便秘薬常用で認知症の発症リスク高まる可能性…英最新研究が発表
高齢になるほど、腸の活動は衰えてくる(写真:PIXTA)
《下剤を日常的に使用していると、認知症の発症リスクが高まる可能性がある》
こんな研究結果が2月、海外の医学誌『Neurology(ニューロロジー)』で発表された。この研究はイギリスで40~69歳の18,235人を対象に行われた調査にもとづいたもの。4週間にわたって市販の下剤、すなわち便秘薬を常用(ほぼ毎日使用)した人とそうでない人を約10年間追跡調査した。その結果、下剤を常用する人はあらゆる原因による認知症の発症リスクが51%、血管性認知症の発症リスクが65%高いことが明らかになった。
認知症研究の第一人者でお茶の水健康長寿クリニックの院長、白澤卓二先生はこの研究について次のように解説する。
「下剤と認知症との関係についての研究はまだ新しいため、メカニズムを含め、今後さらなる解明が必要となるでしょう。しかし、この研究から、下剤を使い続けることが、血管性脳障害を引き起こしたり、その後血管性の認知症に発展する可能性を高める、ということがわかります。市販の便秘薬を使う日本人は多いのですが、安易な便秘薬依存には気をつけたいところです」
便秘薬の使用について、女性なら一度は思い当たる人が少なくないだろう。
グラフのように、女性は20代から便秘の人が一定数いて、70代、80代と高齢になるほど、便秘人口が急増している。便秘の改善に、ドラッグストアなどで手軽に入手できる便秘薬を使う人は多い。しかし、日常的な使用や長期服用によって自律神経が乱れたり、血行が悪化するリスクがあるため、薬の選び方や組み合わせには注意が必要だ。
下剤には、浸透圧性下剤、膨張性下剤、大腸刺激性下剤などがあり、それぞれ働きが異なる。各薬剤の役割は次のとおり。浸透圧性下剤は塩や糖を使って腸に水を引き込むことで便を軟らかくするもの。長期的に服用できるメリットがあり、ほかの下剤と併用して使われることが多い。膨張性下剤は便に水を吸収させて軟らかくして排便を促すもの。
大腸刺激性下剤は、腸を刺激することで排便を促すもので、効果は強いものの、連用により効きにくくなったり、多量服用になりやすい。長期間の服用にも注意が必要だ。
今回の研究では、浸透圧性下剤を使っている人、あるいは浸透圧性下剤を含む複数のタイプの下剤を併用している人が、認知症の発症リスクが高くなることがわかっている。
「この追跡調査は、下剤を使用している人としていない人との比較研究であるため、メカニズムまでは解明されていません。ただ、腸内細菌叢と脳の関係が影響していると考えられるのではないでしょうか」(白澤先生、以下同)
脳と腸内細菌叢の関係が深いことは、近年の研究からわかっている。脳腸相関という概念で、「腸は第二の脳」と呼ばれるほど、お互いが密接に影響を及ぼしあう。
「便秘という状態であること自体が、腸内環境が乱れていると捉えられます。健康な腸内環境であれば、そこから脳の状態に問題は生じません。
しかし、腸内環境が悪化すると、迷走神経などを通じて腸内細菌が脳を刺激し、最終的に認知症発生のリスクにつながる。このことは、プロトンポンプ阻害剤という胃酸を抑える薬と認知症の関係を研究した結果からも明らかになっています」
下剤の使用で、腸内細菌叢が変化し、腸内の細菌が発する毒素が直接脳に影響を与えるという可能性もあるそう。また、腸の粘膜に穴が開くリーキーガット症候群を起こすことによって脳に影響がもたらされるという説もあるという。
「便秘になることや下剤を使うことで腸内細菌叢を健康な状態に保つのが難しくなります。それが認知症や血管障害などの形で、脳に悪影響を与える可能性が考えられるというわけです」
更年期以降、便秘になる女性は急増するうえ、高齢になるほど便秘は慢性化しやすい。その結果、便秘薬を長年使用することになるケースは少なくない。
「高齢者施設では7割以上の人が下剤を日常的に飲んでいるのではないでしょうか。安易に下剤に頼るのではなく、食事指導をするなど生活習慣を変えることで改善される部分もあります。
便秘に悩む人はとにかく繊維質が足りていません。食物繊維を含む野菜、海藻類、こんにゃくなどをしっかりと食べることが大切なのです」
ただ、どれだけ食物繊維を取ってもそしゃくが足りなければ効果は半減してしまうのだそう。
「唾液の分泌が十分でなく、栄養がきちんと吸収されず腸内細菌に生かされないまま排せつされてしまうからです。栄養効果を損なわないためにも、しっかりとよくかむことがとても大切です。食物繊維の豊富な食事をしっかりと取るためにも、お菓子や甘いものの食べすぎは控えていただきたいですね。また、適度な運動が腸の蠕動運動を促すので、定期的な運動習慣も不可欠です」
下剤のほか、睡眠薬や抗うつ剤が認知症を招くという研究結果もすでに出ている。そのことからも、白澤先生は安易な薬の常用に警鐘を鳴らす。
「下剤に限らず、薬の長期服用はのちに認知症発症のリスクを高めることにつながりかねません。
まずは食事の内容や食べる時間、運動をすることなど基本的な生活習慣を改善させることを怠らず、見直すところから始めていきましょう」
薬の副作用が健康寿命を脅かすことのないよう、“頼りすぎ”にはくれぐれも気をつけたい。