ズレを抱えたままの存在が、愛おしいー『志乃ちゃんは自分の名前が言えない』公開記念トーク(後編)
「喋れないんなら紙に書けばいいじゃん」
閉ざされていた志乃の毎日に風穴を開けたのは、加代のぶっきらぼうな一言でしたーー。
漫画家・押見修造さん原作の映画『志乃ちゃんは自分の名前が言えない』公開記念トーク、後編。
主演の南さんも原作者の押見さんも、「喋れない」けど「伝えたい」ことを、演技やペンで伝えようとしています。「普通」とは何なのか。「普通」にならなくても、伝えられることがあるー。トークの後半では、映画のクライマックスシーンを振り返りながら、伝えること、表現することに対するそれぞれの思いを語りました。
Upload By 柳瀬徹
鈴木吃音に限らずコミュニケーションの困難は、誰かがサポートすることで緩和されることもあるんですけど、まったくなくなるわけではありません。ゼロが100になったり、100がゼロになるわけではないし、そもそも誰もがコミュニケーションにズレを感じているんだと思うんです。
加代は音楽が好きだけど、自分で歌おうとすると世間の「いい歌」の基準からズレてしまう。志乃はスムーズな日常会話はできないけど、加代のギターで歌うとそのズレから解放される。菊地はしゃべりまくってみんなの注目を集めようとすればするほど、周囲から浮いて孤立していく。でも本当は、全員がポンポンと会話をする必要なんてないですよね。
押見僕はズレがないとその人を愛おしいと思えないです。コミュニケーションがつるっとスムーズにできる人よりも、どこかにズレを抱えているほうが、人間の振れ幅が大きいんじゃないかな、って。マンガでもそういう人物のほうがキャラが立ちますね。
鈴木女優は自分と違う人間を演じながら、振れ幅を意図的につくるお仕事でもありますよね。
南ありますね。私は、プチ反抗期はあっても大きな反抗期がぜんぜんなかったんですが、ある作品で親にすごく反抗する子を演じていた時期は、両親に対するあたりが強かったです。
鈴木ご両親はイヤだったでしょうね(笑)。
南イヤがってましたね(笑)。ふだんはチャンネル争いなんてしないのに、勝手に変えられるとイラッときて、ケンカになったりとか。押見撮影が終わって変わりましたか?
南少し優しくなりました(笑)。
Upload By 柳瀬徹
鈴木映画の『志乃ちゃんは自分の名前が言えない』ではどのシーンがいちばん印象に残っていますか?
南やっぱりクライマックスの、体育館のシーンです。どうやって演じるか、監督さんとすごく話しあったんですけど、最後に「思ったことをそのまま表現してください」と言われました。
鈴木押見さんはその撮影現場にいらっしゃったんですよね。
押見南さんの後ろのほうで、スケッチしながら見ていました。肩にすごく力が入って背中が丸くなってて、本気で泣きながら、絞り出すようにして叫んでいましたよね。ああ、本当に志乃になってくれたんだなと思って、嬉しかったです。映画のはじまりから、志乃はずっとうつむいていましたよね。
南うつむいてましたね。
押見最後もうつむきながら叫ぶところがすごくよかった。
鈴木そのあとに来るラストは明かせませんけど、志乃の日常が少しだけ新しいものになったことを予感させるシーンでしたね。
南志乃にもこんなことが起こるんだって、私も嬉しかったです。
押見ラストシーンでも、志乃はちゃんとどもってるんですよね。
鈴木そういえば映画のなかで加代が歌う「魔法」は押見さんの作詞ですよね。
