去年の末、還暦を過ぎた父ががんの手術を受けた。食道をぜんぶ切除した上で胃の一部を引っ張ってきて食道の代わりにする、という人体切断マジックのような大手術だったから、いま父の体には食道と胃の半分がない。
退院後、見舞いにきてくれた父の知人は、15キロほど痩せた父の姿を見て一瞬明らかにぎょっとした顔をし、しばらく言葉を探したあとで「早く元気になってくださいね」と言った。父はかすれた声でなにか返そうとしたのだけど、「無理にしゃべらないで大丈夫ですから」というその人の声が重なり、黙ってしまった。
無理にもなにも、手術で傷がついた声帯ではその音量がフルボリュームなんですよ、というのを私から言おうか迷ったが、そんなことを言ったら余計に「それはおつらいですね」みたいな顔をされてしまう気がした。父は黙り、私はその横で所在なくテレビの囲碁番組を見ていた。
■なんでそっちが泣くんだよ
退院したばかりのころ、父に「食道ないのってどんな感じ?」と聞いたとき、「食道がないのは自分ではよくわかんないんだけど、頭ないなって感じはする」と言われたのが妙に印象に残っている。あーわかる、と答えて「なんでわかるのよ」と母に笑われたのだけど、私も数年前、胸の手術を受けたときに同じようなことを感じたのだ。