Twitterを中心に注目ドラマの感想を独自の視点でつづり人気を博している、かな(@kanadorama)さん。2022年1月スタートのテレビドラマ『ファイトソング』(TBS系)の見どころを連載していきます。かなさんがこれまでに書いたコラムは、こちらから読めます。相手が話さなくても、何か苦境にあると察してしまう時がある。話してくれないことを寂しく感じるけれども、理由があるのだろうと思う。少し困るのは、相手の苦境を誰か他の人から聞いたりする一方で、本人が自分には話してくれなかったりする時だ。自分は話すに値しないのかと更に落ち込む。でも、少し立ち止まって考える。心が深いダメージを負ったとき、苦しみについて語ること自体にもエネルギーが必要で、そのエネルギーも残っていないほどの消耗だったら。瀕死、ライフは1。何かに躓いただけでゲームオーバーしそうなほどの重傷。心の消耗は、外からは見えない。どれだけボロボロかは、顔だけ見ても分からない。自分の病気のことをなかなか言い出せないヒロインの姿に、ふとそんなことを考えた。物語が後半に入った『ファイトソング』(TBS系火曜22時主演・清原果耶)。ようやくヒロインの木皿花枝(清原果耶)は、この先、耳が聞こえなくなるかもしれない運命を周囲に打ち明けた。「言うとさ、口にしたら、嫌な現実がもっと本当になっちゃう気がして」その痛切な言葉に尽きると思う。相手が理解してくれればくれるほど、滑らかな鏡にうつすように、言葉にして人に伝えれば『それ』ははっきりとした輪郭で跳ね返ってくる。一番助けを必要とするひとたちは、時にこうして言葉を飲み込んでしまうのだと思う。だが、幼なじみの夏川慎吾(菊池風磨)をはじめ、そんな花枝の告白を受け止めた面々が、おそらくショックを受けつつも口に出さず、安易な慰めも口にせず、ただ「分かった」とだけ表明して、めいめい一人で考え込むシーンがとてもいい。直美、迫、慎吾、凜。花枝の思い出作りのことを理解して支えつつ、花枝が可哀想にも惨めにもならないように慎重に距離感を保っている。見ている側としては、花枝は思い出作りの恋の相手である春樹(間宮祥太朗)にも、自分の病気のことを正直に言えばいいのにとは思うけれども、これからハンデを背負って生きていくと思えば、もう決して安易に自分の人生に誰かを巻き込めないと思っている花枝の決意も分かる気がする。何せ家族同然の幼なじみにすらなかなか言えなかったのである。いや、逆に春樹や慎吾が真剣に花枝を想い、共にある未来を描こうとすればするほど、花枝のほうは自分の人生に巻き込めないという決意を固めているのかもしれない。そんな花枝のタイムリミットを知らない春樹は、一発屋を脱して曲を作るために、『あの人はいま』的な企画のラジオ番組に出ることを決意する。マネージャーの弓子(栗山千明)も、かつてのバンド仲間の薫(東啓介)もシャイな春樹が嫌な思いをするだろうと心配するが、今後の音楽活動に繋がるからと、春樹は収録に出かけていく。物語の最初、冷え冷えしているように見えていた春樹の周辺の人間関係が、物語の深まりとともに不器用で優しい人たちの集まりだと自然に分かっていく過程は岡田脚本らしさに溢れている。一発屋として自虐ネタを求められたラジオの収録で、春樹は花枝との出会いのエピソードを披露して場を盛り上げることに成功する。「一発屋でも凄いことなんだなって、今、思ってます。一発屋になれてよかった、とも思ってます」曲を作るために引き寄せた相手が、曲があったからこそ出会えた大切な誰かになった。中島みゆきの名曲のように、人生という長い縦糸に絡む無数の出会いの横糸が、ひとの豊かな生き方を織るのなら、誰もが知る一発屋のヒット曲は、太く長い尾を持つ巨大な彗星のようなものかもしれない。それは無数の誰かの人生に一瞬交錯して通り過ぎていく。華やかな彗星が尾をきらめかせて通過するとき、普段は星空を見ない人たちも夜空を見上げる。彗星はわずかの時間で消えるけれども、わくわくしながらそれを見た記憶は長く残り、沢山の誰かの人生を豊かにする。春樹のラジオの収録はうまくいったが、今回のラストで、花枝はいよいよ耳の病の症状で倒れてしまう。手術の日も近い。二人のタイムリミットはもうすぐだ。自分の人生が受けた不条理な悲しみの分だけ、花枝はそれが春樹の力になればいいと思っている。もう一度、彗星を走らせる原動力になりたいと願っている。それは叶うだろうか。そして二人の恋の着地はどうなるのか、終盤を見守りたいと思う。ドラマコラムの一覧はこちら[文・構成/grape編集部]かなTwitterを中心に注目ドラマの感想を独自の視点でつづり人気を博している。⇒ かなさんのコラムはこちら
