いま介護をする側の家族たちから、注目を集めているのが“福祉車両”だ。介護の負担を大幅に軽減できる機能が備わった福祉車両の需要は、年々伸び続けている。なかでも、主婦をはじめとした女性に人気なのが、軽自動車の福祉車両。じつは各自動車メーカーから人気車種の福祉車両が続々発売されている。 「福祉車両は体の不自由な人のレベルによって選ぶのが基本です。介助などがあれば、車いすから助手席に移ることができて、ひざを曲げることができる場合は助手席スライドタイプがおすすめです」 こう語るのは、モータージャーナリストの佐藤篤司さん。助手席スライドタイプ福祉車両は、助手席が電動でスライドするので、車いすから容易に乗車できる。 「助手席のシートも斜めに低く下がるので、車いすから移動する際の負担も減ります。女性の方でもシートまでの介助が楽にできるはず」 そう話すのは、ダイハツ東京販売・総合営業企画部の阿部周平さん。助手席スライドタイプ福祉車両の中でも、ダイハツ『タントウェルカムシート」は、助手席側に、後部座席との間の柱がなく使い勝手は抜群だ。リモコンのボタンを押すと助手席のシートがスライドし、外側に自動的に出てくる。助手席はやや前に傾斜して出てくるので、車いすから助手席シートに移るのも簡単だ。車いすから立ち上がり、一歩横にずれるだけで、簡単に移ることができた。リモコンのボタンを再び押せば助手席のシートが元の位置に戻る。フロントドアを開くだけでも乗降は可能だが、後部のドアを開くと間口が広く使えて、乗降がよりスムーズになる。 前出の佐藤さんは、福祉車両の利点をこう語る。 「福祉車両はノーマルモデルよりも価格は高くなりますが、車両とオプション部品の消費税が免除となるので、ノーマルモデルとそれほど変わらない値段で購入できます。もともと軽自動車は燃費がよく、自動車税も安いので維持費が少なくてすむ。そのうえ、福祉車両であれば、自治体によって条件や金額が異なりますが、自動車税の減免、ガソリン代、高速代などの優遇サービスも受けられます。さらに、ボディがコンパクトで運転しやすいんです」(佐藤さん)
2018年02月04日「子どもや家族に迷惑をかけたくないから、将来は高齢者施設に――。そう考えている人は多いです。しかし、そのほとんどの人たちが、実際にどのくらいの総額費用がかかるのかイメージできず、不安をかかえていらっしゃいます」 そう語るのは、『介護施設&老人ホームのさがし方・選び方』の著書もある、齋藤直路さん。そこで今回、齋藤さんにグループホームの月額使用料や、介護度ごとの月額介護サービス費用(介護保険自己負担額が1割の場合)を算出し、生涯の総支払額をシミュレーションしてもらった。 「介護費用は各自治体によって若干変化します。今回の設定では、首都圏のベッドタウンを想定していますが、都心部の場合はさらに1割ほど高くなることが考えられます。また、介護施設の利用料金、要介護度の変化、入居期間は、複数の施設を調査して、一般的なケースを想定しました。死亡年齢は現在の女性の平均寿命87歳よりも4~5年延びることが予想されますので、92歳(93歳の誕生日の前日)に死亡すると仮定しています」(齋藤さん) 例:娘夫婦と同居している85歳のDさん。要介護1で在宅での介護生活が可能と思われていたが、認知症の症状が重くなり、娘の意向で、看取りまでしてくれるグループホームに入居した。介護費用として月に2万2,400円(要介護1)~2万5,000円(要介護5)、月額利用料には家賃と食費を含めて16万3,000円かかった。89歳時点で病気のため入院したが、病状は安定し間もなく退院。そして要介護5の寝たきり生活を4年間続けて亡くなった。 【グループホームの場合での介護費用シミュレーション】 (1)要介護1の場合(85歳~86歳)介護費用の目安:約2万2,400円月額利用料:約16万3,000円合計:約18万5,400円 (2)要介護2の場合(87歳~88歳)介護費用の目安:約2万3,400円月額利用料:約16万3,000円合計:約18万6,400円 (3)要介護5の場合(89歳~92歳)介護費用の目安:約2万5,000円月額利用料:約16万3,000円合計:約18万8,000円 85歳から92歳までの8年間で合計:1,794万7,200円(内訳:18万5,400円×24カ月+18万6,400円×24カ月+18万8,000円×48カ月) グループホームの正式名称は、認知症対応型共同生活介護。その名のとおり、認知症と診断された入居者が、スタッフに援助を受けながら共同生活を送る形態だ。 「平成26年の厚生労働省の研究機関が出したレポートによると、80~84歳の認知症有病率は約25%でした。今後、グループホームのニーズが高まるでしょう。すでに全国には1万2,000カ所の施設があり、空き室がないケースも多いです」(齋藤さん・以下同) グループホームは1ユニット最大9人で共同生活を送る。通常の施設では、2ユニット18人が定員だ。アパートを借り上げたり、古い民家をリフォームした施設までさまざま。入居者に個室が割り振られ、台所や食堂、浴室は共同。家庭的な雰囲気で生活できる。 「認知症の方は、食事ができ、体も元気なことが多いため、介護度が低く認定される傾向があります。そのため実際の介護は、介護度以上に大変で家族の負担も大きい。特別養護老人ホームは基本的には要介護3以上でなければ入所できないため、要介護2以下の認知症の方のご家族にとって、この施設はニーズが高いです」 施設での生活は、簡単な計算をしたり、昔のことを思い出す回想療法など、認知症に対応した機能訓練などを行う。一方で、入居者同士が助け合い、車いすを押したり、家事を分担する。それがリハビリにつながるという。認知症の女性の場合、これまで毎日行ってきた料理なども「火の元が心配」と家族から禁止され、家事をする機会をなくしている。 「グループホームでは、禁じられていた家事もでき、人の役に立てる。それが認知症による不安や混乱を抑えます」 看取りを行う施設も多いが、認知症が悪化して共同生活が困難になると、退去を迫られることもあるので要注意だ。
2018年01月31日生活者の意識・実態に関する調査をおこなうトレンド総研は、このたび「介護の事前学習」をテーマにレポート。さらに、「1億総介護時代」を前にした「介護の事前学習」の重要性について、「介護ラボしゅう」代表の中浜崇之さんにお話を伺った。介護の知識があれば負担が軽減される介護職従事者以外で、介護関連の資格を持つ20~60代男女500名を対象に、「介護の事前学習」について調査を実施。「資格取得のための学習で得た知識は、在宅介護をする上で役に立つと思いますか?」と聞いたところ、86%と約9割が「そう思う」と回答し、大多数の人が、資格で得た知識は実際の介護現場でも役に立つと考えていることがわかった。さらに、「介護に関する知識があることで、在宅介護はラクになると思いますか?」という質問でも、71%が「そう思う」と回答。また、「具体的に何割程度ラクになると思うか」を聞くと、平均は「5割」に。介護の知識の有無で、負担は5割も軽減されるということになる。在宅介護を見据えた資格取得・学習にあたって重要なことまた、「在宅介護を見据えた資格取得・学習にあたって重要なこと」を聞くと、「座学だけでなく、実習もあるスクール・講座を選ぶ」(57%)が最も多い結果に。「介護現場の知識が豊富な講師が多いスクール・講座を選ぶ」(41%)、「初心者でもついていける学習フォロー体制があるスクール・講座を選ぶ」(39%)などの回答も上位にあがった。「介護ラボしゅう」代表の中浜崇之さんによると、資格取得を通じて介護の勉強をしておくことは、必要な知識を体系的に得ることで、肉体的・精神的な負担を軽減させられるのはもちろんのこと、今後の社会で必要とされるキャリアの選択肢を拡げるということにもつながるのだそう。介護系の資格としては、入門的な位置づけである「介護職員初任者研修」、介護職に就いた後さらなるキャリアアップを目指す方向けの「介護福祉士実務者研修」などがあるという。身近に介護が迫る家族がいるという方は特に、いざというときに慌てることのないよう、事前に知識を得て備えておくことをおすすめしたい。【参考】※トレンド総研
2018年01月24日「母は、私の“人生の道しるべ”でしたから、日に日に寂しさが募っています」 “一卵性母子”ともいわれた最愛の母・久子さん(享年92)を17年10月1日に亡くした、演歌歌手の川中美幸(62)。通夜で、人目もはばからず大粒の涙を流していた姿には“母子の絆”の強さがにじんでいた。それから2カ月経ち、四十九日を済ませた川中は“老々介護”の日々や、久子さんとの思い出を涙ながらに明かしてくれた。 都内の自宅マンションで一緒に暮らしていた久子さんに末期の胃がんが見つかったのは、17年5月のこと――。 「6月以降はほぼ寝たきりになり、亡くなる前日には訪問介護士さんに『血圧が測れません』と言われる状態になりました」 川中は18年3月に開かれる大阪・新歌舞伎座の公演を、なんとしても久子さんに見てもらいたかった。それが、母とのこんな“最後の会話”になった。 「私が『お母ちゃん、私の大阪の舞台、車いすに乗っけても連れていくからね』と言ってたんです。最初は素直に『楽しみやなぁ~』と言ってくれていた母が、やがて『車いす、車いす……』と言ったかと思ったら、『お母ちゃん、もう無理やわ』って……。それが最後の会話で、夜中の2時半頃に眠るようにまぶたを閉じました」 久子さんは、最後は苦しむことなく穏やかな表情で天国へ旅立ったという――。振り返れば、川中のいちばんのファンとしていつもそばで支えてくれたのが久子さんだった。 「舞台をやれば、母は初日、中日、楽日とすべて自分でチケットを買って観に来てくれました。毎回10本も20本もペンライトを買っては、お客様たちに『これで美幸を応援してやってください』って、配るんですよ。先日、母の化粧台を整理していたら、ペンライトが50本も出てきました。本当に可愛くって、愛情にあふれた人でした」 そんな久子さんが3年前に心筋梗塞で倒れ、16時間に及ぶ手術を受ける。以降、坂を転げ落ちるように急激に弱っていった久子さんを自宅で介護する壮絶な日々が始まった。16年3月には介護に専念するため、19年間所属していた事務所からも独立することに――。 「病院の先生からは『施設に入れる方法もあります』と勧められましたが、私の中にその選択肢は最初からありませんでした」 しかし、介護の負担は想像を絶する重さだった。ただでさえ介護はたいへんだが、それに加えて川中自身も還暦目前。いわゆる“老老介護”の厳しさを突きつけられた。 「自分の時間なんて、まったくとれませんでした。ゆったりお風呂につかるなんて、夢のまた夢。さらに体のあちこち“故障”したり、痛くなったり……。母を抱き上げるときに、軽くぎっくり腰をやって苦しんだこともあります。いやだ、思い出しちゃったわ(涙ぐんで目頭を押さえる)。完璧にやってあげられない自分が腹立たしかったですね」 厚生労働省が発表した16年の国民生活基礎調査によると、介護が必要な65歳以上の高齢者を65歳以上の人が介護する“老老介護”世帯の割合が介護世帯の54.7%に達した。高齢者の介護に苦しんだ結果、家族を殺めてしまう介護殺人や心中も後を絶たない。心中こそ考えなかったものの、川中も介護疲れでついイライラしてしまうこともあったという。 「最後のほうは“要介護5”になりました。“要介護5”は自分で排泄や食事ができない、ほとんど寝たきりに近い状態です。夜中も『大丈夫かな』って半分、起きてる状態なので慢性的な睡眠不足でしたね。肌は荒れ、顔はむくんでいますから、人前に出る仕事をしている身として失格ですよ」 それでも、ステージに立てば“明るく元気な川中美幸”を演じなければならない。 「歌っているときは元気でいられるんですが、いったん舞台を降りて帰宅すると急に不調を感じるんです。でもやっぱり、悔いを残したくない。いまできることを精一杯やらなきゃいけない、と頑張りました。昔、母ががむしゃらに働いて家の借金を返し、私たち子供を養ってくれた時期がありました。そんな母の必死な姿を見ていますから、『今度は私が母を世話しなくちゃ!』という思いがひと一倍強かったんだと思います」 いまも、亡き母の言葉や教えが川中の心強い支えになっている。 「母は苦しいときほど、笑っていました。逆境でも逃げないで立ち向かっていくんです。『どんなに辛くても逃げたらあかん』って、よく言っていましたね。だからいまも、『母だったらこの状況でどうするだろう?』って、いつも考えるんです」 介護の経験が、川中をさらに大きく成長させてくれたようだ。最後は笑顔でこう語ってくれた。 「自分の体と相談しながら、歌う場を広げていきたいと思っています。介護で過ごした3年間、これがあったからこそいま私に追い風が吹いていると思いたい。頑張りますよ、これからも!」
