香水で、意志を纏う。金木犀が香る「The PERFUME OIL FACTORY 」No.10
金木犀が好きだ。あのあたたかくてしっとりと重みがある、甘い香り。咲いてからわずか数日しか香らず、雨が降ればすぐに散ってしまう、深い緑の葉に隠れたちいさなオレンジ色の粒。どれだけ考え事をしていても、スマホばかり見つめていても、香りが強制的に滑り込んでその存在を知らせてくれる。「ねえ、ちゃんと聞いてる?」と視界に入ってくるかわいい恋人みたいに。
その匂いと存在の儚さ、愛らしさが魅力的なのは言うまでもないのだけれど、わたしにとって金木犀は“目印”みたいな存在でもある。昨年の秋にも、一昨年の秋にもつけた“目印”。不意にあの香りを見つけると望む・望まないに関わらず、その目印を辿って、やがていつかの秋を思い出す。
落ちていた金木犀を手のひらに閉じ込めて持ち帰ると、母が「水に浮かべて飾ろう」と平たいガラス皿の上にぱらぱら散らしてくれたこと。「金木犀って、どんな香りなの?」と言った無知で無垢な男の人のこと。大急ぎで自転車を漕いでいたはずなのに、金木犀の匂いを見つけて思わずブレーキをかけてしまった冷たい朝のこと。
忘れていたと思っていたことまで蘇って、そうかわたしはこんなにも秋を超えてきたのかと驚く。