コミックエッセイ:親に整形させられた私が、母になる
「私の人生を返して」台無しにされた子ども時代…それでも母を憎めない理由【親に整形させられた私が、母になる Vol.13】
■母を悪者にして憎み切れないワケ
母に対する感情は、そう簡単に割り切れるものではありません。
私としては嫌だったことも、母としては愛情だったと言うことがわかるからです。
『ある部分は自分の希望を押し付けている代わりに、ここの部分は娘の希望も取り入れてあげよう』
『そうすれば娘もきっと納得してくれるだろう。お願いだから納得してほしい』
などの、母の中での葛藤もわかります。
母の
【支配していたつもりはない。むしろ愛情のつもりだった】は、
いじめの【いじめてたつもりはない。むしろいじってあげているつもりだった】
それと少し似ているような気もします。
いじられた側にとってはつらいこと。
でも、そこで反撃したら、その場の空気を壊してもっと酷いいじめ(ハブられる、など)になることが恐怖だったから、嫌ないじりに耐えていた…
こんな感じなのかもしれません。
大人同士、もしくは子ども同士だったら『合わない人とは距離を置く』『違うグループと仲良くする』ということもできますが、親子の場合はそれも難しい。
『合わない親子』はどうやって付き合っていくのが最善なのでしょうか────
※この物語は私の経験を基に、一部フィクションもまざっております。
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