美しき男たちvol.1 『シングルマン』を彩るファッションと美学
だがなんとなく自分の道を見失っていたんだ。ファッションデザイナーとして、実際に店頭で売り出される数年前から未来のコレクションをデザインする毎日。我々の文化は物質で何でも問題が解決できると、我々に信じさせようとしている。私は完全に人生の精神面をおざなりにしてきた自分に気づいたんだ」とトム・フォード。
舞台は1960年代。主人公は、最愛の恋人を失った大学教授。「几帳面でなにもかもコントロールしたがる。そういう性格は、僕の性格とも似ているんだけど」と監督はとあるインタビューで話しています。
こんな話を聞いてしまうと、隅々までに彼の美学が浸透している本作だけに、さぞ独裁者ぶりを発揮したのだろうと思っていました。当然ながら衣裳は全て自らが手掛けているでしょうと。でも驚いたのは、監督自らがミラノで作らせたのは、主演のコリン・ファースとニコラス・ホルトの衣裳だけ。初監督作品なら、自分が最も得意とする分野については特にこだわりを寄せてしまうのが常。ところが彼は、手放すべきところは手放し、優秀な信頼できるスタッフに任せているのです。これも、限られた時間で最高のものを生み出すための“潔さの美学”、“リーダーの美学”なのでしょう。