2018年01月19日「昨年末、利用者さんが『要介護3』から『要介護1』に格下げされました。うちの施設では、この半年で3人目。“認定更新”の審査が、厳しくなっているんです!」 関東エリアの介護施設で働く女性ケアマネジャーはこう訴える。要介護状態の重篤度を表す「要介護度」の認定は、原則1年ごとに行われる。この認定更新で、格下げされるケースが続出しているという。 「ある80代の女性は、2年前に“脊柱管狭窄症”で手術を受け、入院中に『要介護3』の認定を受けました。退院後、毎日自宅に訪問介護のヘルパーが入り、週に2回デイサービスでリハビリを受けていた。会話はそこそこで、歩行はつえをついてゆっくり歩ける程度。ところが、1年後の認定更新で一気に『要支援2』まで格下げされ、生活が一変したんです」(前出・ケアマネジャー) 「要支援2」になったこの女性は、介護保険支給額が大幅に減ったために、訪問介護が週3に減り、リハビリのサービスは受けられなくなった。 「それからすぐ、女性は歩行中に転倒し頭を強打。MRI検査したところ、脳が萎縮していることがわかり、再度自治体に要介護認定を申請して『要介護2』と認定されました。すでに認知症も進んでいたんです。いったいあの格下げは何だったのかと……」(前出・女性ケアマネジャー) 介護保険からの給付総額は、年々増え続けるいっぽうである。団塊の世代が75歳以上となる’25年には、20兆円を超えるとも……。そのため、国は介護区分を格下げすることで、給付額の負担を抑えようとしている--。そういう声が、いま介護の現場で広がっている。 そんなさなか、さらに要介護度の格下げに拍車をかける「改正介護保険法」が、4月1日から施行される。国は介護保険利用者の“自立支援”“重度防止化”というフレーズを掲げて、利用者の要介護度を格下げした自治体に対し、インセンティブの付与、つまり報奨金を出す制度をスタートさせる。じつはかなり危険な制度だと警鐘を鳴らすのは、生活情報サイト「All About」ガイドの介護アドバイザー・横井孝治さんだ。 「このインセンティブ制度は、利用者の要介護度を格下げし、負担額を減らすことを目的にしていることは明白です。4月以降、格下げは全国でより拍車がかかるでしょう。実際、高齢の利用者の心身の状態をよくして、元気にするということは楽なことではありません。それよりも“この人は元気な人です”と、格下げ認定したほうが楽。それで国から報奨金がもらえるわけですからね」(横井さん) 介護認定が格下げされれば、巨額の介護費用を負担したり、介護のための離職を強いられて、家族全員が困窮することも。実態を無視した格下げは、“介護地獄”を生み出すのだ。また8月からは一定以上の収入のある利用者の自己負担率が3割に引き上げられる。親の介護をしている家族にとって、次の認定更新で格下げを防ぐための手段はないのだろうか。 認定更新は、主治医の意見書と、自治体の認定調査員による利用者の面談によって一次判定が行われる。調査員が作成する調査票には特記事項という項目があり、認定調査員がそのときに感じた印象を書き込むようになっている。つまりどう判断するか、認定調査員の主観で決められるのだ。その後、介護認定審査会の二次判定で「要介護度」が決定する。 「必ず調査員との面談に家族が立ち会うこと。そして、ふだんからできるだけ夜間の行動や、問題行動を起こしたときのことを写真に残し、メモを作って調査員に渡す。“面談のときは元気でもふだんはこういうこともある”と、しっかり伝えることが重要です。さらに特記事項に必ず記載してもらえるように言うこと。うるさい家族だと思われるほうがいいんです。これからは利用者本人、その家族も理論武装しておかないと負けてしまいます。自治体は基本前提として“格下げ認定をしに来ている”という姿勢で面談に臨むことですね」(横井さん) 仮に格下げとなった場合、自治体に対して“区分変更申請”をすれば再調査を受けられる。さらに、情報公開請求をすれば、格下げ時の認定調査票を入手できるので、調査員がどのようにチェックしたか確認して、戦術を練ったうえで、再調査に臨もう。 もはや介護認定は受け取る時代ではなく、勝ち取る時代になったようだ!
2018年01月19日「具体的な統計データはありませんが、格下げされた家族からの相談や悩みを聞くことが非常に増えました。実際、私の母親も『要介護3』から『要介護2』になりました」 そう語るのは、生活情報サイト「All About」ガイドの介護アドバイザー・横井孝治さん。要介護状態の重篤度を表す「要介護度」の認定は、原則1年ごとに行われる。この認定更新で、格下げされるケースが続出しているという。国や自治体は、要介護度を軽くすればするほど、負担する支給額を減らすことができるのだ。 「アルツハイマーと脳血管型認知症の2つの症状がある『要介護3』の80代の女性は見守りが必要でしたが、つえをついて歩ける状態でした。ところが、次の認定更新のときには車いすでの生活に。認知症の症状も悪くなっていたのですが、『要介護2』に格下げ認定されたんです。利用者の家族は納得がいきませんでしたが、認定が覆ることはなかった。このケースは意識的に下げたとしか思えなかった典型的な例です」(横井さん) 認定更新は、主治医の意見書と、自治体の認定調査員による利用者の面談によって一次判定が行われる。その後、介護認定審査会の二次判定で「要介護度」が決定するのだ。北陸エリアの介護関係者は、こう話す。 「『要介護2』のひとり暮らしの85歳の女性がいました。ふだんは、妄想や幻覚の症状があって、会話が飛んでしまうこともしばしば。しかし、調査員との面談のときは、たまたま状態がよく、そこそこ受け答えができた。その結果、『要支援2』に格下げされました。たった一度の面談で、決まってしまったのです」 調査員が作成する調査票には特記事項という項目がある。 「認定調査員がそのときに感じた印象を書きます。つまりどう判断するか、認定調査員の主観で決められるんです」(関東エリアの介護施設で働く女性ケアマネジャー) 要介護度に応じた支給限度基準額内で、利用者は1割~2割負担で介護サービスを受けられる。要介護度が格下げされると、その額も減らされてしまうのだ。 たとえば、前出の「要介護3」から「要支援2」に引き下げられた80代女性のケース。支給限度基準額は「要介護3」であれば月額26万9,310円(負担割合が1割の場合、自己負担額は2万6,931円)だが、「要支援2」に格下げされると月額10万4,730円(同1万473円)と半額以下になる。 もし、この女性が格下げ前と同じサービスを受けようとした場合、差額の約16万円を全額負担しなければならない。金銭的な余裕がない場合、これまで受けていた介護サービス(生活援助、身体介助など)が利用できなくなったり、回数を減らさざるをえない。利用者はもとより、家族にも負担がのしかかるのである。 東海エリアの介護事業所の責任者は次のように語る。 「格下げにより、施設を退所させられた男性は、自宅での介護を余儀なくされました。その結果、同居する娘さんが離職してお父さんの介護をすることに……。結局、格下げのシワ寄せは家族に降りかかるのです」
2018年01月19日杉田かおる(53)が1月14日、ブログを更新。介護していた母が永眠したことを明かしている。 「1月6日6時30分母が永眠しました。おじいちゃんが美しく年をとってほしいと美年子とかいてミネコと読ませる名前をつけました。美しく生き美しく旅立ちました」と母の死を報告。忙しさのあまり親孝行ができなかったそうだが、「最後の4年半はずっとずっと一緒にいられて幸せでした」「お母さん本当にありがとうございました」と語っている。 杉田といえば、かつてのバラエティ番組での豪快な言動。その毒舌ぶりから「魔王」と呼ばれるほどだった。しかし2013年に一般男性と結婚。以降は夫と実母との3人での生活を中心に、主婦として過ごしていた。 昨年10月に放送された「有吉弘行のダレトク!?」(フジテレビ系)では、近況を報告。料理教室に通い、家族に手料理を振る舞っているという。さらに食材は「レンタル農園」で自身が栽培した野菜やオーガニックのものだという。 「母に支えられていたから仕事が出来た。お母さんが苦しんでいて、大変だったら、それを支えるのが仕事」 笑顔でこう語り、《別人みたい》《表情が柔らかくなった》と話題となった。 また昨年11月には、「ロンドンハーツ」(テレビ朝日系)の企画「格付けし合う女たち」で共演していた青田典子(50)のトークイベントに参加。その際も味噌を手作りしていると明かし、「『格付け』できないほど穏やかな性格に変わった」「食事が1番人格を変えるのではないかと断言します」と語っている。 亡き母のためにも、これから自分の人生を歩んで欲しい。
2018年01月15日新しい年を迎えると「今年こそ日記をつけよう」と思う人も多いかもしれません。最近ではスマホで簡単につけられる日記アプリも多く出ていますが、「やっぱり紙で残したい」という声も多いようです。でも、仕事や家事、育児で忙しい毎日の中では、なかなか日記を続けるのは難しいことも。無理せず長く続けられるように、工夫をしてみてはいかがでしょうか。■毎日のプレッシャーが原因? 「日付入りの日記帳」は使わない日記に挫折してしまう理由の一つに、「毎日書かなければいけない」というプレッシャーがあるのではないでしょうか。毎日忙しくしていると、ときには日記を書く時間が取れない日もあるかもしれません。そうやって空欄のページができてしまうと、「もういいや」とやる気を失ってしまう…ということも。こんな挫折を防ぐには、日付入りの日記帳や手帳はあえて選ばないのがおすすめ。日付欄がフリーのタイプや、罫線だけが入ったノートなどを選べば、毎日書けなくても「白紙のページが気になる」なんてこともありません。■良かったことだけ書く「ポジティブ日記」のすすめいざ日記をつけようと思っても「何を書けばいいか分からない」というのも、よくある悩みです。そんな時は、まずテーマを決めてみてはいかがでしょう。子どものことや、その日の食事、読んだ本の感想など、なんでもよいでしょう。中でも、あとで読み返して楽しいのは「その日あった良かったこと」です。「良い天気で気持ちよかった」「通勤電車で座れた」など、どんな小さな出来事でもOK。その日あった良かったことを思い出して書くことで、気持ちもきっと前向きになれますよ。 ■書くことが思いつかない時は「子どもに代筆」をお願い「どうしても書くことが思いつかない」「今日は日記を書いている時間がない」という時は、子どもに書いてもらうのも一つの方法です。まだ、字が書けない年齢の子どもなら、自由にお絵かきをしてもらいましょう。色鉛筆などを使えば、ページもカラフルになりますね。子どもの成長記録の一つとして、見返した時にきっとすてきな思い出になるのではないでしょうか。■子どもの字や作文の練習にも「親子で交換日記」子どもが字を書けるようになってきたら、ママやパパと交換日記をするのもおすすめです。普段、仕事と家事、育児を両立していると、園や学校での話を子どもからゆっくり聞く時間もなかなか取りにくいかもしれません。「今日こんなことがあったよ」と交換日記に書けば、親子のコミュニケーションツールになりますね。ママやパパからお返事が来ることで、子どものモチベーションもアップ。日常的に文章を書くことで、平仮名や漢字、作文の練習にもなりますね。日記は、日々の記録としての役割のほか、書くことで自分の行動や気持ちを整理できるメリットもあります。年の初めは新しいことをスタートするチャンス。自分に合った方法で、無理なく続けていきたいですね。