2022年02月25日Twitterを中心に注目ドラマの感想を独自の視点でつづり人気を博している、かな(@kanadorama)さん。2022年1月スタートのテレビドラマ『ファイトソング』(TBS系)の見どころを連載していきます。かなさんがこれまでに書いたコラムは、こちらから読めます。思い出でお腹は満たされないし、思い出は自分の見映えを良くはしてくれない。思い出で寒さがしのげるわけではないけれど、どうしてそれがほしいと願うんだろう。作り物の思い出でもいいと願うんだろう。そして、そんなヒロインを応援したくなるのだろう。デートのたびに「いい思い出になる」と笑う花枝(清原果耶)を見ながら思う。『ファイトソング』(TBS火曜22時主演・清原果耶)6話目。進行性の病気で耳の手術を余儀なくされるヒロインは失聴する前に恋の思い出を。落ちぶれた一発屋のミュージシャンの芦田春樹(間宮祥太朗)は、再びヒット曲を作るためにエモーショナルな体験を。それぞれの目的が一致して、始まった作りものの恋のお話も折り返しの後半である。偽装恋愛から始まる恋愛ドラマは、昨今の流行でもあり沢山あるけれども、この『ファイトソング』と他の偽装恋愛ものが違う点は、これまでの偽装恋愛ドラマは恋愛や結婚の『形式』だけが最初に必要だが、今作では恋のときめきや情動までも作りものとして求めていることだ。感情までも繰り込んだ偽装恋愛は、さながらリアリティショーを再度フィクションに折りなおしてドラマにしたような、複雑な入れ子の箱を見ている気分になってくる。遊園地のデートでも、耳の病気を抱えている花枝はジェットコースターには乗れない。乗れない理由は明かさずに、春樹ひとりをジェットコースターに送り出し、自分は隣に座っている想像をしながら一人ベンチで待っている。そんな花枝の切なさと、ひとりぼっちのジェットコースターで、恋人の不在をロールプレイングして感情を学ぶ春樹のときめきが交錯する。「世界の無理解ってこういうことだって、思った」さすがにミュージシャンである。春樹が自分の中に得た感情を矢継ぎ早に語る言葉は、豊かで艶やかだ。だが、春樹のそんな感情の高まりに対して、花枝は引きずられるのを恐れるように半歩引く。「ありがとうございます。いい、思い出を(頂きました)」これは恋のまねごとだよと、それとなく知らせる言葉ですっと引いてしまうのである。確かに一見、木皿花枝はタフなヒロインである。体育会系で、努力によって自分が更なる高みに到達できると信じている。言い訳はしない。弱さを見せずに一人の力で生きていこうと決めている。しかし、丁寧に見ていくと、花枝は『硬い』のであって、必ずしも『強い』のではないのだと分かってくる。病気と手術のことを打ち明ければ、周囲が支えてくれることは分かっている。でも打ち明けられないのは、打ち明けたあとで関係が変容してしまうのが怖いからだ。この先、ハンデを抱えて誰かの助けが必要であり続ける人生に、覚悟が出来ないからだ。今回、花枝は幼なじみの夏川慎吾(菊池風磨)から「俺は花枝のことを愛し続ける。守り続けるって決めてんの」と告げられて、そっと抱きしめられているのだが(これがもう本当に胸が詰まるような美しいシーンである)動揺はほとんどしない。わずかな困惑とともにうつむくだけだ。その表情に、「ああ既に分かっているんだなあ、慎吾の真剣な気持ちも、おそらく慎吾を好きな凜(藤原さくら)の気持ちも分かっていて、気づかないふりで花枝はかろうじて現状のバランスを取っているんだな」と思う。大切すぎるものだから、僅かでも変容するのが怖いのだ。それは養護施設の施設長で、花枝たちの母親のような存在の直美(稲森いずみ)と、直美をそっと見守る理髪店の迫(戸次重幸)も同様だ。いつも名言めいたことを言いたがる迫が、本当に直美が泣いているときには、ただ見守るだけで何も言わない。この二人もまた、今のお互いの距離が大切すぎて身動きがとれないのだろうと思う。若い世代の片思いの物語に時折挟まる大人の純愛も、粋で素敵なのである。仮に花枝が失聴してからも、幼なじみの二人や、生まれ育った養護施設との縁や愛情は続いていくはずだ。それでも他の誰かと作る『思い出』は必要なのかと問い直せば、それはやはり必要なのだろう。それはきっと、花枝が一度、交通事故で死の淵を覗いたところから繋がっている。この先どんな人生になっても、死の間際まで自分が望んで持って行けるものは何なのか。それは楽しかった思い出や、好きな本や、好きな映画や、好きな歌だ。この先どんな境遇で生きることになったとしても、自分が手放そうと思うまでは誰からも奪われないもの。花枝は、そんな『財産』を得られるだろうか。そして春樹はそんな財産になる歌をもう一度作れるだろうか。ドラマコラムの一覧はこちら[文・構成/grape編集部]かなTwitterを中心に注目ドラマの感想を独自の視点でつづり人気を博している。⇒ かなさんのコラムはこちら