押見マンガで加代が歌っていた詞に曲をつけていただいたんですが、この「魔法」は「普通」に置き換えても意味は同じだと思うんです。
鈴木普通にならなくても、伝えること、つながることはできるんだって、加代から志乃へのメッセージのような歌でしたね。
「魔法」作詞:押見修造作曲:まつきあゆむ
魔法をください魔法をください
みんなと同じに喋れる魔法
みんなと同じに歌える魔法
それさえあれば
それさえあれば
私は外へ出かけてゆくよ
でもどこへ行こう
でもどこへ行こう
私は今すぐ帰りたい
私は今すぐ帰りたい
みんなの知らない秘密の場所に
あのコの座る校舎の裏に
魔法はいらない魔法はいらない
みんなと同じに喋れる魔法
みんなと同じに歌える魔法
魔法はいらない魔法はいらない
みんなと同じに喋れる魔法
みんなと同じに歌える魔法
魔法はいらない魔法はいらない
みんなと同じに喋れる魔法
みんなと同じに歌える魔法
つばを吐き捨ててバスに乗ろう
私は遠くに出かけていくから
映画『志乃ちゃんは自分の名前が言えない』より
http://www.bitters.co.jp/shinochan/
押見これは加代が初めて作った曲なんですが、蒔田さんの歌い方にもメロディにも、初めて作った稚拙な感じがほどよくあって、すごくよかったですね。
鈴木映画の中盤で、志乃と加代が初めて街に出て歌うシーンもよかったですね。僕はあそこから泣いてしまいました。
押見2人で歌う、そのキラキラ感がすごい。
南歌うのは好きなんですけど、人前で歌うのは緊張します。むちゃくちゃ練習しました。
押見志乃が歌うとしたらこんな感じだろうな、と思いましたね。
Upload By 柳瀬徹
押見僕は吃音について親にまったく相談しませんでしたし、誰にも相談しませんでした。でもちょっとした糸口、閉じた世界にちょっとした穴が開けば、考え方が変わるチャンスはあると思うんです。僕自身は学校なんて行きたくなければ行かなくていいと思っている親なんで、あまり参考にはならないかもしれませんが。
僕には小4の娘がいるので、同級生のお母さんたちと接する機会が多いんですけど、子どもについての認識が自分自身にくっつきすぎているんじゃないか、そう映る人が少なくないんです。
子どものつまずきはあくまでも子どものものであって、自分自身の人生のつまずきではないと思うんです。気持ちはわかるんですけど、自分と違う人間として、もう少し切り離したほうがいいんじゃないかな、と。自分とは違う人間なんだから、お互いの違いは否定しないほうがいいんじゃないですか。14歳に戻ったら、自分の親にそう伝えたいですね(笑)。
南『志乃ちゃんは自分の名前が言えない』をはじめて読んだときに、もちろん考え方が変わったんですけど、これは誰にでもあることだな、自分の中にもあることだな、ってすごく思いました。
自分の中にある白くないものとか、濁っているものとか、真っ黒なものとか。志乃を演じてみて、濁っているものを返す場所があるんだ、って思いました。どこに戻せばいいかわからなくなるときもあると思うんですけど、自分の濁っている部分も、きっと元のままでいられる場所が、あるんじゃないかって。
押見「返す場所」って、すごい表現ですね。そうか、返してあげればいいんだ。今、すごく腑に落ちました。
映画の志乃は、はたして「返す場所」を見つけることができたのでしょうか。その答えはぜひ劇場で確かめてください。
(完)
文: 柳瀬徹
写真: 鈴木江実子
スタイリング(南さん担当): 道券芳恵
ヘア&メイク(南さん担当): 藤尾明日香(kichi inc.)
