2016年11月23日 11:00
くりぃむ有田、プロレス番組MCに感激「夢のよう」- 近年のプロレスブーム再燃に喜びも
あとのときはすでにお笑いをやってたんですよね~。
――有田さんが特に思い入れのある年代はいつ頃ですか?
どの年代も思い入れがあって選べないんですけど、特に挙げるとすれば、やはり昭和58(1983)年ですかね。タイガーマスクがいて、長州(力)さん、藤波(辰爾)さんがいて。あの頃はまだ小学校4~5年くらいでしたね。兄貴がプロレスファンでしたから、夜な夜な……というのも、地元の熊本では当時夜8時から放送していた新日本プロレスが、3~4週間遅れで深夜に放送していたんですよ。それで夜中に兄貴が部屋まで迎えに来て、親にばれないように2階の部屋からこっそり1階に下りて、音を小さくしてこっそりテレビでプロレスを見てたんです。
人が殴り合ってて、血が出たりしていて「見てはいけないものを見てるんじゃないか」、「なにか怪しいものを見ているんじゃないか」って、子供には刺激がすごく強くて。それで興味を持って本屋に行ったら(アブドーラ・ザ・)ブッチャーの血だらけの写真が表紙になってるプロレス雑誌があって。
まるでホラー映画のようで「こんなの売っていいの!?」って、すべてが新鮮で、病みつきになってしまったんです。