2022年02月21日Twitterを中心に注目ドラマの感想を独自の視点でつづり人気を博している、かな(@kanadorama)さん。2022年1月スタートのテレビドラマ『ファイトソング』(TBS系)の見どころを連載していきます。かなさんがこれまでに書いたコラムは、こちらから読めます。ドラマとして見ている私たちは、いまが『どの位置』なのか分かって楽しんでいるけれど(ちなみに今は折り返し地点)本来、恋をしている当事者としては、自分が『どの位置』かなんて分からないだろう。地図もナビもない道で方角を考え、時折現れる案内看板や標識を信じて進んでいくようなものだ。終わったように思うけど続いたり、続くかと思えば突然終わる。急ブレーキと加速、ままならない車線変更に、時には思いもよらぬ一方通行。恋愛は地図もナビもない、見知らぬ町での運転みたいなものかもしれない。ヒロインは、進行性の病気で耳が聞こえなくなる前に素敵な思い出を。男はもう一度ヒット曲を作って、崖っぷちの一発屋ミュージシャンから脱するために何かときめく経験を。そうして始まった恋を描く『ファイトソング』(TBS系火曜22時主演・清原果耶)、5話にして仕切り直し、リスタートである。落ちぶれたミュージシャン・芦田春樹(間宮祥太朗)は、ヒロイン・木皿花枝(清原果耶)との出会いを経て、数年ぶりにインスピレーションを得て曲を書き上げるものの、その曲はコンペを勝ち抜けなかった。コンペが終わった以上は恋の真似事も必要ない。ここで一旦、花枝と春樹の関係は解消になってしまう。これまでも会えない欠落感で自分の感情を意識していく恋なのだが、ついに花枝は自分が失恋したと自覚する。花枝は恋愛の、いや人間関係の経験自体が希薄なために自分が何を得ているのかの自覚が難しいのだと思う。得たものの恵みより、失った部分の痛みでようやく気づくというのは、なんだか切ない話である。今回、春樹の部屋に半ば居候のように出入りしている烏丸薫(東啓介)の過去についても描かれている。かつて春樹のバンド仲間だった薫は、解散後も曲が作れない春樹につきまとい、時折一方的に高級食材で料理を作っては春樹に食べさせて、その材料代と料理の手間賃と称して春樹に金をせびっている。春樹も、いつも無造作に万札を取り出しては薫に払っている。一見、薫が悪人なのか本当に友人なのか微妙なところだが、おそらくそれは友人としての繊細な距離感ではないかと思う。曲を書けなくなって、いろんなものを失いながらずるずると落ちていく春樹に、依存にも同情にもならない方法で寄り添おうとした時に、お金と食事を介せば、春樹のプライドを傷つけず、より細く長く寄り添えると薫が考えた結果なのではないか。岡田惠和脚本が描くドラマの登場人物の姿花枝にずっと片思いしている幼なじみの夏川慎吾(菊池風磨)、花枝を守ろうとしている、同じく幼なじみの凜(藤原さくら)、常に春樹の現状に寄り添って最善を尽くそうとするマネージャーの弓子(栗山千明)。徐々に花が開くように、二人の周囲の描写も厚みを増してきている。それは柔らかなガーゼを次々と重ねていくような、いかにも岡田惠和の脚本らしい優しい厚みである。岡田惠和は、2021年のテレビドラマ『にじいろカルテ』(テレビ朝日系主演・高畑充希)でも、病を抱えながら生きていくヒロインと、それぞれに欠落を抱えながら生きていく人物群を独特の距離感で描いていた。岡田の描く病気や人生の欠落は、戦ったり乗り越えるというよりも「ただ傍らにある」「時折のしかかってくるが共存する」、そんな感覚で、今作でも花枝の視野を広げる人物として、中途失聴者である杉野葉子(石田ひかり)を伸びやかに描いている。人生の途中で何かを失っても、同じくらい別の何かを得ることは出来るし、新しい出会いがあって人生は続いていく。これもまた、恋愛ドラマの『背景』としてベテラン脚本家が若い世代に向けて描く愛ある発信だと思う。今週の最後で春樹の曲作りには更にもう少しの猶予が与えられる。曲作りのための方策なのか、それとも本当に恋愛感情なのか、自分でも分からないままに花枝に再度の交際を申し込もうとする春樹に、ついに慎吾が声をあげて待ったをかける。恋愛ごっこは、本気で立ち上がった一人の存在で、否応なく『ごっこ』ではいられなくなる。物語の折り返しで、恋は改めて仕切り直しになる。歌詞で言うなれば、いつだって今が常にスタートライン。単独走よりも競り合えばタイムは当然荒れるだろう。どんな後半の展開が待っているか、わくわくする。ドラマコラムの一覧はこちら[文・構成/grape編集部]かなTwitterを中心に注目ドラマの感想を独自の視点でつづり人気を博している。⇒ かなさんのコラムはこちら
