五・七・五・七・七 母になって見えた風景 母であるわたしを詠んだうた
■子離れは自分自身を見つめるチャンス
「いつよりか恥ずかしがらず髭を剃る息子がをりぬ五月の鏡」
米川千嘉子(『あやはべる』)
息子はもうすでに子どもではなく、大人の男性に近づきつつあるようです。堂々と髭をそっている姿は、母親にしてみると恥ずかしいようなこそばゆいような、独特の感覚をともなうものなのでしょう。しかし、「五月の鏡」とさわやかにうたい、変になまなましくならずに後味のよい作品になっています。
「古代ガラスのあわいくすみが吸う光 母の時間の過ぎた青空」
東直子(『歌壇』2015年12月号)
現代のガラスとちがい、古代ガラスは透きとおっていません。淡くくすんでいることにより、反射する光が鋭くならず、まろやかに屈折します。育児から解放され、自分の時間が増えた日常を絶妙なことばで表現しました。
「自分の歌集をまた熱心に読んでゐる 娘の気配がふとなくなれば」
花山多佳子(『木立ダリア』)
「歌つくるわれの背後に他人(ひと)の歌読みあげてゐる娘なりけり」
花山多佳子(『胡瓜草』)
この作者は、父・娘・自分自身の親子3代で歌人です。娘がいるときには短歌実作者ではなく、意識して母親の顔をしています。母と歌人のあいだを行ったり来たりする自意識を冷静に詠んでいるのが、この2首の見どころです。
母になった「わたし」を見つけるのは甘酸っぱく、ちょっぴりせつない気持ちになります。けれども、それはさみしいのではなく、とても心地よい感覚なのかもしれませんね。
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