医ケア児とは?医療的ケアが必要な子どもは保育園に通える?支援法制定による変化や保育園でできるケアや相談先も解説【専門家QAも】
医ケア児(医療的ケア児)とは?
医ケア児(医療的ケア児)とは、生きるために日常的な医療的ケアを必要とする子どものことです。
具体的な医療的ケアの例としては次のようなものがあり、保護者を中心とした家族は子どもが病院を退院した後、これらのケアを在宅で行っていくことになります。
・気管切開部のバンド交換などの管理
・人工呼吸器による呼吸管理
・経鼻、胃ろうなどの経管栄養
・痰などの吸引
・人工肛門(ストーマ)の管理
・導尿
・血糖値測定やインスリン注射
ひとことで医療的ケア児といっても、抱える障害や基礎疾患の種類や程度は幅広く、必要なケアもさまざまです。厚生労働省の調べによると、在宅医療的ケア児の推計人数は、2005年は約1万人と発表されていましたが、2019年には約2万人と発表され、14年間でおよそ2倍に増えています。
医療の進歩と共に、広く存在を知られることになってきた医療的ケア児。保育の現場での受け入れ状況や、課題、よくある疑問などを専門家監修のもと解説します。
子どもにとって、年齢相応の時期に家庭以外の場所で同年代の子どもたちと集団的な関わりをしていくことは、発達過程において大切なことです。
医療的ケア(以下、「医ケアとする」)が必要な子どもには、日常的に命に関わるケアが求められるため、保育施設への入園は、ケアがない場合と同様には運べません。
医ケア児が受け入れ可能な園が見つからず、保護者が仕事復帰を諦めなければならないケースも多々あります。
保護者にとって仕事をすることは、収入面だけではなく心理的にも社会的にも大きな意味を持ちます。保護者が職場復帰をして仕事を続け、子育てにとらわれず自分らしくいられる時間をつくること。これは医ケア児を育てる家庭への必要な支援の一つだと言われています。
医ケア児とその家族、それぞれの充実した生活を支えるには、医療・保健・福祉・教育・労働について、切れ目ない支援が行われなければなりません。
近年、医ケア児の保護者や現場の声などが発端となって、医ケア児の保育や教育に関わる法整備は大きく進みました。その代表的なものが「社会福祉士及び介護福祉士法の一部改正(2007年)」や「医療的ケア児及びその家族に対する支援に関する法律(2021年)」となります。これらの法整備で、医ケア児をめぐる状況にはどのような変化があったのでしょうか。
医ケア児(医療的ケア児)の成長と親の願い
たんの吸引や、高濃度の酸素を鼻から送る「酸素療法」、これらは医ケアにあたりますが、医ケア児や保護者にとっては生活の一部でもあります。
しかし、本来これらは医師や看護師が行う医療行為でもあります。そのため、そういった医ケアを必要とする子どもを保育園で受け入れることは、長らくハードルが高いものだと考えられてきました。
しかし、子どもの医ケアを一日中保護者が担っていては、ケアを担当する保護者は働くことができません。保育園に預けられたとしても、適宜付き添いを求められたり何かあれば呼ばれたりすると、安心して仕事をすることができず、そのことを理由に離職を余儀なくされる場合も少なくありません。
子どもに障害があっても、育児やケアによる保護者の離職を防止し、安心して育児と仕事の両立ができるようにとつくられたものが「医療的ケア児支援法」です。
「医療的ケア児支援法」には、
・医ケア児や家族が住んでいる自治体にかかわらず、適切な支援を受けられること
・保護者の付き添いがなくても、学校や幼稚園、保育園の設置者は、適切な医ケアができる保育士や看護師の配置を行うこと
・家族からの相談に応じるための支援センターを、各都道府県に設置すること
などが盛り込まれています。
そして、医ケア児やその家族に対する国や自治体による支援を、これまでの「努力義務」から「責務」として明記し、必要な対応を求めるようになりました。
「医療的ケア児支援法」は、医ケア児の存在に、社会がどう向き合い、支援していくかについての法律といえます。
法律の制定が、当事者や保護者が求める支援が現実のものとなるための裏付けとなり、具体的な支援が各自治体で動き始めました。例えば、福祉タクシーを使って通学を支える事業や、煩雑な保護者の手続きをサポートする「医療的ケア児等コーディネーター」を養成している自治体も出てきています。