2022年02月14日Twitterを中心に注目ドラマの感想を独自の視点でつづり人気を博している、かな(@kanadorama)さん。2022年1月スタートのテレビドラマ『ファイトソング』(TBS系)の見どころを連載していきます。かなさんがこれまでに書いたコラムは、こちらから読めます。人生の勝負時だからこそ、痛みをこらえて現実を直視する。何が自分に足りていないのか、今の立ち位置を必死で考える。望むものを得られない、あるいは失う未来は考えたくもないけれど、せめて立って勝負をしているうちは、ファイティングポーズを取っていたいと思う。ヒロイン・木皿花枝を演じる清原果耶の見応えある演技と、彼女を取り巻く二人の男の恋模様を描く、優しい切なさが大好評の『ファイトソング』(TBS火曜22時)。進行性の病を抱えたヒロインの思い出作りと、キャリア崖っぷちのミュージシャン・芦田春樹(間宮祥太朗)の曲作りを兼ねた『形だけの恋』は順調に見えた。しかし4話目、春樹の曲作りの締め切りが早まったことでストーリーは急展開する。ずっと『裏拍』の効いたラブストーリーだと思っている。2話目で、春樹は清掃に来る予定だった花枝が来なかったことで一歩踏み出してメールを送るし、花枝もメールを読んで、春樹に会おうと走ってきて、会えなかった落胆が思い出作りを決断させる。今回も、これで『恋の取り組み』が終わるのかという不安と、連絡のない焦りが花枝の恋心を先鋭化させていく。綺麗に恋の器を作れてしまう二人だからこそ、その器を満たすための時間が重要なのだろう。間宮祥太朗が演じる芦田春樹は、世間知らずを自覚しているのか、年下の花枝相手にも常にフラットに接している。「うん?」と、相手の気持ちを確かめるように返す相づちの柔らかさがとてもいい。そんな春樹に、花枝は「情けないのはいいけれど、自分勝手なのはダメです」と言う。今の価値観を鮮やかに切り取った『技あり』のセリフだと思う。心が弱っていく花枝を見て、慎吾は…一方、花枝の幼なじみで、花枝に片思いし続けている夏川慎吾(菊池風磨)もまた、形から恋に踏み込んでいく花枝の様子にこれまでと違う焦りを感じ始めている。これまで面白くないなりにも花枝の『恋の取り組み』を応援してきたのは、とにもかくにも花枝に元気でいて笑ってほしいからだ。花枝が春樹をムササビみたいだと言う、そのムササビのぬいぐるみを買ってあげようなんて、片思いの男としてはズレた思いつきも花枝が喜ぶと思うからだ。その慎吾が、春樹からの連絡が途絶えて心が弱っていく花枝の様子を見て初めて困惑したように呟く。「もう、それさあ。マジで」途切れた言葉のあとには『あいつをマジで好きになってるじゃん』、そんな言葉が続くのだろう。でも慎吾はその言葉を言えない。花枝に「何?」と促されても「いや。いい。言いたくない」と意思をもって口にするのを拒む。まるで言葉にしたら何かが現実になるような、繊細な恐れが慎吾にそれを言わせない。本来ならば、春樹と花枝がうまくいかなくなれば慎吾にとってプラスになるはずなのに、花枝を見る慎吾の表情は曇っている。いつもはチャラくて明るい慎吾の、その瞬間のスッと改まった真顔が印象的だ。その落差を菊池風磨は丁寧に演じ分けている。ずっと幼馴染として一緒にいたのに、互いの道が離れていくということの本質を慎吾は理解しようとしている。ここまでの4話分、常に片思いは空振りで、恋愛ドラマにおける片思い役男性のスラングである『当て馬』しぐさ全開の夏川慎吾だが、これはもう、ドラマとして意図的なものなんだと思う。三角関係の3人はどのように動き出すのか!?今のところは読みの外れたコースでぶんぶん空振りしているけれど、スイングは恐ろしく大きいし鋭い。これは、かすっただけでも場外に飛ぶんじゃないか。芯を捉えたら満塁ホームランで試合はひっくり返るんじゃないか。そんな予感を感じさせる、微かな異変だった。春樹との恋や、聴覚障がい者である葉子(石田ひかり)との出会いで、絶望によどんでいた花枝の人生は緩やかに流れ始めている。かつての空手の仲間たちに出会い、現役で練習している相手には歯が立たないと分かっていても、組み手を志願して体を動かすこともその現れの一つなのだと思う。そんなかつてのライバルに手加減のない光(芋生悠)の清々しさがとてもいい。春樹はそんな花枝に触発されて、突き動かされたように曲を書く。慎吾は、ようやく来た春樹からの連絡に喜色満面の花枝に、心の痛みを堪えながらすぐに行くように促す。みんなそれぞれに、不利や自分の不足を知りながら、ファイティングポーズを取って立っている。人生に立ち向かおうとしている。勝てても、こてんぱんに負けたとしても、納得のいく試合終了であってくれたらいいなと願う。そろそろ物語は折り返しである。ドラマコラムの一覧はこちら[文・構成/grape編集部]かなTwitterを中心に注目ドラマの感想を独自の視点でつづり人気を博している。⇒ かなさんのコラムはこちら
