不登校の息子の心を溶かしたのは、逃げても隠れても名前を呼び続けてくれた友達の存在
人間関係の問題がないところで始まった、息子の不登校
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小学3年の息子は、現在、不登校中である。
親である私が言うのもなんだが、息子は好かれやすいタイプの人間だと思う。もしかしたら好かれやすいというより、学校の児童数が少ないため、学年関係なく全体的に仲が良い、というのが大きいのかもしれないが。それにあやかって、私1人で近所を歩いていても、「ハルくん(息子の呼び名)のお母さん、こんにちは!」と、おそらく違う学年の児童さんからも声をかけてもらうことがしばしばある。
息子も「多数派にすぐ傾いちゃう雰囲気が嫌だ」などと言っていたし、もしかしたら苦手な子もいたのかもしれない。しかし「一人ひとりのことは嫌いじゃない」とも明言しており、もちろん大好きな友達だっている。いじめだとか、人間関係のトラブルが具体的にあったわけではないところで、彼の不登校は始まったのだ。
学校に行っていなくても、近所を歩けば同じ小学校に通う児童さんたちと顔を合わせることもある。
「あ!ハルくんだ!」
嬉しそうに駆け寄ってくる友達の姿を見て、少し照れくさそうに、でも同じくらい嬉しそうに応じる息子。
「どこか悪いの?大丈夫?いつごろ学校に来られそう?」
「んー、今は分からない」
そのようなやりとりをして、朗らかに別れる。向こうも責め立てたくて学校に来る日を尋ねているわけではないし、息子もそれを理解しているから平然と答えている。「次に○○くんに会えるの、いつかなぁ?」なんて発言もしていたくらいだ。
ところが、悪夢を見て私との分離不安を訴えるようになったころから、見知った顔に会うのを嫌がり始めた。
「学校のことを聞かれるの、辛いな…」
放課後の時間帯や休日に近所を歩くことを避けたがるようになった。
「仲の良い友達に会うの、前は喜んでたよね?今は学校のことを聞かれなくても、嫌なのかな?」
「うん。みんなのことを嫌いになったわけじゃないけどね。
会いたいって思わなくなっちゃった」
精神状態も明らかに悪くなっていたし、何の気なしの質問も突き刺さるようになっていたのだろう。息子に合わせ、午後の外出を避けることに別段不便もない私は、そのまま様子を見守ることにした。
外出を嫌がっていた息子が変わった「ベランダ越しの会話」
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極力外出を避けるようにしても、どうしても顔を合わせてしまう子がいる。同じ団地に住む同い年のSくんである。就学前からのなじみである彼は、私も知った顔。素直で朗らか、そして心根の優しい男の子で、息子も彼を好いている。団地の前で遊んでいることも多く、ふと息子がベランダに出たときに姿を見つければ、大きな声で名前を呼んでくれるのだ。
最初のうちはバツ悪そうに姿を隠すなどしていたが、そのうち手を振り返すようになった。
あるとき、夕方に用事を思い出して息子と外出したとき、学校帰りのSくんと遭遇した。
一瞬気まずそうにした息子だが、
「ハルくんはーぁ、いつーぅ、学校に来るんですかーぁ!?」
という、Sくんのふざけたような口調と変顔に、表情をほころばせた。
「Sくん、今学校の帰り?」
私が聞くと、
「うん、今日も楽しかったよ!」
と、笑って元気に答えてくれた。
「じゃあね。ハルくんバイバイ!元気なとき、また遊ぼうね!」
と手を振り、笑い、団地の方へと走り去るSくんの後ろ姿を、私たちは見送った。ふと隣を見ると、息子はうっすらではあるが、微笑んでいた。
それから息子は、Sくんが団地の前で遊び始める時間帯になると、ベランダに出てその姿を探すようになった。
「あ、ハルくんだ!おーい、ハルくーん!」
そう呼ばれると、息子は
「呼ばれた!ちょっと行ってくる!」
と部屋を飛び出すのだ。
そのうち自分の方から
「おーい、Sくーん!今から行くよー!」
と声をかけ始め、ベランダに息子がいなくても、
「ハルくーん!今家にいるのー!?」
と、Sくんが誘ってくれるようにもなった。とにかく、Sくんと息子がベランダ越しに呼び合い、団地の前や近所の公園で遊び始めることが、週何度かの習慣になってきた。
少し前までは私と一緒でなければどこにも行きたがらなかった息子が、Sくんがいれば自分1人で外出するし、近所であるとはいえ、私の姿が見えない公園まで足を運べるようになった。そして次第に、息子の行動に変化が表れ始めた。
遊びの誘いをクラスメイトに断られた息子がそのあとに取った、驚きの行動とは?
