私はマウントの道具でライバル――加害意識のない加害に苦しんで。「今に成績が落ちる」と嘲笑、「ママ友に自慢できなかったじゃない」とがっかりされた思春期
いじめられる私に父は「『将来作家になって加害者について実名で書く』と言え」と…
私がいじめに耐えきれず両親に相談したのは5年生のとき。母は泣いて寝込んでしまい、父は「学校に行き続けないと将来路頭に迷うぞ」と私を怖がらせました。
私はその後、父の助言(?)のもと、学級会でクラスのみんなへの反撃に出ることになります。
「あなたたちが私にしていることは人権侵害であり、憲法に違反しています。私は将来作家になって、あなたたちが私に何をしたか実名で書くつもりです」
教室は騒然となりました。「ひどい、そこまでしなくたっていいじゃないか、そうだそうだ」という声があがります。「そもそも宇樹さんはあれとかこれとか、みんなに嫌な思いをさせているのだからいじめられて当然だ。そうだそうだ」…
担任の教師はその状況をみて、「はい、喧嘩両成敗ね」と言いました。
クラスのほぼ全員からの継続的ないじめに対して被害者がたった一度必死の反撃に出たのを、担任教師が対等な喧嘩の文脈で収めてしまったのです。
私がいじめられたのには確かに私の側に発達障害とか家族の奇異さなど原因の一部がありますが、本人に原因があるからといっていじめていいわけではありません。
何にしろ、みんな恐れをなしたのか、私へのいじめは少しマシになりました。しかし同時に、私はみんなからなんとなく敬遠され、空気のように扱われるようになりました。「触るとヤバい奴」というカテゴリに入れられたようです。私は話しかけてくれる友達が一人もいないまま小学校を卒業しました。
このときのことはずっと心に深く刺さっていて、結局私は今年、小学校時代のことも含めて自分の半生について描いた私小説を出版しました。さすがに登場人物はすべて仮名にしましたが…
父が私に入れ知恵した内容自体が間違っているとは思いません。
ただ、彼は身体が大きくスポーツ万能で、いるだけで周囲を圧倒できる自分が声高に言うのと、成績はいいけど身体が小さくひ弱で、動きののろい私が言うのとでは周囲からの受け止められ方が違うであろうことには思いが至らなかったのだろうなと今は思います(もちろん、「誰が言うか」によってときに差別を行う周囲に非があることは確かだと思いますが)。
しかし、私はまだ幼かったですし、ASDの素直すぎるところを発揮して、当時は父の言うことを鵜呑みにして実行してしまいました。いじめに対する本人による牽制としては効果的だったかもしれませんが、私は代わりに孤独を深めていったのでした。
小説の出版については、「当時から宇樹さんの文章力には、みんなが一目置いていたのだろう」「悔しさを努力に向けて本当に小説を書いたのは立派」といったコメントをいただいたこともあります。
ちょっと報われたような気もしましたが、私としては、単にあのとき私を「一人で勇敢に戦う孤独」から救い出してくれる優しい誰かの手が欲しかったなと思うばかりです。
いじめを懸念し中学受験、「今に成績が落ちる」と嫉妬する母
私は私立の中高一貫進学校に進学することになりました。「このまま地元の公立校に進むと義子はいじめ殺されるかいじめを苦に自殺する、私立にやってくれ」と、兄が両親に頼み込んでくれたおかげです。
好成績を活かして推薦で進学できた私。
塾には6年生のときに1年弱通っただけでした。父は私に「うちみたいに塾代や学費をポンと出せるところはそうそうないんだぞ」と小言を言いつつうれしそうで、素直すぎた当時の私にはちょっと意味がわかりませんでしたが、いま思えば父は私の好成績と自らの高収入が誇らしかったのでしょう。
進学した中学校は優秀なお嬢さまたちが集まるところでした。「小学校のときと違って努力しないといけないよ、あなたは真ん中くらいかもしれない」と言われましたが、最初の定期テストで私は学年トップクラス。
母はこれを見て「最初だからよ。次には順位が落ちるはず」と笑いながら言いました。でも次にもトップクラスをとる私。それを見て「次には落ちる、きっと次には」と言い続ける母。
まるで私の成績が落ちることを望んでいるかのようでした。
何度もそのやりとりを繰り返して、そのうち私の成績が落ちないことを悟ったのか、今度はついに、私の成績がいいことに関して嫌味を言うようになりました。「勉強ができればそれでいいと思うな」「あなたは頭はいいかもしれないけど人間力が足りない」などといったことを言い連ねるのです。
娘はライバルでトロフィー
母は私に成績を落としてほしいのかと思いきや、どうもそういう単純な話でもなさそうでした。彼女は私の成績の良さに嫌味を言う一方、私が周囲から褒められたり賞をとったりするとすごく嬉しそうにするのです。ある授業参観の日、母は私に文句を言われました。
