2024年5月6日 12:00
『関心領域』思考欠如の恐ろしさ……。アウシュビッツ強制収容所の隣で暮らす家族【おとなの映画ガイド】
ユダヤ人大虐殺、いわゆるホロコーストに関与し、移送の指揮的役割を担ったアドルフ・アイヒマンの裁判を傍聴した哲学者ハンナ・アーレントは、「アイヒマンは怪物的な悪の権化ではなく、思考の欠如した凡庸な男」と評したが、この映画の主人公ヘスもまた、命じられたことを組織の歯車として、整然と、きまじめに任務を遂行する、どこにでもいそうな保守的なふつうの男である。
へスを演じたのは『ヒトラー暗殺、13分の誤算』にも主演したクリスティアン・フリーデル。妻のヘートヴィヒ役は、2月に日本で公開された『落下の解剖学』で米アカデミー賞主演女優賞にノミネートされたザンドラ・ヒュラー。
映画は独特の方法で撮影されている。最大10台の固定カメラをヘス邸のあちこちに置き、撮影チームは別室からカメラを遠隔操作する。撮影用の照明も使わず、自然光と電球の灯りだけで撮影。役者は、セットのなかを、演技というよりは、まるで生活しているように動き、話す。それは、現代のリアリティドラマのようでもあり、隠し撮りのドキュメンタリーのようでもある。
その映像のバックにきこえてくるのは、収容所内のかけ声や銃声、断末魔の叫び声、ノイズィな物音。