2018年01月02日食べることが苦痛な子どもたち出典 : 私は大学附属病院小児科で「思春期やせ症」(神経性無食欲症)の子どもたちを見てきた経験があります。思春期やせ症というのは、思春期の子どもに起こるいわゆる拒食症のことで、栄養不足によって、無月経、低血圧、内臓の障害、骨粗しょう症など、様々な異常が生じるだけではなく、時には死亡することもあります。患者は小学生から高校生までいました。私が出会った「思春期やせ症」の保護者、特にお母さん方はとても子ども思いの方々でした。お母さん方は、子どもの健康のために様々な努力をしていました。例えば、子どもが見て食べたくなるように、色どりや形を豊かにした食事を作っていました。それでも子どもは、食べることにまったく興味を示さないのです。また、おもちゃを買ってあげるなどのご褒美を示しながら少しでも食べさせようとしますが、子どもは口を開こうとしません。食べることが苦痛なようです。何も食べないと激しい空腹感に襲われ、食べられるものはなんでも口にしたくなる健康な食欲とは大違いです。食べなければ年齢相応の食事量を満たすことができずやせていきます。体重が一定の水準を切ると入院する必要も出てきます。重症になるとトイレも自力で行けません。歩くという行為だけでも心臓が止まる可能性があるからです。自力で食べられなければ鼻からチューブを入れて栄養物を胃に流し込まなければなりませんが、子どもたちはこの処置を嫌がります。発達段階の若い女性に起こる、思春期やせ症出典 : なぜ子どもたちはこんなにも食べることを拒否し続けるのでしょうか。そして、思春期やせ症が男性ではなく女性に多発するのは、なぜなのでしょうか。私は、ちょうど発達段階にある若い女性の母性に、その原因があるのではないかと考えています。私は、視覚系の研究に従事していた頃、出産前後の母子ネズミを扱っていました。そこで、母性を強く感じる出来事がありました。ある時、母ネズミと生まれたての子ネズミたちを放置してしまったことがありました。ネズミの乳首は10個ですので子の数は10匹程度が適切ですが、生まれた子ネズミは20匹ほどいました。子はかわるがわるお乳を吸い、すくすくと育ちました。一方、母ネズミは徐々にやせていき死んでしまいました。半面、子育て中の母ネズミは防御本能が強く、巣に不用意に手を入れると噛みつかれて大けがを負うこともあります。子を守るためにはわが身を顧みず渾身の力で闘う一方、お乳を吸いつくされても決して子を襲わず、なすがままにされて命までも落としたのです。母性とはこのように、母体の生死に関わるほどの力を持っています。子どもを守るためには、自分の体を犠牲にさえします。そして思春期の女性は、この母性を獲得していく途上にあるのです。思春期やせ症を発症するメカニズムとは出典 : 思春期やせ症の原因は、今のところ分かっていません。「太りたくない、自分を美しく見せたい」とか「大人になりたくない」という深層心理で説明する人もいます。しかし思春期やせ症をすべてそのような深層心理で説明するには無理があると思っています。若い女性には過食が生じることも知られています。人を含め動物は子を宿すとよく食べるようになります。過食もまた、母性と関係するのかもしれません。私は、大人の摂食障害の病態と、早期に発症する思春期やせ症とはメカニズムが少し異なるのではないかと考えています。思春期やせ症の場合は、脳神経系の発達になんらかのトラブルがあり、アンバランスな状態になっているのではないでしょうか。性ホルモンの分泌が盛んになる思春期に、母性に関わる脳神経系も発達していくと考えられます。また、食事行動をコントロールするのは脳なので、食事行動がうまくいかないということの背景に、脳神経系の発達上のトラブルがあるのではないでしょうか。思春期やせ症は、生理学、病理学などの専門家によっていずれそのメカニズムが明らかにされるでしょうが、私は、母性が発現し維持されはじめる若い時期の女性に多発するという現実から、母性の発達との関係を否定することはできないように思います。大きな変化を迎えた思春期の体は、時にバランスを崩すこともあるからです。今後、こうした神経系の働きや影響について究明できれば、よりよい治療方法が見つかるかもしれません。思春期やせ症への対応方法出典 : ただ現在は、思春期やせ症に対しては対症療法的に対応するしかありません。ご褒美や罰を用いて食べることへの動機づけを高める行動療法的やり方を取ったり、場合によっては、医療的処置で命をつなぐことも必要でしょう。ある思春期やせ症を患った女性は就職先にケーキ屋を選び自分自身を食べることに興味を持たせようとしました。食欲がわかなくても薬を飲むように一定量の食事をとり、体重の増加や維持を確認することが自分へのご褒美となるようにしている人もいます。周りの人は、深層心理の問題だと片付けず、患者にとって適切な支援を行っていくことが大切だと思います。
2017年11月05日「母の介護中は、それにかかりきり。芸能界の仕事はほとんどできず、日雇いの引っ越しバイトやコールセンターのバイトでなんとか食いつなぐしかありませんでした」 こう語るのは、’96年に『進め!電波少年』(日本テレビ系)の“南北アメリカ大陸横断ヒッチハイクの旅”でブレークした、元ドロンズの大島直也(46)。その後の半生は、まさに波瀾万丈。芸能界の外で始めた飲食店経営は大成功したものの、その後は一転、離婚・借金・親の介護と試練の連続だった。 「一昨年末、突然、母から電話が来て『病院の検査に引っ掛かったから来てくれないか』と。それで母の病院通いに付き添って、何回目かの検査でとうとう“ステージ4”、末期の肺がんと診断されました。すでに腰骨に転移していました。別居していた僕は、母と一緒に暮らすことにしたんです。当初は、母も僕と買い物ができるほど元気だったんですが、だんだんできることが少なくなって、母の精神のバランスが崩れていきました。がんになったショックから“反応性うつ病”になって……。あのころがいちばんきつかった。ある日の朝、『何時に帰って来るの?』と聞かれました。『遅くなるよ』と言ったら『帰ってきたら、死んでるかもしれないから』って。僕はブチ切れて『そんなこと言われてどんな気持ちになるかわかってんの!』と母に顔を近づけて怒鳴り、手は出せないから代わりに床をドンと叩いたりしてしまった。後から、もっと母の気持ちを理解してあげればよかったと自己嫌悪に陥りましたが……」(大島・以下同) 母親は、感情の波が激しくなっただけでなく、次第に体の痛みで起き上がることもできなくなっていった。 「入院するレベルと言われましたが、病院に空きがなくて。でも、もう自分でトイレも行けないし、おむつを自分でずらしちゃうんです。僕におむつを替えられるのが嫌だったのかもしれません。部屋は糞尿まみれになって、家に帰ると便の臭いがツーンときて。これが毎日続くのかと気持ちが重くなりました」 母親の年金や、兄からの援助はあったが、母の介護で働けない分、増えたのは借金の額。現在は「だいぶ減った」と言うが、まだ200万円ほど残っているという。そんなさなかの今年4月、母の容体が急変する。 「5月に、“余命3カ月”と宣告されて覚悟しました。でも、それでやさしくなれたというか、一緒にいる時間を大切にしようと、2日に1回は施設まで会いに行っていました。会話もだんだんできなくなり、寝ている母の手を握っていました。どうしたら喜んでもらえるかと、おふくろの誕生日に僕の子どもを連れていったり。まだ、元気なころの母は介護士さんに『知ってる?うちの息子』と自慢してたらしい。それを聞いて、うれしかったですね。亡くなる間際も、『買い物に行かなきゃ。直也のご飯作らなきゃ』って。こんな状態でもまだ僕のことを心配している……切なかったです」 7月に入り、母は水も飲めない状態に。大島は「葬儀屋さんを探してください」と施設から言われてしまう。 「めちゃくちゃつらかったですね。精神的におかしくなりました。葬式の準備をしながら、母の面倒を見ている矛盾。まるで2人の自分がいるようで、引き裂かれる思いでした」 7月8日、危篤の知らせが来た大島は、遠くから駆けつけた姉と共に施設の母の元へ。 「数日間、施設に寝泊まりし、たまたま廊下で電話して部屋に戻ったら、もう息を引き取っていました」 いま、大島は“介護離職”してしまった芸能界の仕事に、少しずつ戻りつつあるという。 「やっと、まだ仕事をやりたいと思えるようになりました。でも、介護は終わったけれど、これで“終わり”にしたくないなと。自分が経験した介護の知識や情報を伝えたくて、介護団体に顔を出して、サポートもやっています。介護についての講演の声もかかっています。ニーズがあれば、介護経験を生かした仕事をしていきたいですね」
2017年10月27日『我的美麗日記(私のきれい日記)』台湾発のフェイスマスク『我的美麗日記(私のきれい日記)』は、全世界で年間2.5億枚を売上、世界中から愛される商品だ。この度、『我的美麗日記(私のきれい日記)』を展開する統一超商東京マーケティング株式会社は、ブランド史上最高級の美容液を使用した『プレミアムクリーム』シリーズを新発売すると発表した。私のきれい日記史上最高級の美容液同シリーズでは、最高美容液成分を使用。「なめらか潤い処方」と「植物発酵乳化技術」を使用することにより、美容成分が角質層の奥深くまで染み渡る。同シリーズでは、「Aquaroad(ゆるめる)」「Tinysome(しみこむ)」「Cosphingo(とどめる)」の3つプレミアムうるおい伝導機能が働く。「ホワイトアルプスエーデルワイス」と「南極氷河」「ホワイトアルプスエーデルワイス」は、アルプス山脈のエーデルワイスから抽出したエーデルワイスエキスを配合したブライトニング&エイジングケアクリームマスク。3枚入り690円(税抜)だ。「南極氷河」は、南極海洋氷山の底部クレイから抽出した糖タンパク質を配合したモイストリッチなクリームマスク。 3枚入り690円(税抜)だ。(画像はプレスリリースより)【参考】※私のきれい日記『プレミアムクリームマスク』を新発売!9月15日(金)からバラエティショップ、ドラッグストアにて発売
2017年10月05日「“認知症の世界”を、仮想現実の中で“自分に起こった出来事”として疑似体験してもらいます。『あの人の行動は認知症だからしょうがないよね』という考えが、変わるかもしれませんよ」 そう話すのは、サービス付き高齢者向け住宅「銀木犀」などを運営するシルバーウッド代表の下河原忠道さん。認知症への正しい理解を広める「VR認知症プロジェクト」を全国で行っている。認知症の人や介護者の証言をもとに製作された5分程度のストーリーを、VR(バーチャル・リアリティ=仮想現実)の技術を使って体験するもの。’16年5月にスタートしてから、すでに7,000人以上が体験しているという。 さっそく、記者も試してみることにーー。最初のストーリーは立って体験するということで、椅子から立ち上がり、ゴーグル型のVR端末とヘッドホンを装着。視界が明るくなると、遠くにスカイツリーが見える。すぐ下では小さく車が走っているので、どうやら高いビルの屋上の端にいるよう。360度見渡すことができ、きょろきょろと確認していると、そばにいる人が笑顔で話しかけてくる。 「はい、足を出して降りてくださいね〜。一、二の、三!」 そう言われても、1歩でも踏み出せば落ちる!怖い!思わず後ずさりしつつ、とまどっていると舞台が暗転。ワゴン車の前にたたずんでいた。装置を外すと、下河原さんが解説してくれた。 「これは認知症の方がデイサービスの職員に送られてきて、ワゴン車から降りる感覚を再現したものです。認知症により空間認識がうまくできないと、地面まで15センチほどの段差でも、高層ビルの上にいるような恐怖を感じている可能性が。そこで『降りてください』と言われたら、どうですか?“どう見えて”いるか“だけでなく”どう感じているか“まで体験することで、認知症の方への理解や共感が深まるはずです」(下河原さん・以下同) 次は、記憶障害が強いアルツハイマー型認知症を疑似体験。VRの世界に入ると、そこは電車の中。でも、どの駅で降りればいいのかわからない……。ほかの乗客につられて降りた駅で「ここはどこですか?」と駅員に尋ねると「出口は向こうですよ」とにっこり笑って去ってしまう。オロオロしていると女性が声を掛けてきて、乗降口まで案内してくれると言う。全身から力が抜けるようにホッとしたところで終わるーー。 「若年性アルツハイマー症の方に見せると、『まさにこれは私の体験!』と叫びました。泣きながら駅員に助けを求めたことは1度や2度ではないそうです」 そして、最後に体験したのは、存在しないものが見えるというレビー小体型認知症の世界を再現したもの。友人宅に招かれるところからストーリーは始まる。リビングで会話をしていると、うずくまった男性や壁を向いて立つ男性が視界に入ってきて、おしゃべりの内容がまったく頭に入ってこない。さらに机にはヘビがうねり、出されたケーキにはたくさんの白い虫が蠢いていて……。恐ろしすぎて、叫びだしそうになった。 装置を外しても心臓のバクバクが止まらない記者に、下河原さんは優しく問いかける。 「認知症になったら“終わり”だと思っていませんか?その行動には必ず理由があります。どうしてそういう行動をとるのか。気持ちを想像できれば、偏見もなくなり、助け合える社会になるはずです」 記者の認知症の祖母も「家の中に男の人がいる!」と逃げ回ったことがあるが、こういう気持ちだったのかも……。今度からはもっと優しくしよう。そんなふうに思える認知症体験、皆さんもぜひ!