医ケア児(医療的ケア児)の保育の現状と課題
「医療的ケア児支援法」ができてから多くの自治体が受け入れガイドラインを作成し、医ケア児の保育園受け入れが始まっています。
■山口県長門市の場合
たんの吸引や人工呼吸器などの医療的なケアが日常的に必要な2歳の女児が11日、山口県長門市の市立保育園に初めて登園した。
中略
医療的ケア児の受け入れにあたり、市内の公立保育園の保育士2人が昨年12月、特定の人にのみ医療行為を行える「認定特定行為業務従事者」の研修を修了した。また、市は今年4月から、園で働く看護師2人を雇用。市職員と保育士、看護師が坂田さんの自宅を訪れ、文乃ちゃんの病気やケアについて情報を共有した。
真名美さんから教えを受けた看護師が、文乃ちゃんに経管栄養をした。
引用:医療的ケア児、通園受け入れへ長門市立の保育園|朝日新聞デジタル(2021年5月12日)
https://digital.asahi.com/articles/ASP5C74WNP59TZNB00B.html
■東京都の場合
東京都では医ケア児を2020年度から一部の区立保育園で受け入れています。
※保育所等の施設の利用に必要な手続きについては、お住まいの区市町村へお問合せください。
https://www.fukushihoken.metro.tokyo.lg.jp/Medical-Care_Children_Support/mishugaku/
参考:未就学児期|東京都医療的ケア児支援ポータルサイト|東京都福祉健康局
また、東京都教育委員会は、2020年度から、人工呼吸器を使う子どもが保護者の付き添いなしで学校に通えるようにすると決めました。
そのために、学校での役割分担などを定めたガイドラインをまとめ、保護者の付き添いを求めている医ケアの実施要項も改める予定だと言われています。
https://www.kyoiku.metro.tokyo.lg.jp/school/document/special_needs_education/files/medical_care/medicalcare0411.pdf
参考:都立特別支援学校における人工呼吸器による医療的ケアを必要とする子供の安全な学校生活のためのガイドライン(改訂)|東京都教育委員会
医ケアは、基本的には医師と看護師、医ケア児本人、保護者しか行うことができませんでした。そのため、保育士しかいない保育園では、全ての医ケアには対応できません。
しかし、平成23年の「社会福祉士及び介護福祉士法の一部改正」によって、医ケアを行える人の範囲が広がりました。
一部の特定行為であれば、一定の研修を受けた保育士や介護職員なども、「認定特定行為業務従事者」として、医師の指示のもとに医ケアを行えるようになったのです。そのため、必要とするケアの内容によっては必ずしも看護師がいる保育園でしか受け入れられないというわけではなくなりました。
保育園で行うことができる医ケアは、2種類あります。
一つは、「認定特定行為業務従事者」として登録認定を受けた保育士ができる医ケア。
もう一つは、看護師ができる医ケアです。
認定特定行為業務従事者として認定を受けた保育士は、次の5つの行為を行うことができます。
・口腔内の喀痰吸引
・鼻腔内の喀痰吸引
・気管カニューレ内の喀痰吸引
・胃ろうまたは腸ろうによる経管栄養
・経鼻経管栄養
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https://www.mhlw.go.jp/seisakunitsuite/bunya/hukushi_kaigo/seikatsuhogo/tannokyuuin/dl/6-1-01.pdf
参考:喀痰吸引等の制度について|厚生労働省
これら5つの「特定行為」といわれる医ケア及び、それ以外の行為が、看護師ができる医ケアです。ただし、看護師や、認定特定行為業務従事者として認定を受けた保育士が園で医ケアを行う場合は、医師の指示が必要です。
保育園では、あらかじめ医師の指示のもとに作成した支援計画などに沿って、医ケアを行います。そして、日々の子どもの状態をよく確認しながら、保育園、保護者、医療機関で連携しながら医ケアを行っていく必要があります。
