子育てと介護を同時に担うことを「ダブルケア」といいます。
「晩婚化や晩産化に伴い、それに直面する人が増えていく」という内容のテレビ番組を、数年前はまるで他人事のように観ていました。
それが、まさか自分の身に降りかかるとは!
結婚当初、私たち夫婦は30歳になったばかり、両親は60歳。
健康上の問題は特になく、どちらかの両親に介護が必要になるのは、ずっと先の話だと思っていました。
いざという時の貯金を夫が提案
結婚と同時に、夫は私の両親に何かあった時のための、貯金プランを提案。私が一人っ子だからという理由でした。
気持ちはありがたくも、目標額も大きく、正直「そんなに必要?」と、戸惑いながらも貯金を始めたのでした。
2人の子ども達が幼稚園児の頃(わが家は一番家計が大変な時でした)に、目標額に到達。
その後、突然やってきた実母の介護生活を支える糧となったので、今となっては夫の先見に感謝しかありません。
ダブルケアは突然に始った
ダブルケアの始まりは、息子が小学1年、娘が幼稚園年中の時でした。
前年に転んで骨折していた母の様子が気になりながらも、「心配いらない」と父に言われていたので、特にサポートに出向くこともなく、過ごしていました。
そんなある日、母が大けがをして病院に運ばれたとの知らせが…。
転落による骨折で、約2か月の入院と言われました。
駆けつけた私は、母が精神を患っており、ひきこもり状態だったことを知りました。
「家に来ないで」と言われていたのは誰にも会いたくない状態だったようです。
そんな母を父は働きながら、ひとりで面倒を見る生活を続けていました。
忙しい父が、家のことまで手がまわるはずがなく、私が駆けつけた時には、実家がごみ屋敷状態に…。
両親と私たち家族の生活の変化
それから、私たち家族の生活は大きく変化しました。
まず、母の入院中、病院からソーシャルワーカーを紹介され、ケアマネージャー、保健所、デイサービスなど、母がこれからお世話になる人たちとの面談に父と同席。
入院中に介護認定を受け、退院までの間に、介護度に合わせた福祉用具の手配、生活環境を整える準備を打ち合わせしました。
父は平日仕事のため、代わりに保健所や社会福祉協議会に出向くのは私。介護ベッドを置くスペースを確保するために実家の片づけや掃除も必要でした。
当時、実家までは電車での移動を含めて1時間の距離。