて来られた時、笑いながら足から血を出してます(苦笑)。登られる前に注意はしてるんですが……。こうしたお客さま方にも対応できるよう、学生を含めて英語とフランス語、中国語、スペイン語が話せる人員を確保しています」(富士山ツーリズム御殿場実行委員会の山口 拓哉氏)もちろん、この記事を読む読者は日本人がほとんどだが、KDDIらが提供するサービスのため、KDDIのデータ通信契約ユーザーであれば、これらのスポットはそのまま利用できる。○環境保全に協力でもらえるモノ一方で、多くの人にも関係ある施策が「モバイルバッテリー」だ。これはKDDIがトレステと協力して配布しているもので、KDDIユーザー以外でもこのバッテリーをもらうことができる。バッテリーをもらうためには一つ必要な要素がある。それが「富士山保全協力金」だ。これは「美しい富士山を後世に残すため」という理念のもとに、2013年より登山口で始まった取り組みで、任意で集められた協力金は、富士山の環境保全や登山客の安全対策に利用される。この協力金の1000円を支払った"富士山を後世に綺麗な形で残したい協力者"に対して、KDDIが先着1000名でモバイルバッテリーを渡すというわけだ。モバイルバッテリーは電池式のため、例えば電池式のヘッドライドを使ってる人の場合、スマートフォンの充電だけでなく、ヘッドライトが万が一切れてしまった場合にも、このモバイルバッテリーから電池を転用できる。KDDIがその効果を狙ったのか定かではないが、色々と便利な施策といえよう。また、モバイルバッテリーは"素"の状態で渡される。通常は箱に入っているのだが、"美しい富士山"を保つために本来は用意されている外箱など余計なものは外されてそのまま登山者に手渡される。クリーンな気持ちでクリーンな富士山を楽しく快適に登る。そんな御殿場口から、取材の旅はスタートした。○どこでも使えるトランシーバーといいつつ、取材で登り始めたのは富士宮口から宝永山を回って頂上を目指す、いわゆる"プリンスルート"だ。皇太子徳仁親王殿下が2008年に歩んだルートで、この名前がついた。当日は都内で朝から土砂降りの雨という天候で、雲行きの怪しい登山となったが、途中から晴れ間も見えるなど、プリンスルートの効果(?)か快適な登山となった。弊誌をいつもご覧になっている方であれば目にしたことはあるかもしれないが、実は筆者、昨年も富士山を同じ取材で登っている(関連記事:富士山山頂でもYouTubeが見られる時代 - 携帯キャリアのLTE電波対策に迫る)。昨年は吉田口という一番人気の登山ルートであったため、道中多くの登山客に出くわしたのだが、天候がさほど良くなかったためか、ほぼ取材隊一行のみで宿泊する砂走館まで辿り着いた。途中、宝永山の"馬の背"と呼ばれる小高い中腹の山の部分では、猛烈な風を体験し、取材で話を聞く相手の声が聞こえなかった。取材隊一行は7名だったのだが、年齢や背格好がバラバラで、道中の歩く速度はバラバラだった。そんな時に飛び出したひみつ道具……ではなく、無線トランシーバーがKDDIの「IP500H」だ。トランシーバーといえば、子供の頃に触ったおもちゃか、イベント会場で見るトランシーバーを思い浮かべる人が多いだろう。イベント会場で利用されるトランシーバーの多くは、実は近くにいわゆる"基地局"を設置し、基地局とトランシーバーが通信することで音声のやりとりが行える。基地局を運用するには免許が必要で、設置するだけでも多大なコストがかかる。一方でこのIP500Hは、無線の相手が同じ基地局でもKDDIのLTE基地局と繋がっている。LTEは御存知の通り、全国99%以上の人口カバー率であるため、全国津々浦々でトランシーバーによる音声通話が可能になるというわけだ。しかも、自分たちで基地局を建てる必要が無いため、運用コストの削減にも繋がる。あくまで"人口カバー率"が99%であり、こうした山道などでは繋がらない可能性もある。しかし、富士山では毎年30万人が登山しているという状況もあり、KDDIに限らず各キャリアが万全の電波対策を行っている。今回もこのトランシーバーで数百m離れた状況で音声通信をテストしたが、大きな遅延もなく、「こちらは順調です、どうぞ」と"トランシーバーごっこ"を体験できた。また、富士山はいわゆる"活火山"で、絶対に噴火しないとは限らないのが実情だ。そこでKDDIでは、火山における電波調査時などに、しっかり緊急地震速報や災害速報を受信できるかというテストを行っている。今回の登山でも専用のテスト端末で配信試験が行われており、実際に災害情報が通知される様子を見られることができた。最近の報道では、気象庁が24時間態勢で監視している全国47火山で噴火した場合に情報を即時提供する「噴火速報」という情報提供の仕組みが、緊急地震速報の運用システムを活用して提供されるとのこと。昨年大きな被害を出した御嶽山の二の舞いにならないようにという政府や携帯キャリアの取り組みが今後に活きることを期待したい。○地道なエリア対策作業昨年は電波対策を大きく取り上げたが、今年は正直それほどインパクトはない。