保護者の頑張りすぎな心を「見える化」・子どもの「やだ」の受け止め方は?【小児科医・山口有紗先生×発達ナビ編集長対談】
「もう限界……」イライラする自分を嫌いにならないで。まず“気づけた私”を抱きしめる、保護者自身のメンタルケア
- 子育て中のイライラやモヤモヤに気づき、自分を大切にするメンタルケアの具体的なヒント
- 子どもの体調や感覚の変化、「やだ」という言葉から読み取れるSOSサイン
- 子どもの「やだ」を「大切なコミュニケーション」と捉え、寄り添うためのヒント
- 家庭だけで抱えきれない悩みや「しんどさ」の整理方法と、相談できる場所、相談先
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発達ナビ編集長牟田(以下ーー):山口先生は、さまざまなお子さんや養育者の方と関わっていらっしゃいます。子育てに悩んだり不安を感じている親御さんの相談にも乗っていらっしゃると思います。私自身の経験からも、親が健やかでないと子育ても行き詰ってしまうと感じています。親御さん自身、どうやって気持ちを切り替えたらいいか、メンタルのケアについて、先生はどのようにアドバイスをされているか、お伺いしたいです。
山口先生(以下山口):子育てしていると、どうしてもイライラするときってありますよね。牟田さんの場合はどうされていますか?
ーーそうですね、私の場合はヨガをしますかね。ヨガをしている間はいろいろ考えないでいられるので。自分の心身がギリギリで余裕がなくなると、子どもにも冷静に接することができなくなりそうなので、自分をまずケアしたほうがいいのかなと感じていて。
山口:そうですね。イライラするときの対応方法は、人によってさまざまです。実は、自分がイライラしているときに「あ、私イライラしているんだな」って気づくっていうところが大切なんです。自分がイライラしていると、なんだかそんな自分も嫌になってしまうことってあるじゃないですか。イライラしている自分に気づいて落ち込むみたいな。
でも、「今、自分はイライラしている」ということ自体に気づけて、名前が付けられたことをまず大切にしてほしいと思います。そう気づけた自分に感謝する。「自分はイライラに気づけたな」って自分を労ってほしい。
そのうえで、今の自分にとってそうした状態に対応する方法をいくつか持っておく。例えば、牟田さんにとってのヨガみたいに。
とはいっても、目の前でお子さんがワーワーなっているときに「さぁヨガしましょう」とはいかないじゃないですか。だから、まずはその場からすっと離れるのでもいいし、トイレに行くのでもいいし、その状態から距離をとってみるのもいいと思います。
ただ、わたしもイライラして離れたときに、戻っても状況が全く変わっていないことに余計にがっかりしたこともあります(笑)。ですので、その場でできることとして、身体を使うのも役に立つかもしれません。例えば、自分のこめかみをトントンと交互に軽くタッピングする。足の指をぎゅっと握ってみる。
手を合わせて揉んでみて、その手のあたたかさを感じる。「あったかいな」と思うとそちらに意識が行くので、一度そのイライラとか怒りの感情を散らすことができるんですね。
そこにもう一段外部のものを入れてみる。例えば、あたたかいお茶をいれて飲む。お茶を入れる時間がないならお水を飲む。そういうのでもいいかもしれません。
あとは、暮らしの環境が自分を癒してくれることもあります。自分のお気に入りのものをお部屋においておいて、その環境にいることで自分をケアしてみる。
少し余裕があるときに、好きなお花を買って活けておくとか、好きな絵を飾るとか、好きな言葉を壁に貼っておいて「わーっ」となったらその言葉を眺めてみるとか。そういうことを試行錯誤していくのがいいのかなと思います。
ーーなるほど、切り替えるための動作とか環境を用意しておくということですね。
山口:いろいろ試して、ご自分に合うものを見つけていっていただけたらと思います。
「やだ」は、大切なコミュニケーション。身体と感覚の小さな変化に気づく「子どものSOSの前兆」に寄り添うