わかるようで、わからない…。そもそも「自己肯定感」って、一体何なの?そんなモヤモヤを、コラムニストのジェーン・スーさんに伺いました。ジェーン・スーさん特別語り下ろし自己肯定感の今とこれから。人によって違う、ものの見方や捉え方。自分の“クセ”を直したらもっと楽になれるはず。あくまでも私の印象ですが、自己肯定感という言葉を一般的に聞くようになったのは、20年ほど前でしょうか。もともとは心理学用語だと思うのですが、ブログやSNSが普及して心情を吐露しやすくなり、自分らしい生き方にフォーカスされた時期と重なっていた記憶があります。当時この言葉に敏感に反応した人たちは、自己肯定感がそれほど高くないからこそドキッとさせられたのでしょう。そういう意味では、私も決して高くなかったのだと思います。頑張りすぎていたり、人知れずつらさを抱える自分を受け入れる潮流もその頃始まったように思います。ありのままを批判せず、ジャッジせずに受け入れる、いわゆる自己受容は自己肯定と大抵セットで語られてきましたし、今は自己受容のほうが重要視されているかもしれません。常日頃「私なんか」とネガティブな思考の人もいますが、ものの見方・捉え方は人によって違うことを知るのも大切。そして、その自分の〝クセ〞に気づいたら、少しずつ直したほうがもっと楽に生きられるはず。雑談をお仕事にしている桜林直子さんと、『となりの雑談』というポッドキャスト番組をしているのですが、私とサクちゃんは物事の捉え方が面白いほど異なっています。例えば目の前にドアが10個並んでいて、そこから1つ選ぶとしたら、私はドアを開けた先に、また新しいドアがたくさんあるはずだと考えます。一方サクちゃんは、1個選んだら残り9つの選択肢がなくなるので、間違えたら大変だと焦りが先に立つらしいのです。ちょっとした捉え方の違いで、自分を信じることができたりできなかったりするわけですが、サクちゃんの話は自己肯定力を強く保てない人たちに、すごく刺さるんですよね。おかげさまでリスナー数は右肩上がりなのですが、SNSでコメントをする人が少ないのも、この番組の特徴。『OVER THE SUN』との大きな違いです。褒められても「本当はそんなこと思ってないでしょ?」と疑ってしまう人もいますよね。だけど相手の感情を定義するのは、ある意味傲慢といえるし、周りの人はあなたの人生の書き割りではありません。ときに的外れな評価をされることも事実ですが、それはそれとして受け止める。反対にマウントを取ってきたり、容姿をけなすなど、ひどい言葉をぶつけてくる人もいるかもしれません。だけど自分が信用する人以外の言葉や振る舞いは気にしないのが賢明。そういう人なのだと諦め、それ以上考えるのはやめにしましょう。ひとり歩きしている“自己肯定感”という言葉の意味・定義を因数分解してみる。私の著書『闘いの庭咲く女彼女がそこにいる理由』は、さまざまな職業の13人の女性に、これまでの道のりを聞いたインタビューエッセイですが、世間的な成功や活躍と自己肯定感は必ずしも比例しないことがわかります。その上で彼女たちに共通して言えるのは、自分を信じる力が強いこと。例えば「今回は失敗したけど次はきっとうまくいく」とか、「今はできなくてもいつかできる日が来る」というふうに、自分自身を誰よりも信頼しているのです。彼女たちのなかには、自己肯定感や自己評価が低い、と認識している方もいらっしゃいましたが、おそらく前後の文脈から察するに、「今の自分に決して満足していない」ということだと思うのです。あるいはちょっと怠けたり、ずるをしてしまったから、結果に繋がらなかったことを自分自身が一番わかっている。それで気がついたのは、「自己肯定感が高い=成長したい、進歩したい」ではないこと。自己肯定感が高いのは本人にとって幸せなことですし、何よりも大事なことだといえますが、世間的な成功や成長に必ずしも直結するわけではないようなのです。自己肯定力を上げる最も効果的な方法は、今の自分を丸ごと受け入れることだと思うのですが、それだけを目的にしてしまうと、場合によってはやりたいことや、なりたい姿とは違う方向に行ってしまう可能性があるともいえるでしょう。自己肯定感という言葉がこれだけ世の中に浸透すると、「あなたの足臭くないですか?」みたいな、ちょっとした脅かし広告のようになっている感も否めません(笑)。「臭かったらヤダなあ。どうしよう…」と反射的に不安を煽られるのと、なんとなく似ていますよね。自己肯定感を高めるにはどうしたらいいかという質問に、具体的に答えるならば、早起きをして朝日を浴びるとポジティブな気持ちになれる、みたいなことになるのでしょう。だけどそれ以前に考えるべきなのは、この言葉自体をあなたはどう定義しているのか、ということです。そしてもしも「低い」と認識しているのであれば、なぜそんなふうに思うのかまずは考えてみてください。その上で自己肯定感が高い人になりたいのか、高そうだとあなたが思っている人は本当に自己肯定感が高いのか、そもそもそんなに高い人なんているものなのか、などなど。ひとり歩きしてしまっている言葉に囚われすぎず、もう少し意味を細分化して考えてみることから始めたほうがいいような気がします。自己肯定感が高止まりの人なんていない。年とともに悩むことさえ面倒になるものです。「執着筋(しゅうちゃくきん)」と言っているのですが、私は年齢を重ねることによって自己への執着がどんどん弱まってきました。健やかな自己受容が可能になったというより、やることが毎日たくさんあったり、年を取るとすぐに眠くなっちゃったりするからなのですが(笑)。若い頃は誰かと比べたり、他人からジャッジされる機会がどうしても多いので、自己受容が難しいものですよね。子育て中の人も、ひとりのときとは異なる形で自己肯定感を揺さぶられるのでしょうが、出産も子育ても未経験の私は、その点でも比較的のんびりと自分軸で生きられているのだと思います。そもそも、自己肯定感が高止まりの人などいないと思うのです。日によって高いときも低いときもあるし、一日のなかでもレベルが変わって一定しないもの。私は年齢的に第二の思春期と呼べる不安定なホルモンバランスになっているので、やたらと自己嫌悪に陥ってしまうときもあるのですが、逆にその状態をエンタメとして楽しむようにしています。例えば一日中誰にも会わないことにして、失恋映画を観たり、悲しい音楽を聴いたりして、アンニュイな気分にびたびたに浸ってしまうのです。「懲りずにまた同じようなことで悶々としてるわ」とか「『私なんか』って考えてもいいことなんかひとつもないのに」などと、落ちている状態を白けて客観視している冷静な自分もいるのだとしたら、こっちのもの。エモみを100%出し切ってしまいましょう。しばらくしたら気持ちが上向きになるっていう、波をわかっているからこそ満喫できるモードですし、ある程度楽しんだらそのうち自然と飽きてしまい、平常心に戻ることができるので。極論を言ってしまえば、目の前に10秒おきに飛んでくる皿をつかまえて、パッパッと床に置いていくような仕事を朝から晩までしていたら、自分のことで悩んだりする時間なんてまずありません。メンタルが落ち込めるのはそこまで忙しくないからで、時間や気持ちに余裕があるということの証しなのです。その時間を悩むことに充てるのも、反対に自分をもっと好きになるために新しいことに挑戦したり、何かに夢中になったりするのもあなた次第。もしも悩むことからなかなか抜け出せなかったとしても、年齢とともに悩むという行為にも体力が必要なことを痛感しますし、そのうちツルンとなくなってしまうはずです。悩むのも悩まないのも、発信源(ソース)は自分自身。いつか終わりが来ることなので、安心して大丈夫ですよ。ジェーン・スーコラムニスト、作詞家。TBSラジオ『ジェーン・スー 生活は踊る』、ポッドキャスト番組『ジェーン・スーと堀井美香の「OVER THE SUN」』『となりの雑談』のパーソナリティとして活躍中。『闘いの庭咲く女彼女がそこにいる理由』(文藝春秋)など著書多数。最新刊に脳科学者・中野信子さんとの共著『女らしさは誰のため?』(小学館)がある。※『anan』2023年7月19日号より。イラスト・中島ミドリ取材、文・兵藤育子(by anan編集部)
2023年07月12日2018年、本屋大賞を受賞した辻村深月さんの長編『かがみの孤城』の劇場アニメが現在公開中。主人公・こころをはじめとする中学生7人が、鏡の向こう側の世界でつながるこの物語の監督を務めたのは、辻村さんも以前から作品に魅せられてきた原恵一さんだ。観た人には絶対に伝わる「強さ」を秘めたアニメ映画に。原恵一:僕は以前『カラフル』という、ちょっとハードな現実を抱えた中学生のアニメを撮ったことがあったので、似た要素のある『かがみの孤城』の監督を最初は躊躇したんです。それで長いこと一緒に仕事をしてきた、プロダクション・アイジーの石川光久さんに相談をしたところ、すぐに原作を読んで「絶対にやったほうがいい」と言ってくれたので、彼の嗅覚を信じようと思いました。辻村深月:嬉しいです。原さんにお願いできることが決まってから、東京国際映画祭で原さんの特集上映があったんです。私が伺ったのは大好きな『エスパー魔美』が上映される回だったのですが、そのときご挨拶をしたら、原さんが「僕は原作クラッシャーじゃないですから安心してください」とおっしゃったんですよね。原:ふふふ(笑)。辻村:原さんにだったら、いかようにもやっていただいていいと思っていたのですが、たぶん原作の命が何なのかを見誤らない自信があるということなんだろうなと思ったのです。『カラフル』の原作を読んで映画を観た印象もそうでしたし、初期作品である『エスパー魔美』のときからずっとそこを大事にされていたんだな、と。改めて、原さんにお願いできるのはとても幸せだと感じました。原:幸いにも好きではない作品をアニメ化するようなことは、今まで経験がないんですよね。『エスパー魔美』にしても『ドラえもん』にしても、辻村さんと同じく藤子・F・不二雄先生にものすごいリスペクトがあるので、その上で面白くするにはどうしたらいいか考えてきました。辻村:アフレコの現場にお邪魔したとき、絵コンテを見せてくださって、より伝わる方法を相談されたことがありました。こころ役の當真あみさんが、間もなくオールアップするタイミングだったのですが、よりよい表現を探して、最後まで更新し続ける姿勢に感動しました。私はお名前を知る前から、原さんの作品に何度も出合っていたのですが、そうやって子ども時代に見ていた作品の監督と、大人になってクリエイターとしてひとつの作品に携われている。しかもそれが、大人と子どもの時間の物語である『かがみの孤城』で叶っているのが象徴的だと感じています。原:辻村さんが現場にいらっしゃったとき、全く構えずに迎えることができました。というのは、この映画は絶対に喜んでもらえるという確信が僕の中にあったんです。だから、どうぞ見てくださいって(笑)。辻村:その確信を監督が得ていることは私も感じていて、『かがみの孤城』をどんどんご自分のものにしていってくださった。例えば當真さんにこころ役をお願いすることになったとき、「こころを見つけました」とおっしゃったと伺ったんですけど、こころがどんな子かを完全に理解してくださったからこそ出てきた言葉だったんだろうなぁ、と。物語の世界観を監督自身が楽しんでくださっているのが、お会いするたびに伝わってきて心強かったです。原:アフレコでも前日や当日まで違うアイデアを探して、直前になってセリフやモノローグを追加したり、言い回しを変えたりっていうことを結構やってました。その辺はベテランなので、悪知恵が働くんですよ。辻村:いや、それは悪知恵ではなく、匠の技ですよ!今回、劇場で入場者特典を用意していて、物語が終わってからのみんなのその後をイラストのカードにしました。その絵をどんな場面にしたらいいか、映画制作の終盤に原さんと会議をしたのですが、私が思いつかないような角度から意見をいただけて、新鮮でした。原:絵に添える言葉を辻村さんが書いてくれたんですけど、面白くてもっと作りたかったくらい。この映画は、日々生きづらさを感じている子どもたち、大人たちにぜひ観てもらいたいですね。映画館に足を運ぶのもつらい人もいるとは思うのですが、ものすごく強い映画ができたので。「ワクワク」とか「ハラハラ」という例えは使いたくなくて、パッと浮かぶのが「強い」という言葉。観た人には絶対に伝わると思います。辻村:こころたちが鏡の向こうに居場所を作ったみたいに、自分が8番目の招待客になった気持ちで過ごせる時間だと思います。そして映画館の外に出たあとも、その世界は自分の中に残り続けてくれるはずです。『かがみの孤城』中学生のこころは、学校での居場所をなくし部屋に閉じこもっていた。ある日、部屋の鏡が光り、中に入るとおとぎ話に出てくるようなお城と、見ず知らずの中学生6人が。そして城に隠された鍵を見つければ、どんな願いも叶えてやる、と狼の面をかぶった少女に告げられる。果たして鍵は見つかるのか。なぜこの7人が集められたのか。世代を問わずすべての人に贈る至極のファンタジーミステリー。原作/辻村深月監督/原恵一制作/A‐1 Pictures声の出演/當真あみ、北村匠海、芦田愛菜、宮﨑あおい新宿ピカデリーほかにて公開中。©2022「かがみの孤城」製作委員会つじむら・みづき作家。2004年『冷たい校舎の時は止まる』でデビュー。『かがみの孤城』は2018年の本屋大賞を史上最多得票数で受賞。近作に『嘘つきジェンガ』『琥珀の夏』など。映画化作品は今回が5作目となる。はら・けいいちアニメーション監督。『映画クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶモーレツ! オトナ帝国の逆襲』『河童のクゥと夏休み』『バースデー・ワンダーランド』など国内外で高い評価を受ける。2018年、紫綬褒章を受章。※『anan』2023年1月11日号より。写真・土佐麻理子取材、文・兵藤育子(by anan編集部)
2023年01月10日三十一文字(みそひともじ)の言葉の世界。今、ますます注目されているジャンル“現代短歌”。初心者でも、今日から楽しめるヒントを紹介します!SNSで裾野を広げて盛り上がる、今の短歌。この1~2年、“短歌ブーム”といわれているが、この現象は今に始まったことではないようだ。「過去の大きなブームとして俵万智さんの『サラダ記念日』がありますが、それ以前も例えば学生運動の際に短歌が多く読まれたりなど、ブームと呼ばれる現象は意外と定期的に起きていると思っています」(歌人・瀬戸夏子さん)昔の短歌は、詠まれた時代の感情を垣間見られる味わい深さがあるが、同時代に生まれる短歌の魅力はやっぱり、現在の「空気感」や「気分」を共有できること。「非正規雇用で明るく生きる自己像を提示する永井祐さんの歌は、同時代に読むからこそ共感しやすいですし、榊原紘さんが紹介している、推しをモチーフにした『推しと短歌』も、自分の好きなものをリアルタイムで楽しめます」昨今の盛り上がりに欠かせない存在といえるのが、SNSだ。「雑誌や新聞の投稿だと発表されるまで1か月程度かかりますが、SNSはかつてないほど早く反応が届きます。短歌botなどは読み手も短歌を身近に感じられますし、バズるような作品は、短歌であることを意識せずに反応している人も多いのかもしれません」SNSで興味を持ち、次のステップとして好きな歌人を見つけるのであれば、アンソロジーを。「東直子さんほか著・編集『短歌タイムカプセル』や山田航さん著・編集『桜前線開架宣言』などのアンソロジーや解説書で自分の好みを知ってから歌集を読むのもおすすめ。さらに自分でつくると難しさもわかりますし、短歌の読み方も変わってくると思いますよ」“現代短歌”とは?まずは基本の定義を知るところから。歌人の瀬戸夏子さんが、現代短歌の特徴を映し出す代表的な短歌をピックアップ。「この味がいいね」と君が言ったから七月六日はサラダ記念日俵万智『サラダ記念日』(河出文庫)P.127/河出書房新社1989年終バスにふたりは眠る紫の〈降りますランプ〉に取り囲まれて穂村弘『シンジケート[新装版]』P.80/講談社2021年こんなにもふざけたきょうがある以上どんなあすでもありうるだろう枡野浩一『毎日のように手紙は来るけれどあなた以外の人からである枡野浩一全短歌集』P.7/左右社2022年好きだった世界をみんな連れてゆくあなたのカヌー燃えるみずうみ東直子『青卵』(ちくま文庫)P.25/筑摩書房2019年王子Aは王子Bを激しくすきでBはAをしみじみすきみたい雪舟えま『はーはー姫が彼女の王子たちに出逢うまで』P.118/書肆侃侃房2018年そもそも現代短歌とは?変遷から見えてくる魅力現代短歌といっても幅広いが、一般的には「『サラダ記念日』が生まれた’80年代後半以降」と捉えてよさそう。まずは、エポックメイキングとなった2首について。「この時期に一番大きく変化したのは、読みやすさ。なにげない日常をポップに表現した俵万智さんや、穂村弘さんが描く都会的な情景は、広く共感されました」続く3首からもわかるように、これ以降、今につながる現代短歌の展開はさらに多様に広がっていく。「すべて文語ではなく口語なのが特徴で、なかでも口語にこだわったのが枡野浩一さん。口語は語彙などの問題で硬い印象になりがちなのですが、口語でもやわらかい表現の短歌を作ったのが東直子さん。また、雪舟えまさんは、自身の小説と登場人物がリンクしている男性同士の恋を詠み、新しい楽しみ方を開拓しました」こうした流れを踏まえると、いま活躍する若い世代の短歌も、また違った魅力が見えてくるはず。せと・なつこ歌人。歌集に『かわいい海とかわいくない海 end.』(書肆侃侃房)など。『桜前線開架宣言』の姉妹編『はつなつみずうみ分光器 after 2000 現代短歌クロニクル』(左右社)も執筆。※『anan』2022年10月5日号より。取材、文・兵藤育子(by anan編集部)
2022年10月02日公開から2か月が経つ今なお、ロングランを記録している『ハケンアニメ!』。映画制作に関わった人の作品愛が止まらなかったり、口コミがムーブメントを起こしたり、物語とシンクロするような展開にも注目が集まっている。小説の密度や高揚感、そしてキャラクターの魅力が、映像で見事に表現されていることに感激した原作ファンも多いだろう。その功労者のひとりが、脚本を手がけた政池洋佑さん。現在は「日本一の客寄せ脚本家」を目指し、ツイッターなどから日々盛り上げている。観たら、激オシの連鎖。「1億総“行城”化」進行中!「僕は6回観ていますけど、観れば観るほど面白いんですよね。6回目が一番泣きましたもん!」政池さんは初めて試写を観て、すでにヒットを確信していたそう。「仲間と切磋琢磨してアニメを作る過程と、王子と瞳が作る2本のアニメが同時に走っていくので、難しい構成であることは承知していました。クライマックスで3つ同時に感動が来たら、とんでもないことが起こると思う一方、そんなことが本当にできるのかなっていう不安も正直あったのですが、試写を観て、今まで誰も到達したことのない、すごい映画になったと思いましたね」公開直後こそ動員が伸び悩んだものの、観た人には確実に届いていた。「そういう人たちがSNSで積極的に発信してくれたんですよね。特に印象的だったのが、映画監督・山崎貴さんの異常なほどの熱量!同業者の作品を褒めるのは、勇気のいることだと思うのですが、絶賛どころか宣伝までしてくれて(笑)。観てくれたみなさんが、宣伝マンになってくれる作品なんですよね」この稀有な現象を政池さんは、物語に登場する敏腕プロデューサーの行城(ゆきしろ)にちなみ、「1億総行城化」と命名。SNS上のさまざまな声を拾って拡散するだけでなく、上映中の映画館の予約状況を座席表の画像とともにアップ。「四捨五入したら、もう満席!」「日曜夜なのに、ありがたや!」など、自称「観客数報告マシーン」と化し、実況している。「僕ももともとは瞳と一緒で、面白いものを作れば視聴者に届くと思っていたんです。だけど今はむしろ行城の『100の方法で届けて1届けばいい』というセリフに無茶苦茶共感していて。何が届くかわからないので、監督や俳優のアプローチとは違う、僕にしかできない宣伝方法を探っているんです。脚本の裏話をしたり、キャッチーな言葉を作るのも得意なので、広がるきっかけができたらいいなと思っています」最後に、まだ観ていない人のために、政池さんの思う本作の魅力を改めて語ってもらった。「『観るユンケル』っていう口コミもありましたけど、観てこんなに元気が出る映画はそうそうないと思います。あと『なぜか泣ける』っていう感想も多いんです。泣ける映画の定番といえる、人の死や今生の別れとかは描かれていないのに、なんでこんなにグッと来るんだろうと僕も思ったんですけど、体育祭や文化祭みたいな映画なんですよね。ひとつのことを作り上げていく人たちを見て感動するだけでなく、自分もそのメンバーのような気持ちになれる。つまんなかったら、俺がお金出すから!って言いたいくらい(笑)。実際、僕の周りの人にはそう言ってるし、配信やDVDを待たず、まずは劇場で絶対に観てほしいです!」渋谷TOEIには、アニメーター試写会に参加した方やイベントに登壇した方々の熱い想いが書き込まれたポスターが。6月23日に行われた吉野耕平監督、根岸役・前野朋哉さん、河村役・矢柴俊博さんのトークイベントには、観客として来ていた白井役・新谷真弓さんや、原作の辻村深月さんも急遽参加。6月30日には、吉野監督とアニメ映画『映画大好きポンポさん』の平尾隆之監督、新谷真弓さんが登壇するイベントが。そして制作進行役の久遠明日美さんも現場に駆け付けた!誰かの熱意が誰かを動かしていく。想いがたぎるツイート。監督、脚本家、役者など参加した人々はもちろん、観賞した人たちも次々にツイートをアップ。パンサー向井さんがラジオで絶賛し、辻村さんが番組ゲストに、ということも!ものづくりに関わる人や、物語に救われた経験がある人たちが、言葉を尽くして熱を伝播していき#残れハケンアニメや#届けハケンアニメなどのハッシュタグも生まれた。その結果、新たに公開を決めた映画館や、上映回数を増やした館もあり、次々に作品の魅力が観客に刺さっていっている。『ハケンアニメ!』新人アニメ監督・斎藤瞳を吉岡里帆、彼女を振り回すプロデューサー・行城理を柄本佑、天才監督・王子千晴を中村倫也、王子に振り回されるプロデューサー・有科香屋子を尾野真千子が演じる。熱いお仕事物語。監督/吉野耕平脚本/政池洋祐現在公開中。©2022 映画「ハケンアニメ!」製作委員会まさいけ・ようすけ就職後、脱サラして脚本家・構成作家に。2012年、TBS連ドラシナリオ大賞入選。’20年、オリジナル作品『スナイパー時村正義の働き方改革』が日本民間放送連盟賞テレビドラマ番組最優秀賞、文化庁芸術祭テレビ・ドラマ部門優秀賞を受賞。※『anan』2022年7月27日号より。インタビュー、文・兵藤育子(by anan編集部)
2022年07月20日傷つき傷つけ合ってしまう人々をオムニバス形式で優しく描いた漫画『スナック キズツキ』が話題に。登場人物に共感し、読むと心が癒されるこの物語に込めたメッセージを、作者の益田ミリさんに聞きました。小さな傷を癒す絆創膏のような場所。今年発売された益田ミリさんの描き下ろし漫画『スナック キズツキ』。日々ホコリのように、心の中に降り積もってしまう苛立ちやモヤモヤを抱えた人々を丁寧に描き、ささくれだった心を包み込んでくれると話題。その癒しの秘密について、益田さんに聞いた。「スナックキズツキとは、傷ついた人しかたどり着けないスナックです。心が傷ついたといっても、失恋のような大きな傷もあれば、何気ない会話の中で思いがけず傷ついてしまうこともあります。相手に悪気はないとわかっていても、小さな傷がじくじくと痛む。そんなとき、誰もがふいに怖くなるんじゃないでしょうか。自分も知らぬ間に誰かを傷つけているかもしれないと。傷ついたり傷つけたり。そんな不安定な日常の中で、ふらりと立ち寄れるスナックを描いてみたいと思いました。問題が解決するわけではなくても、絆創膏のような役目になればいいなぁと」益田さんの作品は、見ないふりをしている感情に寄り添って風通しをよくしてくれるが、スナックキズツキもそんな“場所”となっている。そして、年齢も立場もさまざまな人がやってくる。「日常の中でどんなことに傷ついているだろう?と考えて、『軽く扱われた』と感じるときが多いんじゃないかなと思ったんです。登場人物のひとりにコールセンターで働くナカタさんという女性がいます。彼女は彼氏と居酒屋で食事をしているとき、いつも自分ばかり質問していると気づきます。『今日は忙しかったの?』くらい聞いてくれてもいいじゃないかと思う。そしてアダチさんという販売員の女性もまた、お客さんに偉そうにされたり、同僚にいいとこ取りをされたり、いつも自分が損をしていると感じてしまう。気にしなければいいと思っても、そうもいかないのが人間。軽く扱われて傷つくエピソードから、さまざまな登場人物が思い浮かびました」また、ここはスナックなのにお酒を置いていないのもユニーク。「作中の会社員の男性サトちゃんは、お酒が飲めない体質です。なので話を聞いてほしいと思うような夜でも、同僚と飲みに行くこともできません。私自身もスナックに行った経験って数えるほどなんです。お酒が強くないというのもありますが、なかなかひとりで行きにくい場所です。前を通ったとき『この中はどうなっているのかな?』とよく想像し、カラオケなんかが聞こえてくると『ああ、今この中で嫌なことを忘れて歌っている人がいるのかもなぁ、よかったなぁ』と安堵する気持ちがありました。スナックにかねてから憧れがあったのかもしれません」私たちの周りにも存在するスナックキズツキ。スナックキズツキのママは淡々としていて、一見するとぶっきらぼう。だけどその距離感が、傷ついた人に心地よかったりもする。「友達に愚痴を聞いてもらいたいときってありますよね。だけどときには聞いてもらったことで、かえって傷口が広がることもあります。ママは、傷ついてやってきたお客に何も聞きません。けれども人って案外『ちゃんと聞いているよ』という姿勢だけでうれしいものじゃないかなと思ったんです」あれこれ質問しない代わりに、歌わせたり踊らせたり。お客さんはママの誘導に最初こそ戸惑うものの、さまざまなアクションに乗せられて気持ちを吐露し、思いのほかすっきりして店を後にする。「湯船の中ででたらめな歌を歌うことってないですか?私はあります(笑)。適当に節をつけて『あ~ほんと~疲れちゃったな~』みたいな。スナックキズツキに来店する人たちも、つかの間そういう素の自分になってほしかったんです。スナックキズツキは傷ついた者しかたどり着けない。ということは、ママもまた傷を負ってたどり着いたひとり。だからこそ傷ついた人に寄り添えるんだと思います。店で出すホットココアも、牛乳で練り、とても丁寧に作ります。丁寧に作ったものを受け取った人は、自分が丁寧に扱われていると感じ、安心するんじゃないかなと描きながら思いました」スナックキズツキを訪れたからといって問題が解決するわけではない。でも傷つけ合う連鎖にいた登場人物たちが、お礼の電話をかけたり、家族のためにココアを淹れてみたり。来店後に、足取りが軽くなって、誰かを気にかけられるようになる様子が描かれているのも、読者の心を明るくする。「ひとつの傷が癒えても、また新しい傷はできるもの。登場人物たちも元の場所に戻っていくので、傷つけ合うことからは逃れられないかもしれません。ただ、スナックキズツキという“手すり”が彼らにはできた。何かあればまたここに来よう、と思える場所があるのはよいものです。現実の私たちにとっての手すりは、スナックキズツキのような“場所”に限らず、本を読んだり、映画や芝居を観たり。そういうものすべてなんだと思います」自分ならどうしてほしい?その視点が優しさを生む。コロナ禍で外出や出会いが制限される中、心にじわじわダメージを受けている人も多い今、益田さん自身はどう心を整えているのか。「初めての経験で戸惑う日々ですが、私は最近、海外旅行記をよく読んでいます。読書をしている間、心の中だけはのびのびと自由でいられて。先日、小林聡美さんの『キウィおこぼれ留学記』を読んで寝たら、ニュージーランドに行く夢を見ました。飛行機代もいらない海外旅行ができました(笑)」危うい日常の中で人とのコミュニケーションで大切なことは、自分ならどうしてほしいかを考えること、と益田さんは言う。「悩み事を相談されるとアドバイスをしたくなりますが、自分に置き換えてみれば、ただ聞いてほしいだけということもあります。とにかくまずは聞く。そうできたらいいなぁと思います。『気持ちを聞いてくれた』。それだけでも元気が出るものだと思うので」癒しのポイント1アルコールなしで「お疲れさん」と言ってくれる。スナックはお酒を飲む場所というイメージが強いが、ここはアルコール類は一切なし。「そうすることで、お酒が飲めない人でもふらりと寄れる場所になればいいなと考えました。傷ついた若い女性も、高校生のお母さんも、あるいは高校生だって来店できます。傷つくことに性別や年齢は関係ないので、いろんな登場人物を描こうと思いました」癒しのポイント2自然と吐露できる心地よさ。「なぜ今こんなことを!?」と思うようなアクションを通して、来店者は素の状態に。「そのためにはママも素でいることが重要で、お客と一緒に歌ったり、踊ったりするときにも躊躇してはいけないと思いました。『あなたのことを私は絶対に笑ったりしない』という強いメッセージが必要ではないかと」癒しのポイント3前の物語で傷つけた側の人が次の物語で傷ついた主人公に。惣菜屋でクレームを言ったカホは、販売員のアダチさんを傷つけた人として登場するが、その後、息子に言われたひと言で傷ついた主人公としても再び登場する。「傷つかず、傷つけずになんて仙人のようには、なかなか生きられないもの。ただ自分が傷ついたときに、自分も誰かを傷つけているかも、と思うことはできるかもしれません」『スナック キズツキ』都会の路地裏にあるらしい、傷ついた者しかたどり着くことのできないスナックが舞台のオムニバス。共感が心の救いになる、7年ぶりの描き下ろし漫画。小社刊1430円ますだ・みりイラストレーター。本誌連載中の『僕の姉ちゃん』(小社刊)はシリーズ第4巻まで発売中。近著に『沢村さん家のたのしいおしゃべり』(文藝春秋)など著書多数。※『anan』2021年6月23日号より。写真・中島慶子イラスト・益田ミリ取材、文・兵藤育子(by anan編集部)
2021年06月19日いまや空前の“もふもふ”ブームといえるが、もふもふにデレデレしているのは現代人だけではない。山村東さんの『猫奥』は、江戸城大奥で猫に萌える女性たちのコメディだ。「江戸時代が好きなのですが、大奥の知識に関してはほとんどなく、ドラマで描かれるようなドロドロしたイメージしかなかったんです。それで何冊か本を読んでみたら、大奥に勤めていた20代後半の女性が、このまま仕事を続けるか、退職して大奥を出て結婚するかで悩み、占い師に相談したという記録があるらしく。それって現代の感覚に似ているなあ、と親近感が湧きました」主人公は、ドラマなどでもおなじみの人物といえる、大奥を取り仕切る御年寄(おとしより)の滝山。本当は猫が大好きなのに生真面目な性格かつ、眉間にしわを寄せた険しい表情がデフォルトであるため、いつの間にか周りからは猫嫌いだと誤解されている。ほかの女中たちが猫にかまけて、キャッキャしているのを鋭い目つきで見つめながら、心の中はうらやましさでいっぱい。そんな滝山が人目を忍んで翻弄されているのが、上司である姉小路(あねがこうじ)の飼い猫で、ふてぶてしさが味わい深い、吉野ちゃん。「大奥は今でいう社宅みたいに、同じ職場の人が一緒に暮らしていた場所。猫はいろんな部屋を自由に行き来していたんじゃないかなと、想像を膨らませました。吉野ちゃんは、滝山が敵わない相手にしないといけないので、人を人とも思っていないようなマイペースな猫になりました。だけどまあ、猫をかわいいと思う人は、その時点で猫には敵わないものですけどね(笑)。そういう敵わなさを出せたらと思っています」猫を2匹飼っている山村さんもまた、“敵わない側”のひとり。吉野ちゃんやほかの猫たちのちょっとしたしぐさや佇まいなど、猫好きのツボを心得ているところはさすが。そして猫だけでなく、大奥の人間模様も見どころ。滝山と真逆なタイプで派手好きな同僚の花町や、滝山が素性を隠して文通する、吉野ちゃん専属のお世話係である美登(みと)など、従来の嫉妬が渦巻くようなイメージとは、少々異なる女の園がそこにはある。「限られた空間に2000人近くの女性がいたのだから、つらいことばかりではなく、女子校みたいな楽しさもそれなりにあったのではないでしょうか。大奥について知らなかった私が面白いと思ったことや驚きを、素直に落とし込んでいきたいです」2巻では、滝山が猫好きであることを察する人物も登場。猫と大奥、なんともクセになる組み合わせだ。『猫奥』2猫好きだと誰にも言えぬまま吉野ちゃんを密かに愛でる滝山に、ついに味方が!?本作で連載デビューする前の作品「こまとちび」も収録。こちらにも猫!講談社715円©山村東/講談社やまむら・はるマンガ家。2018年「フク」で第6回THE GATE大賞を受賞。その後『モーニング』に読み切り「こまとちび」「おのぼり侍」を掲載。※『anan』2021年6月2日号より。写真・中島慶子インタビュー、文・兵藤育子(by anan編集部)
2021年05月31日「10年くらいマンガを描いていますが、“長編”と“恋愛”どちらもハードルが高くて、今回が初めてですね。ラブストーリーと聞くと照れが出てしまうのですが、きれいな恋じゃなくて、持っていると危険な時限爆弾のような恋の話ならどうかなあと」。宮崎夏次系さんが『あなたはブンちゃんの恋』で恋愛を描くにあたって選んだ設定は、定番中の定番といえる三角関係。ただし“女×女×悪霊”という前代未聞の関係だ。滑稽でも「好き」が止まらない。暴走する不器用な恋のゆくえ。「以前、ぬいぐるみを手放そうとお寺に持っていったとき、自分が悪霊になったらどんな気持ちがするのかなと思いました。悪霊になるだけの理由があるなら、それは愛とか後悔とか切実なもののためじゃないかという気もするし、悪霊と恋は一緒のもののように思えたんです」主人公のブンちゃんは、同級生だった三舟さんにずっと片想いをしている。ブンちゃんのことを好きなシモジは、3人で遊びに行ったプールで事故死。ブンちゃんが持ち歩くクマのパスケースに乗り移っている。「ブンちゃんの世界には、大切なものがひとつだけしかなく、それをなくしたらおしまいなのだと思います。そんなブンちゃんの想いに気づかない三舟さんは、太陽とか土とか、栄養がふんだんにあるような人で、自分が好きなものを隠さない。シモジには少し意地悪な役をやってもらっていて、思春期に死んでしまったので黒歴史状態のまま意見を発しています。大人になったら蓋をするような部分を請け負ってくれている、私にとって頼もしい悪霊です」不器用なブンちゃんは報われない恋にけりをつけるべく、グリーンランドに出かけたり、剃髪して修行僧になろうとする。ちょっとずれた情熱の傾け方が笑えるものの、平常心ではいられなくなる恋愛の本質を突いているようで、その真っすぐさが切なくもあり……。それぞれが好きな人にしか気持ちが向かず、自分のことを想ってくれる人を傷つけてしまう、恋愛の残酷さも鋭く描く。「ほかの人から見たらどんなに滑稽でも、本人はそれどころではなくなる瞬間が誰にでもあると思うし、その瞬間がずっと続いている人たちの話だと思います。変わっていく三舟さんを、ブンちゃんはそれでも好きでいられるのか。『自分なんて死んでよかった』というシモジの気持ちがこの先変わるようなことが起こるのか。あとは、恋が愛情に変わったら、それまで抱えてきた修羅な想いはすべてきれいに終わらせられるのかという疑問が自分の中であって。その疑問の答えを、今後描きながら見つけていきたいと思います」宮崎夏次系『あなたはブンちゃんの恋』2三舟さんの片想いの相手にシモジが乗り移り、三者三様の「好き」がますます暴走。第3巻は夏の終わりに発売予定。『月刊モーニング・ツー』で連載中。講談社715円みやざき・なつじけい著書に『僕は問題ありません』『培養肉くん』など。大前粟生さんとの共作絵本『ハルには はねがはえてるから』が6月9日発売予定。※『anan』2021年5月26日号より。写真・中島慶子インタビュー、文・兵藤育子(by anan編集部)
2021年05月23日16年にわたる連載がついに完結した、よしながふみさんの『大奥』。江戸城に男女逆転の大奥が生まれた3代将軍・徳川家光の時代から、江戸幕府の終焉まで、史実をモチーフにしながらまったく見たことのない物語が全19巻で繰り広げられた。ついに完結!大奥という場所が私たちに見せてくれたこと。「マンガは難しいメディアで、買っていただかないと続きを描くことができないのですが、3~4巻の時点でここから10年はかかるとわかり、読者の方々に申し訳ないなと思っていました。将軍を女の人がやっても、男の人がやってもうまくいくわけではないというのを長々と描き、苦しんできたことに対するひとつの答えがラストでようやく出るので、辿り着けて本当によかったです」男女が逆転する構想自体を思いついたのは、マンガ家になる以前。壮大すぎて実現には至っていなかったが、もともと’83年のドラマ『大奥』が好きだったのに加え、’03年にもドラマがヒットしたことで「男女逆転」と「大奥」が結びついたそう。「だけど歴史ものだし、絶対に大変になることはわかっていたので、ほかの先生に描いてもらったらどうでしょう、と担当編集さんに提案したんです。私は1円もいらないのでって(笑)。自分が読みたいものと描くのが楽なものは違うんですよね」完結して改めて気になるのは、200年を優に超える時間の流れを物語にするにあたり、最初にどの程度の青写真があったのかということ。「大まかな流れや、赤面疱瘡(あかづらほうそう)が蔓延して解明されていく時代背景も決めていましたが、人間模様の細かいところはライブ感でした。たとえば5代・綱吉は生類憐みの令を出す人だから、あまりいい将軍ではなかったんだろうなっていう程度のイメージしかなくて。さらっと終わらせるつもりだったのですが、描き始めたら面白くなって長くなりました。史実をガイドに、どうしてこんなことをしたんだろうと遡って人物像を考えていくのは、楽しい作業でした」多くの将軍にとって重責となるのが、世継ぎを作ること。愛する人とは子宝に恵まれない家光や、子どもを亡くして人生が狂う綱吉、反対に子だくさんゆえに幕府の財政を逼迫させ、人を信じられなくなる家斉。「血を繋いでいくシステムは、性別関係なく悲しさがつきまとうものなのだと思います。一方で、家茂と和宮のように女の子同士で心を通わせる名前のつかないような関係や、赤面疱瘡を解明しようとするチーム男子も予想以上にブロマンスっぽくていい感じに。描く前は大奥の話だから男の人がたくさん出てくるのかなと漠然と思っていましたが、将軍と老中の女性同士の関係が意外と熱くなりました」連載中に映画化・ドラマ化され、キャラクターについて俳優と議論をしたり、演技のアプローチを目の当たりしたことで、登場人物それぞれの人生をより深く考えるようになったという、よしながさん。読者としては、全編通した映像作品を見てみたいという欲も……。「1年くらいのドラマでは、尺が足りなそう(笑)。ひとりのキャラクターが20~30年タームで年齢を重ねていく感じも、マンガ表現ならではの楽しさだと思って、自覚的に描きました。製作コストもかけた時間も、マンガだからこそ実現できた物語なのかなと思います」至極ごもっとも。未読の人は今こそ通読するチャンス。ため息の漏れるフィナーレを堪能してください!『大奥』19ついに江戸城を明け渡す最終巻。大奥では何が起こる?雑誌掲載時のイラスト集のほか、対談などを収録した「公式ビジュアルファンブック」がセットになった特装版も。白泉社748円(通常版)/1980円(特装版)©よしながふみ/白泉社よしなが ふみマンガ家。代表作は『西洋骨董洋菓子店』『愛すべき娘たち』など。『きのう何食べた?』は『モーニング』で連載14年目!劇場版が今年公開予定。※『anan』2021年5月5日-12日合併号より。写真・中島慶子インタビュー、文・兵藤育子(by anan編集部)
2021年05月11日熊倉献さんの『春と盆暗』は、日常と不思議な現象の境界が薄れていくような世界観で、初コミックながら多くのマンガ好きを唸らせた。待望の新作『ブランクスペース』は、空白(ブランク)をめぐる物語だ。青春の波に乗れない少女たちが、空白から生み出すもの。「女の子ふたりの話は、以前から短編としていくつかアイデアがあって、それをまとめて長編にできないかなと思っていました」身も蓋もない言い方だが、熊倉さんのマンガの特徴は言葉で表現しにくい部分というか、説明しても理解しづらいところに宿っている。本人もそのことを自覚しているようで、「説明が難しいから」と本作の構想を8ページほどの予告編としてまとめて、担当編集者と共有したそう。「映画の予告編みたいな感じで、クライマックスも一応わかるものです。担当さんと打ち合わせた内容とは全然違ってしまったのですが(笑)」狛江ショーコは帰り道で偶然会った同級生の片桐スイが、不思議な力を持っていることを知る。左のコマがそのシーンで、スイは念じたモノを現実に生み出すことができる。ただしその物体は、目に見えない。「かわいい女の子を描くのが好きなんです。ショーコは明るいけれどトンチンカンなところがあって、『あの子ちょっと変だよね』みたいに見られている子。スイは優等生だけど学校があまり好きではなく、屈折した子というイメージです」そもそも本作を描くにあたってオーダーされたのは、青春モノ。皮肉なことに熊倉さんは、青春モノを読むのも描くのも苦手で避けてきた。「爽やかな青春っていうのがピンとこなくて…。自分の学生時代も楽しいことがあるにはあったけど、つらいことのほうが多かった気がするので。似たような人は一定数いるはずなので、そういう人でも楽しめる青春モノを描こうと思いました」ふたりの距離が縮まっていく前半に対して、後半は少々不穏な空気が漂ってくる。陰湿ないじめに遭うスイは次第に破壊衝動を抱くようになり、マイペースなショーコはクラスが分かれてしまったこともあり、彼女の変化にすぐに気づくことができない。そして読者も、独特な雰囲気をふわふわと楽しんでいたはずが、1巻を読み終える頃には、予想していなかった場所にいることに。「面白い絵が自分でも見たいんです。描きやすいけど退屈なものより、絶対に大変だとわかっていても、描いていて楽しい印象的な絵にしたい」想像力を掻き立てられる“空白”は、この先、何を生み出すのか。1巻にして早くも、名作の予感が!『ブランクスペース』 スイの不思議な能力を偶然知ったショーコ。空白からの無邪気なモノづくりは、いじめを機に暴力的な方向へ。「コミプレ・ふらっとヒーローズ」にて配信。ヒーローズ715円©熊倉献/ヒーローズくまくら・こんマンガ家。アフタヌーン四季賞「2012年夏のコンテスト」で佳作受賞。’14年デビュー。『春と盆暗』『生花甘いかしょっぱいか』など。※『anan』2021年4月21日号より。写真・中島慶子インタビュー、文・兵藤育子(by anan編集部)
2021年04月19日女性が抱えるモヤモヤを、書いて、しゃべって、痛快に言語化してくれるジェーン・スーさん。読者世代の先を歩く女性として、楽しいこともそうじゃない現実も、飾り立てず教えてくれた。胸がすくジェーン・スーさんのエッセイのなかでも、自身の家族について洗いざらい綴った『生きるとか死ぬとか父親とか』は、少々異質な存在といえる。そのドラマ化にあたって思うことや、父親との現在の関係、新たな扉を開いてしまった感のあるポッドキャスト番組『OVER THE SUN』と、落ちてしまった沼の話まで。滞った日常の風通しをよくしてくれる、スーさんの言葉をどうぞ。――スーさんのエッセイは、過去にも『私たちがプロポーズされないのには、101の理由があってだな』がドラマになっています。『生きるとか死ぬとか父親とか』は、よりプライベートな内容といえますが、ドラマ化についてはどんなお気持ちですか?スー:エッセイ自体は父と私の月報みたいなエピソードの羅列で、ドラマになりそうな起承転結はないんです。なのでうちの家族をそのまま再現したというより、似た家の話としてもっと豊かにストーリーを作ってくださっています。ただまあ、ラジオのシーンなど創作の部分も現実に即していたりして、構造としては非常にややこしいフィクションではあるんですけど。エッセイとはまた違う魅力の作品になっていると思います。――キャスティングでは、スーさん化した吉田羊さんが話題です。スー:以前から、私の最上位変換が吉田羊さんだと言われることがあって、ゲラゲラ笑っていたんですけど、まさか向こうからこちらに寄せてくださるとは(笑)。現実とフィクションの境目がますますわかんなくなって、面白いことになぜか今、私のほうが偽者みたいに見えちゃってますからね。――お父さん役はいかがですか?スー:父は國村隼さんの持ってらっしゃる厳格さとか真面目さがまったくない人なので、どうなるのかなと思ったんですけど、適当な感じというか、抜けた感じが出ていて、やっぱり役者さんってすごいなと思いました。吉田さんと私も、隣に並ぶとまったく似てないんですよ。にもかかわらず、雰囲気として似ているように見えてくる。役者さんの力ですよね。――ドラマ版は、ラジオパーソナリティとしての一面がフィーチャーされているのが特徴的です。お悩み相談コーナーで取り上げられる悩みと、ドラマのなかで起こる出来事がリンクする面白さも。スー:トキコの番組のパートナーになるアナウンサーや、ディレクターも出てきますしね。お悩み相談のセリフについては、私だったらたぶんこういう言い方をするなどと意見をして、監修させてもらったのもありがたかったです。――親の人生や、親との関係をどう受け止めるかについても考えさせられます。この本を書くことによって、お父さんとの関係にその後、変化はありましたか?スー:私の場合、書くことが自己セラピーになっている部分が大きいので、自分の中で詰まっていたボトルネックがなくなり、父との関係はたぶん以前より良好になりました。今はさらに時期が進んで介護未満という段階になっていて、新しい連載を始めています。――「マイ・フェア・ダディ!」ですね。お父さんのことを再び書こうと思ったのはなぜでしょう。スー:『生きるとか~』が、親子という関係を情緒がどう捉えるかっていうところだとすれば、「マイ・フェア~」はもっとプラクティカルというか、老いていく親に対して現実に何をしなければいけないかを書きたいと思っています。いい意味でシステマティックにやっていかないと、感情的に引っ張られてしまうので。前の本よりは実用書に近いかもしれません。――読んでいて参考になります。ちなみに『生きるとか~』をお父さんは読まれたのでしょうか?スー:読んだと本人は言ってますけど、たぶん読んでないと思います。周りの人にも配ってるらしいんですけど、本当に読んでいたら配んないと思うんだけどな、普通。――たしかに(笑)。スーさんは書くという目的がありましたが、親がどんな人生を送って何を思っていたのか、興味があっても聞く機会のない人も多いと思います。スー:親子の話というか、父として娘にっていうスタンスだとつまんないんです。ただ、父になる前や夫になる前の話はすごく楽しかったので、そっちをメインに聞いていくと、父親っていうひとつのタグしか付いていなかった人間に、いろんなタグが付いてきて、面白くなるんじゃないかなと思います。ドラマ『生きるとか死ぬとか父親とか』は、主人公の蒲原トキコが奔放な父・蒲原哲也に、エッセイ執筆のために家族の思い出を聞く物語。20年前に亡くなった母との出会い、全財産の喪失、ほかの女性の影など悲喜こもごもの記憶を通して、家族の愛憎を描く。テレビ東京系列「ドラマ24」枠で、毎週金曜24時12分~放送中。ジェーン・スー1973年生まれ。東京都出身。『貴様いつまで女子でいるつもりだ問題』で第31回講談社エッセイ賞を受賞。新潮社のPR誌『波』で「マイ・フェア・ダディ!介護未満の父に娘ができること」を連載中。TBSラジオ『ジェーン・スー生活は踊る』、ポッドキャスト番組『ジェーン・スーと堀井美香の「OVER THE SUN」』のMCを担当。※『anan』2021年4月21日号より。写真・小笠原真紀インタビュー、文・兵藤育子(by anan編集部)
2021年04月16日自分には卑屈なところなど一切ないと断言できる人なんて、はたしているだろうか。主人公の斎藤恭平は、ネガティブで存在感が薄いことを自覚している、いわゆる“陰キャ”の大学生。三浦風さんの初連載となる『スポットライト』は、デビュー作「ないものねだり」がプロトタイプとなっている。自分がかわいいのはみんな一緒!?まぶしくて辛辣な大学生群像劇。「その主人公も陰キャっぽかったのですが、もっと盛ってみようということになり、結果、かわいそうな感じになってしまいました(笑)」自分と他人との間の防護壁のように、首からいつも一眼カメラをぶら下げている斎藤は、大学に入学して早々、同じクラスのさばさばした美女・小川あやめに一目惚れする。といっても話しかける勇気はなく、彼女のことを密かに撮影……つまり盗撮して、笑顔を愛でる日々なのだが、あるときリア充グループから花見の記録係をしてほしいと頼まれる。しかし花見というのは口実で、真の目的は“一軍男子”があやめに告白をする決定的シーンの撮影だった。「陰キャの側から見ると陽キャって敵なんですけど、勝手に敵対心を抱いているだけで、実際はそれほど嫌な人でもなかったりしますよね。反対に陽キャといわれる人も、実は陰キャっぽいところがあると思うので、その辺りを意識して描いてます」斎藤を無邪気に振り回すのが、あやめと予備校が一緒だった逸崎元貴。ミスコン開催の夢を以前から持っていた元貴は、学園祭の実行委員として奔走。弱みを握ったのをいいことに、斎藤をミスコンのカメラマンに任命する。戦略的で自己評価の高いミスコン候補者の圧に斎藤は疲弊するものの、自分好きという根っこの部分は同じだったりして、陰キャ、陽キャでは単純に線引きできない人物像が浮かび上がってくる。さらに斎藤が表面的にしか評価していなかったあやめの素顔が、距離が近づくにつれて見えてくるのも生々しい。「どのキャラクターも自分が想像できる範囲内だと面白くはならなくて。考えすぎず、想像を超えていく塩梅を探りながら描いています。それってどうやるんだよ!?って感じですけど(笑)。とりあえず今の斎藤くんは友だちになりたくないタイプなので、なってもいいかなと思えるくらいにはちゃんとしてあげたいです」友だちになれるかどうかはさておき、自分のなかにもいる“ヘタレ斎藤”をなんとかしてやりたい!と前のめりになってしまう作品だ。『スポットライト』陰キャの大学生・斎藤恭平が恋をしたのは、周りも一目置く美女・小川あやめ。ミスコンをモチーフにもつれ合う人間模様を描く。第2巻が4月23日に発売予定。講談社660円みうら・かぜマンガ家。2019年「ないものねだり」(『コミックDAYS』に無料掲載中)で「アフタヌーン四季賞2019 春のコンテスト」四季大賞受賞。※『anan』2021年3月31日号より。写真・中島慶子インタビュー、文・兵藤育子(by anan編集部)
2021年03月25日青春の甘酸っぱさを演出する、必須アイテムといえる交換日記。本作『交換漫画日記』はタイトルが示すように、同じ交換日記でもマンガを日々交換するのだが、著者・町田とし子さんの実体験に基づいた思いが込められている。あのときの友情はきっと永遠。ノートに綴った2人だけの世界。「女の子の日常マンガを描こうと思い、自分が高校生だった頃を振り返ってみたのですが、当時楽しみにしていたことといえば、マンガを好きな人たちが集まって交換マンガを描いていたことなんですよね」町田さんは4人でやっていたのに対して、本作で交換マンガをするのはアイコとユーカの2人。マンガを描くのが趣味という点では共通しているものの、やや閉鎖的な性格のアイコは少年マンガのようなバトルものが好き。一方、面白いことにはすぐに飛びつくユーカは少女マンガ的なラブストーリーがお好み。ゆえに共作マンガも、ラブシーンが始まるかと思いきや血がほとばしったりして、かなりちぐはぐな印象。「私たちの交換マンガもそうでしたが、描きたいものも、絵のうまさもそれぞれ違って個性が溢れていたんですよね。ここでは日々起こったことが2人の描くマンガに反映されて、現実と作品の世界がリンクしていく感じも意識しました」そんな日記を大切にひっそりと育んでいたのだが、さまざまな出来事に翻弄されて、マンガに対する熱量や関係性も少しずつ変化していく。「交換マンガをするくらいなので、一緒にマンガ家になろうっていう意識も出てきちゃうんですけど、楽しいことはほかにもいっぱいあるし、やりたいことはどんどん変わっていくものですよね。それが原因でケンカをしたり、疎遠になったりするかもしれないけれど、交換マンガをできた時代は永遠の瞬間であり友情なんだろうなって。ずっと一緒にいたい気持ちも大事だし、離れていってしまう友だちの気持ちも尊重してあげたいと思いながら描きました」記憶を掘り起こしながら、対照的な2人のキャラクターに寄り添い、感情を乗せていった町田さん。親友に置き去りにされるような焦りを感じたり、なぜか不機嫌になっている相手に戸惑ったり、器用に振る舞えず自己嫌悪に陥ったり……。友だちと過ごす時間が愛おしいからこそ、感じていた切なさが鮮やかに蘇る。「閉ざされた世界でキャッキャウフフするだけのきれいごとにはしたくなかったんです。だけど大人になるとなかなか築けない、あの時期特有の仲のよさだったとは思います。私もこの作品を描けたことで、いろんな思いが消化できた気がします」『交換漫画日記』1放課後、人知れずノートを交換していたアイコとユーカ。クラスの大人っぽい大沢さんが、秘密のやり取りに気がついて……。第2巻(完結)が4月8日に発売予定。講談社680円(C)町田とし子/講談社まちだ・としこマンガ家。長崎県出身。2008年「兄は珍獣」でデビュー。代表作は『おくることば』(全3巻)、『エンゼルゲーム』(シリーズ全4巻)※『anan』2021年3月24日号より。写真・中島慶子インタビュー、文・兵藤育子(by anan編集部)
2021年03月22日とりあえず手持ちのものを使っている方々、この春こそ、器デビューしませんか?多用途に応用が利くアイテムの選び方や、盛り付けの発想法…たくさんの器を扱ってきた“目利きの知恵”を伝授します。おうちごはんが楽しみになる、器使いのちょっとしたコツ。日々のごはんの延長に素敵な器を加えよう。器にこだわるのはハードルが高く、料理が得意な人ができる楽しみというイメージがあるかもしれない。しかし最近は、作家ものの器でも比較的買い求めやすく、デザインや使い勝手も親しみやすいものが増えている。「器を選ぶとき、まず大切にしたいのはサイズ感。普段よく食べるメニューや自分の適量をイメージして、この器にはこの料理をのせたいと具体的に思い浮かべて選ぶのが、使える器を選ぶコツです。洋食が多いか和食が多いかでセレクトも多少変わってきますが、最初はどちらにも使えるような、シンプルで飽きのこないものがおすすめです」(UTSUWA KESHIKI店主・安野久美子さん)器選びのハードルを高くするもうひとつの理由が、揃えなければというプレッシャー。茶碗、汁椀、大皿、中皿、小皿……など、用途別に器をひと通り揃えようとすると、たとえ1人分でも結構な量になってしまう。「ひとつでいろんな使い方ができる器があれば、少ない数でも大丈夫。食事は生活に欠かせないからこそ楽しみが多いほうがいい。日々使う器をちょっとこだわるだけで、満足度が変わってきますよ」器使いの3つのアドバイス。用にこだわらない。飯碗、パスタ皿、サラダボウルなど、用途をイメージしやすいような名前がつけられていることが多いが、それにとらわれると役割を狭めてしまう。「呼称は便宜上のものと考えて、“用の皿”と決めつけないのが上手に使い回すコツです。使い方のバリエーションが思い浮かぶものを選びましょう」アクセントカラーを大切に。器の組み合わせは難しそうに思えてしまうが、色使いに関しては洋服を選ぶのと同じ感覚でOK。「基本的には好きな色を集めて構いませんが、たとえば黒一色だったらポイントで鮮やかな色を差し込んでみると、食卓に変化が出ます。白っぽい料理には濃い色の皿を使うなど、料理が映える色にするのも大切」盛り付けは2割の余白を意識。素敵な器を使うのであれば、盛り付けまでこだわりたいもの。「盛り付けがうまく決まらない原因の多くは、盛りすぎ。器のサイズに対して控えめに盛り付けて、余白を2割ほどとるとバランスがよく、美しく見えます。その点、リム(縁)があるお皿は、自然と余白が生まれるので初心者におすすめです」手始めに集めたい7つの神器いろんな用途を兼ねられて、組み合わせも自由自在な器を安野さんが紹介。まずはこの7種類さえあれば大丈夫。使い方のポイントも指南します。【A】八寸皿(約24cm)いろんな料理を盛り付けるワンプレートとして活躍。一般的に大皿と呼ばれるのは八寸以上だが、最初の一枚として使いやすい大皿は、フラットな八寸皿。「洋食の定番であるハンバーグやオムライスを盛り付けたり、一皿におかずやご飯などさまざまな料理を盛り付ける、ワンプレートごはんに便利。写真のようなリムや装飾があるタイプは料理が映えます」。人が来たときは、大皿料理用にも使える。八寸皿(6000円)はしもとさちえ/Instagram ID sachie_hashimoto【B】蕎麦猪口ほどよいサイズ感がポイント、何にでも使える万能選手。名前にとらわれてしまうと、もったいない器の代表格。「猪口というのは本来、何にでも使える小さな器のことなので、ぜひフリーカップ感覚で使ってほしいです。たとえばスープやみそ汁のような汁物にもいいですし、ヨーグルトやフルーツ、デザートを盛り付けても。コーヒーやお茶など飲み物にもちょうどよいサイズ感。小鉢にしても素敵ですよ」蕎麦猪口(2700円)増田哲士/Instagram ID stsmsd【C】小さいボウルご飯、スープ、サラダなど“兼ねられる”フリーカップ。白いご飯が毎食欠かせないような“お米党”なら、お気に入りの飯碗があったほうが気分が上がるけれども、そうでない場合はあえて飯碗を外すという選択も。「飯碗もやはり名前に縛られてしまうので、ご飯をよそってもいいし、スープカップやサラダボウルにも使えるような、ひとつでいろいろ兼ねられる小さいボウルがあると便利でしょう」カフェオレボウル(2500円)石渡磨美/Instagram ID utsuwa365【D】深さのある皿一皿で満足感の高いボリューム重視の料理に。自炊で多くなりがちなのが、パスタやカレーのような一品で満足できるメニュー。「深さのある大きめの皿は、パスタやご飯ものに重宝します。丼代わりとしても使えるほか、シチューやポトフ、煮物など汁気のあるおかずの器としても便利です。いろんなサイズや形状があるので、自分にとっての適量をイメージしながら選ぶとよいでしょう」深皿(5000円)su-nao home/Instagram ID sunaohome【E】オーバル皿おかずプレートや魚料理など盛り付けが決まるスグレモノ。オーバル皿とは、楕円形の皿のこと。丸い皿に慣れていると使い方が難しそうに思えるものの、実は逆。「丸皿はどこに盛り付ければよいか意外と悩ましかったりするのですが、オーバル皿は余白をあまり気にする必要がなく、料理を左右に配置するだけできれいに見えます。魚料理やおかずプレート、サラダ、デザートなどいろんな料理に合います」オーバル(3500円)藤原 純/Instagram ID jin0815【F】六寸皿(約18cm)副菜やご飯をのせたり、取り皿やお菓子皿としても。平皿でもう一枚欲しいのが、八寸皿とサイズ的に相性がよい六寸皿。「八寸皿と六寸皿は、いろんなパターンで使える名コンビ。たとえば八寸皿をメインディッシュにしたら、パンやご飯を六寸皿に盛り付ける、といった使い方が。サラダやちょっとしたおかず、デザート、スイーツなどにも使いやすいサイズで、取り皿にもぴったりです」六寸皿(2900円)うつわうたたね/Instagram ID utsuwa.utatane【G】豆皿小さいからこそ汎用性が高くてアクセントにもなる。かわいらしい豆皿はいろいろ使えるだけでなく、食卓のアクセントにもなるスパイス的な役割を持っている。「たとえばタレや塩、漬物などをのせて添えたり、大きな皿の上に置いてレイヤーにしたり、箸置きとしても使えます。値段も比較的手頃ですし、デザインもいろいろなので、選ぶ楽しさも。一枚持つなら、多少深さがあるものがよいでしょう」豆皿(1700円)安福由美子/Instagram ID yumikoyasufukuやすの・くみこ器と食の道具のギャラリー『UTSUWA KESHIKI』店主。著書に『うつわ使いがもっと楽しくなる本。』。インスタグラム@utsuwa_keshiki※『anan』2021年3月17日号より。写真・津留崎徹花器コーディネート・安野久美子取材、文・兵藤育子(by anan編集部)
2021年03月16日『アラサーちゃん』の峰なゆかさんが描く自伝的マンガとして、昨年末に第1巻がリリースされ、各方面で話題を呼んでいる『AV女優ちゃん』。AV女優を題材にした既存の物語には2つのパターンがある、と峰さんは語る。女って自由?それとも不自由?AV業界を通して見えてくること。「不幸な女性がAVに出てしまいましたっていうパターンと、誇りを持ってこの仕事をやってますっていうキラキラパターン。需要があるのがこの2つだっていうのはわかっていたのですが、どちらにも当てはまらない現実を描いてみたいなっていう気持ちがずっとあったんです」そんな気になる現実として冒頭で描かれるのが、初めて臨む撮影現場。大きな胸を“ボンヨボンヨ”と手まりのようにバウンドされながら、その行為が一体なんなのか、快感とは無縁のクリアな頭で考える主人公……。なかなかシュールな情景だ。「視聴者が楽しめる映像を撮るぞっていう気持ちは私も一緒なんですけど、監督や男優はそこでさらに私をイカせるぞって気持ちもあったりして。だけど気持ちいいプレイと、映えるプレイは違うんですよね」ほかにも1巻で描かれるのは、AV女優の寿命の話や、サイン会や撮影会のようなイベント、そして田舎のオタク少女だった主人公が高校デビューしてAV出演に至るまでなどなど。大量のオタクを描くのに苦労したというイベントのカオスっぷりは、その内容とともに衝撃的だ。「AV女優のサイン会って、大抵の人はそんなのあるんだ?って感じですよね。私も最初は何も知らずに参加しましたけど、いつの間にかあれが普通だと思っていました。特殊な環境にいる人って、自分のことを特殊だと思っていないから、ネタになるなんて気づきもしないものだけど、今こうやって物語にできるっていうことは、私もやっとAV業界から抜けてきたんでしょうね」本人はそこまで意図して描いたつもりはないらしいが、昨今問題視されるAV出演強要について考えさせられるようなエピソードも。「私としては、あるある出演パターンのつもりで描いていたので、『AV業界から抜けてきた』と言いつつ、一般の感覚からするとまだまだAV脳ですね(笑)。読者の方の反響はいろいろですが、“AV観”や“AV女優観”っていうのは、女性のほうが更新されにくいんだなと思ったりもします。まあ、見なければ知らないのは当然なんですけどね」峰さんが今だから描ける、自分自身。感情が読み取りにくい、おなじみの黒く塗りつぶされた主人公の瞳は、何を見つめているのか。ギャグに油断していたら、背中からざっくりやられてしまうのでご注意を。『AV女優ちゃん』1自身のAV出演経験だけでなく、AVの世界で出会ったさまざまな人のエピソードをもとに描く、渾身の作品。巻末には著者と田嶋陽子さんによる特別対談も収録。扶桑社900円©扶桑社/峰なゆかみね・なゆかマンガ家。『アラサーちゃん 無修正』(全7巻)、『アラサーちゃん』はシリーズ累計70万部超。近著に『痴女レッスン』(作・乃亜)。※『anan』2021年3月10日号より。写真・中島慶子インタビュー、文・兵藤育子(by anan編集部)
2021年03月09日漫画『スインギンドラゴンタイガーブギ』の物語の舞台は昭和26年、米軍占領下における日本のジャズシーン。ロックもポップスもない時代、まちにはジャズが鳴っていた。「自分がマンガを描く以前から興味のあったジャンルなんです。1巻の第2話で、新宿駅前に集まったミュージシャンを、いわゆる手配師が『おまえはあっちのクラブへ行け』などと振り分けてトラックに乗せていくのですが、そういうシーンを描きかったというのがまずあります」と、作者の灰田高鴻さん。主人公の少女“とら”こと於菟(おと)が圧倒されるのが、まさにその光景なのだが、於菟はある事件を機に正気を失ってしまった姉のために、彼女の想い人らしいベーシスト“オダジマタツジ”を捜して福井から上京。歌声を見込まれてジャズバンドに誘われ、米兵が集うEMクラブで歌うことに。「ジャズ自体は戦前から日本にありましたが、戦後の歌謡曲や芸能界の直接的な礎になっていったらしく。もともとはミュージシャンだったけれどマネージメントの側にシフトした芸能事務所の創業者や、三人娘と呼ばれた美空ひばり、江利チエミ、雪村いづみのような歌手を立ち位置として参考にさせてもらいました」観客は下手な演奏に容赦なく、ときに殴り合いや流血騒ぎが勃発するほど荒々しいが、いい演奏には称賛を惜しまない。於菟は最初こそ恐る恐るステージに立つものの、上京した目的を忘れるくらい歌うことに夢中になっていく。臨場感のあるライブシーンは、見どころのひとつだ。「どうしたら盛り上がっている感じを出せるのかはいつも手探りです。興奮の表現がインフレ化すると、火を噴いたりレーザー光線が出たりするのでしょうが(笑)。とはいえ当時のパフォーマンスも凄まじかったようなのでその雰囲気は意識しつつ、ときどきあえて外したような動きを入れて、現実的な範囲内でうまく描ければと思っています」見つかったオダジマは記憶喪失になっていて、於菟は音楽を通して彼の記憶を取り戻そうとするのだが、ふたりの距離にも少しずつ変化が。「人間関係や立場などが、ふっと変わる瞬間はフィクションにおいて自分が最も興奮する部分だったりします。それと少女マンガがわりと好きで、付き合うまでの過程にカタルシスを覚えてしまう。放っておくとそんなことばかり描いて話が進まないので、担当さんに止めていただかないといけないのですが(笑)」本作に登場した楽曲などを集めた公式プレイリストも配信中。すべての人が戦争という癒えない傷を負いながら、たくましく、したたかに生きた時代の鼓動が響いてくる。『スインギンドラゴンタイガーブギ』すべてを失った戦後の日本。米軍キャンプからのし上がるジャズバンドを通して芸能界のルーツを描く。天然(?)ピアニストが登場して広がりを見せる第2巻。講談社640円はいだ・こうこうマンガ家。2018年、第74回ちばてつや賞入選。『スインギンドラゴンタイガーブギ』にて連載デビュー。3巻が2月22日発売予定。※『anan』2021年2月10日号より。写真・中島慶子インタビュー、文・兵藤育子(by anan編集部)
2021年02月09日友人や同僚の何気ない言葉や態度、SNS上の無神経なメッセージに傷ついたり、もやもやするのはよくあること。7年ぶりの描き下ろし漫画となる益田ミリさんの最新作『スナックキズツキ』は、そんな「傷つくこと」をさまざまな視点からすくい取っている。傷ついた人だけが訪れる小さなスナックでのできごとは。「傷つき、くたくたになって帰宅する夜は誰にだってあるもの。家に帰ったからといって傷が癒えるわけでもなく、帰宅後も悶々とし続けるであろう自分を想像すると気が滅入ります。そんなときに、ふらっとひとりで立ち寄れるような場所を漫画の中に作りたかったんです。傷ついた人たちだけがたどり着ける店。それが『スナック キズツキ』でした」ここで描かれるのは、激しい怒りや悲しみを伴うような深い傷というより、ともすれば平気なふりをしてやり過ごし、だけど確実にストレスとして蓄積していくような、ざらりとした違和感だったりする。「はたから見れば『そんなことで?』と思うようなことでも、おのおの傷つきポイントは違うものです。抜け目のない同僚、顔も見ないで受け答えする後輩など、相手にいくら悪気がなくても傷つきます。そして、自分もまた悪気のない言葉で知らぬ間に誰かを傷つけている。“知らぬ間に”という部分をうまく描ければいいなと思っていました」自分を傷つける人や物事に対しては、誰でも敏感になれるもの。しかしそんな自分も他意なく、あるいは確信犯的に誰かを傷つけているかもしれない……。バトンを渡すようにして登場人物の視点が変わることで、ささやかな「キズツキ」の連鎖が生まれる構図にドキリとさせられ、我が身を振り返ってしまう。「最初に登場するコールセンターで働く女性がいるのですが、構想段階のときは、彼女を主人公にする物語を考えていました。彼女には自分本位の彼氏がいて『こんな彼となら別れたら?』と思いつつ描いていたのですが、ふと、彼もまた傷ついて生きているのではないかと思ったんです。いい人、悪い人ではっきり分けられない。いろんな角度から描かなければならない物語なのではないかと気づきました。そのためにもさまざまな登場人物と、その登場人物に付随する関係性も多様になるよう設定しました。恋人同士、父と息子、母と息子、母と娘、姉妹、兄弟、兄妹。それぞれがみな傷ついて、傷つけて生きているという点では共通しています。生まれた時代や環境によっては、どの登場人物も自分だったかもしれないと感じてもらえればいいなと思います」そうやって登場人物たちがたどり着く「スナック キズツキ」は、ママがひとりでやっているお店。スナックなのにアルコールが置いていないという少々特殊な事情には、益田さんの願望も込められている。「傷ついた人ならどんな人でも店のドアを開けられるよう、ノンアルコールの店にしました。私自身お酒が強くないので、夜、カフェやファミレスの他にも立ち寄れる店があったらいいなぁと思うことがあるので」スナックを訪れる人たちは、ママに促されて溜め込んでいた不満を言葉にすることで、気持ちを整理したり、「自分はこんなことで傷ついていたんだ」と改めて気がついたり。「友達や家族に話すことですっきりすることもあれば、話したせいで自分の弱さを知られたような後悔に似た気持ちになることも。些細なことで傷つくような弱い人間だと思われたくないのでしょう。人は心の中で自分を説得したり、なだめたりしてなんとかやっている部分が多いと思うんです。自分の“本音”を自分自身が聞く場を、意外に持っていないのかもしれません。だからこそ、まったく関係のない第三者に打ち明けられる場所を描きたかったんです。『スナック キズツキ』ではお客さんの吐露の仕方がバラエティに富んでいます。歌ったり、踊ったり、朗読したり。個人的には“エアギター”で言いたいことをぶちまけるサラリーマンの章は、描いていて楽しかったです。登場人物が意外なことを始めるので、私自身も『マジか!』と楽しんでいました。最初に決めていたわけではなく、描き進めるうちに自然に浮かんできましたね」一見くだらないアクションでも、効果てきめん。ママのちょっと強引な誘導に、登場人物も最初は「どうしてこんなことを?」と戸惑いつつ結果的にはノリノリになって、“キズツキ”をデトックスしている。芸達者で、飄々としたキャラクターのママあってこそのスナックなのだ。「ママは、なにも否定しない人にしようと決めていました。それから説教をせず、『今日もおつかれさま』と言ってあげられる人。傷ついた人しかたどり着けない店だから、やはりママもまたなんらかの傷を負ってここにいる人のひとりであることは意識して描きました」これまでの作品でもこのママのように、多くの人が抱えるもやもやをかたちにしてくれてきた益田さん。「今回は漫画のコマを横長にしようと最初に思いました。いつもはもっと小さなコマで描いているので、長いコマ割りは初めてなんです。傷つき、くたくたになった夜でもゆったり読んでいただけるような余白を意識しました」自分自身の“キズツキ”と向き合うだけでなく、他者の“キズツキ”にも目を向けて自分がそこに関わっているかもしれないことを意識できる場所。いつか「スナック キズツキ」にたどり着いたら……そんな想像もまた楽しい。『スナックキズツキ』都会の路地裏にあるらしい、傷ついた者しかたどり着けない「スナック キズツキ」。今宵もママに乗せられ、さまざまなかたちで不満を吐露する人が。くたくたな夜にじんわりしみる、7年ぶりの描き下ろし漫画。マガジンハウス1300円ますだ・みりイラストレーター。漫画に『すーちゃん』『今日の人生』、エッセイに『考えごとしたい旅フィンランドとシナモンロール』など著書多数。本誌で連載中の「僕の姉ちゃん」シリーズも好評発売中。※『anan』2021年2月10日号より。文・兵藤育子(by anan編集部)
2021年02月08日人間の内側から発せられ、他者と共鳴していく詩は、世の中に生まれたときから、官能とは切っても切り離せないものだったはず。古今東西の詩における官能とその味わい方を、近代詩伝道師のPippoさんに指南していただきました。古今東西の詩で味わう、官能。詩が本来持っている特有の性質には、官能と密接に結びつくものがある。「もともと詩は直情的に表現するというより、比喩などを用いて思いを述べていくもの。ですから、うちに秘めた感情を歌いやすい文芸表現のひとつだと思います」(Pippoさん)ストレートな表現ではないぶん、想像を巡らせる余白が読み手に与えられていることが、最大の特徴といえる。「想像力だけでなく、知識や感受性などを駆使して、読み手が掴み取っていくものともいえます。それだけいろんな読み解き方があるので、5人の読み手がいたら、おそらく5通りの感じ方が存在することになり、それが詩の豊かさにつながっていく。真剣に向き合うと、これほど面白いテキストはないですよ」退廃的な美に耽溺する。既成のルールや常識にとらわれず、欲望に忠実に、いつ死んでも後悔しない人生を送ること。誰もが羨みながらも恐れる生き様を体現した人が、たどり着いた境地とは。「恋に生きた貴族詩人バイロン。破壊的な衝動をうちに秘め、生きることを楽しんだ村山槐多。非常にいびつで、不思議な魅力のある詩人たちの背景を知ると、より深みが増してきます」Poem1夜は、恋するためにつくられそしてたちまち昼はかえってくるがしかし、われらは、さまようのをやめよう月光にいざなわれてさまようのを。「いまは、さまようのをやめよう」より恋多き男が放蕩の果てに漏らした哀愁。19世紀前半に活躍したイギリスのスター詩人バイロンは、当代きってのモテ男。女性関係のもつれでイギリスを去り、ベネチアに渡って読んだのがこちらの詩。「女性たちと情欲の日々にふけり、さまよい続けた人間の内側から、ふと漏れ出たような実感に満ちた詩です。『夜は、恋するためにつくられ』というロマンティックな表現のなかに、恋に身をやつし続け、孤独のなかに死んでいった男の哀しみと官能が感じられます」『バイロン詩集』阿部知二訳520円(新潮文庫)Poem2死と私は遊ぶ樣になつた靑ざめつ息はづませつ伏しまろびつつ死と日もすがら遊びくるふ美しい天の下に私のおもちやは肺臟だ私が大事にして居ると死がそれをとり上げたなかなかかへしてくれないやつとかへしてくれたがすつかりさけてぽたぽたと血が滴たる憎らしい意地惡な死の仕業それでもまだ死と私はあそぶ私のおもちやを彼はまたとらうとする憎らしいが仲よしの死が「死の遊び」より自らの死とさえ戯れた早世の詩人の遊び心。22年間の短い人生を駆け抜け、数多くの作品を遺した村山槐多。「画家でもある彼は、ほとばしるようなガランス(茜色)をふんだんに使った絵で知られています」亡くなる直前に紡いだ言葉からも、特異な生き様が見えてくる。「死を忌むべきもの、怖いものとは捉えず、まるで友人のようにえがいている。エネルギーの塊のような人間に死期が迫ってきたときの心のあり方、命を燃やし尽くそうとする様が鮮烈です」『槐多の歌へる 村山槐多詩文集』村山槐多酒井忠康編1600円(講談社文芸文庫)Pippoさんピッポ近代詩伝道師、朗読家、著述家。2009年より「ポエトリーカフェ」を月例にて開催。著書にエッセイ『心に太陽を くちびるに詩を』、インタビュー集『一篇の詩に出会った話』。※『anan』2021年2月10日号より。写真・中島慶子文・兵藤育子(by anan編集部)
2021年02月06日タイトルの風太郎とは、忍者ものなどで一世を風靡した戦後の娯楽小説家・山田風太郎のこと。本作は医学生だった山田青年が兵隊として召集されず、東京で細々と暮らしていた日々を綴った『戦中派不戦日記』のコミカライズだ。手がけているのは、これまで主に女性誌で作品を発表してきた勝田文さん。その意外性がまずもって興味深い。年表には記されないあの時代を生きた人々の姿。「基本的に楽しくてバカバカしいものを描きたいっていう思いがずっとあったので、コミカライズのお話をいただいたときは自分でも意外でした。だけど今まで描いたことのないジャンルなので、面白くできる可能性はあるかなと思ったんです」日記が始まるのは、日本の敗戦が決まる“運命の年”が明ける昭和20年1月1日。B29が連日来襲し、食料も日に日に手に入りにくくなる、不安と困窮を極めた暮らしではあるものの、原作を読んだ勝田さんは「時代の雰囲気そのものは、わりと今と変わらないのかも」と感じたそう。「上の人たちがやっていることを庶民はよくわかっていない感じが似ていると思いました。本当のところはどうなの?みたいな空気とかも」山田青年は田舎から出てきたインテリ青年なのだが、本気で医者を目指しているわけでもなく、かといって戦地に行くことも叶わない宙ぶらりんな状態。国の未来を憂えてはいるけれど、どこか達観もしている。「私は彼ほど屁理屈をこねませんけど卑屈なところは似ているので、その辺は描きやすいかもしれません。しょうもないダジャレもよく言っていて、ユーモアがあるんですよね」戦時中の物語は、どうしても悲惨さや理不尽さに焦点が当てられがちだが、それだけではないのが本作の異色なところ。ドブ川並みに汚れた銭湯で湯当たりした老人を助けたり、苦手な試験の日に空襲が来て無試験合格になって大喜びしたり、授業で女体の模型を見て興奮したり。年表に刻まれた史実の隙間で、名もなき人々がどんなふうに暮らしていたのかが見えてくる。そんな日々を経て、2巻のクライマックスとして描かれるのが、8月15日だ。「物語全体の山場だと思い、ここに向かって描いてきたところもあったので、今ちょっと燃え尽きちゃってるんです。だけど戦争が終わっても世界は続いていくので、このあとを描くほうがむしろ大事だと思って気を取り直しているところです」風太郎は、そしてあの時代を生きた人々は、いかにして終戦を迎えるのか。圧巻の2巻のラストを、ぜひそれぞれの目で確かめてほしい。原作・山田風太郎『風太郎不戦日記』2昭和20年5月、東京を焼け出され、山形の知人宅、故郷の兵庫、学校の疎開先である信州飯田に身を寄せる山田青年。やがて運命の8月がやってくる、第2巻。講談社680円かつた・ぶんマンガ家。1998年『YOUNG YOU』でデビュー。主な作品に『あのこにもらった音楽』『小僧の寿し』『マリーマリーマリー』など。※『anan』2021年1月20日号より。写真・中島慶子インタビュー、文・兵藤育子(by anan編集部)
2021年01月16日あの、もちぎさんの自己啓発書『悪魔の夜鳴きそば』と聞いて、どんな内容をイメージするだろう。ご存じない方のために説明すると、もちぎさんは父親と死別後、母親からDVを受けて育ち、高校生のときゲイに売春をしていたことがバレて家出。ゲイ風俗やゲイバーなどで働き、自ら稼いだお金で大学を卒業。そのセンセーショナルな人生を明るくツイッターで発信したところ話題を呼び、わずか2年ほどでコミックエッセイや小説などを何冊も発表している人気作家だ。不幸じゃないけど不満まみれ、悩める人に響く幸福論。「ぶっちゃけた話、自己啓発書を買う人って、本を買ったら変われると思っている人だと思うんです。もう少し柔らかく言うと、変わろうという前向きな意志がある方ですね」いろんな自己啓発書を読んでみた結果、内容云々より誰に向かって書いているのかが気になり、書店のビジネス書コーナーに来る人を観察。アプローチのしかたも独特だ。「主人公があまりにもおバカというか、さすがにそれはわかるでしょ?みたいな失敗から始まることが多いんですよね。だけどこの本は、他の人よりちょっと賢いと思っているけれど、なんでうまくいかないんだろうと考えているような人が主人公。SNSをやっている層に多そうな、今どきの人を想定して書きました」舞台は、大都会の真ん中に気まぐれに現れるラーメン屋台。高級外資系ホテルで働く27歳のみっちゃんが、提灯の灯りとラーメンの香りに引き寄せられるようにのれんをくぐると、迎えてくれたのはオネエ口調で話す謎の生き物。「餅の妖精」を自称するもちぎママが、職場では上司に日々嫌みを言われ、彼氏とも別れたばかりのみっちゃんの悩みを、夜ごとメニューが替わるラーメンとお酒とともに噛み砕いていく。「ツイッターなどでも相談をされることがよくありますが、大変な環境で生きている人はいっぱいいます。だけど空気を読む文化のせいか、この程度で不幸と思っちゃダメみたいに感じている人が多い気がして、みっちゃんを通してグチを言いやすくする本にしたかったんです」会話をすることでみっちゃんは自分を客観視したり、人の見方が変わったりするが、現実がそうであるように劇的に成長するわけではない。「物語としては、起承転結や波があったほうが面白いのでしょうけど、自分の中にみっちゃんがいたら1か月でどう変わるのかを想像しながら、相変わらず失敗したり、自信をなくしたりする姿も書きました。名言を抜き出すような見せ方もしたくなくて、実際の会話のように“あれはいい言葉だったな”とそれぞれに感じてもらえればと思っています」ちなみに、もちぎさんが相談される側として大事にしているのは「相談者の力に任せること」だそう。「ある程度は答えが決まっているんだろうなと思いながら話を聞きます。なので、『でも』とか『だって』っていう言葉がその人から聞けるとニヤッとしますね」隣に座って二人の会話に耳を傾けているような気分になり(ラーメンはないけれど!)、「自分の場合は…」と思いを巡らせるひととき。心に響く言葉がきっとあるはず。『悪魔の夜鳴きそば』「幸せになりたいなら、なりなさい」。人生を豊かにするための気の持ちようが見えてくる、著者初めての“ストーリー型自己啓発”本。マガジンハウス1400円作家。平成初期に生まれたゲイ。元ゲイ風俗とゲイバーの従業員。2018年10月より始めたTwitterでそれらの経験談を発信し、瞬く間に人気に。著書に『ゲイ風俗のもちぎさん』『あたいと他の愛』など。※『anan』2021年1月13日号より。インタビュー、文・兵藤育子(by anan編集部)
2021年01月06日上下巻同時にリリースされた須藤佑実さんの『夢の端々』は、まるで一本の美しい映画を観たような読後感だ。登場人物たちの人生にすっかり入り込み、物語が終わってもなお、心はその世界を漂っている。なぜ彼女たちは心中を選んだのか。“未遂”後の70年にわたる恋と人生。「百合マンガは読むのも描くのも好きですが、若い人同士の“百合のその後”を描いてみたかったんです」百合のその後として冒頭で描かれる時代は、2018年。認知症で一緒に暮らす家族のこともわからなくなりつつある85歳の伊藤貴代子のもとに、同い年とは思えないほど若々しい園田ミツが訪ねてくる。お互いの近況など他愛もない会話を楽しむふたりは、70年ほど前の女学生時代に心中を図り、世間を騒がせた恋人同士だった。「最初に思いついたのは、時間が遡る設定です。だいぶ前のことなのですが、現代から過去に戻っていくお芝居を観て、いつか自分もマンガでやってみたいと思っていました」1話目で読者に明かされるのは、85歳の貴代子が鍵付きの日記帳のなかに“指”を大事に隠し持っていること。たしかに彼女の左手の小指は第一関節から先がなく、ひ孫には戦争で失くしてしまったと説明する。そしてミステリーのような雰囲気を漂わせながら、ふたりの間に何が起こり、どんな思いで心中に至ったのかが少しずつ語られていく。「認知症の方は最近のことから忘れていき、昔のことは比較的覚えているといわれるので、忘れる順に描きたいという思いもありました」時代を遡って描くにあたり、須藤さんは最初に年表を作成。彼女たちが出会った戦後間もなくから現代までに日本で起こったことと、ふたりの人生を一覧にしてプロットを組んだ。内気でどことなく影のある貴代子と、快活で男勝りなミツは、月と太陽のように呼応し合うキャラクターだ。女性は学校を卒業したらほんの少し外の世界を見て、ほどよい頃に結婚して家庭に入るのが一番の幸せと考えられていた時代。女性同士の恋愛はおろか、自立して生きることさえ大きな困難を伴う時代に、貴代子とミツはお互いを思い続けながらそれぞれの人生を選択していく。「未来を先に描いているので、過去をどう描くかかなり悩みました。心中するまでは、夢の中というか幻覚のようなイメージで、心中未遂後は社会に出て、現実が少しずつ見えてくるイメージで描いています」ふたりが見ていた長い夢と現実から、こぼれ落ちる記憶の断片。同時代を生きた女性たちの息づかいまで聞こえてきそうな作品だ。『夢の端々』上・下戦後の女学校時代、心中を図った貴代子とミツ。未遂後、見合い結婚をした貴代子と、起業して独身を貫いたミツ、それぞれの人生が離れては重なる一代記。祥伝社各880円©須藤佑実/祥伝社フィールコミックスすどう・ゆみマンガ家。『ミッドナイトブルー』『みやこ美人夜話』など短編に定評あり。初の上下巻となる本作では、新たな魅力を垣間見ることが。※『anan』2020年12月30日-2021年1月6日合併号より。写真・中島慶子インタビュー、文・兵藤育子(by anan編集部)
2020年12月30日デジタル時代のニューアイコンとして、活躍の場を広げ続ける“バーチャルヒューマン”。どのように誕生し、現在は主にどんな活動を展開しているのか、人気キャラクターを通してその魅力を分析します。時間の概念を超越するリアルと異なる存在感。昨今、バーチャルヒューマンが増えている理由を、雑誌『CGWORLD』の編集長を務める沼倉有人さんはこう説明する。「フォトリアルなCGキャラクターはハリウッドに代表されるVFX(CGやデジタル合成などの視覚効果)のなかで’90年代から研究されてきました。その技術が日本でも普及してきたのです」現在は頭部を3DCGで作り、首から下を実在のモデルの写真と合成するのが、制作方法の主流。「メリットは時間を超越できること。年をとらずにもいられるし、10年後の姿も表現できるので」これまではファッション分野で活躍することが多かったが、キャスターや手話通訳のキャラクターなどその幅も広がっている。「動画技術も進んでいるので、テレビなどで活躍する機会も増えてくるのではないでしょうか」実在する人間のような写実的なビジュアル。実写と見分けがつかない、透明感のあるルックスで人気の女子高生Saya。これまでミスiD 2018で賞を獲得したり、多言語案内サービスのキャラクターなどに起用され、彼女ならではの役割を模索しながら、成長過程も見せている。「より高度なフルCGによるSayaは、人と話すかのように音声や表情、視線を用いたマルチモーダル対話の技術も取り入れ先行しています」©TELYUKA顔から考え方まで、個性豊かなキャラクター。2016年にInstagramアカウントを開設したカリフォルニア出身のリル・ミケーラは、海外におけるバーチャルヒューマンの火付け役といえる存在。親しみのある表情で、モデルのほかシンガーとしてデビューも果たしている。「タブーやセンシティブな話題をただ客観的に述べるのではなく、『私はこう思う』と意思表明できるのもバーチャルヒューマンの強みです」写真:bfa.com/アフロSNSやファッションとの高い親和性。今年7月に活動開始したASUは、NOWEARのファッションデザイナー。「バーチャルヒューマンの多くは、SNSのなかでも写真に特化したInstagramを拠点に活動中。それがファッションと親和性が高い理由のひとつでもありますが、洋服はアイテム数や移り変わりが多いなか、反響をチェックしやすい点も大きいでしょう」既成概念にとらわれない自由で勇ましい生き様。やや目立つあざと、そばかすがあるMEMEは、“バーチャルヒューマン=完璧な美形”というイメージを逸脱した女の子。「コンプレックスはあるけれども、自分らしく生きるという強さを感じます。腋を脱毛していない大胆なポーズで広告にも起用されているのですが、腋毛はNGという既成概念にアンチテーゼを示す、多様性の時代を象徴するキャラクターといえます」絶大な信頼感で、企業のオリジナルキャラも続々。「バーチャルヒューマンは基本的にトラブルを起こさないので、企業と相性がいいという側面があります」。女性200人から算出した平均体型を参考に作成したGUのYU(写真・上)は、モデル体型でなくても似合う着こなしがあることをアピール。サントリーのバーチャルヒューマン社員・山鳥水生(写真・下)は、手作り料理やお酒の情報をInstagramで発信している。ぬまくら・ありひと『CGWORLD』編集長。2000年4月より東北新社のオンライン・エディターとして、CMやVPの編集に携わる。’05年10月からCG・映像クリエイター総合誌『CGWORLD』編集部に所属。’12年7月より現職。※『anan』2020年12月23日号より。取材、文・兵藤育子(by anan編集部)