公園で遊んでいたとある日曜日、同級生らしき男の子のグループがやってきた。しばらくその様子を眺めていた息子だったが、
「混ぜてもらえるか聞いてくる!」
と、彼らの元へと駆けていった。何か二言三言やり取りしたあと、走り出した彼らと、取り残されるように立ちすくむ息子の姿。深呼吸するようにゆっくりと肩を上下させたあと、私の方に戻ってきた。
「どうしたの?」
「学校に来ないのに、どうしてこんなところで遊んでるの?だって…なんて返していいのか分からなかった」
同級生たちが疑問を持つのは仕方ないし、息子が咄嗟に返せないのも無理はない。寂しそうにうなだれる息子に、私はどんな言葉をかけていいのかわからなかった。
こんなことがあったら、友達であっても声をかけるのが怖くなるかもしれない。私だったら、きっとそうなる。しかし、息子はそんなタマじゃなかった。同じ年頃の児童さんたちを見つけると、果敢にアプローチをするようになったのだ。
「全然気づいてもらえなかった」「完全にシカト!」「ちょっとだけしゃべってきたよ。みんなこれから習い事なんだって」
向こうのリアクションは、その時々、人それぞれで違うけれど、いずれにしても息子は朗らかに報告してくれる。
「ところであの子たち、知ってる子?」
と、あるとき私が聞くと、
「いや、知らん!」
と息子が元気に返してきたので、思わず口をあんぐりさせてしまった。
「いやほら、知らない子の方がさ、新しく仲良くなれるって場合もあるからね」
そう、息子は大きな公園や娯楽施設へ出かけると、そこで初めて会った子に声をかけ、一緒に遊び始めるような人間だ。知らない子の輪に飛び込んで行くのは大得意だし、1人で遊ぶのも大好きだから、断られるのも怖くない。
「この前公園で断られたのは、知ってる子だし残念だったけど、あれも仕方ないと思うんだよ。知らない子だったら、なおさら仕方ないし。でも、仲良くなれたらラッキーじゃん?」
すごい。「本当に私の子か?」と驚嘆する社交性だ。感心すると共に、一時は身内以外の誰にも会いたがらなかったことを考えると、随分と回復したものだと私はしみじみ嬉しくなった。
受け入れてくれる人もいると知った息子、「またみんなに会いたい!」
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つい先日、息子と一緒に近所の公園横を通りかかったときのこと。その日は短縮授業だったのか、普段より早い時間から、子どもたちの姿で公園は賑わっていた。
「あ、ハルくん。ハルくんだよね?」
清掃班が一緒だったことがある、という上級生の女の子が声をかけてくれた。それを皮切りに
「ほんとだ、ハルくんだ!」「え?ハルくん?」「わ!ハルくん!」
と、その場にいた子たちが口々に息子の名前を呼びながら、どんどん集まってきた。中にはいつも一緒に下校していた、仲良しのクラスメイトの顔も。
「ハルくん、今はどこの学校に通ってるの?」
クラス外の子は、息子が別の学校に転校したのかと思っていたらしい。
「家で勉強してる。ドリルとか、ゲーム機の学習ソフトを使って」
息子が答えると、
「ねぇねぇ、勉強するなら学校に来てよ!」
と、さっきのクラスメイトの男の子が後方から手を振った。
「ずっとハルくんに会いたかったんだ!学校にはいつ戻ってくるの?」
「うーん、分かんない」