2017年09月20日「母が亡くなって1カ月たったんですけど、なんだか実感がなくて。うちの弟とも『どうしてだろうね』と、話しているんですけど……」 問わず語りに、作家・林真理子さん(63)は、現在の心境を語り始めた。林さんの母・みよ治さんが亡くなったのは、6月16日の朝。享年101だった。 「101歳まで生きると、たぶん、85歳くらいで亡くなった方とはずいぶん違うと思うんですね。いつも、ずっと覚悟していましたから。もう、いつ死んでもおかしくないと思っていましたから」 超多忙な売れっ子作家が、時間を無理に作り出しての「遠距離介護」--。 「ここ数年は。1週間に1度は、母のいる山梨の介護施設を訪れていました。最初は、父が入院してから、母は自宅で一人暮らしでしたから、やっぱり心配なので、仕事の合間には帰っていましたね」 ――林さんは、エッセイなどで自分のことを「本屋の娘」と綴ってきた。その本屋さんを始めたのが、みよ治さんだ。これまで、エッセイのみならず、インタビューなどでも、母と娘のさまざまなエピソードは幾度となく披露されてきた。みよ治さんをモデルにした小説『本を読む女』もある。林さんにとって、かけがえのない、敬愛する母――。 林さんに両親の介護問題が浮上したのは、平成15(’03)年。父・孝之輔さんが大病をして入院し、みよ治さんの一人暮らしが始まったのだ。林さんは、多忙な仕事の合間を縫うように、頻繁に実家に帰るようになっていた。 「幸い、実家近くに従姉妹が住んでいて。毎日、『おばちゃん、生きてる?』って、よく面倒を見てくれました。本当にありがたかったです」 病院暮らしが続いた孝之輔さんは、家に帰りたがったが、みよ治さんは「絶対、嫌」と。2人はくしくも生年月日がまったく一緒。90歳に近い妻が同い年の夫を介護するのは、たしかに無理がある。5年後、孝之輔さんは亡くなった。享年93だった。95歳になったとき、みよ治さんがポツリと言った。 「バチがあたって、こんなに長生きしちゃった。10年前に死んでいたら、いい人生だったと思えたかもしれないけど」 そんなふうに気弱になることもあったが、「私も作家になりたかった」と漏らしたのは97歳のころだ。戦後、鎌倉に作家のための大学ができたが、祖母に反対されて行けなかったという。 「あのとき行っていれば、私は真理ちゃんなんかより、もっとすごい作家になっていたかもしれないのよ」 みよ治さんは、本気で悔しがっていた。90代になっても、短歌を詠み、クロスワードパズルを解いて、意気軒高に見えたみよ治さんも、その年、ベッドから落ちて骨折してから、寝たきりの生活になり、老いが目立つようになっていく。 「地域でいちばん優良といわれる介護施設へ入ったのですが……。介護って、やさしい中高年の女性にやってもらいたいんですけど、母は、60歳過ぎの、入居者かと思うようなオジサンにオムツを替えてもらっていて。プライドの高い人ですから、あれは、かわいそうだったな……」 施設には、みよ治さんの意思で入ることを決めたが、やはり悔いは残るという。 「これ、お母さんに食べさせてあげたかったなぁ、とか。母をうちに引き取っていれば、とか。実際、家を建てるとき、エレベーターを付けて、母を引き取ろうとか、お手伝いさんをつけることも考えました。でも、母は『絶対、あなたの負担になるから』と。『親によって、子どもの人生が変わるのがいちばんつらい』と、言っていて。その言葉に甘えちゃったわけですが。どんなことをしたって、悔いは残る。でも、きっと悔いは供養だと信じたいです。自分を責めない程度の悔いは、死者への優しさだと思うから」
2017年08月19日将来、自分が介護されるときにそなえて、局部などの永久脱毛をしておきたい――そう考え、アンダーヘアなどを整える「介護脱毛」を始める中高年女性が急増しているという。 医療脱毛専門院「リゼクリニック」が40~50代女性を対象にした調査によると「第三者の介護を意識して、今のうちにワキや局部の永久脱毛をしたい」と答えた人は23%にも上った。従来、医療脱毛を受けるのは20~30代の女性が多かった。だが、リゼクリニック新宿院院長の大地まさ代先生によると、45歳以上の利用者数は’10年から’16年で約4.5倍にも伸びたという。 「45歳以上になると、自身が親の介護を経験して、『局部の手入れがすごく大変だった』『おむつ交換の際に手間がかかった』とアンダーヘアの煩わしさを実感する方が多いんです。局部は拭き方が雑だとムレたり、雑菌が繁殖して臭いがきつくなったりもします。自分が介護を受けるときには清潔にしておきたいし、介護者に迷惑をかけたくない、お嫁さんや若い介護士に汚いと思われたくないと考える方も少なくありません」 中高年になってから医療脱毛をする場合、注意点もある。 「レーザー脱毛は毛の黒いメラニン色素に反応して、毛を作り出す細胞を熱破壊することで、毛が生えてこないようにするため、白い毛には反応しません。レーザーが反応しなかった残りの毛は、針(医療用絶縁針脱毛)の強い電力で毛根組織を破壊することになります」 なかにはアンダーヘアに白い毛が出始めたので急いで来た、という人もいるという。ただ、白い毛さえなければ、レーザー脱毛に年齢制限はない。ちなみにリゼクリニックの施術最高齢は74歳だ。介護脱毛について、介護ジャーナリスト・介護福祉士でオールアバウトガイドの小山朝子さんにも聞いた。 「介護が必要になる75歳以上の後期高齢者になると、陰毛を含めた体の毛は自然に薄くなる人も多いようです。毛のトラブルというよりは、長時間おむつを着用することによるムレやかぶれ、寝たきりによる床ずれなど、皮膚トラブルのほうが多いですね。ただ、清拭(体を拭く)や排せつ介助を受けるのを恥ずかしいと思うのは、自然なこと。そうした人間の尊厳を守るためにも、介護をするスタッフも下の世話をする際にはタオルを1枚かぶせて、なるべく手早く、丁寧に作業するなどの気遣いをしています」
2017年08月12日今年5月、6歳年上の元大学教授S氏(69)と入籍した阿川佐和子(63)。 結婚直後には、南仏料理店での夫妻の“しっとりデート”を本誌も目撃。幸せそうな新婚生活が伺えたが――。 「仕事の打合せでご一緒したのですが、ちょっと疲れたご様子だったんです。阿川さんは大作家である父・阿川弘之さんを亡くされて3年経ちますが、じつは90歳になられるお母さまの世話もされているんです。その介護が大変だそうなんです」(出版関係者) 母親の介護については、阿川本人も作家・朝井まかて氏との対談で「母が認知症になりかけた頃に書いたメモを見つけたんですよ」(文藝春秋17年6月号)と病名を明かしている。 「女親の介護ということで、彼女にはお兄さんと弟さんがいるのですが、阿川さんに負担がかかっているようなんですよ」(前出・出版関係者) 若々しいとはいえ、阿川ももう63歳。老々介護は肉体的にも楽ではないはずだ。 だが、そんな愚痴をS氏に聞いてもらえるだけでも彼女は助かっているのだろう。最近のトークショーでは、“感謝の念”も口にしている阿川。 “熟年婚”がいい結果を生んでいるのならば何より――。
2017年08月12日大山のぶ代(83)の夫・砂川啓介さん(享年80)が7月11日、尿管がんのため都内の病院で亡くなった。大山は12年に認知症を発症し、現在は老人ホームで闘病中。唯一の家族だった砂川さんに先立たれた彼女の今後が心配されるがーー。 夫妻のマネージャーを約30年務めた小林明子さんはこう語る。 「あの優しい砂川さんのことです。のぶ代さんが1人になってしまったときのために、彼女の行く末をちゃんと考え、できるだけのことはしてあげていると思います」 15年に出版した砂川さんの著書『娘になった妻、のぶ代へ大山のぶ代「認知症」介護日記』(双葉社刊)にも、“遺言状”と題した章にこう綴られている。 《僕がある日突然、倒れてポックリ逝ってしまう可能性だってゼロじゃない。万が一、そうなってしまったときのために、僕は本意ではないが、遺言状の作成に着手した。(中略)相続税のことや、僕の兄弟のことも考慮しなければならないし、何より彼女が生きていくのに困らないよう、財産の管理方法をきちんと整えなければならない》 具体的には、砂川さんはどんな“終活”をしていたのだろうか。実は亡くなる間際、砂川さんはもっとも信頼できる“ある人物”に大山の今後を託していた。 「亡き砂川さんの代わりに、今後も小林マネージャーが大山さんの身の回りの世話をされると聞いています。プロのヘルパーさんがいるホームに入居しているとはいえ、“身内”にしかできないケアはたくさんありますからね。在宅介護をしていたとき、嫌がる大山さんをお風呂に入れてあげたのも彼女です。ご夫妻のいちばんの理解者で、責任感の強い方ですよ。砂川さんは、彼女にのぶ代さんを託したんです」(砂川さんの知人) マネージャーの小林さんも、砂川さんの“遺言”を全力で守ると話す。 「砂川さんが6月に入院したとき、私に『すまない、頼むよ』と言ったんです。これからもできる限り彼女を支えていくつもりです」 自分が亡くなっても10年20年とずっと、元気で暮らせるようにーー。砂川さんは、愛する大山のために“介護設計図”を準備していたのだ。天国へ旅立った砂川さんは、これからもずっと愛妻を見守っていることだろう。
2017年07月27日「日本の高齢化はこれからさらに加速し、国民の3人に1人が65歳以上、5人に1人が75歳以上になるのが2025年です。認知症患者も増加している一方で、介護職は常に不足。その溝を埋める手段のひとつが、民間の高齢者見守りサービスなんです」 そう話すのは介護ジャーナリストの小山朝子さん。高齢化社会時代はとうに過ぎ、いまや超高齢社会。来る“2025年問題”に向け、警備会社や電機メーカーも高齢者向けの見守りサービスに乗り出している。NTTデータ経営研究所の岸本純子さんによると、高齢者見守りサービスの市場規模は142億円以上とも。 「’15年に民間の見守りサービスを調べたときは120種類ほどでしたが、’16年の調査ではおそらく200以上のサービスがありました。1年で“倍増”しているといってもよいでしょう」(岸本さん) そして、今年10月からは、郵便局も全国参入を決定。全国津々浦々2万4,000局のネットワークを生かし、スタートするのが「郵便局のみまもりサービス」だ。 「’13年10月より、738の郵便局で試行してきましたが、今回は全国2万4,000局ある直営店に拡大します。試行中の旧・みまもりサービスを終了。同サービス名で8月から受付けを開始する予定です」(日本郵便担当者) もともとの構想は、新会社を立ち上げて専用のタブレット端末を開発し、各家庭に配布。安否確認に加えて、健康状態も管理できる複合サービスを予定していたが、実際には「採算ベースに乗せるのは困難」だったようだ。 「月1回、郵便局員などが訪問して生活状況の確認を行い、取り決めた連絡先にメールでお知らせする『みまもりでんわサービス』が基本プランです。オプションとして警備会社が駆けつける『駆けつけサービス』もあります」(前出・日本郵便担当者) 日程の詳細や料金等は調整中とのこと。旧サービス試行時のみまもり訪問サービスプランは月額1,980円〜だったので、目安になりそうだ。大手企業も取り組むこのサービス。親に“何かあったとき”の備えとして、知っておいて損はないだろう。
2017年07月26日ウーマンエキサイトをごらんのみなさま! はじめまして、イラストレーター兼デザイナーをしている、コイズミチアキと申します。アニメ大好き2児の母です。よろしくお願いします!息子、現在水ぼうそう発症中です…。段取りって大事…!! と痛感しました。そして始まる「塗り薬の戦い…!」男子の瞬発力に改めて驚かされた日でした。息子は常に動いていたので、まぁ薬がのらないのらない!!かさぶたになるまでの数日間はすごいヴィジュアルになっていました。この後、水ぼうそうによって母乳問題が急浮上…。次回に続きます!