2022年02月04日Twitterを中心に注目ドラマの感想を独自の視点でつづり人気を博している、かな(@kanadorama)さん。2022年1月スタートのテレビドラマ『ファイトソング』(TBS系)の見どころを連載していきます。かなさんがこれまでに書いたコラムは、こちらから読めます。どうして偽装恋愛・偽装結婚ものはこんなに面白いんだろう。本来、恋愛や結婚という形式から得るメリットだけを求めて感情そのものを目指さないふたりが、やがて感情に振り回されるストーリーは、概ね定型ではあるけれども独特のむず痒さがあって、目が離せなくなる。つまるところ、私たちは「ひょうたんから出た駒」だったり、「嘘から出たまこと」だったり、人が無欲な状態から何かを次から次に得ていく物語が大好きなのだと思う。だから偽装恋愛を描くフィクションは、主人公になるカップルの無欲さ具合を応援できるかどうか(リアリティももちろん大事だけれど、少々荒唐無稽だとしても、応援したくなる設定かどうかの方が重要だと思う)。そして二人の無欲さを揺さぶり、突き崩すイベントのさじ加減の両方が、縦糸と横糸のように大事だと思うのである。形だけの恋がどのように変化を遂げるのか…そういう意味で、ファイトソング(TBS火曜22時主演・清原果耶)は、『固くて手強い』偽装恋愛ドラマだと言えそうだ。目標半ば、事故で夢を頓挫(とんざ)し、更に難病を抱えていて、思い出作りをしたいヒロイン・木皿花枝(清原果耶)と、形だけでも恋を経験して、とにかくエモーショナルな曲を書きたい、今にも解雇されそうな崖っぷちミュージシャンの芦田春樹(間宮祥太朗)。不憫さでいえば、二人共に近年の偽装恋愛ドラマのなかでもトップクラスである。そして、共に状況が切実な分だけ、恋愛感情そのものに対する無欲さの鎧も固い。真面目な二人は、とにかく恋の形だけを再現しようと割り切っている上に、更に恋の条件を細かく分析して、それを優等生的にトレースしつくしてしまうのである。恋人つなぎの手のひらも、中華街のデートも、夕日のファーストキスも、アクシデントの余地がないほど優等生的である。偽装恋愛の縦糸も横糸もみっしり詰まっている。※写真はイメージそのみっしりとした詰まり具合が不憫な境遇の二人を反転させて、この3話では、ほんのりとした可笑しみを生んでいた。生真面目で、それゆえにちょっとズレている二人が、恋の形を熱心にトレースしているのと対照的に、二人を見守る周囲は本当の意味で恋に悩み、傷ついている。「それは恋の形をしてるし限りなく恋に近い何かだけど、まだ恋じゃないなあ」と思わせる主人公二人。対して、と思わせる主人公二人に対して、花枝にフルスイングの空振りで片思いしている幼なじみの夏川慎吾(菊池風磨)も、同じ幼なじみで、その慎吾にずっと片思いをしつつ、花枝のことも大事だから、自ら姐御キャラになって三角関係のバランスをとってしまう萩原凜(藤原さくら)。また、凜が働く理髪店の店主で、養護施設の施設長の磯部直美(稲森いずみ)を密かに想っているらしい迫智也(戸次重幸)の、いかにも大人らしい控えめな磯部への視線も、春樹のマネージャーとして曲が書けない春樹を叱咤(しった)しつつ、作曲のための「恋の経験」には複雑な想いで苛立つ伊達弓子(栗山千明)も、みなそれぞれに切なくて健気だ。※写真はイメージ真剣に誰かに恋をしているなら、大胆に形から入ってあえて関係のバランスを崩すことなんかできない。ジェンガのように、今の全体の形を崩さないように細心の注意を払いながら、一つ一つパーツを手に入れるしかない。しかし形だけで恋に踏み込もうとする花枝と春樹の大胆さが、静かに膠着(こうちゃく)していた周囲の『本当の恋』を突き動かす瞬間も沢山描かれるのだろうと思う。その目線のやさしさにも、安定の岡田惠和の脚本として期待したい。まったりと素敵なデートの回になった3話目だったが、どうやら予告を見る限り次回は急展開のようだ。恋の形を完璧に追い求めている主人公二人を、これからいろんなことが揺さぶるのかもしれない。それにしても、こんなにきっちり形から入って大丈夫なのかなと思いながら見ていて、ふと気が付いた。空手は、『型』から入って、それを基礎として修養を重ねて己を高めていくもの。きっとそういうヒロインの恋なのだろうと思う。ドラマコラムの一覧はこちら[文・構成/grape編集部]かなTwitterを中心に注目ドラマの感想を独自の視点でつづり人気を博している。⇒ かなさんのコラムはこちら
2022年01月28日Twitterを中心に注目ドラマの感想を独自の視点でつづり人気を博している、かな(@kanadorama)さん。2022年1月スタートのテレビドラマ『ファイトソング』(TBS系)の見どころを連載していきます。かなさんがこれまでに書いたコラムは、こちらから読めます。恋愛ドラマにおける、ヒロインの相手役ではなくて、ヒロインに片思いする二番手。それを『当て馬』と表現するのに、ちょっとだけモヤモヤしてしまう。「そんなに何かを当てなきゃ恋って走らないのかね」と思うけれども、ドラマとしてはストーリーの安定した展開と適宜盛り上がりのためには必要なのもわかる。大体、マラソンだってペースメーカーがついて30キロ地点まで引っ張ったほうが好タイムが見込めるものだ。連続テレビ小説『半分、青い』(NHK2018年)、テレビドラマ『♯リモラブ』(日本テレビ系2020年)、『オー!マイ・ボス!』(TBS系2021年)と、いわゆる魅惑の『当て馬』を多数演じてきている間宮祥太朗だけれども、個人的には『ハムラアキラ』(NHK2020年)の時のクールな管理官役が印象的だった。出番は多くなかったが、品の良さと体温を感じさせない美しさはずっと記憶に残った。彼のあの役を見て以来、『本気で勝負に出て、ゴールテープを切る姿が見たいな』と、ぼんやりと思っていた。それぞれの理由を抱え、期間限定の恋愛がついに始まる『ファイトソング』(TBS系火曜22時主演・清原果耶)は、きっとそんな間宮祥太朗の魅力をフルサイズで堪能できるドラマになると思う。初回では、ヒロインの花枝(空手の代表候補を事故の怪我で断念。更に将来的に失聴の可能性のある病を抱えている)と、おそらく相手役になるのだろう芦田春樹(間宮祥太朗。一発屋の落ちぶれたミュージシャン)の、それぞれの苦境を淡々とと描いていたけれども、今週の第2話で二人はそれぞれの理由を抱えながら期間限定の恋愛をしようと決心する。小説、コミック、演劇、映画、ドラマ。フィクションとして恋を描く方法は沢山あるけれども、今作『ファイトソング』が描く恋は、映像作品ならではのときめきと切なさに満ちている。こればっかりはどう言葉を尽くしても説明しようもない。「とにかく見て下さい」と懇願するしかない。それほどに細かく作りこまれた一瞬の連続なのである。もちろん、可能ならば配信等駆使して、初回から見てもらいたいけれども、とにかく2話、いや2話の開始から30分の春樹のお詫びメールあたりから、いや特に35分すぎに花束を持って春樹が花枝を訪ねてくるシーンからを、是非その目で見てもらいたい。花枝へのお詫びのメールのモノローグに重なる春樹の物憂げな表情も、会いたくて衝動的に駆けだして、でも会えなかったことに思いもよらず落胆してしまう花枝の表情も、椿の花束を差し出す春樹と、受け取る花枝のぎこちない遠い距離も、付き合ってみようと思うと告げられて数秒噛みしめて「わあ」と照れくさそうに呟く春樹の笑顔も、それを見る花枝の曇りのない笑顔も…。ミニマムに削ぎ落とされたセリフと、ベストの間合いを掴む俳優二人の演技と、二人の間で細かく切り替わるカメラの映像と、せせらぎのような美しい劇伴音楽と、全てが寸分の妥協もない精密さで組み立てられた最高の『恋の瞬間』である。更に、これだけの細心さをもって組み立てられながら作為の繋ぎ目はどこにもない。細かいパーツの組み合わせでありながら、そこにあるのは触ってもどこにも継ぎ目のない球体のような美しく繊細な恋である。これだけの最高の要素が丁寧に組み立てられて、「なんかエモい」「よくあるラブストーリーっぽいけど、何だかいい」に辿りつく。普通っぽく見えるけれども、不思議と惹きつけられる。過去にもどこかで見たような話なのに、これは目が離せない。名脚本家・岡田惠和だからこその到達点だと思う。もうひとつ、通低音としてこの作品を深く魅力的にしているのは清原果耶のしなやかな強さである。NHK連続テレビ小説『おかえりモネ』(2021年)で、温和ながら芯の強いヒロインを演じ、坂口健太郎演じる『菅波先生』との恋が朝ドラファンを熱狂させたことは記憶に新しい。清原果耶が持っている、どんな風にも折れないしなやかな強さは、拗らせて生きる男の息苦しさ、頑なさを容赦なく剥ぎ取って、彼らを悩み多き愛嬌のある存在に昇華する。拗らせた男を、清原果耶はその自然体で更に輝かせるのである。事前のコンセプトを聞いて食わず嫌いした方も、初回は見たけれども、もうそれでいいかなと思われた方も、ちょっと興味はあるけどまだ見ていない方も。是非、今作の2回目以降をその目で見てほしい。一見平凡に見えて、至極上質ということの答えの一つが、きっと見つかると思う。ドラマコラムの一覧はこちら[文・構成/grape編集部]かなTwitterを中心に注目ドラマの感想を独自の視点でつづり人気を博している。⇒ かなさんのコラムはこちら
2022年01月21日Twitterを中心に注目ドラマの感想を独自の視点でつづり人気を博している、かな(@kanadorama)さん。2022年1月スタートのテレビドラマ『ファイトソング』(TBS系)の見どころを連載していきます。かなさんがこれまでに書いたコラムは、こちらから読めます。名作ドラマの恋は往々にしてどん底で始まる。例えば結婚式当日に婚約者が失踪したり(1996年『ロング・バケーション』フジテレビ系)、就職難から派遣社員として働いていたのがその上に派遣切りにあったり(2016年『逃げるは恥だが役に立つ』TBS系)。今作『ファイトソング』(TBS系火曜22時主演・清原果耶)のヒロイン・木皿花枝もまた、どん底である。しかもピンポイントで「今どん底になりました」という設定ではない。どん底が長期間続いていて、すでに固定化したどん底である。児童養護施設で育った花枝は、空手の才能と負けん気と努力で、一度はオリンピックも狙える日本代表になろうというところまで来たものの、交通事故でその夢を絶たれてしまう。薄幸な少女が努力で栄光を掴むという『物語』から逸脱した上に、その後に別の道を目指して立ち直ることも出来ず、事故当初は「かわいそう」と同情していた周囲からも、今やその堕落ぶりを失望されている。このとき、児童養護施設の後輩から、「あなたのようになりたくない」と辛辣な言葉を投げつけられても、花枝が全く意に介さないやりとりが印象的だ。花枝自身、もう他人が自分に投影する物語のレールに乗ることにうんざりしているようである。※写真はイメージそれでも、旺盛な食欲や養護施設の施設長である磯部直美(稲森いずみ)との口の減らない会話から、花枝の根っこにある生命力はまだすり減っていないことがわかる。そんな花枝と出会うのが、落ちぶれたミュージシャンの芦田春樹(間宮祥太朗)である。いわゆる『一発屋』であり、10年以上前の一曲の大ヒット以来は鳴かず飛ばずで、所属事務所からは見放される寸前になっている。(このただ一つのヒット曲が、花枝の人生を支えてきた、いわゆる『勝負曲』である)※写真はイメージ10年以上、新しいものを生み出せない苦しみの中で、春樹は自室のあるビルの屋上から夜中に何度も下を見下ろしている。時に手をたたいてその反響で高さを実感してみたり、手すりに乗り出してその瞬間に遠くの救急車のサイレン音で驚いて、乗り出した体を慌てて戻したりする。些細な何かが、まるで背中を引っ張るように、そのたびに用心深く彼を連れ戻す。明確な言葉にもならないし、そうとはっきり描くわけではないけれど、このあたりの繊細な表現はさすがだと思う。どん底にあっても豊かな生命力に溢れた花枝とは対照的に、春樹は空っぽで枯れかけて静かに疲弊している。※写真はイメージ春樹の部屋のハウスクリーニングをきっかけに、そんなどん底の二人が出会う物語ではあるけれども、ドラマ全体の色合いは決して暗くはない。淡くくすんではいても、優しくて暖かい色だ。それは名脚本家・岡田惠和が紡ぐ数々のセリフの柔らかさでもあるだろうし、物語の中でもう一人、重要な位置を占めている夏川慎吾(菊池風磨)の朗らかな存在感が大きいように思う。恋愛ドラマにおいて、最初からヒロインを片思いしている立ち位置の男性の役割は決して小さくないし、その説得力と魅力は時に作品の成否を左右する。しかし今回の慎吾のそれは、単なる恋愛部分のスパイスだけではなくて、ドラマ全体の明度と彩度の調節を担っている。あの鬱陶しいほどの明るさに、見ている私たちは無意識に「こういう人がいるのなら大丈夫かな」と感じ取っているのである。※写真はイメージ初回のラストで、花枝は仕事で出会った相手が、人生の勝負曲を作ったミュージシャンであると知る。沢山の悲しい思い出とともに溢れだした花枝の大粒の涙は、枯れかけて疲弊していた春樹の心に恵みの雨として降り注ぐ。だが、同時に花枝の抱えている秘密、つまりこの先、病で耳が聞こえなくなる可能性が高いこともまた、ここで視聴者に対して明らかになる。美しい音、大好きな歌声。直接触れた瞬間だからこそ、いつか失われる悲しみが花枝の中で切実なものになっていく。これは恋愛ドラマの形をしているけれども、恋愛の駆け引きを見て楽しむドラマではないのかもしれない。もう既に十分失ったのに、更に小さく閉じていく世界の中で差し込む光はあるか。忙しい神様は自分たちを一顧だにしてくれないけれども、それでもこの残酷な世界には真摯に生きるだけの値打ちがあるか。名手・岡田惠和はきっとその答えを聴かせてくれると思う。どんな音、どんな歌が私たちを待っているのか、楽しみにしたい。ドラマコラムの一覧はこちら[文・構成/grape編集部]かなTwitterを中心に注目ドラマの感想を独自の視点でつづり人気を博している。⇒ かなさんのコラムはこちら