Upload By 柳瀬徹
2018年7月14日(土)より、「新宿武蔵野館」ほか全国順次ロードショー。
押見修造氏の人気コミック、待望の映画化。高校1年生の志乃は、喋ろうとするたびに言葉に詰まり、名前すらうまく言うことができない。同級生の加代は、ギターが生きがいだけれど音痴。コンプレックスから目を背け、人との関わりを避けてきた志乃と加代が出会い、小さな一歩を踏み出すけれど…。青春時代にだれもが抱いた苦悩や葛藤を、みずみずしく描いた作品。
出演: 南沙良、蒔田彩珠、萩原利久他
原作: 押見修造『志乃ちゃんは自分の名前が言えない』(太田出版)
監督: 湯浅弘章
脚本: 足立紳
音楽: まつきあゆむ
http://www.bitters.co.jp/shinochan/
映画『志乃ちゃんは自分の名前が言えない』公式サイト
閉ざされていた志乃の毎日に風穴を開けたのは、加代のぶっきらぼうな一言でしたーー。
漫画家・押見修造さん原作の映画『志乃ちゃんは自分の名前が言えない』公開記念トーク、後編。
主演の南さんも原作者の押見さんも、「喋れない」けど「伝えたい」ことを、演技やペンで伝えようとしています。「普通」とは何なのか。「普通」にならなくても、伝えられることがあるー。トークの後半では、映画のクライマックスシーンを振り返りながら、伝えること、表現することに対するそれぞれの思いを語りました。
ズレがあるから愛おしい
Upload By 柳瀬徹
鈴木吃音に限らずコミュニケーションの困難は、誰かがサポートすることで緩和されることもあるんですけど、まったくなくなるわけではありません。ゼロが100になったり、100がゼロになるわけではないし、そもそも誰もがコミュニケーションにズレを感じているんだと思うんです。
加代は音楽が好きだけど、自分で歌おうとすると世間の「いい歌」の基準からズレてしまう。志乃はスムーズな日常会話はできないけど、加代のギターで歌うとそのズレから解放される。菊地はしゃべりまくってみんなの注目を集めようとすればするほど、周囲から浮いて孤立していく。でも本当は、全員がポンポンと会話をする必要なんてないですよね。
押見僕はズレがないとその人を愛おしいと思えないです。コミュニケーションがつるっとスムーズにできる人よりも、どこかにズレを抱えているほうが、人間の振れ幅が大きいんじゃないかな、って。マンガでもそういう人物のほうがキャラが立ちますね。
鈴木女優は自分と違う人間を演じながら、振れ幅を意図的につくるお仕事でもありますよね。
役を演じることで、ふだんの自分自身の振れ幅が大きくなることもありますか?
南ありますね。私は、プチ反抗期はあっても大きな反抗期がぜんぜんなかったんですが、ある作品で親にすごく反抗する子を演じていた時期は、両親に対するあたりが強かったです。
鈴木ご両親はイヤだったでしょうね(笑)。
南イヤがってましたね(笑)。ふだんはチャンネル争いなんてしないのに、勝手に変えられるとイラッときて、ケンカになったりとか。押見撮影が終わって変わりましたか?
南少し優しくなりました(笑)。
「魔法」はいらないのだと思う
Upload By 柳瀬徹
鈴木映画の『志乃ちゃんは自分の名前が言えない』ではどのシーンがいちばん印象に残っていますか?
南やっぱりクライマックスの、体育館のシーンです。どうやって演じるか、監督さんとすごく話しあったんですけど、最後に「思ったことをそのまま表現してください」と言われました。
鈴木押見さんはその撮影現場にいらっしゃったんですよね。
押見南さんの後ろのほうで、スケッチしながら見ていました。肩にすごく力が入って背中が丸くなってて、本気で泣きながら、絞り出すようにして叫んでいましたよね。ああ、本当に志乃になってくれたんだなと思って、嬉しかったです。映画のはじまりから、志乃はずっとうつむいていましたよね。
南うつむいてましたね。
押見最後もうつむきながら叫ぶところがすごくよかった。
鈴木そのあとに来るラストは明かせませんけど、志乃の日常が少しだけ新しいものになったことを予感させるシーンでしたね。
南志乃にもこんなことが起こるんだって、私も嬉しかったです。
押見ラストシーンでも、志乃はちゃんとどもってるんですよね。
鈴木そういえば映画のなかで加代が歌う「魔法」は押見さんの作詞ですよね。
押見マンガで加代が歌っていた詞に曲をつけていただいたんですが、この「魔法」は「普通」に置き換えても意味は同じだと思うんです。