2017年07月07日「両親の介護について取材依頼をいただくと、お答えできる場かどうか、かなり慎重に考えます。メディアで取り上げる介護って、どうしても必要以上に過酷や悲惨といったイメージづけをされがちなので。今回は『女性自身』さんの熱意に根負けしました(笑)」 そう話すのは、アナウンサーの渡辺真理さん(50)。’90年、TBSに入社『モーニングEye』『筑紫哲也NEWS23』と、同局の看板番組のキャスターを歴任した後、フリーに転身。さまざまな人気番組で活躍してきた。一方、私生活では’98年、父親(’14年に他界)、続いて母親を自宅で介護する生活を、現在まで続けている。 「もちろん、大変じゃないなんて言うつもりはないんです。実際に介護されるご家族の方が消耗し、困窮される場合もあるわけですから。ただ、放送する側にいる身としては、過酷さだけをクローズアップするのはある意味キャッチーかもしれないけれど、抵抗があるのも事実で。できれば、まず介護される側の気持ちをくみたいですよね。がんばって生きてきた人生の終盤、どなたも好んで介護生活に入られるわけでないから、興味本位でその生活を晒すことになったり、介護=過酷のひと言で片づけるのは個人的に嫌です。一方で、親世代って昭和の律義さと高度経済成長を築いたガッツを併せ持つ人たち。いつもどこかで社会の役に立ちたいと願っていて、子どもくらいの年齢のヘルパーさんに『ありがとう。ごめんなさいね、大丈夫?』と毎日聞いたりします。だから、私たち世代としてはそんな介護される側の願いをくみつつ、実情を伝えてこれからに生かしていかないと。実際に、介護の現場で働く方たちには相当なシワ寄せがいっているのも事実です。介護保険スタートから17年たちますが、制度として成熟していない現状をスピード感をもって改善していく必要性は感じています」 渡辺さんは現在、実家を増改築した横浜市内の二世帯住宅で暮らしている。2階が彼女と、’08年に結婚したフジテレビ勤務の夫の住まい。そして、もとの実家である1階で、母親が療養生活を送っている。 「一日のスケジュールですか?特筆していただくようなことは何もなくて、申し訳ないのですけど(笑)。今はデイリーの番組に参加していないので日によってまちまちですが、平日は朝6時過ぎに起きて母の様子を見て、主人を送っていって、犬や猫たちの世話をして。そのあと、自分の仕事に向かいます。要介護5の母には泊まり込みのヘルパーさんがついていてくれるので補い合いながら家事をします。職業柄、仕事中に親に何かあったとしても立ち会えない覚悟はしていますし、親自身「何かあっても仕事をやり遂げなさい」と怒るタイプではありますが(笑)。できるだけこまめに近くにいたいな、と。アナウンサーになってからレギュラーの番組をずっと受け持てていることは本当に恵まれていて幸運だと思いながら、今は泊りがけなど家族との時間を妨げる仕事は控えています。来た球は全部、打つ!って仕事の姿勢も好きで家計上も楽ですが、精神的に落ち着いて臨めないと仕事に対しても失礼になりますし。遅く結婚した主人が、今はとにかく私の親と一緒にいよう!と同居を決断してくれたことには何よりも感謝していて、助かっています」 母親は現在、要介護5。歩行もままならない状態だが、「母を見てると、人の体ってすごいと改めて実感します」と渡辺さんは語る。 「繊細だけど強くもあって、絶妙のバランスのうえに成り立っているんだ、と。免疫力が低下すると風邪など炎症が起きやすくなって、点滴で水分を補給するとむくみが出てしまうなど、心配は尽きません。でも、体が利かなくなって、もどかしくてつらいのは母自身。父のこと(介護)でも誰よりがんばってきた母だから、今の生活を少しでも楽しく感じてもらえるよう、一回でも多く笑ってもらえるよう、家族としては力の見せどころです(笑)」
2017年06月30日超高齢化社会といわれる現代の日本。なかでも深刻化しているのが、「介護」の問題です。認知症を患っている人や、身体的な問題から寝たきりとなった人を介護するのは、労力と精神力を必要とするため、「介護する側」が疲弊してしまい、自暴自棄になるケースが増えています。自分の直接的な家族なら我慢することもできますが、姑など義理の親への介護については、血のつながりがないだけに、納得のいかないものを抱えている人がいることも多いようです。「死後、遺産だけでも自分が手にしたい」と考えるのも、下世話かもしれませんが、当然のことでしょう。しかし、義理の娘には「相続権がない」という話もあるようで、遺産を受けとることができるのか否か気になります。さらに遺書が残っている場合についても、どうなるのか不明瞭です。真偽を確かめるべく、三宅坂総合法律事務所の伊東亜矢子弁護士にお聞きしました。Q.介護をしていた義父母が亡くなった……相続する権利は発生する?*画像はイメージです:発生しません。故人が遺書を残している場合は取得することができますが、全額を受け取ることはできない可能性があります。「相続人は“子”ですので、義理の娘には相続権は発生しません。遺書を残している場合それに従って財産を取得することはできますが、兄弟姉妹以外の相続人には遺留分(※)があります。 ※(遺留分の帰属及びその割合)第千二十八条 兄弟姉妹以外の相続人は、遺留分として、次の各号に掲げる区分に応じてそれぞれ当該各号に定める割合に相当する額を受ける。一 直系尊属のみが相続人である場合被相続人の財産の三分の一二 前号に掲げる場合以外の場合被相続人の財産の二分の一 したがって“義理の娘に全財産を遺贈する”という遺言があっても、他の相続人から遺留分相当額については自分が受け取る権利があるという請求を受ける可能性があります」(伊東弁護士)一生懸命介護している義理の娘には、されている側も「何かを残したい」と思うはずですが、法律上遺産を相続することはできません。どうしても義理の娘に遺産を残したい場合は、予め遺書に「義理の娘に財産を遺贈する」と記し、残すようにしておくと良いでしょう。この場合に、後の紛争をできるだけ避けるため、法定相続人に対する遺留分相当額についてはあらかじめ当該法定相続人に相続させる旨の遺言を残しておくことも考えられます。具体的には専門家へご相談頂くのがよいと思われます。 *取材協力弁護士:伊東亜矢子(三宅坂総合法律事務所所属。 医療機関からの相談や、 人事労務問題を中心とした企業からの相談、離婚・ 男女間のトラブルに関する相談、 子どもの人権にかかわる相談を中心に扱う。)*取材・文:櫻井哲夫(フリーライター。期待に応えられるライターを目指し日々奮闘中)【画像】イメージです*kikuo / PIXTA(ピクスタ)
2017年06月17日「介護保険関連の改正法が5月26日に成立しました。今回の改正の柱は、所得の高い高齢者の介護サービス利用料を、現行の『2割負担』から『3割負担』に引き上げることです。来年8月から実施されます」 そう話すのは、経済ジャーナリストの荻原博子さん。介護保険制度は’00年、1割の自己負担で介護サービスを利用できる公的保険として始まった。介護サービスの利用者は、当初149万人だったが、’15年には511万人と約3.4倍に増加。また、介護にかかる総費用も、’00年の3兆6,000億円から’15年には10兆4,000億円と、2.9倍に増加している(’16年・厚生労働省)。 「そんななか、’15年8月から『2割負担』が導入されました。年金収入だけで280万円以上ある比較的所得の高い方などが対象で、介護保険加入者の約20%にあたります。それから2年で、今度は『3割負担』の導入が決まりました。対象は、年金収入だけの単身世帯では344万円以上など“現役並みの収入”の方で、約12万人が該当します」 実際の負担額について、「要介護5」で、現役並みの収入があるAさんを例に、荻原さんが解説してくれた。 「Aさんが、介護保険を要介護5の限度額いっぱいまで利用したとします。支払いは、1割負担のときは約3万6,000円でした。これが、2割負担になって約7万2,000円。さらに、3割負担になると約10万8,000円に増えます。いくら所得が高くても、3割負担は厳しいと思います。しかし実は、『高額介護サービス費制度』(以下・高額介護制度)という、負担を抑える仕組みがあります」 これは、介護サービスの利用料に一定の限度額を設け、それを超えた分は返金される制度だ。収入によって5つの区分があり、それぞれの限度額が決まっている。 「先ほどのAさんの場合、月の限度額は4万4,400円です。とすると、現在の2割負担でも限度額を超えていますから、返金を受け取れます。3割負担になっても、高額介護制度の限度額は同じなので、毎月の自己負担額は変わりません。また、高額介護制度は、同じ世帯であれば合算できます。高齢の夫婦世帯などにはありがたい制度ですから、覚えておきましょう。このように、3割負担が導入されても、あわてる必要がない方が多いと思います。ただし、高額介護制度の利用には申請が必要です」 家計にとって影響が大きい高額介護制度だが、その限度額は、今年8月から一部、引き上げられる。 「引き上げの対象は、“現役並み所得”の次の区分である“一般的な所得”の方です。住民税が課税されていて(年金のみの収入で280万円以上など)、現役並みに達しない方(単身世帯で年収383万円未満など)が対象です。月の限度額は3万7,200円から、4万4,400円に上がります(一部、緩和措置あり)。毎月の負担が7,200円増えると、対策が必要な方もいるでしょう。ただ、介護サービスを減らすと、生活が維持できなくなることもありますので、慎重に考えてください。医療費も多い方は、医療費と介護費を合算して『高額介護合算療養費制度』が利用できるかもしれません。お住いの自治体にご相談を」
2017年06月09日少子高齢化が進むなか、介護のために生活スタイルを変えざるをえない人たちが増えている。介護を理由に会社を辞めた「介護離職者」は、年間10万人ほどもおり、その8割が女性というのが現状だ(総務省「就業構造基本調査」’12年)。 「共働き世帯が増えていますが、夫か妻、どちらかの親が要介護状態になると、妻のほうが介護の担い手になるために、会社を辞めてしまうケースが多いのでしょう。しかし、介護費用がかかるうえに、収入は減るわけですから、貯金を取り崩さざるをえなくなります。もともと少なかった収入がさらに減り、持ち家があるため生活保護も申請できずと、八方塞がりになるケースもよくあるそうです。特化した調査はまだ行われていないので、数字は明確になっていませんが、“介護破産者”そして“介護破産予備軍”は確実に増えていると思います」 そう話すのは、淑徳大学総合福祉学部教授の結城康博さん。結城さんは、危機に直面した人々の実情を『介護破産』(KADOKAWA)として出版したばかり。実はその共著者であるジャーナリストの村田くみさんも“介護破産寸前”まで追い込まれた経験があるという。40代の村田さんは、いわゆる“おひとりさま”で、’08年からは実母の介護をしている。 「介護が始まったとき、母はまだ要介護2でしたので、利用できるサービスも限られており、実費で利用しなくてはいけないサービスもかなりありました。私は大手新聞社で週刊誌記者をしていましたが、介護のために離職したため、フリーランスになり、収入は不安定に……。それでも母のために、有料の介護サービスを使い続けていたら、一時期は貯金残高が30万円ほどになってしまったのです。まさに介護破産一歩手前で、貯金通帳を手にぼうぜんとしたこともあります」(村田さん) その後、村田さんの経済状況は好転したそうだが、なかには介護のためにホームレスになってしまったケースもあるのだ。 現在は任意団体「反貧困ネットワーク埼玉」などで、生活困窮者たちからの相談を受けている高野博昭さん(61)がそうだった。高野さんは、大手百貨店の正社員として働き、年収1,200万円を得ていたという。だが、咽頭がんを患う父の面倒を見るために退職したあたりから人生が急変する。父の逝去後は、母の介護も始まり、再就職した会社も業績が不安定で、賃金も未払いが続いたという。母も亡くなり、最低限の葬式を出したところで、預貯金が底をついた。家賃を2カ月滞納したために、家主に追い出され、公園で寝泊まりするように……。 「その後、支援団体に保護されました。3年ほど生活保護を受けていましたが、団体職員として採用されたことで自立できました。いまは電話相談員として、生活困窮者の悩みを伺っていますが、親の介護で疲れ切っている人からの相談は年々増えています。電話をかけてくる人たちのほとんどが崖っぷちの状態です」(高野さん) 親のために離職したものの、その後、再就職がうまくいかず、困窮状態に……。介護離職が介護破産の入口になっているという構造も見えるが、離職前に相談している人は多くはないという。 5月17日に『東京新聞』が、介護離職にまつわる調査結果を報じている。調査は、みずほ情報総研が実施したもので、介護を理由に正社員から離職した人たちに「離職直前に介護と仕事の両立について誰かに相談しましたか」と、質問したところ、半数近い47.8%が「誰にも相談しなかった」と回答したというのだ。みずほ情報総研・チーフコンサルタントの羽田圭子さんはこう語る。 「現在は介護休暇・介護休業やさまざまな介護サービスがあり、両立できる可能性が広がっています。介護に直面したら、まずは勤務先や市町村に相談してください。また貴重な人材である社員の離職を食い止めるには、企業でも日ごろから自社の両立支援制度や介護保険について社員に情報提供することが重要です」(羽田さん) 実際に離職を思いとどまり、介護破産を免れた人たちには身近な人に相談していたケースも多いという。 「10年後には50歳以上の10人に1人以上が、親の介護に直面することになります。会社の制度を知らなかったり、行政のサービスについて知らなかったりと、情報不足は介護破産の大きな原因の1つです。実際に介護が始まる前から、情報収集を行っておくべきでしょう」(前出・結城さん)