というのも、昨年は各キャリアがこぞってLTE化を推し進めたものの、今年は当然のLTE対応で、下り最大150Mbpsから225Mbpsに更に高速化したといっても、普通の人からすれば「ふーん、で?」といったものだろう。もちろん、一部のスピード狂の人たちからすれば「富士山周りには人が少なく、バックホール回線が空いている。つまり一人で帯域を専有できるため、今までで一番早い速度計測結果が出るかもしれない」といった結論を導くかもしれないが……。しかしながら携帯キャリアは、求められる品質が、いつ何時に劣化してしまうかという先の読めない状況とも対峙している。それが、"無線"という技術の難しいところであり、日々細かい改善が行われている場でもあるわけだ。実際にKDDIも、昨年と比較して富士山対策を強化しており、昨年設置した山梨側の巨大な"高利得アンテナ"を、静岡側にも新たに3つ設置。この高利得アンテナで登山道をピンポイントにカバーすることで、多くの登山客が登っていても、安心してLTEの高速通信を、都市部と変わらずに利用できるようになる。遠いアンテナに対して携帯端末からの電波が届くのかと心配になるが、昨年と同じく登山に同行していただいたKDDIの建設本部 エリア設備計画部 システム設計グループ 課長補佐の山梨 幹人氏によると、携帯端末からの送信電波が弱くても、それを掴む基地局側が指向性を強めてその電波を掴もうとするため、問題なく受信できるという。こうした絶えまぬ努力で作り上げたLTEエリアをあらゆる場所で体感できたわけだが、ちょっと残念な点もあった。それが山小屋だ。一般的に山小屋というか家屋の中に入ると電波が減衰することは知られているが、今回も例に漏れず、山小屋に入ると3Gに落ちてしまうケースが見られた。ちょうど宿泊した山小屋がそれで、そこはNTTドコモがレピーター(屋内でも電波強度が保てるようにする機器)を設置しており、若干残念な結果が見られた。KDDIもKDDIで昨年より9カ所増の25箇所で屋内対策局(レピーター)を設置しているのだが、こうしたレピーターがないと通信環境が確保できないというのは意外に映るかもしれない。また、キャリア比較で言えば一番残念な結果に終わったのがソフトバンクだ。道中で圏外に陥ったケースもあり、富士山対策で言えば「あと一歩」という印象を持った。この印象は翌日にご来光アタックを行った山頂でやや変化した。○山頂では"爆速"を体験山頂の電波対策は、登山道とは異なってくる。KDDIとNTTドコモは、最高峰の剣ヶ峰(3776m)に無線エントランスと呼ばれる技術を用いて、大容量の通信環境を整えている。無線エントランスは一般的に使用周波数帯が高く、KDDIは26GHz帯、NTTドコモは80GHz帯の無線周波数帯を使用している。ドコモはNECのiPASOLINK EXという製品を利用し広帯域を確保して"伝送路"を作り上げている。登山道では、まばらに散らばる登山者を大きく捉える必要があるが、山頂では山小屋周辺に集まる登山客をまとめて収容する必要がある。加えて、登山道からの吹き上げ電波では死角になる部分も多い。こうしたことから、無線エントランスで伝送路を確保した上で、レピーターによる周辺のエリア確保ではなく、バックホール回線を確保した上での基地局によるエリア構築が求められるというわけだ。こうして作られたエリアで速度計測を行ったところ、NTTドコモは下り152Mbps、KDDIにいたっては178Mbpsという見たことのない速度が計測できた。一方で先ほど"印象がやや変化した"と述べたソフトバンクは、下りこそ9.63Mbpsだったものの、上りが数十Mbpsを行ったり来たりという計測だった。やや推測にはなるが、富士山頂ではご来光写真などの撮影も多いため、アップロード品質の安定に努めたのではないだろうか。こうして無事登り切った富士山だが、まさか2年連続で取材するとは考えもしなかった。来年はないと思うが、また難所の携帯キャリアの取り組みの取材があるとすれば、私がおもむくことになると思うので、期待してもらいたい。
2015年07月29日IDTは、設計プロセスを簡素化すると同時に実装の信頼性を向上させるよう開発された400~2700MHzの内部整合型広帯域無線周波数(RF)可変利得アンプ(VGA)「F0480」を発表した。同製品は、独自のGlitch-Free技術を応用したデジタル・ステップ・アッテネータとZero-Distortion技術を5mm×5mmパッケージに封入することで高いRF性能を実現。また、GaAsデバイスでは外部整合を必要とし、2次なだれが遅れてしまう可能性があったが、同製品では耐湿性に優れ、静電気放電(ESD)からの保護が強化されているため、より堅固で高い信頼性を実現したという。なお、性能としては、最大利得13dBで+41dBmのOIP3、1dB刻みで23dBの利得制御範囲、4dBの雑音指数を達成しながら、100mAの消費電流を達成したとしている。
2014年11月18日