お母さんなんで…?きょうだい差別を受け、つらかった幼少期【体験談】
私は物心が付いたころから、母親からのきょうだい間の対応の差を感じていました。私はずっと「私は親からきょうだい差別を受けている」と思っていました。でも、大人になってからは「あれは、区別だったのかも」と思うことも。しかしどちらにしても、私にとってはつらい経験でした。
幼いころから感じていた「差」
私は幼いころから、私と弟に対する母の対応に差を感じていました。例えば、おもちゃ。おもちゃ箱の中には、弟のプラレールやトーマスのおもちゃがたくさん詰まっていました。でも、私のおもちゃはないのです。
弟のおもちゃで遊んだ記憶はあるのですが、自分のおもちゃで遊んだ記憶はありません。
私に向けられたものは、本棚に立てられた幼児教育の教科書だけでした。写真を見ても、これは私の記憶違いではなさそうでした。
弟は褒められるのに、私は…
少し成長してからは、「弟は褒めてもらえるのに、私は褒めてもらえない」と思うことが多くありました。
例えば、学校のテスト。私が90点台を取ると、「どうしてこんな問題を間違えたの!? ちゃんと勉強しなかったからでしょ!」と怒られました。一方、弟が50点台を取ると、「ここも、ここも、できたね! 頑張って勉強したからだね! すごいね!」とやさしく褒められていました。それを見た私は大ショックです。
私のほうが良い点数なのに、なぜ私は怒られるのか。なぜ弟は褒められるのか。
とてもつらかったことを覚えています。
母は私のことが嫌いなのだと思った
なぜ母は「きょうだい差別」をするのか。幼い私が考え出した答えは、「ママは私のことが嫌いだから」でした。「ママは弟のほうが好きなんだ」「私はいらない子なんだ」そんなことを考えると、つらくて悲しくてたまりませんでした。
しかし、今になって考えると、あれは「差別」ではなく「区別」だったのではないかと思うこともあります。母は私に「あなたは何でもひとりで、じょうずにできた。
でも弟は何をやらせても遅いし、下手だった」と言っていたことがあるからです。
平等に接してほしかった
もしかしたら母は、こう考えたのかもしれません。
「姉には遊びより教育を与えたい。弟には教育より遊びを与えたい」