2017年06月01日内閣府が行った「高齢者の健康に関する意識調査」(平成24年・対象は全国60歳以上の男女)で、《介護を受けたい場所》は男性の約4割、女性の約3割が“自宅”を希望している。国も’25年に向けて、病院のベッド数を15万床削減し、数十万人を自宅などで介護してもらう方向に舵を切っている。 デイサービス、デイケア、小規模多機能型居宅介護……。聞いたことはあっても詳しく理解していない人が多いというのが介護サービス。だが、知識不足は自らの首を絞める結果になるという。 「受けられるはずの介護サービスを逃している人があまりに多い。動けなくなってからリハビリを開始しても、後悔が残るはずです」 こう語るのは、くらしとお金の学校代表理事・長沼和子さん。在宅介護では、“そのとき”最適な選択をすることが重要だという。そこで、『後悔しない 高齢者施設・住宅の選び方』著者の岡本典子さん、『介護施設&老人ホームのさがし方・選び方』の著者で介護施設コンサルタントの齋藤直路さんに、在宅での介護サービスを選ぶポイントを教えてもらった。 【1】まず自宅の改修から検討を 「玄関前にスロープや手すりを設置するなど、自宅を改修する場合、上限額20万円までなら介護保険が使えますので、自己負担額は1割(一定収入以上は2割)ですみます。まずは体の状態、家の動線を理解しているケアマネジャーに相談してください。そのうえで市町村役場に申請し、登録業者を選んで改修工事を依頼します」(岡本さん) 【2】多様な居宅サービスを駆使 日常生活が可能なものの、やや困難が生じてきたら、通所介護(デイサービス)だ。 「自宅まで送迎車が来て、一日を入浴や体操、リハビリ、昼食やレクリエーションを楽しむというもの。だいたい朝9時くらいから16時くらいまで過ごします。高齢者のための“学校”のようなイメージ」(齋藤さん) ここで見てほしいのは、スタッフのケアだという。 「ご飯を食べさせてくれる、着替えを手伝ってくれる施設ばかりが“親切”だと思わないように。よい施設は、運動機能が落ちないように過剰なサポートはしません」 リハビリが必要なら、リハビリのサービスを強化している通所・訪問リハビリテーション(デイケア)施設の利用が効果的だ。 「理学療法士や作業療法士、管理栄養士がおり、歩行機能の改善や、筋肉向上、栄養指導をするために通います」 【3】早朝・夜間対応の訪問介護も 独力で家事ができない、入浴に介助が必要な要支援以上の独居者であれば、ヘルパーに自宅に来てもらう訪問介護が利用できる。 「元気な同居家族がいる場合はサービス提供が認められないこともありますが、入浴の介助などは慣れていないと難しいのでケアマネジャーに相談を」(齋藤さん) サービスの提供時間は8〜18時くらいまでが一般的だが、早朝や夜間対応をしてくれる事業所もある。 【4】要介護3でも在宅が可能に 要介護3以上で認知症の診断があれば、デイサービス、訪問看護、そしてショートステイ(短期間の入所)を同時に提供してくれる、小規模多機能型居宅介護が選択肢に。 「要介護2以下でも利用できますが、現実的には、利用者の多くが要介護3以上の認知症の方です」(齋藤さん) 要介護3以上で高い頻度で介護が必要な人のために、増加していくとみられているのが定期巡回・随時対応型だ。 「自宅にいながら、専用の機器で連絡するとオペレーターにつながり、必要に応じてヘルパーが派遣され、毎晩決まった時間での巡回もある。自宅で施設と同様のサービスが受けられます」 【5】訪問診療・看護で自宅看取り 「いま訪問診療や往診、訪問看護が受けられる地域が増えてきています。自宅での看取りシステムが進んでいるといえます」(岡本さん) 注意したいのは主治医の存在を家族に知らせておくこと。 「治療しても病状改善が望めない場合、約9割の人が、延命治療はせずに自然に任せた死を迎えたいと希望するといいます。しかし、要介護者の容体が悪化したとき、家族が主治医の存在を知らなければ、主治医を飛び越して救急車を呼んでしまい、意思に反した延命治療を受けてしまう可能性があります」 必ず家族間の情報共有を図っておくべきだろう。
2017年04月17日映画監督・熊谷まどかさん(48)は、母・柊幸子さん(82)が2年ほど前から罹患しているレビー小体型認知症をモチーフに脚本を書き、映画『話す犬を、放す』を撮影した。これまでは短編映画の製作が中心だった熊谷さんにとって、本作は商業映画デビュー作となる。 認知症を扱っているとはいえ、映画のトーンは淡々としていて、悲愴感がなく、病いの母と娘の日々がリアルに紡がれていく。レビー小体型認知症という病名を聞いたことがない人も多いかもしれないが、アルツハイマー型、血管性とともに、認知症を生じる3大原因疾患の1つ。’90年代後半になってしられるようになった比較的新しい病気だ。 幸子さんの主治医を務めるしろ内科クリニックの城洋志彦医師はこう語る。 「脳の広い範囲にレビー小体という異常なタンパクがたまり、脳の神経細胞が徐々に減っていく進行性の病気です。初期では、物忘れなどの症状よりも“幻視”が特徴的です。そこにいないはずの人、あるはずのないもの・動物などが見えます。動作が遅くなるなどのパーキンソン症状をともなうこともあります」 生真面目で勤勉な人に発症が多い傾向があり、病気が進行すると、できないことが増え、徐々に寝たきりになっていくという。 「私は、どこか母の病気を面白がっているところもあるというか。私も幻視を見てみたいって思うんですよね」(熊谷さん・以下同) 城医師によれば、レビー小体型認知症患者と接する際に大切なことは「受容と共感」だという。それが患者自身の幻視に対する恐怖を軽減してくれる。幻視を面白がることで、母の病いを受け入れようとする娘を、幸子さんはいとおしそうに見つめていた――。 熊谷さんは34歳のときに映画学校ニューシネマワークショップに参加。そこで監督した短編映画が若手監督の登竜門「ぴあフィルムフェスティバル(PFF)2005」で賞を獲得。翌年は自主制作作品『はっこう』でPFFグランプリを受賞した。以後も国内外の映画賞に輝き、高い評価を得てきた。だが、短編映画でどんなに評価されても、映画監督としては認められないのがいまの日本だ。 「たとえPFFでグランプリを取っても、なかなかその先にある長編映画、商業映画の世界には進めないんです」 監督として収入を得られる映像制作の仕事は、年に1本あるかないか。熊谷さんはパートで稼いだお金で、自主制作映画を撮り続けたが、何年たっても長編を撮れない焦りもあった。 「新人と言われてはや10年。長編の脚本も何本か書きましたが、どうしても映画にしたいような脚本が書けなくて」 幸子さんの病気がわかったのは、そんなころだった。 「認知症って病名がついちゃうのは、やっぱり怖かったですよ。認知症のイメージってあまりにも絶望的すぎるじゃないですか。どんどん人格が崩壊して、母が母でなくなってしまうという恐怖心が私にもありました。この病気の症状の1つなのですが、そこに存在しているものが本物に思えないこともあるそうです。私も母に言われたことがあります。『ニセモノのまどかちゃんのくせに、まどかちゃんのふりをして、お料理なんかして』って」 だが母の闘病と向き合ううちに病気に対するイメージも変わっていった。「認知症は決して絶望ではない」と、気づいた熊谷さんは、この病気を、長編映画にしてみようかと思いつく。 「私はこれまで、ハートウォーミングな作品とか、家族物語とかを毛嫌いしていて、避けてきたんですね。だから私の作品はシニカルでシュールな作品ばかりで。それが自分の作風かなって思っていましたが、それだけでは長編は作れない。私のなかで何か変わらなければいけないだろうなってことは漠然と思っていたんです」 熊谷さんは、幸子さんの発病で頻繁に帰省するようになっていた。行くたびに、少しずつ“できないこと”が増えていく母の姿を目の当たりにするうちに、母への思いが変わっていく自分に気づいたとき、するすると長編のストーリーが生まれてきた。自分でも不思議なほど素直に、苦手意識の強かった家族をモチーフとした長編『話す犬を、放す』の脚本が書けてしまった。 その脚本がSKIPシティ国際Dシネマ映画祭のシナリオコンペを通り、映像化。昨年の映画祭のオープニング作品として上映され、現在は全国で順次公開中だ。 「以前の私は『見たい人が見てくれたら、それでいい』と思っていました。でも特にこの映画は、誰かの何かに届いてほしい。そう強く思います」
2017年04月07日「認知症になった父の預金を、いずれは自分たちが相続する財産だと子どもが好き勝手に使い込んでしまう、というケースは最近よくあるんです」 そう嘆くのは、城南信用金庫の吉原毅相談役。“4人に1人が高齢者”の日本は、高齢者の資産を、親族や弁護士など第三者が管理するケースが増加している。認知症で判断能力を失った高齢者の財産を、本人以外で管理できるのは「成年後見制度」で選ばれた後見人だけ。 その一方で、財産を悪用する犯罪行為も増加。昨年、発覚した使い込みなどの被害総額は約30億円だ。後見人の立場を利用した悪用を防ぐべく、5年前に「後見制度支援信託」が導入されたが−−。 「財産を信託銀行の特別口座に預け替えし、家裁が直轄管理します。しかし、お金の出し入れには家裁の許可が必要で、信託銀行に出向き、いちいち手続きしなければなりません。店舗が少ないうえに、手数料が異常に高く、口座開設には何万円もかかります。結果、必要なお金を下ろせず手間ばかりかかると、利用者は低迷していました」(吉田相談役・以下同) こうした問題を解決するために、城南信用金庫が商品開発したのが、認知症高齢者専用の「城南成年後見サポート口座」だという。 「5年前のように、お金を下ろすときにいちいち家裁の許可をもらうのは大変ですよね。ですから2つの口座を作り、多額の資金は『口座B』に入れて複数人で管理。そこから10〜20万円程度の月々決まった額を自動振替で『口座A』に流す仕組みを作りました」 「城南成年後見サポート口座」のしくみはこうだ。1.ふだん使用しない大口の金額を、複数の後見人で「サポート口座B」を開設し、管理。2.後見人1名で取引するための「サポート口座A」を開設。その後、「口座B」から「口座A」へ毎月一定額を振り替える自動送金サービスを利用する。 「『口座A』」であればキャッシュカードを使って、後見人が1人で引き出すことが可能です。資産がある『口座B』から巨額を引き出すときは、複数の後見人の署名と印鑑が必要。後見人同士でけん制し合い、下しすぎを防ぐことが可能になり、安全で使いやすい管理ができるわけです」 万が一のためにも、資産はしっかりと守ろう!
