「他の子はもうできるのに」の親心、ホントに必要?私が苦手の克服は美徳ではないと思う理由
今できなくても、大人になれば「帳尻」が合うこともある
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人の「発達」は、必ずしも連続的に右肩上がりに伸びるとは限りません。ある時期まで全くできなかったのに、ある時期から急にできるようになる、ということがあります。
たとえば、排泄の自立を考えてみましょう。
読者のみなさんの中には、オムツを1歳で取ってしまった人もいれば、4歳頃まで取っていなかった人もいると思います。もし4歳までオムツが取れなかったとしても、大人になってそのことを恥だなどと思っている人はまずいないでしょう。
ところが、4歳までオムツが取れなかった人の場合、2歳でまだオムツが取れていなかった頃、その人の親はとても心配していたかもしれません。オムツが取れている子が周りに着々と増えてきているのに、「うちの子はまだ取れていない」と焦るわけです。
でも、大人になってから振り返れば、オムツがいつ取れたかなど、どうでもいい話。
後になって考えるとムダな焦りだったと言えるかもしれません。
同じようなことが、発達障害の人の場合にもあるのです。
あいさつできない発達障害の子どもたちは問題なのか
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たとえば、あいさつを考えてみます。発達障害(とくに自閉スペクトラム症)の人たちの多くは、4〜5歳だと、まだ自発的にきちんとあいさつすることはできません。しかし、大人になると、職場などでのあいさつはある程度上手にできるようになります。
いったんできるようになってしまえば、いつからできるようになったかは問題になりません。ところが、まだあいさつができない時期に、親や周囲の人たちは、それを問題にしがちです。
私の印象では、発達障害の人が周りに目を向けて、社会的に行動することに気を配り始めるのは、中学生以降であることも珍しくありません。
5歳頃、ほかの子どもたちがにこやかにあいさつを交わしている中で、発達障害の子どもはあいさつを無視してしまったり、あいさつなどしないで、いきなり本題に入ってしまったりするわけです。そうすると親は気にして、「きちんとあいさつをしなさい!」と言って、頭を押さえつけてあいさつさせようとしたりします。
時間が経てば、できるようになるはずなのですが、ほかの子どもたちと同じ時期にできるようになっていないと、親はとても不安になります。これは、オムツと同様にムダな焦りなのではないでしょうか。
発達障害の人たちには、特有の発達スタイルがある。それをきちんと理解しておくことが大事です。
「この子は、いまはあいさつをしないけれども、発達の特性があるから、あいさつを身につける時期が通常とは違う。いま無理に教えなくても、いずれできるようになるのだ」という見通しさえ持っていれば、別に焦らずにすむわけです。
4~5歳の発達障害の子どもに「大人へのあいさつ」を教え込むことは、難しい場合が多いでしょう。でも、小学校中学年から高学年にかけて丁寧に指導すれば、比較的簡単に定着します。
もちろん、すべての領域が大人で帳尻が合うわけではありません。たとえば、微妙な空気を読むことを教えても、残念ながら限界があります。発達障害の特性には、大人になって困りごとが軽減するものもあれば、困難がなくならず支援が必要な領域もあります。
身長の伸びはもともとの素質による
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さて話は変わりますが、私の身長は164cmです。身長がどの程度まで伸びるかは、遺伝でかなり決まっています。
子どもの頃から身長が低かった私は、思春期には、「どうすれば身長がもっと伸びるのだろう?」と悩んだ時期もありました。
周りの人からは、「もうあと1cmだから、そのうち165cmは超えるよ」などと慰められたこともありました。
しかし、結局 164cmで身長の成長は止まり、そのまま数十年が経過しています。おそらく私は、一生165cmに達することなく人生を終えるでしょう。
身長の伸びと同様に、精神機能のさまざまな領域の発達においても、個人差は存在します。それぞれの発達スタイルがあり、中には成人期までに帳尻が合う領域もあれば、残念ながら、平均的な水準に達することのないまま終わるものもあるかもしれません。このあたりのことは、とても難しい問題です。遺伝的に身長が低い人でも、児童期のうちに成長ホルモンを人工的に投与すれば、もっと伸びることがあります。実際、著しい低身長の子どもでは、そのような治療を行う場合もあります。
私も、もし、子どものときに成長ホルモンの治療を受けていたとしたら、いまよりも身長が高くなっていたかもしれません。
平均値に届く・届かない能力は必ず存在する
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しかし、もし、世の中の身長の低い人がみんな成長ホルモンを使ったら、どうなるでしょうか?平均身長が上昇して、その中で、また平均値に届かない低身長の人が出てくるだけのことです。
同様のことは、知能や学力についても言えます。数値化できませんが、「空気を読む」「微妙な対人関係の調整をする」などの能力についても相対的なものですので、周囲の人よりも苦手なことが多く、生きづらいと感じる人は、どうしても出てくる可能性はあります。人に多様性がある限り、社会的に不利な少数派の人たちは、必ずある一定の割合で存在します。そのような場合には、福祉的支援を受けることをためらってはなりません。
苦手の克服が美徳とは限らない
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教育界にしばしば見られる幻想ですが、「どんな人でも時間をかけて繰り返し量をこなせば、必ずできるようになる」という考えを持つ教師がかなりいます。
また、何かを目指すときには、苦手なことを克服することが美徳だと、私たちは思いがちです。
漢字が苦手なら、ドリルを30ページやればよい。そんなふうに量をこなして時間をかければ覚えられるはずと考えがちです。
しかし、それがうまくいかないのが発達障害の人たちなのです。苦手の克服を最優先課題にするのは、発達障害の人たちにとってはしばしば逆効果となり、特訓すればするほど嫌いになってしまいます。
発達障害の人の特性について、広く知っていただきたくて、『発達障害 生きづらさを抱える少数派の「種族」たち』『自閉症スペクトラム』(いずれもSB新書)という本にまとめました。発達障害の特性について関心のある方には、ぜひお読みいただければ幸いです。