鈴木普通にならなくても、伝えること、つながることはできるんだって、加代から志乃へのメッセージのような歌でしたね。
「魔法」作詞:押見修造作曲:まつきあゆむ
魔法をください魔法をください
みんなと同じに喋れる魔法
みんなと同じに歌える魔法
それさえあれば
それさえあれば
私は外へ出かけてゆくよ
でもどこへ行こう
でもどこへ行こう
私は今すぐ帰りたい
私は今すぐ帰りたい
みんなの知らない秘密の場所に
あのコの座る校舎の裏に
魔法はいらない魔法はいらない
みんなと同じに喋れる魔法
みんなと同じに歌える魔法
魔法はいらない魔法はいらない
みんなと同じに喋れる魔法
みんなと同じに歌える魔法
魔法はいらない魔法はいらない
みんなと同じに喋れる魔法
みんなと同じに歌える魔法
つばを吐き捨ててバスに乗ろう
私は遠くに出かけていくから
映画『志乃ちゃんは自分の名前が言えない』より
http://www.bitters.co.jp/shinochan/
押見これは加代が初めて作った曲なんですが、蒔田さんの歌い方にもメロディにも、初めて作った稚拙な感じがほどよくあって、すごくよかったですね。
鈴木映画の中盤で、志乃と加代が初めて街に出て歌うシーンもよかったですね。僕はあそこから泣いてしまいました。
押見2人で歌う、そのキラキラ感がすごい。
南歌うのは好きなんですけど、人前で歌うのは緊張します。むちゃくちゃ練習しました。
押見志乃が歌うとしたらこんな感じだろうな、と思いましたね。
濁っているものを「返す場所」
Upload By 柳瀬徹
押見僕は吃音について親にまったく相談しませんでしたし、誰にも相談しませんでした。でもちょっとした糸口、閉じた世界にちょっとした穴が開けば、考え方が変わるチャンスはあると思うんです。僕自身は学校なんて行きたくなければ行かなくていいと思っている親なんで、あまり参考にはならないかもしれませんが。
僕には小4の娘がいるので、同級生のお母さんたちと接する機会が多いんですけど、子どもについての認識が自分自身にくっつきすぎているんじゃないか、そう映る人が少なくないんです。
子どものつまずきはあくまでも子どものものであって、自分自身の人生のつまずきではないと思うんです。気持ちはわかるんですけど、自分と違う人間として、もう少し切り離したほうがいいんじゃないかな、と。自分とは違う人間なんだから、お互いの違いは否定しないほうがいいんじゃないですか。14歳に戻ったら、自分の親にそう伝えたいですね(笑)。
南『志乃ちゃんは自分の名前が言えない』をはじめて読んだときに、もちろん考え方が変わったんですけど、これは誰にでもあることだな、自分の中にもあることだな、ってすごく思いました。
自分の中にある白くないものとか、濁っているものとか、真っ黒なものとか。志乃を演じてみて、濁っているものを返す場所があるんだ、って思いました。どこに戻せばいいかわからなくなるときもあると思うんですけど、自分の濁っている部分も、きっと元のままでいられる場所が、あるんじゃないかって。
押見「返す場所」って、すごい表現ですね。そうか、返してあげればいいんだ。今、すごく腑に落ちました。
映画の志乃は、はたして「返す場所」を見つけることができたのでしょうか。その答えはぜひ劇場で確かめてください。
(完)
文: 柳瀬徹
写真: 鈴木江実子
スタイリング(南さん担当): 道券芳恵
ヘア&メイク(南さん担当): 藤尾明日香(kichi inc.)
Upload By 柳瀬徹
2018年7月14日(土)より、「新宿武蔵野館」ほか全国順次ロードショー。
押見修造氏の人気コミック、待望の映画化。高校1年生の志乃は、喋ろうとするたびに言葉に詰まり、名前すらうまく言うことができない。同級生の加代は、ギターが生きがいだけれど音痴。コンプレックスから目を背け、人との関わりを避けてきた志乃と加代が出会い、小さな一歩を踏み出すけれど…。青春時代にだれもが抱いた苦悩や葛藤を、みずみずしく描いた作品。
出演: 南沙良、蒔田彩珠、萩原利久他
原作: 押見修造『志乃ちゃんは自分の名前が言えない』(太田出版)
監督: 湯浅弘章
脚本: 足立紳
音楽: まつきあゆむ
http://www.bitters.co.jp/shinochan/
映画『志乃ちゃんは自分の名前が言えない』公式サイト
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