「家庭科で縫ったエプロンが廊下に張り出されてないじゃない。あなたは裁縫が上手だからきっと優秀作品として張り出されてると思って、◯◯さん(ママ友)に自慢しようと楽しみにしてたのに。
がっかりだわ」
私は手先は器用なのですが、ともかく早く完成させたいという衝動性に負けて雑に作業を進めたため、そのときのエプロンはあまり高い評価を受けなかったのです。
母は元来おっとりした人で、こういう文句もいつもどおりおっとりした口調で言います。このため、私は彼女のこうした文句が親の振る舞いとしてはおかしいことに長いこと気づきませんでした。素直に、「母を喜ばせられなくて申し訳なかったな」と反省していたのです。
最近、母のこうしたところについて子どものいる知人に話したところ、「ありえない…」と絶句されて驚きました。仮に似たようなことを思っても絶対口に出さない、子どもにとって良くないから、と続けて言われ、かなりショックでした。
いま振り返ると、母にとって私は自分の栄誉として使える便利なトロフィーでありつつ、自分を超えてはほしくないライバルだったのだと感じます。
大人になってわかったのですが、母は「おとなしくて目立たず、華やかな1位に周囲の注目を持っていかれる」ことについてトラウマを抱えているようでした。
母には歳の離れた弟(私にとって叔父)がいて、彼はやんちゃで騒がしくて怒られることも多い一方、優秀で、容姿にも人目をひきつけるような派手さがありました。どうも母は、弟に良きにつけ悪きにつけ周囲の大人の関心をかっさらう弟に複雑な感情を抱いていたようです。母は派手な顔ではないけれど美人だし、いつもだいたい2番手3番手ぐらいの成績は収めていたのに。
同性ということもあり、自分の延長のように思える娘が1位だと、自分が1位になれたようで嬉しい。でも娘が1位だと、1位になれない自分が再び否定されるようで苦しい… 母はそういった心持ちの中にあったのでしょう。
加害意識のない加害の危険性
振り返るに、私は子ども時代は両親からの悪意のない加害や、少しポイントのズレた接し方の影響を受けていたように思います。
父は父で良かれと思って私に入れ知恵をしたのだろうし、母は自分が娘に加害をしていることも、自分が娘に対して感じていたであろう葛藤のことも自覚できていませんでした。むしろ、母は自分のほうが被害者だと感じていたきらいがあります。
特に子どもへの加害の場合、加害意識のない加害やマルトリートメント、また一見して加害に見えない加害のほうが悪影響が大きいように思います。また、DVの場合、加害者のほうが被害者意識でいっぱいであるケースが多いことはよく言われます。
両親の側に加害の意識がない加害的行為については私自身、モヤモヤとしながらも「良かれと思ってやってくれているのだから」「これも愛情なんだろう」と必死に思い込んで過ごしていました。けれど、そのときについた傷は、上に書いたように今もしくしくと痛むのです。
母がもし、私を殴りながら「お前のせいで自慢できなかったじゃないか!」などと金切り声で叫んだりしていたなら、私も早くからそれが加害だと気づくこともできたでしょう。もちろん明確な身体的虐待のほうがいいなんて言うつもりは毛頭ありませんが、分かりにくい精神的虐待には特有の跳ね返しづらさがあると感じています。
逆にいえば、ついカッとなって手をあげてしまったけれどすぐに深く反省して子どもに謝り、殴ったのを子どものせいにせずに自らの責任として負う人や、「自分は子どもに加害してしまうかもしれない」と不安に思い、自分の行為や態度を常に反省するようなタイプの人は、どちらかというと子どもにとって安全な親でいられるのではないかと思います。
自分が加害するかもしれないという自覚や意識があれば、何か起きてもすぐに行動や態度を変え、原因が自分の中にあると気づけばその対処へと向かうことができるでしょう。
親と子どもは、親と子どもであるというだけで力の差があり、そこには常に加害や虐待のリスクがあります。それは特に個々の人が悪いとかいったことではなく、構造の問題です。かつて子どもだった者として、小さな子どものいる人には、常にそうした構造の問題について気づきを持っていてほしいなと思います。
文/宇樹義子
(監修:三木先生より)
こうしてご自身で振り返りをされることも、癒しの一つになることがあります。ただ辛く振り返るだけではなく、「あのときこうして欲しかったんだよね」と考えることで、幼いころの自分が癒されるかもしれませんね。
ただ、自分一人でそれをやるのはつらいもの。必要であれば、遠慮せず専門家の力を借りても良いでしょう。
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