黒板を写せない、漢字や計算が苦手…「頑張ってもできない」子どもたちの背景に「認知機能」の弱さがある?――児童精神科医・宮口幸治先生
できないで困っている子を助けたい
私は児童精神科医として、2009年から現在まで少年院に勤務し、非行少年と言われる多くの少年たちに出会ってきました。「非行少年」というと粗暴で、周囲を「困らせる子」のイメージがあるかもしれませんが、実際に私が出会った少年たちは違っていました。ひとことでいえば、その少年自身が「困っている子」だったのです…。
下の図は、私が少年院で出会った中学生が描いた立体図です。彼は見本を見ながら「難しいなあ」とつぶやいてなんとか描き上げたのですが…。私は彼の苦労する姿を見て、この少年に今必要なのは、反省の念もさることながら、立体図がしっかり描けるような力、つまりは正しく物事を「認知する力」だと感じ入りました。
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約5年間かけて開発した認知機能強化トレーニング
立体図の模写は見る力の問題ですが、ほかにも調べてみると、聞く力が弱くて、簡単な文章も聞き取れない、復唱できないという少年たちも数多くいました。そこで少年院の「実科」(授業)では、見る力・聞く力をトレーニングする教材を使おうとしたのですが…なかなか納得できるものにめぐり合えませんでした。
だったら、「自分で納得のいくものをつくってみよう!」と思い立ち、試行錯誤の末、完成まで約5年間の歳月がかかりました。目の前にできないで困っている少年を、なんとかできるようにしてあげたい。ただそれだけの思いで、私は「コグトレ」を考案しました。コグトレとは、「認知機能に特化したトレーニング」で、Cognitive(コグニティブ:認知)とTraining(トレーニング)の頭の文字を合わせた言葉です。
認知機能の弱さが学習のつまずきにつながることも
漢字が苦手、黒板が写せない、九九や計算が苦手、文章題が苦手といった子どもたちは、「写す力」「覚える力」「数える力」「見つける力」「想像する力」(=認知機能)の弱さが背景にある可能性があります。
例えば、「覚える力」や「写す力」「見つける力」が弱いと、黒板を写せなかったり、漢字の書き取りができなかったりするかもしれません。「数える力」が弱いせいで、算数のうっかりミスにつながっているかもしれません。でも、たとえ基礎的な認知機能が弱かったとしても、あきらめてはいけません。
トレーニングにより高められる可能性はあります。
見る力・聞く力をトレーニング
みなさん、「ワーキングメモリ」という言葉を聞いたことがありますか?これは、別名「心のメモ帳」と呼ばれ、短い時間に心のなかで情報を保持し、同時に処理する能力のことを指します。
ワーキングメモリには「見る」と「聞く」の2種類があります。概して、記憶するには見て覚えるか、聞いて覚えるかの2つです。
視覚性のワーキングメモリを使う場面は、例えば、黒板をノートに書き写すとき。黒板を見て、覚えられる情報量が少なかったり保持できる時間が短かったりすると、何度も黒板を見直さなければなりません。
視覚の短期記憶や基礎力、情報整理の力を鍛える
そこで、「コグトレ」では、以下のような「覚える」課題で、視覚の短期記憶をトレーニングします。ほかにも、視覚認知の基礎力(模写・形の把握)をアップする「写す」課題、視覚情報を整理する力をアップする「見つける」課題もご紹介しましょう。
「写す」「見つける」力も黒板を書き写すのに役立ちます。
文字の位置を10秒間しっかり見て覚えてね。10秒たったら何があったか書いてみよう。
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上の絵と同じように、点をつないで下に写してね。
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下の絵のなかにはみほんと同じ絵が1枚あるよ。見つけて番号をこたえてね。
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ワーキングメモリで大事な「聞く力」
ワーキングメモリには、視覚性と聴覚性の2つがありますが、実は、パッと見て覚える分にはみなさん、そう大差はありません。人は、聞いて覚えるよりも、見て覚えるほうが得意な人が多いもの。
だから支援教材には「見て分かる」系のものが多いのですね。
差がつくのは「聞く力」のほうです。
例えば、学校で先生から「教科書の25ページを開いて、3番と4番の問題を解いてください」と言われたら、「25ページ」「3番と4番」と言葉を順に覚える必要があります。先生の話を聞き取っては覚え、覚えながら次の話を聞き取るわけです。ただし、「聞く力」が弱かったとしても、トレーニング次第で高められる可能性はあります。
次に、そのための課題を紹介しましょう。
聞く力をトレーニングする「最初とポン」
一例として、「最初とポン」という課題を紹介します。文章理解力と聴覚性(言語性)ワーキングメモリを鍛えていくのが狙いです。
まず、出題者が3つの文章を読み上げます。ただし、お約束ごとが2つあります。
1つは、文章内の最初の単語だけを覚えること。2つめは、「決められた単語」(動物、食べ物、色など)が出てきたら、手をポンと叩くこと。ここでは「動物」の名前が出てきたら手を叩きます。
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この場合、覚えてもらうのは「牧場」「池」「カエル」で、下線の「ウシ」「アヒル」「カエル」で手を叩くのが正解です。もしも覚えづらい場合には、言葉を頭のなかで映像に結びつける工夫をしたり、グループで行う場合には、うまくいった人にどのような工夫をしたのかを聞いてみたりするといいでしょう。
もしも、がんばっているのに、「今ひとつ学習が身につかない」「テストの点に結びつかない」…そう感じておられるとしたら「認知機能」の弱さが原因かもしれません。
ぜひ「コグトレ・パズル」をお試しください。遊び感覚で解きながら「認知機能」を高めていくことができるでしょう。