実際に園で行う医ケアの手順や留意点、準備すべきことなどについても、事前に主治医に相談し、指導を受けることが望ましいでしょう。
このように、制度上は看護師以外の人も一定の条件を満たせば医ケアを行えるようになりましたが、全ての地域や園でそうなっているわけではありません。認定を受けた保育士が医ケアを行う自治体もあれば、看護師のみが医ケアを行うとしている自治体もあります。
看護師が常駐する保育施設を各地域に設置している自治体もありますが、そうではない自治体もまだまだ多くあります。
このように、運営体制の地域差が大きいのが現状です。医ケア児が安定した保育園生活を送っていくためには、さまざまな課題があります。
まず、受け入れ可能な保育園の数が足りていない自治体が多くあります。施設のバリアフリー化や、ケアを行える職員や看護師の配置が充分にできないことから、どうしても受け入れ可能な園は限られてしまいます。受け入れ可能な人数も、多くはないため、保育園に通いたくても通えない医ケア児もいるでしょう。
園での一日から、医ケア児を受け入れた場合の配慮事項を考えてみます。まず、登降園の際には、子どもの様子を保護者と保育士(又は看護師)とで共有し、医ケアに必要な器具や物品の引き渡しを行います。保護者から子どもを預かった保育士は、登園時に保護者から聞き取った情報を医ケアを行う職員たちと適切に共有する必要があります。
そして、行った医ケアを記録に残し、カンファレンスなどで職員間で共有すると共に、連絡帳などを使って保護者にも共有します。保育の際には、衛生面に十分に配慮しながら活動内容を考えていく必要があります。
活動の際には気管カニューレなど医ケアに必要な器具の抜去などが起こらないよう、しっかりと見守っていくことも大切です。急な体調変化や事故抜去などの緊急時にも対応するために、あらかじめ緊急連絡先や対応手順を定め、保護者との間で確認しておくことも重要です。
医療との連携も必要です。まず、医ケア児の主治医とは、医ケアについての意見が得られるように連携体制を確保することが必要です。そして保育園の嘱託医にも、医ケア児の健康状態やケアの内容について十分に情報共有することが求められます。また、主治医の勤務先が遠方の病院である場合は、日常的な相談や指導に関しては地域の医師に協力を依頼することも考えられます。
生活を共にするほかの子どもたちも、なぜその子に医ケアが必要なのか、医ケアを受けながら生活しているその子への理解が深まるように話をすることも重要です。また、経管栄養のチューブや気管カニューレなどの取扱いがある場合は、それらが抜去されないように、それぞれの器具の必要性などを説明し、理解を促すことも必要となってきます。
医ケア児の保護者が同意する場合は、医ケア児以外の子どもの保護者に対しても、クラスに医ケア児が在籍することを説明し、理解を得られるように努めることも考えられます。
保育園での医ケア児の受け入れ体制を充実させていくためには、医療機関は保護者、園側との協力関係に加えて、行政のバックアップ体制が必須です。また、一人ひとりの育ちに応じた適切な支援を行うためにも、学校教育との連携も必要になっていきます。
「障害福祉サービス等及び障害児通所支援等の円滑な実施を確保するための基本的な指針」では、平成30年度末までに、各都道府県、各圏域、各市区町村において、関係機関などが連携を図るための協議の場を設けることが基本とされました。こういった協議の場なども活用しながら、医ケア児の安全な受け入れ体制のための情報共有や協力体制のネットワークをつくり、より安定した保育環境を構築することが望ましいと思われます。
環境設定を整えるための取り組みとして、地域の医ケアに関わる関係者をつなぐスーパーバイザーの役割を担う「医療的ケア児等コーディネーター」の養成研修が、全国で始まりました。今後はそういった人材が増えていくことで、より円滑に関係期間とのやりとりが行われるようになることが期待されています。
まだまだ多い医ケア児と保育園に関する疑問。特に気になる方も多い「相談方法」「親の付き添い問題」「延長保育・早朝保育」「環境整備」などの質問を専門家に聞きました。
Q:医ケア児が保育園に通いたい場合はまず、どこへ相談すれば良いですか?受け入れ園は増えているのでしょうか?