2020年12月24日2018年に第9回ananマンガ大賞を受賞した『セクシー田中さん』の最新刊が、ますます盛り上がっている。会社では超地味だけど、実は超セクシーなベリーダンサーの顔を持つ田中さんと、そんな生き方に憧れてファンと化す、朱里(あかり)。それぞれのキャラクターについて作者の芦原妃名子さんはこう語る。不器用、または器用貧乏なこじらせ男女の恋愛&人生模様。「田中さんは想定よりずっと素直でかわいい女性になりました。こじらせているはずなのに素直。偏見を持たない。クリアな目で人を見ようとする。他人を裁かない。それって人としての強さですよね。そんな40歳の田中さんに対して、朱里ちゃんは23歳なのに老成してます。女の子としてのスペックは高いのに、器用貧乏でなかなか生きづらい。鎧を脱いでもっと解放されたら生きやすくなるんじゃないかな。ある種、若さを取り戻してほしいです(笑)」ふたりに共通するのは、周りから見たら魅力がたくさんあるのに「自分なんか」と思っているところ。「日本人“あるある”かもしれませんが、自分に厳しすぎる人って多いですよね。誰かと出会って自分の魅力に気づいて、自己肯定力が上がっていく。そんな化学反応が起これば素敵だなと思っています」田中さんと朱里、異なるタイプや世代のふたりを通して、男性が求めるステレオタイプな女性像と、そこから逃れたくても大なり小なり囚われてしまう女性の姿がシニカルに描かれるのも見どころ。3巻では田中さんに「イタイおばさん」など数々の暴言を吐いてきた、見た目はイケメン、頭は昭和で止まっている偏見まみれの男・笙野に変化が起こる。「女性より男性のほうが変わるのが難しい気がします。他人に指摘されて内省するのって、なかなかプライドが傷つくと思うし。だから余計、変われる人はタフで魅力的。といっても笙野の今までの行動がチャラになるわけではないけれど(笑)」田中さんと朱里の一見不毛な恋の行方や新たな恋の予感、田中さんの敵と見なしている笙野に対する朱里の復讐、そして彼女たちは自分を好きになれるのかなど、絡みまくるさまざまな展開が気になるところ。「人と出会っていろんな価値観に遭遇して、相手を知ると同時に自分自身を知る。ひとりでは知り得ない、白黒グレー、いろんな自分が溢れ出てくるのが人間関係の醍醐味だと思っています。もつれて混乱して、影響されて変わっていく彼女たちを楽しんで観察していただけたら一番嬉しいです!それと恋愛部分も、もう一歩踏み込んでいきたいですね」『セクシー田中さん』3四十肩でダンサー生命の危機に陥る田中さん、朱里の思いに気づかぬふりをする進吾との過去、田中さんは自分を好きだと思い込む笙野の暴走…絶好調の第3巻。小学館454円©芦原妃名子/小学館姉系プチコミックあしはら・ひなこマンガ家。1994年『別冊少女コミック』に掲載された「その話おことわりします」でデビュー。『砂時計』と『Piece』で小学館漫画賞少女向け部門を受賞。※『anan』2020年12月23日号より。写真・中島慶子インタビュー、文・兵藤育子(by anan編集部)
2020年12月23日SNSを中心に活躍する“バーチャルヒューマン”を知っていますか?ネット上に次々と登場している個性豊かなキャラクターたちが、リアルの世界で支持される理由とは。ベールに包まれた存在に迫ります!バーチャルヒューマンの先駆者・immaを直撃!ピンクのボブスタイルがチャームポイントの日本初のバーチャルモデル・immaさん。国内外で注目されている彼女の“素顔”とは?長所はとっても好奇心旺盛なところです!2018年7月にインスタグラムのアカウントを開設し、ファッションモデルとして雑誌の表紙を飾ったり、ポルシェなどの広告にも起用されているimmaさん。「弟には、よくおっちょこちょいだと言われます(笑)。自分の長所はとっても好奇心旺盛なところです!短所はなんだろう……、不都合なことにしっくりこないと顔に出ます」弟は同じくモデルとして活躍するplusticboyさん。彼女のかけがえのない存在だ。「唯一の身近な家族なので、いろんな面で実は支えてもらっています。ぶっきらぼうだけど、根はいいやつなんですよ。ふたりでいる時は、ゲームや本、音楽の話をすることが多いですね」環境問題や人権問題など世の中のニュースを自分ごととして捉え、解決に向けて積極的に行動する姿も共感を呼んでいる。「あたしの発言に、影響力があることは自負しています。だからこそ日本のマスメディアではなかなか取り上げられないトピックを共有したいと思っています。少しでも見ている方に考えてもらえるきっかけになれば嬉しいですね」来年からは活動の場がさらに増えるという予告も。日本生まれのファッションアイコンに期待大!PRIVATE PHOTOもう結構前の写真です。いつだったかな?ごはんを食べに行った時に友達が撮ってくれました!おうち時間が増えてから、ランニングが日課に!毎日少しずつの継続が自信になっています。愛犬のEinsteinです。フレンドリーなので、お仕事にもたまに連れていきます。インスタもあるので、彼の面白い写真も見てください。すっぴんパジャマでごめんなさい。あたしのかなりオフな、おうちでの写真です(笑)。みなさん歯磨きは大事ですよーっ!イマ生年月日非公開。SK‐IIのCMで綾瀬はるかさんと共演したり、『IKEA原宿』のショップウィンドウでインスタレーションを展開するなど多方面で活躍。2019年、日経エンタテインメント!「“令和”の新才能100人」に選出。ジャケット¥45,000ブラウス¥27,000チョーカー¥12,000レースアップブーツ¥37,000(以上PAMEO POSE/PAMEO POSE 表参道本店 TEL:03・3400・0860)タートルトップス¥12,000スカート¥40,000(共にアンスリード/アンスリード 青山店 TEL:03・3409・5503)リング¥28,000(ラナスワンズ/ススプレス TEL:03・6821・7739)※『anan』2020年12月23日号より。写真・小笠原真紀スタイリスト・安見未由取材、文・兵藤育子(by anan編集部)
2020年12月23日物語に没頭しながら、舞台となっている社会のあり方に思いを巡らせたり、多様な価値観があることに気づいたり。ライターの瀧井朝世さんと三浦天紗子さんが、“今”を感じられる小説を指南!注目を集めたキーワード、“シスターフッド”。瀧井:最近、世の中の価値観が変わってきたことを感じさせる小説が多く、数年前の作品でさえ違和感を覚えることが結構あります。三浦:わかります。瀧井:ジェンダーやLGBTQもそうだし、家族観や仕事観でも。価値観のアップデートが求められるなかで、心に響くものを書いてくれる作家は頼もしいですよね。三浦:問題そのものをテーマにしていなくても、さりげなく挟み込まれている作品も多いですね。それによって今起きている問題に改めて気づいたり、もやもやと考えていたことを言語化してもらえて理解できたりします。瀧井:そもそも小説を読むのは学ぶことが第一目的ではないけれど、小説は微妙な問題を浮き彫りにさせやすかったり、読者が主人公に感情移入しやすい。それが良さでもありますよね。そういった意味で今年、ジェンダー問題で大きな話題になったのが『持続可能な魂の利用』。おじさんにだけ少女の姿が見えなくなった社会が最初に描かれるのですが、“おじさん”は別に中高年の男性というわけではなく、男性優位な古い考え方を持っている人全般を指す、象徴的な意味になっています。そこで描かれるいくつかのセクハラが、体を触るような直接的なことではなく遠回しだけど嫌なやり方で。こういうことでも十分に人を傷つけるのだときちんと書いてくれたところが素晴らしいです。三浦:遠回しなセクハラを快く思わない同僚女性が復讐する際も、上司に訴えるような直接的なやり方ではなく、同じように知恵を絞って追い詰めていくのが痛快でした。また、男性発信のフェミニズム小説として挙げたいのが『ぬいぐるみとしゃべる人はやさしい』。女性が不快に思うかもしれない言動にいちいち引っかかる男性が主人公で、女性以上に繊細なんです。それと、『ピエタとトランジ〈完全版〉』もそうですが、シスターフッドは今年のキーワードですよね。女性たちが手を取って権力に立ち向かったり、社会システムの問題点について一緒に声を上げる様は、いろんな小説に描かれていました。瀧井:強靭な肉体を持つ女性がヤクザのお嬢様を守る、王谷晶さんの『ババヤガの夜』もそうですね。強い人が可憐な人を守るだけなら今まで通りだけど、全然違う展開が待っています。三浦:ノンフィクションですが、『その名を暴け:#MeTooに火をつけたジャーナリストたちの闘い』も。ハリウッドのプロデューサー、ハーヴェイ・ワインスタインを告発するために調査し続けた、2人の女性記者の執念が素晴らしい。次の世代に被害を持ち越さないために自分たちが戦うのも、シスターフッドですよね。瀧井:女性同士の話といえば『愛されなくても別に』は母娘問題がいろんな形で描かれていて、学生の貧困が切実。経済問題が親子関係により影響しやすくなっている気がします。家族のあり方を描いた小説としては『だまされ屋さん』も最高です。母親と成人した子どもたちが断絶しているのですが、それぞれの葛藤について言葉を尽くしていく中でいろんな問題が浮かび上がって、従来とは違う家族の形態が見えてきます。三浦:息子を溺愛して娘に厳しい母親は、一見、プロトタイプな毒母なのに、物語として読むと全然違う印象なんですよね。瀧井:世の母親が言いそうなことを言うし、無意識に子どもを傷つけているような“あるある”が描かれているけど、そういう母親を責めるだけの話ではない。希望を感じさせてくれる小説です。「おじさん」中心の社会からの脱却。『持続可能な魂の利用』松田青子セクハラを訴えたのに会社に追い詰められて無職になった30代の敬子は、図らずも男が演出する女性アイドルにハマっていく。そして日本社会の中心にふんぞり返っている「おじさん」から自由になるべく立ち上がる。著者初の長編小説。1500円(中央公論新社)日常に潜むジェンダーバイアス。『ぬいぐるみとしゃべる人はやさしい』大前粟生表題作は、ぬいぐるみに心の内を語るサークルに所属する大学生・七森が主人公。「男らしさ」「女らしさ」のノリが苦手な彼は、痴漢被害の話に胸を痛め、女性を見下す会話に同調して自己嫌悪に陥る。繊細な若者たちを描いた4編。1600円(河出書房新社)バディの生涯変わらぬ友情。『ピエタとトランジ〈完全版〉』藤野可織天才的頭脳を持つ女子高生探偵トランジと、その才能に惚れ込んで助手となる同級生のピエタ。トランジは事件を誘発させる体質で、次々と周囲で人が死ぬなか恐るべき事実が明らかに。2013年に発表された短編が、長編ガールズエンタメに変身。1650円(講談社)母親の呪縛に囚われた娘たち。『愛されなくても別に』武田綾乃浪費家の母を抱え、学費と家計のために日夜バイトに明け暮れる大学生・宮田。母に売春を強要されていた江永。過干渉な母を持つ木村。過酷な奨学金返済や毒親などの社会問題を背景に、現代を生きる10代の苦悩と友情を描いた問題作。1450円(講談社)家族という枠組みの意味を問う。『だまされ屋さん』星野智幸公団住宅でひとり暮らしをする70歳の夏川秋代のもとに、長女と家族になるという男が現れる。本当に娘の婚約者なのか疑うも、3人の我が子には相談できない理由があって……。変わりつつある家族のあり方について考えさせられる長編。1800円(中央公論新社)たきい・あさよライター。WEB本の雑誌「作家の読書道」、文藝春秋BOOKS「作家の書き出し」、弊誌などで作家インタビュー、書評を担当。著書に『偏愛読書トライアングル』『ほんのよもやま話~作家対談集~』など。みうら・あさこライター、ブックカウンセラー。『CREA』『サンデー毎日』『小説宝石』、弊誌などで書評やインタビュー、メディカル記事を担当。著書に『そろそろ産まなきゃ 出産タイムリミット直前調査』『震災離婚』など。※『anan』2020年12月23日号より。写真・中島慶子文・兵藤育子(by anan編集部)
2020年12月18日クイズ番組『東大王』で才女ぶりを発揮している、現役東大生の鈴木光さん。クラシック音楽にまつわる問題も得意分野で、今回ソニー・ミュージックでリニューアルされた名盤100枚シリーズ「ベスト・クラシック100極」のイメージ・キャラクターを務めることに。クラシック音楽という豊かな世界の扉を開く、ベスト100選!「4歳でピアノを始めて、クラシック音楽は演奏する側から入ったので敷居の高さを感じたりはしませんでした。といっても当時はクラシック音楽として認識していたわけではなく、魅力を知るきっかけになったのは小学生のとき。『カルメン 前奏曲』を学年全員で合奏することになり、いろんな楽器が合わさって曲を作り上げる楽しさを実感しました」クラシック音楽は作曲された時代や国、楽器によって多種多様。鈴木さんが「勉強しながら流しても集中力がそがれないし、寝る前に聴いても落ち着きます」と言うように、いろんなシチュエーションで聴けるのがいいところだが、そのぶん“入り口”がわからないという人も。「最初から全曲通して聴かなくてもいいと私は思っています。誰もが知っているようないわゆるサビから聴いてみると、興味を持ちやすいかもしれません。あとはたとえば、ベートーヴェンが難聴に苦しみながらも『運命』を作曲したのは有名な話ですが、そういったエピソードから入るのもおすすめです」シリーズの中から鈴木さんがおすすめ10タイトルをセレクトしているので、そちらを入り口にしても。「まずは何も考えずに好きな曲を選んでみたら激しい曲が多くなっちゃって(笑)。最終的には楽器や曲調など、バランスを重視しました」最新技術でより原音に忠実になり、通も満足できる内容が実現している。「このシリーズの良さは、それぞれの作曲家の代表作をひと通りカバーしていること。網羅性が高いので、クラシック音楽を知らない人でも基本が押さえられますし、これまでのCDから一歩進んだ遠近感のある繊密でクリアな音質の再現は聴きごたえがあると思いますよ」「ベスト・クラシック100極」鈴木さんのおすすめ10タイトルの一枚、セルゲイ・ラフマニノフ『ラフマニノフ自作自演~ピアノ協奏曲第2番&第3番』。1600円。前半50タイトルが発売中で後半50タイトルは12月9日に発売。(ソニー・ミュージックレーベルズ)すずき・ひかる1998年生まれ、東京都出身。東京大学法学部4年生。2015年、アジア太平洋青少年リーダーズサミットに参加し、Stanford e-Japan Programで最優秀賞受賞。TBS系『東大王』にレギュラー出演。ワンピース¥32,270(TED BAKER/Sojitz Infinity Inc. TEL:0120・998・321)※『anan』2020年12月9日号より。写真・小笠原真紀スタイリスト・森本美砂子インタビュー、文・兵藤育子(by anan編集部)