その場にいた児童さんたちの質問に答える形で、息子はしばらく会話を続けた。用事がある私たちはその場を一旦離れなくてはならなかったのだけれど、彼らが息子を好いてくれていること、息子も彼らを慕わしく感じていることは伝わってきた。しかし、「学校にはいつ戻ってくるの?」という質問があったし、帰りはこの道を通りたくないかな…と私は思っていた。
しかし息子は
「帰りもここを通っていい?またみんなに会いたい!」
と願うではないか。みんなの好意的な様子が嬉しかったに違いない。
「うん、もちろん。じゃあ、急いで用事を済ませてこようか」
そして復路に公園近くまで来ると、彼らが別の公園へと移動している様子が見えた。
「のん(私の呼び名)、あのさ、一旦帰ったら、みんなのところへ行ってもいい?」
「いいよ。一旦帰らなくてもいいよ。みんながまた別の場所に行っちゃう前に、行っといで!」
私が背中をポンと叩くと、息子は勢いがついたように走りだした。「行ってきまーす!!」
向こうの公園の入口で、
「ハルくん!」「やったぁ、ハルくんだ!」
と歓迎してくれる児童さんたちと、
「ねぇ、仲間に入れてよ!」
と声を弾ませる息子の姿が見えた。
昼間の居場所の違いを断絶の理由にしなくてもいい
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繰り返すが、息子はいじめなどの理由で不登校になったわけではない。
「誰かが悪いことをしていても、それをしたいという人が多いと、みんなそっちに味方してたり、あっさり考えを変える人がたくさんいるのが嫌」
「男子と女子が仲良くしているだけでラブラブだとか言って、囃し立てるのが理解できないし、バカバカしい」
「頭のいい人や運動ができる人が羨ましいからって、自分よりそれができない人をバカにして、勝った気になる人を見るのが悲しい」
というような、いわゆる「小学生あるある」が苦痛だった部分はあるようだが、どうしても会いたくない誰かがいたという訴えはなかった。むしろ、顔を合わせて話したり、遊びたい相手だっていただろう。だから、学校にはいかないと決断したその胸の内は、実のところ複雑だったのかもしれない。
不登校という選択をする児童や生徒と一口に言っても、タイプはさまざまあるだろう。人間関係を築くことが苦手な子もいれば、単に同世代の子どもたちの雰囲気になじめないという子もいる。息子はそのどちらでもない。
精神状態が悪化したときは、「学校にはいつ来るの?」という問いに答えられない自分が、彼らと断絶されているような感覚もあっただろう。「でもそれは親愛の情があるからこその疑問である」ということを思い出させてくれたのは、逃げようが隠れようが息子の名前を呼び続けてくれたSくんのおかげだと、私は思っている。彼の根気強い働きかけがあったからこそ、息子は人と関わる自信を取り戻せたのだろう。
学童期はどうしても、友達というと同じ学校で過ごす仲間に偏ってしまう。だからといって、同じ学校で過ごしていなければ友達でいられないわけではない。今、昼間の居場所の違いが断絶にならない関係を、息子たちは築いている。学校に行かない息子を受け入れたうえで仲良くしてくれるSくん含む仲間たちに深く感謝しつつ、彼らの柔軟さに私は感心しきりだ。
あの日、公園へと駆けていった息子は、みんなと「ごく普通に」遊んできたそうだ。ベランダ越しにSくんと呼びかけ合う習慣も続いている。まだ小学3年生。友達の顔ぶれも入れ替わっていくかもしれない。例えそうだとしても、これからも息子が自分なりの人との関わり合いを見つけていってほしいと願う。