文書や面談などで聞き取りを行い、主治医などの意見なども聞きながら、関係機関と連携をして受け入れ施設を調整していきます。自治体によりばらつきはあると思いますが、今後は全国的に受け入れ園は増えていくことでしょう。
2016年に成立した児童福祉法の改正案で、各省庁および地方自治体は、医療的ケア児への支援の「努力義務」を負うことになりました。
それが、2021年の医療的ケア児支援法によってより強制力のある「責務」を負うことに変わりました。実際に兵庫県神戸市では、市内各地域で医療的ケア児の受け入れが可能になるように、各地域1ヶ所以上の対応可能施設の整備を進めています。
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Q:医ケア児が保育園や幼稚園に通うには、親の付き添いが必要でしょうか?
各自治体には保健師、助産師、看護師や准看護師、またはたんの吸引などを行うことができる保育士や保育教諭、介護福祉士等の配置を行うことが期待されています。東京都教育委員会などは、人工呼吸器を使う子どもが保護者の付き添いなしで学校に通えるように、学校での役割分担などを定めたガイドラインを作成しています。
ただ乳児の受け入れについては、施設によっては可能ですが、設備の整った園でないと難しい現状はあります。受け入れ対象を3歳以上とする自治体もあれば、乳児からの受け入れを行っている自治体もあるため、お住まいの自治体での受け入れ状況の確認が必要です。
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Q:医ケア児は、延長保育や早朝保育も利用できますか?
ケアを受けられる時間帯も同様で、ケアができる時間を限定している自治体や、通常保育時間の枠内で受け入れている自治体などがあります。延長・早朝保育では、通常であっても職員の確保が難しい現状があるため、現場が医ケアまで手が回らず、安全性の確保ができないこと、看護師の勤務時間との兼ね合いなどが背景としてあるようです。
全ての看護師や職員が同じ手順で対応できるように、カンファレスなどを行い、保育士も含めた職員全体で情報共有することが重要となります。
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Q:今後、医ケア児の受け入れを考えている園です。受け入れに当たってどのような環境を整備したら良いですか?また、保育士側の不安は、どのように軽減したら良いでしょう?
ハード面では、ケアに必要な物品を配置できるようケア児用のスペース(場合によってはベッド等の休養できる環境の確保)、給水・給湯の設備や冷蔵庫の配置、多機能トイレ等の整備、車椅子やバギー利用児の場合は園全体のバリアフリー環境の整備が必要でしょう。
ソフト面では、医ケア児を担当する保育士はもちろん、園内保育士に対する研修を行い、医ケアについての理解を深めていくことが必要でしょう。保育士の不安はあって当然なので、医ケアについての正しい知識を研修によって身につけ、共通認識を身につけていくことが必要です。
また、保育園内でもケア児を担当している以外の保育士にも定期的に対応の方法や様子などを連携し、全ての保育士がケア児に関しての情報を共有できる環境づくりも大切です。
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まとめ
「医ケア児の保育」をめぐる状況は、近年大きく変わりつつあります。まだまだ課題も多く、地域差も否めませんが、今後は「医療的ケア児支援法」などが追い風となって、より良い方向に向かっていくことが期待されます。
医ケア児の保育園での受け入れは、ケア児本人の成長だけでなく、周りの子どもたちにとっても多様な他者と共に生きていく貴重な経験となっていくはずです。多くの地域で、障害や病気の有無にかかわらず、共に育つ環境がつくられていくことを願ってやみません。