2022年01月14日Twitterを中心に注目ドラマの感想を独自の視点でつづり人気を博している、かな(@kanadorama)さん。2022年1月スタートのテレビドラマ『恋せぬふたり』(NHK)の見どころをレビューします。かなさんがこれまでに書いたコラムは、こちらから読めます。昭和が終わって34年、ミレニアムで数えれば22年。例えば四半世紀。25年という年月を振り返ってみたとき、世の中は良くなったような、悪くなったような。何かが解決に向かえばそこで新たな問題が起きるし、振り子のように左右に大きく振れる価値観もあって、世の中が良い方向に向かっている実感は一向に得られない。それでもこの25年で確実に社会の認識が変容したもののひとつに、性的マイノリティに対する理解の広がりがあると思う。もちろん、まだ十分に理解が進んだ訳ではなくて、今はまだ『こういう人たちが少数派として実在して、社会の一員である』という認識が定着した程度なんだろうと思う。じゃあ、どうすればみんなが生きやすい社会になるのか。その模索はこれからも続く。その模索の過程に、揺れる水面の写し絵のように、優れた映像作品が浮かび上がることがある。とりわけNHKは、これまで性的マイノリティを描いたドラマの秀作を送り出してきた。テレビドラマ『弟の夫』『女子的生活』(2018年)、『腐女子、うっかりゲイに告る。』(2020年)これらの一連の秀作の中に、おそらく今作『恋せぬふたり』(NHK月曜22時・主演岸井ゆきの/高橋一生W主演)も入ることになるのだと思う。価値観を揺さぶる、ドラマ『恋せぬふたり』今作が描く性的マイノリティは、『アロマンティック・アセクシャル』。大まかに、乱暴に言ってしまえば、他人に恋をしない・他人に性的に惹かれないことが指向という人たちのことである。最初に概要を見た時にまず思った。そういう、恋愛にあまり興味のなさそうな、世間でいうところの淡白な人は自分の知人にもちらほらいる。そういうのとは違うのか。はたまた、最近巷に溢れている偽装結婚から何だかんだで恋愛になってしまうパターンのドラマ(それはそれで定番として楽しいが)なんじゃないのか。※写真はイメージだが、実際に初回を見て、すぐにそういう定型を徹底的に、用心深く取り除いた作品だということがわかった。主人公の一人、兒玉咲子(こだまさくこ岸井ゆきの)は、仕事熱心でコミュニケーションの能力も高い。両親と既婚の妹、家族との関係も概ね良好だが、恋愛感情を持てない、わからないという一点ゆえに、まるで単語の半分を聞き取れない外国語の中で暮らしているような不安とともに生きている。その点を周囲に説明する言葉を持たないことが、彼女の内面の恐れと不安をさらに増大させている。※写真はイメージ仕事で親身になった異性の後輩から恋愛感情を持たれたことで仕事の信頼関係が破綻し、家族から未婚を腫れ物扱いされることに疲れて、友人と予定していたルームシェアは友人の恋愛優先の決断で流れてしまう。疲弊した咲子の前に現れるのが、もう一人の主人公、高橋羽(たかはしさとる高橋一生)である。羽には自分の恋愛・性的指向に自認があり、表現できる言葉と意思がある。しかし同時に他者に対する不信感や深い諦念を抱え込んで生きているように見える。※写真はイメージ物怖じのない咲子が、羽に恋愛感情抜きの家族として一緒に暮らさないかと無鉄砲に提案するところで初回は終わる。作中で咲子を少しずつ削りとっていく、周囲との軋轢(あつれき)と受ける痛みがひりひりしてリアルだ。それは性的マイノリティではなくても、職場に恋愛感情を一切介入させたくないと思っている人には近似の痛みだからだ。羽が周囲の無神経な対応に苛立つ言葉もまたリアルだ。それもまた性的マイノリティならずとも、皆同じ価値観で生きていると無邪気に信じている人相手に言葉が通じない絶望に近似の苛立ちだからだ。互いの閉塞感と諦めの中で、羽の「どんなセクシュアリティであれ、誰かと一緒にいたい、独りは寂しいという思いはわがままじゃないと思います」という言葉が小さな灯火のように薄暮を照らす。※写真はイメージ脚本、演出、演技、全てが丁寧に作られた初回だったが、そのセリフひとつだけでも、今作を最後まで見届ける価値があると思わせる美しい言葉だったと思う。このドラマの初回を見てから、これまでの人生で「ちょっと面倒くさがりでも自分は普通」だと信じて疑いもしなかったけれども、じゃあ普通って何だろう、その普通の基準点はどこにあるのか、そして、もしもその基準点が存在するとして、自分の位置はどこなんだろうと考え込んだ挙句に、立っている足元がおぼつかなくなった。見るものの価値観を揺さぶる。きっと、いい作品になると思う。[文・構成/grape編集部]かなTwitterを中心に注目ドラマの感想を独自の視点でつづり人気を博している。⇒ かなさんのコラムはこちら
2022年01月13日