2017年03月29日親指を曲げて指先をピンと伸ばす両方の手のひらを顔の位置にあげ、親指だけを折り曲げます。親指以外の指は、ピンと伸ばして揃えた状態にしておきましょう。ストレッチ中は腹式呼吸を意識しながら、指が曲がらないように注意するのがポイントです。体の前で腕をクロスして肩のストレッチ親指を曲げたままの状態で、腕をクロスさせます。片方の腕を横に伸ばし、反対の腕で伸ばした腕を自分の胸に引き寄せましょう。くしゃみなどで凝り固まった、肩首まわりの筋肉をほぐすことができます。反対の腕も同様に行いましょう。腕を真横に伸ばして前後に回す両手を真横にピンと伸ばし、体全体で「T字」を作ります。親指を曲げて指を伸ばしたままの状態で、クルクルと小さく回しましょう。この時、腕を回すことに力を注ぐのではなく、肩周りの筋肉を使うことを意識してください。体の軸を意識しながら片腕を後ろに引く片方の腕を上に上げ、耳の後ろに向かって限界まで引きましょう。もう片方の腕はお腹の前に折りたたみ、全身の軸がブレないよう姿勢を保ちます。どちらの手のひらも、上側に向けておきましょう。鼻の通りを意識しながら行うのがポイント限界の位置まで腕を引き上げることで、詰まっている鼻が少し楽になります。ある一定のポイントまで達すると、上げている方の手と逆の鼻づまりが楽になってくるので、そのポイントを見逃さないようにしましょう。伸ばした腕を敬礼のように折り曲げて下ろす後ろにピンと伸ばした腕を、手のひらが上に向いたままの状態でゆっくりと下ろします。敬礼をイメージしながら行うと、動きが取りやすくなるでしょう。腕に痛みを感じたりする場合は、無理をせずすぐに中断してください。空手を意識して左腕を引きながら右腕を下ろすお腹の前で折りたたんだ左腕を、そのまま体に沿わせながらグッと奥に引きます。それと同時に右腕は刀を振り下ろすようなイメージで、体の中心まで下げましょう。腕を振り下ろす時は、しっかりと口から息を吐き出すようにしてください。軸がブレないように肩甲骨を動かす左腕の引きと右腕の振り下ろしが終われば、再度元の体勢に戻ります。上げ下ろしの運動を交互に行い、肩甲骨をしっかりと動かしましょう。軸を保ちながら行うことで、体温が上昇し、花粉症に負けない体作りを行うことができます。空手メソッドの花粉症対策ストレッチは、体の軸を崩さないことがポイントです。軸を保つようにすれば、肩甲骨まわりのストレッチにつながり、血流アップも期待できます。体温を上げて、花粉に負けない体を作りましょう。
2017年03月18日夜驚症・睡眠時驚愕症とは?出典 : 夜驚症は、夜眠っている時に突然起き上がり、極度のパニックを起こす睡眠障害の一つです。睡眠時驚愕症(すいみんじきょうがくしょう)ともいいます。3歳~7歳の間の子どもに発症しやすいと言われていますが、まれに大人でも発症することがあります。この記事では、主に子どもの夜驚症についてご紹介します。子どもの夜驚症は、睡眠から覚醒するための脳の機能が発達途中にあることが原因であるとされているため、多くの場合は成長とともに症状が落ち着き、特別な治療を必要としません。夜驚症の症状は、眠りについてから起床するまでの前半3分の1以内の時間(入眠後1~2時間後くらいが最も多いと言われています)で起こります。そして1回のパニック状態の多くが1~10分以内で消失します。夜驚症は、パニックを起こしている間に家族などが話しかけても、無反応かあるいはとても鈍い反応しか見せないということが多くあります。そして、朝に目を覚ますとパニックのことをほとんど何も覚えていないという特徴があります。夜驚症・睡眠時驚愕症は医学的にはアメリカ精神医学会の『DSM-5』(『精神疾患の診断・統計マニュアル』第5版)と世界保健機関(WHO)の『ICD-10』(『国際疾病分類』第10版)で定義されています。以下はDSM-5の定義です。DSM-5では、「睡眠時驚愕症型」として「睡眠時随伴症群」のうちの「ノンレム睡眠からの覚醒障害」の中に分類されています。睡眠から突然驚愕覚醒するというエピソードの反復で、通常は恐怖の叫び声で始まる。各エピソード中に、強い恐怖と、瞳孔散大、頻拍、呼吸促拍、発汗など自律神経系緊張の徴候がある。エピソード中、他の人達が落ち着かせようとしても反応がかなり悪い。(日本精神神経学会/監修『DSM-5 精神疾患の分類と診断の手引』(2014,医学書院/刊)p.181より引用)夜驚症・睡眠時驚愕症の原因とは?出典 : 夜驚症・睡眠時驚愕症の原因は明確に判明しているわけではありません。現時点では、脳における睡眠機能の発達が途中段階であることが深く関わっていると考えられています。そのため、目覚めの機能が完成する思春期までにほとんどの夜驚症の症状は自然に消えます。睡眠は大きく分けてレム睡眠とノンレム睡眠にわけることができます。レム睡眠は比較的浅い眠りで、身体は休んでいるものの脳は活動している状態を指します。一方で、ノンレム睡眠は深い眠りで、身体も脳も休んでいる状態を指します。この2種類の眠りが睡眠の中で一定の時間ごとに交互に起こります。しかし、夜驚症・睡眠時驚愕症を発症しやすいと言われている3歳~7歳は、レム睡眠とノンレム睡眠をはじめとした睡眠システム形成の真っ最中です。そのため、脳の中の睡眠と目覚めを調節している部分がまだうまく働いていないことがあります。これにより、子どもが深い眠りのノンレム睡眠中であるにも関わらず、日中感じていた不安やストレス、恐怖などによって、脳に興奮が与えられてしまうことがあります。そうすると、脳が深い眠りにあるまま一気に目覚めに向かって覚醒しようとしてしまいます。通常眠りから目覚める時は浅い眠りのレム睡眠を経て覚醒しますが、まだその機能が未発達な子どもの場合、脳が完全には覚醒しないまま興奮状態になってしまうのです。これにより、寝ている時に脳の一部が覚醒し、興奮・パニックを引き起こしてしまうにもかかわらず、本人は何も覚えていないという症状が現れるのです。パニックを引き起こす原因となる、興奮の要因の多くが心理的なものです。心理的な要因とは、以下のようなことが挙げられます。・日中のストレス・恐怖体験・緊張・刺激過多・不安大人にとっては何でもないことだとしても、子どもにとっては強い不安や恐怖、興奮状態を引き起こす要因になります。例えば、怖いテレビ番組や本を見たり読んだりした、発表会や学芸会など緊張してしまいがちな出来事が近くにある、といったことでも夜驚症を発症する場合があります。また、旅行や遊園地へ行くなどといった子どもにとって楽しい体験も強い興奮が与えられるという点で、夜驚症のきっかけになることがあります。また、その他の要因として、疲れている時や発熱している時といった身体的な要因、遺伝的要因があります。遺伝的要因に関して明確にはわかっていないですが、DSM-5によると第一度生物学的親族(特定の個人から見て、父母や兄弟、姉妹を指します)では、夜驚症になる確率が10倍高いと言われています。出典:日本精神神経学会/監修『DSM-5 精神疾患の診断・統計マニュアル』(2014,医学書院/刊)夜驚症と夜泣きの違いって?出典 : 夜に子どもが泣く、と聞くと子育て中のパパ・ママは「夜泣き?」と思うことが多いと思います。子どもを寝かせたのにまた泣き出してしまう、という共通点がある夜驚症と夜泣きはどの点で異なってくるのでしょうか。夜泣きとは、「お腹がすいた、おむつが濡れた、暑い、寒い」などといった生理的な理由と関係なく泣き続けることです。夜泣きは生後3、4ヶ月ごろから1歳、2歳までの子どもに多く見られます。この時期の子どもは睡眠サイクルが不安定であるため、睡眠が浅くなりやすい傾向にあります。そして眠りから覚醒しやすいことに加え、この時期の子どもは覚醒した時に感じた不安や興奮をうまくコントロールすることもまだ難しい段階にあります。そのため、夜目覚めたときに泣いてしまい、夜泣きが起こるのです。夜泣きはパパやママの抱っこやスキンシップでだんだんと落ち着き、また眠りにつくことが多くあります。参考:生駒医院‐夜泣き‐一方夜驚症は、ただ泣くのではなく突然泣き叫んだり、恐怖に満ちた顔で泣き続けたりすることが特徴です。夜泣きが発生する時期が新生児期~乳児期であるのに対し、夜驚症は3歳から7歳といった、幼児期から学童期に多く発症します。また、「夜驚症の原因とは?」でご紹介したように、夜驚症から起こるパニック状態は脳の一部分だけの覚醒により起こっています。そのため、周りが落ち着かせようとしても効果がなく、本人はパニックを起こしたことを覚えていないという点が大きな特徴です。夜驚症と悪夢障害の違いとは?出典 : 夜驚症は睡眠障害の一つ、とはじめに説明しましたが、専門的な治療を必要とせず、辛抱強く見守るというケースがほとんどです。しかし、中には夜驚症とよく似た違う障害や疾患を抱えている場合もあります。以下で、夜驚症とよく似ていると言われている悪夢障害について、症状や夜驚症との違いを見てみましょう。悪夢障害とは、強い不安や恐怖を伴った夢を頻繁に見る、睡眠障害のことです。3~6歳で始まることが多く、青年期後期あるいは成人期初期に重症度が高まります。寝ているときに激しい不安や恐怖を感じ、睡眠に影響が出るという点で夜驚症と悪夢障害はよく似ていると言えます。夜驚症との違いは、悪夢障害の場合、絶叫や体動はあまりなく、目覚めと同時にはっきりと意識が戻るという点です。自分が見た嫌な夢をこと細かく話すことができるほど鮮明に覚えているという点も特徴です。夜驚症が深い眠りのノンレム睡眠中に起こるのに対して、悪夢障害は浅い眠りのレム睡眠中に起こるため、はっきりと覚醒できるのです。悪夢障害は過去の恐怖体験やトラウマが原因となり、似たような恐怖体験の夢を繰り返し見ることもあります。また悪夢障害の場合は自然に消滅しにくいと言われています。子どもが悪夢を見る回数があまりに多い、目が覚めて夢の内容を詳しく話せる、という様子が見られるなら、一度小児科や精神科へ相談してみることをおすすめします。参考:ハートクリニックホームページ悪夢・悪夢障害夜驚症とてんかんの違いとは?もう一つ、夜驚症とよく区別される疾患にてんかんがあります。特に夜驚症と区別が難しいてんかんに「睡眠関連てんかん」というものがあります。これは、てんかん発作が睡眠時に限って起こる、あるいは発作の70%が睡眠中に起こるてんかんを指します。てんかんとは、慢性的な脳の疾患で、大脳の神経細胞が過剰に興奮することで、さまざまな発作が繰り返し見られます。夜驚症と特に発現が似ているてんかん発作としては、一つに精神発作が挙げられます。精神発作とは、見た目では分からない自覚症状のみの発作で、不安や恐怖感がわき起こってくるという発作です。他にも、突然意識を失ってうろうろ動き回る発作など、夜驚症の症状と見分けることが難しいてんかん発作がいくつかあります。千葉茂、田村義之、阪本一剛、阿部泰之、高崎英気、山口一豪、吉澤門土、松田美夏/著『【夜、寝ている時に起こる異常行動】睡眠関連てんかん』(精神科治療学24巻2号)/2009睡眠関連てんかんのように、寝ているときにてんかん発作が起こることはまれなパターンです。そのため、パパ・ママにとって夜驚症と睡眠関連てんかんをはっきりと見分けることはとても難しいことです。見分ける際には、以下に挙げたような、夜驚症を起こす頻度や時間がヒントとなります。・子どもが寝始めた後、夜驚症の症状を起こす回数があまりにも多い・子どもが眠りについてからあまりにも時間がたってから症状を起こす・症状があらわれる一回の時間が10分以上である子どもの夜驚症の症状にこのような「てんかんかも?」と思われるような特徴がみられる場合、一度病院で診察を受けてみましょう。小児科や精神科の先生に診てもらうことで、「子どもがてんかんかもしれない...」「夜こんなに激しく泣いたりわめいたりするなんて何かの病気かもしれない...」という不安の解消・軽減につながります。また、夜驚症が頻繁あるいは激しく起こる子どものパパ・ママは睡眠不足になってしまったり、子どもをなだめたりすること、また子育てをしていること自体にも疲れていたりすることが多くあります。症状に不安を感じた時はもちろん、パパ・ママが疲れてしまうほどの症状を見せる場合も病院へ行くことをおすすめします。夜驚症と発達障害との関係は?出典 : 夜驚症をはじめとする睡眠障害は、発達障害の二次障害として現れることが多いとされています。ここで注意すべきことは、夜驚症などの睡眠障害が発達障害を引き起こすという意味ではない、ということです。発達障害特有の性質が原因で、睡眠に影響が出やすいということです。実際、発達障害のある子どもは発達障害がない子どもに比べて夜に覚醒する割合が高いというデータが出ていることから、発達障害のある子どもで夜驚症も併発しているケースも少なくありません。自閉症児の睡眠についての研究これは、発達障害のある子どもは刺激に対して過敏であることが多いため、興奮状態になりやすい、ということが密接に関係していると考えられます。また、夜驚症は脳の発達と関連があり、発達障害のある子どもの場合睡眠をつかさどる脳機能が未成熟であったり、発達が遅れてしまうことがあると言われています。これが、発達障害と夜驚症が同時に現れる場合があることの理由の一つであると考えられます。夜驚症の対処法は?治療法はあるの?出典 : 夜驚症は子どもの脳の発達との関連が深いため、成長が進むにつれて症状が治まるケースがほとんどです。それゆえ、多くは専門的な治療を行うことはなく、経過観察といった方法をとります。つまり、子どもの夜驚症に対してパパ・ママ自身が落ち着いて、対応することが何よりも大切です。子どもに夜驚症という診断がつき、経過観察という措置を取った場合、以下のようなことを頭において夜驚症を起こす子どもに接してみましょう。・子どもがパニックを起こしても無理に押さえつけたり止めたりしない・子どもが泣き叫んだり動き回ったりすることを想定して、危険がないような環境をつくる(戸締りを確認する、けがにつながるようなものを置きっぱなしにしていないか確認する、など)パパ・ママが夜驚症についてよく理解し、このようなことを意識して子どもに接することが、夜驚症を発症する子どもを見守る際に大切な姿勢となります。