2020年12月06日『プリンセスメゾン』や『雑草たちよ 大志を抱け』などで、さまざまな世代、境遇の凛とした女性を描いてきた池辺葵さん。最新作は4姉妹と母の物語なのだが、姉妹モノは「いつか絶対、というか最後に描きたいと思っていた」テーマだそう。罪悪感を抱えてまっすぐ生きる。4姉妹と母、それぞれの肖像。「女性が自立して、仕事を通して成長していく物語を最初にイメージしました。その仕事の場として流通、要は物がいろんなところに行き届く景色を描きたかったのです。でもそれだけだと話をつくるのが難しいので、自分の視点がもっと豊かになったら描こうと温めていた姉妹モノをくっつけることにしました」アパレル通販会社で働く末っ子の仁衣(にい)を通して描かれる流通のパートと、家族の物語をつなぐのが『ブランチライン』というタイトル。「コレクションで発表された服が、着やすくアレンジされて市場に行きわたる流れは、枝分かれして広がっていく川の支流のようだと思いました。家族もやっぱり流れていくもので、血がつながっていても同じ人生を歩むわけではなく、それぞれに枝分かれしていきますよね」三女の茉子(まこ)は喫茶店を営み、次女の太重(たえ)は公務員、長女のイチはシングルマザーで、夫と死別した母は山の上にある実家にひとりで暮らしている。それぞれが異なる支流を生きているのだが、家族を結びつけるかけがえのない存在が、長女の息子で大学院生の岳(がく)。8歳のときに両親が離婚して父親と自由に会えなくなってしまうのだが、イチを案じて離婚を後押しした姉妹たちは、結果的に岳の人生を大きく変えてしまったことに罪悪感を抱いている。自分の言動が他者に大なり小なり影響を与えることは、生きている限り続くもの。その罪悪感は家族のやり取りだけでなく、物を売って消費を促す仁衣の仕事観からも見えてくる。「仁衣ちゃんは罪悪感を抱えながらも自分ができること、やるべきことに全力を注いでいます。正しくばかりはいられないことを知るけれども、まっすぐ生きようとする姿を反映させていきたいです」ひとつ屋根の下で暮らして、宝物のように岳を育ててきた過去の記憶と、それぞれ離れて暮らしている現在を行き来しながら、影響を与え合わずにはいられない家族の喜びや悲しみに優しく光を当てる。「蓄積されていく記憶とどう付き合っていくのかも大事なこと。4姉妹の人生を追いながら、ときどき重なり合うことはあってもまたひとつの川にはならない家族の関係を、風景として表現できたらいいですね」『ブランチライン』1現在は離れて暮らす4姉妹と母、そして5人で育てた長女の息子。正しく生きようと思うほどに逃れられない罪悪感をそれぞれの生き様や家族のあり方から描く。祥伝社680円©池辺葵/祥伝社フィールコミックスいけべ・あおい2009年デビュー。『繕い裁つ人』が実写映画化、『プリンセスメゾン』が実写ドラマ化。そのほか『サウダーデ』『かごめかごめ』など。※『anan』2020年12月9日号より。写真・中島慶子インタビュー、文・兵藤育子(by anan編集部)
2020年12月04日最期に食べたいものから、その人の生き様が見えてくる!?おおひなたごうさんによるコミック『星のさいごメシ』。誰もがきっと一生に一度は考えるであろう永遠のテーマ“もし明日死ぬとしたら、何を食べるか”。食べ方について侃々諤々と意見を戦わせたギャグマンガ『目玉焼きの黄身 いつつぶす?』(以下『目玉焼き』)のおおひなたごうさんが、次に選んだのがまさにその“さいごメシ”だ。「『目玉焼き』が完結に向かっていってるときに次回作も考えておかなければと思い、温めていたネタなんです。なんなら『目玉焼き』の最終回で取り上げようと思ったくらいなのですが、1~2話では描き切れない大きなテーマになりそうな予感がして、新たな作品になりました」物語は、編集者の天城星乃(あまぎほしの)がある晩、婚約者の一平に別れを告げられるところから始まる。失意のどん底で仕事も手に付かなくなるが、行きつけの居酒屋で常連が盛り上がっていたさいごメシの話題をヒントに、グルメ新連載をスタートさせる。「よく考えたら『目玉焼き』も第1話でカップルがケンカ別れするんですよね(笑)。さいごメシということで、最初は料理に重点を置いて考えていたのですが、誰が作っているのか、誰と一緒に食べるのかが実はポイントだったりする。星乃も最初は、『人のさいごメシなんか知ったところでどうなるの?』みたいな感じなんですけど、彼女の気づきは僕の気づきでもあるんです」取るに足りない話と思いきや、大切にしているものや人生観まで見えてくる、さいごメシ。1巻では食事制限がつきもののボクサーを取材するのだが、職業面からのアプローチもたしかに興味をそそられる。「『目玉焼き』のときもそうでしたが、たくさんの人に話を聞いて脚色していく作り方を心がけています。自分の想像だけで描こうとすると、嘘っぽくなってしまうので」いつになくシリアスな雰囲気を漂わせているが、そこはやはりおおひなたさん。油断すると“膝カックン”的にギャグが入り込んでくる。「さいごメシをテーマにしている以上、死は避けられないですし、いつか自分にも降り掛かってくるものなのだと少しでも意識しながら読んでほしいという思いがあります。でもシリアスになるほどギャグの破壊力も大きくなるので、そこは描いていて楽しいところだったりもします」さまざまな人のさいごメシを通して、自らの人生とも向き合う星乃。「好きなものを食べて死ねる人なんて、実際はほとんどいないのかもしれません。だけどそれができたらいい人生だったと思える気がするし、その場面を描いてみたいですね」『星のさいごメシ』1さいごメシから浮かび上がる人生観が味わい深い、グルメ&ギャグ&人間ドラマ。「月刊コミックビーム」のウェブサイトで、読者のさいごメシを紹介中。KADOKAWA700円©おおひなたごう/KADOKAWAおおひなたごうマンガ家。1991年デビュー。『目玉焼きの黄身 いつつぶす?』はアニメ化、実写ドラマ化もされ話題に。京都精華大学新世代マンガコース専任教員。※『anan』2020年11月25日号より。写真・中島慶子インタビュー、文・兵藤育子(by anan編集部)
2020年11月18日テーマも発表時期も異なる3つの短編が収められた、山中ヒコさんの最新作『クラスで一番可愛い子』。表題作は、整形手術を繰り返す女性の心理を掘り下げている。「私は整形手術をしてみたかったけどできなかったタイプなのですが、今の10代、20代の子たちはわりとそういう感覚を飛び越えたところにいるような気がしたんです。自分ができなかったぶん尊敬の念もありますし、苦しみや痛みを伴うチャレンジをして道を切り拓いていく女の子を描いてみたいと思いました」主人公のえりは、推しのイケメン俳優にいわゆる塩対応をされたことで、容姿さえよくなれば振り向いてくれるはず、という思いにとらわれてしまう。整形手術というハードルだけでなく、芸能人に“ガチ恋”をするという一線も越えてしまうのだが、やがて自分自身を傷つけ続けてきた代償を払うことに……。転じて「怪物の庭」は、中世イタリアが舞台。奇怪な石像や傾いた家など摩訶不思議な空間が広がる「ボマルツォの怪物公園」を訪れて、その誕生エピソードを芸術家の情熱と悲恋の物語に昇華させた。「イタリアの彫刻が好きなのですが、作中でも描いたミケランジェロの『ピエタ』は本当に美しくて。一方この奇抜な公園の作者は、ミケランジェロの弟子だったピッロ・リゴーリオという人。そのギャップが面白かったし、ピッロのほかの作品とも異なるので余計興味が湧きました」最後の「バジリスクの道」は、シリアで内戦が激化していた2013年に発表した作品。「シリアで起きていることをそのまま描いても興味を持ってもらいにくいと思ったので、自分ごととして読んでもらえるように工夫をして、筋を練っていきました」そして舞台になったのが、シリアではなく現代の日本。通った道に毒を残して人を殺すバジリスクという想像上の蛇をモチーフに、平和な日常が脆く崩れてしまう様を描く。「3作品、本当にバラバラですが、どれも私が興味を持って描かずにはいられなかった物語。『クラスで一番可愛い子』は読者さんに向けて描いた気持ちが強いですし、『怪物の庭』は旅の思い出に描いた作品。『バジリスクの道』はシリアの惨状をニュースで見て、何かできないかという思いから生まれました。自分の中で何かしら引っかかる“描きどころ”さえあれば、私の場合はどんなテーマでもいいのだと思います」こう来たか!と想像を軽々と超えてくる感覚が、癖になるはず。『クラスで一番可愛い子』推しに認識してもらいたい一心で、整形手術にのめり込む女性を描いた「クラスで一番可愛い子」ほか、2編を収録。本書の印税の一部がシリア難民への寄付に。祥伝社880円©山中ヒコ/祥伝社FEEL COMICSやまなか・ひこマンガ家。2008年「初恋の70%は、」で商業誌デビュー。主な著作に『新装版 森文大学男子寮物語』『イキガミとドナー』など。※『anan』2020年11月18日号より。写真・中島慶子インタビュー、文・兵藤育子(by anan編集部)
2020年11月11日好きなことについての話は尽きないものだが、書き手としてはもちろん、読み手としてもプロといえる作家同士が、本について自由テーマで語り合ったら盛り上がらないわけがない。『ほんのよもやま話~作家対談集~』の著者はアンアンでもおなじみのライター、瀧井朝世さん。縦横無尽に広がっていく対談を取りまとめるだけでなく、日頃さまざまな作家をインタビューしている瀧井さんが、キュレーター的に「誰と誰が話をしたら面白いか」その組み合わせも多く発案しているのがポイントだ。「インタビューをしていると作家さん同士の意外な繋がりや、愛読している作家さんについての話が出てきて、この組み合わせは面白そうだなと妄想することがよくあります。とはいえ、こちらの勝手な判断にならないよう、自然と引き合っていそうな組み合わせを意識しました」収録されている46組を一部紹介すると、一緒に旅行をするほど仲良しだという青山七恵さん&綿矢りささん、初の夫婦対談が実現した島本理生さん&佐藤友哉さん、エンタメについて大いに語り合った恩田陸さん&辻村深月さん、ラジオという共通項があり、初めてとは思えない掛け合いが見事なジェーン・スーさん&春日太一さんなどなど。“作家”を広く捉えて、小説家をメインに自身の著作または訳書など本を出している人ならOKというルールにしたのも、組み合わせの妙を生んでいる。「ライターによるインタビューではなく、作家同士で話しているときに思わぬ本音が出てきたり、書き手として共感し合ったり、この人はこういう質問をするんだという驚きも。ふたりのおしゃべりを特等席で聞かせてもらっている感じでした」対談の際に、これまたどんな理由でも構わないので、オススメ本をひとり1冊ずつ紹介しているのだが、本好きが選ぶだけあって理由も含め、どの本も興味深く、読みたい本が数珠つなぎで増えていく。また各対談の最後に「After Talk」として、対談当時のエピソードやその後の作家の活躍、ふたりの交流などについてもフォローされている。「本との出合いや読み方など、一人ひとりの読書体験や執筆体験を身近に感じられますし、紹介している本が面白いのはもちろん、本についておしゃべりすることの楽しさを味わえる一冊になっていると思います」たきい・あさよライター。WEB本の雑誌「作家の読書道」、文藝春秋BOOKS「作家の書き出し」、弊誌などで作家インタビュー、書評を担当。著書に『偏愛読書トライアングル』など。『ほんのよもやま話~作家対談集~』雑誌『CREA』で約6年連載された対談企画が一冊の本に。憧れ、共感、ときに嫉妬など作家同士の語りを通して読書の楽しみが広がる。文藝春秋1650円※『anan』2020年11月18日号より。写真・土佐麻理子(瀧井さん)中島慶子(本)インタビュー、文・兵藤育子(by anan編集部)
2020年11月11日シュルレアリスム界の新星と呼ばれるほど人気の画家・石原春水(しゅんすい)。ある晩、ふらふらと歩いていた環(たまき)恵美子を、ヌードモデルとして見初める。かくて平凡な会社員の〈環さん〉は、毎週金曜日に〈先生〉のアトリエを訪ねる二重生活を始めることに。浜田咲良さんの『金曜日はアトリエで』は、そんな胸騒ぎのシチュエーションで巻き起こるラブコメディ。芸術家とアートモデル、天然系のふたりが出会って何が起きる?「私自身は『人間はずっとシリアスに生きていくことはできんよな』と思っているんですね。重要な会議の場でプレゼンしてる人のシャツのしみを見つけてしまうとか、シリアスな場面ほど笑ってしまう瞬間ってある。そういう人間的で面白いディテールを突き詰めていくと、リアリティと笑いが両立する作品になるのではないかと思っています」ナルシストな先生だが、環さんのちょっとした言動にも振り回される。どちらも天然キャラゆえに、じれったいほど初々しい展開が魅力だ。「主役のふたりがどちらも天然系というのは言われるまで気づきませんでした(笑)。先生の環さんへのアプローチは遠回しすぎるし、環さんはちょっと自己肯定力が低い人。先生は先生で、環さんを『自分が一生をかける作品のモデル』と考えているため、絶対に失いたくない。双方が、現状維持がいちばんいいという思惑になっていますね」ちなみに、先生は、女体と魚を絡ませる絵を得意としていて、描いた後は魚料理を環さんに振る舞う。「絵のモチーフを魚にしたときに、『大量の魚を最後はどうするんだろう。やっぱり食べるだろうな。なら料理をして、たくさん食べて…』という連想から、人物のキャラや設定が決まっていきました。私がもともとシュールな絵が好きで、魚をモチーフに使うダリやマグリットがヒントになりました。2巻以降、春水のメンタルが変わるにつれ、作風も変化していくのですが、心と絵とがどう連動していくのか想像し、作中作として描くのはとても楽しいです」実際、環さんの裸体は官能的で、女性でも見惚れてしまうほど。「彼女はプロのアートモデルでもないし、身体をすごく絞ったりしてないと思うんです。マンガ的に美しいと思える範疇に収めつつ、肉のシワも少しはあった方がセクシー。省略しすぎないように描いています」アトリエから飛び出し、人間関係が広がるらしい3巻が待ち遠しい。S気質なのに、環さんにはちょい気弱な先生。セクシーなのに、大食いな環さん。ギャップも魅力的なふたりのロマンスの行方は?現在『ハルタ』で連載中。KADOKAWA680円©浜田咲良/KADOKAWAはまだ・さくら東京都生まれ。2013年、『ハルタ』vol.1にて「よい子わるい子ふあんな子」でデビュー。『マシュマロメリケンサック』(全1巻)など。※『anan』2020年10月28日号より。写真・中島慶子インタビュー、文・兵藤育子(by anan編集部)
2020年10月25日