しかし、夜驚症があまりに激しく、親子の睡眠や健康に支障をきたしている、子どもだけでの宿泊行事の際に不安を感じている場合など、経過観察だけでは心配に思うパパ・ママもいると思います。その際は、小児科や睡眠外来のある精神科に症状を具体的によく相談し、何か良い治療法や方策がないか聞いてみることもよいでしょう。カウンセリングや投薬治療などで夜驚症の症状を軽くすることができることもあります。公益財団法人東京都保健医療公社多摩北部医療センターホームページDSM-5には、夜驚症を発症している人のうち大人である確率は2.2%というデータがあります。冒頭でもご紹介しましたが、夜驚症を発症する大人はとても珍しいと言えます。出典:日本精神神経学会/監修『DSM-5 精神疾患の診断・統計マニュアル』(2014,医学書院/刊)大人が夜驚症の症状を見せる場合、ストレスが関与している何らかの二次障害であることが多くあります。そのため、まずストレスの要因が何にあるのか、そして軽減できないか考えてみましょう。また、子どもの場合と同じように、寝室環境を整えることも夜驚症の無意識な行動によるけがの防止のために重要な対処の一つです。夜驚症の症状に悩んでいる、原因が自分ではわからないときは、睡眠外来や精神科のある病院・クリニックを訪れてみるのもよいでしょう。また、以下に掲載したような病院・クリニックのホームページなどを参考にする際は、「睡眠時随伴症」と書かれた箇所に夜驚症に関する情報が載っていることもあるので、合わせて見てみることをおすすめします。国立精神・神経医療研究センター病院厚生労働省知ることからはじめようみんなのメンタルヘルスまとめ出典 : 夜驚症とは、眠っていても突然泣き出したり騒いだりしてしまうことです。恐怖に満ちた顔つきや泣き方の激しさ、そしてそのパニック状態を覚えていない様子を見ると、パパ・ママとしてはどうしても不安に感じてしまいますよね。しかし、夜驚症は子どもの成長の一過程で起きるものであることがほとんどであり、時間の経過とともに症状が落ち着くというパターンがほとんどです。そのため、夜驚症の子どもがいるパパ・ママにできることは夜驚症のメカニズムや詳細を知り、落ち着いて子どもを見守ってあげることです。しかし、成長段階で起きるものとはいえ、子どもだけでなくパパ・ママも睡眠不足などで生活に支障が出る場合、他の疾患も疑われるほど夜驚症の症状が激しい場合は小児科や精神科で診察してもらうことも一つの手でしょう。病院で一度診てもらうだけで、不安がある程度軽減できたり、子どもへの対応方法がわかったりします。子どもの状態を一度冷静に見直したうえで心配なことが残るならば、小児科医や精神科医の先生に相談することをおすすめします。
2017年02月16日「今いる施設にもそう長くはいられないので、次の入居先を探しているのですが。今日も散歩のあとに施設の方と『なかなかいいところがなくてね』なんて話していたところです」 2月初旬の穏やかに晴れた日に憔悴しきった表情でそう話すのは、フジテレビの須田哲夫アナウンサー(69)。定年後も嘱託アナウンサー兼解説委員として、『新報道2001』の司会を担当。現役で活躍している。 須田アナは現在、施設の近所に妻と同居。2人の子供はすでに独立している。弟と協力して母の介護と仕事の両立を進める日々だ。認知症の母親(92)が入所する施設から出てきた須田アナにインタビューしたのは、昨年9月。自宅の母親の着替えを洗濯して届けに来る彼のことを、施設関係者は“日本一の孝行息子”と呼んでいた。 それから5カ月。須田アナの母親は、まだ同じ施設に入所していた。この日も彼は昼11時ごろに施設に現れ、実母を車椅子に乗せると近所を散歩。20分ほどで施設に戻ってきた。 「母も少し認知症が進んではいますが、この施設にも慣れて状態が安定しているんですよ。今日も会ったら『早起きしちゃって。お昼にはもう眠いわ』なんて笑いながら言う朗らかな表情を見ているとね……。この施設を出て行くことが母にとって本当にいいことなのかって考えてしまいますよ」 須田アナの母親が入所しているのは、公立の介護老人保健施設。本来ならこの介護老人保健施設の入所期間は、3カ月と定められている。施設関係者はこう語る。 「この施設は、介護保険でかかる費用がかなり賄えます。須田さんの自己負担は食費などで月10万円ほど。もう入所して1年になりますので、今月末にも退所していただく予定です。須田さんには次の施設に移ってもらうか、自宅で見てもらうようお願いしています」 「心苦しいのですが、いつまでもいていただくというわけにはいかない」と関係者はすまなそうに話す。実際、冒頭どおり須田アナも他の施設などを見学して回っているという。 「本当にいろいろ回りましたよ。民間の有料老人ホームも行きましたが、都心で僕がすぐに介護に行きやすい立地となると、とんでもない金額がかかる。手ごろな金額で雰囲気のある老人ホームというと、どうしても地方になってしまうんです」 高齢者向け入居施設利用のアドバイスを行う、ニュー・ライフ・フロンティアの中村寿美子さんは「仕事の関係で都心から離れられない須田アナにとって、資金だけではなく、立地の問題も大きい」と指摘する。 「都心で民間の老人ホームに入ろうと思えば、さほど豪華ではない、いわゆる普通の施設でも月に40万や50万円の覚悟は必要です。いわゆる“特養”と呼ばれる特別養護老人ホームは公的施設ですので一時金もかからず安いのですが、全国に50万人も入所待ちの方がいます。特に開発余地がない都心部では新規開設が困難で、2年待ち以上が当たり前です」 このままだと須田アナは自宅で面倒をみる選択肢しか残されていないように見えるが……。 「自宅でキチンと介護されている方も世の中にはたくさんいますから、なかなか言いにくいのですが、僕もまだ仕事をしていますし、ずっと家に居られるわけじゃない。そうじゃなくても、介護というのは24時間のものですからね。常にキチンと見ていられるわけじゃない。そうなるとやっぱり自宅では難しいというのが本音です。今後、(母が)どうなるのか考えると、不安ですよ。不安でしょうがないですね」 須田アナも来年は70歳。老々介護の問題は待ったなしだ。日本の介護施設の“貧困”ぶりは目を覆うばかり。須田アナの問題は、私たちにとって決して他人事ではない。
2017年02月15日依存症って、なにやら専門家がその依存の原因を分析して対処法を考える・・・・・・みたいにむずかしいイメージがある言葉ですが・・・・・・。今回は、誰もが肌感覚で理解できる、恋愛依存症の主だった原因と、そこから抜け出す方法について、一緒に考えてみたいと思います。■■寂しいから恋したいアルコール依存症とかギャンブル依存症とかは、そこから抜け出すための専門機関がありますよね。でも、多くの若い女子が言っている「恋愛依存症」って、そこから抜け出すための治療をする専門機関って、少ないでしょう。日常生活に支障をきたすほどのすごく重度の恋愛依存症のことはよく知りませんが、ふつうの女子が気軽に口にする「恋愛依存症」を治療する専門機関なんて、あまり聞いたことがないですよね。つまり多くの女子は、依存症「のような」状態になっているのをどうにかしたいという思いを込めて「恋愛依存症」と言っているにすぎないということです。まずこの認識を持つことが、恋愛依存症から抜け出すために必要だろうと思います。「アルコール中毒の患者のような『依存症』ではなく、ちょっとばかり恋愛のことを考えすぎている・・・・・・まぁ言ってみればその程度の軽い話なんだ」というふうに、ライトに捉えることです。***ライトな恋愛依存って、「寂しさをひとりでどうにかすることができない」というドツボにはまったような感覚と、「寂しいから誰かに抱かれたい」という気持ち、この2つの気持ちに集約されるのではないかと思います。もっと簡単に言ってしまえば、寂しいから恋したいという気持ちが、おそらく問題なのではないでしょうか。■■寂しさを紛らわすために、あらゆるものがある寂しいから誰かに恋したいというのは、いわば当たり前の感覚です。たとえば60歳くらいの人が「老後がひとりだと寂しいから、パートナーを見つけて再婚しました」と言うことがありますが、何歳であっても、どんな社会的地位の人であっても、寂しいから恋したいという感情を抱くことは、ごくごく当たり前のことです。***で、「寂しいから恋したい」という気持ちが強すぎる自分の心をどうにかしたいと、ジタバタもがいている人がきっと、「わたしは恋愛依存症で・・・・・・」と言うのだろうと思います。では、そういう寂しさはどうするのか?世の中には、寂しいという気持ちを少しばかり軽くするために、あらゆるものがある、こういう事実に気づいてみてはいかがでしょうか。たとえば、寂しいという気持ちを少しばかり軽くするために音楽があります。昨年末、全国のいろんなコンサートホールでベートーヴェンの「第九(交響曲第九番)」が演奏されました。毎年、年末になると「第九」を演奏するというのが、日本では戦後からずっと定番になっています。その「第九」は、なにを歌っているのかといえば、(かなり意訳すれば)「みんなで仲良くしようぜ」ということを歌っています。つまり、誰だって孤独だし寂しいわけです。だからケンカしたり、戦争が起こったりします。でもそうじゃなくて、隣の人の声を(話を)よく聴いて、みんなで仲良くしようぜ、ということを歌っています。■■恋愛依存、2つの解決法自分で自分の寂しさをコントロールできず、つい男に寂しさを消してもらいたがる・・・・・・こういう人は、音楽にハマってみるなり、テニスをしてみるなり、美味しいものを食べるサークルを主催してみるなり、なんでもいいので、なにかをやって、寂しさを消してみるといいと思います。彼に尽くしすぎる自分を見て、「わたしは恋愛依存症だ」と感じる人は・・・・・・尽くしすぎるというのは、要するに「偏愛(へんあい)」ということであり、愛することの基本は偏愛ですから、しごくまっとうな恋をしているわけです。悩む必要なんて、なにもありません。(ひとみしょう/ライター)(ハウコレ編集部)
2017年02月10日映画監督である娘が、認知症の実母との悲喜こもごもの介護と暮らしを赤裸々にカメラに収め、「認知症の見方を変えた!」と日本中の介護当事者に元気と笑顔を届け続けているドキュメンタリー映画『毎日がアルツハイマー』シリーズ。このほど、その完結編『毎日がアルツハイマー ザ・ファイナル』のためのクラウドファンディングがスタートした。最初は、YouTube上の短い動画から始まった関口祐加監督の『毎日がアルツハイマー』、略して『毎アル』。介護に悩む家族はもちろん、介護・医療従事者など多くの人々の共感を呼び、累計再生数は100万以上に。その反響を受けて、ドキュメンタリー映画『毎日がアルツハイマー』(2012年公開)と『毎日がアルツハイマー2 関口監督、イギリスへ行く編』(2014年公開)が製作された。そして今回、製作が発表された『毎日がアルツハイマー ザ・ファイナル』は、認知症最終ステージに突入した母の“看取り”と“死”をテーマにした完結編。「母の“命”は介護者である自分が預かっている。その責任をどう考え、何を準備すればいいのか?」この問いが新たな“認知症探求の旅”の出発点となった。関口監督の母・宏子さんは、2014年~2015年に脳の虚血症発作で4度も倒れ、意識不明になったが、宏子さんは全く覚えていない。一方、介護者である関口監督は、長年の両脚の痛みが悪化し、ついには歩行不能に。両脚股関節全置換の手術を受けることになったが、「死ぬのを忘れている」と笑う母は、またいつ脳の虚血症発作を起こすかわからない。初めて在宅介護に不安を覚える関口監督。そんななか、知り合いの高齢女性の死や友人のがんなど、死を意識する機会が増える。命が尽きるその瞬間まで「生きてきてよかった」と心から満足を得られる死とは、いったい、どのようなものなのか。「幸せな“死”=ハッピーエンディング」を求め、国内外の認知症ケア施設、緩和ケア病棟などを撮影し、誰もが避けて通れない死について正面から考えていく。今回のクラウドファンディングでは、編集・仕上げ費700万円と配給・キャンペーン費300万円の合計 1,000万円を目標とする。1,000万円達成時には、「パーソン・センタード・ケア(PCC)※」発祥の地イギリスから『毎アル2』にも出演した認知症ケア・アカデミー施設長のヒューゴ・デ・ウァール博士を日本に招聘。そのほか、支援者には鑑賞券やオリジナルグッズのほか、イベント付き試写会への招待などを用意するという(PCC=※認知症をもつ人を1人の“人”として尊重し、その人の視点や立場に立って理解し、ケアを行おうとする認知症ケアの考え方)。なお、本作のクラウドファンディング実施に伴い、『毎アル』シリーズ2作のアンコール上映が決定。いずれの劇場でも、製作中の『毎日がアルツハイマー ザ・ファイナル』特別映像の上映と関口監督のトークイベントが開催される。<関口 祐加監督のコメント(一部抜粋)>『毎アル2』完成後、母は脳の虚血症発作を起こし4回も意識不明で倒れ、その度、不死鳥のようによみがえりました。しかし、同時に認知症も進行し、2017年1月の脳検診では、記憶を司る海馬の大幅な萎縮と脳内の白質病変の増加を確認しました。母は「死ぬのを忘れている」と笑いますが、いつ脳の虚血症発作を起こすか分からない状態です。母のアルツハイマー型認知症と付き合って丸7年、「この先どのぐらい母を支えていけるのだろう?」と初めて在宅介護に不安を覚え、母の“命”を預かる責任の重さを感じました。『毎日がアルツハイマー ザ・ファイナル』は2017年の完成、2018年に劇場公開予定。『毎日がアルツハイマー』&『毎日がアルツハイマー2 関口監督、イギリスへ行く編』アンコール上映は2月4日(土)~10日(金)東京・ポレポレ東中野にて、2月25日(土)~3月3日(金)大阪・淀川文化創造館シアターセブンほか全国にて開催。(text:cinemacafe.net)
2017年02月02日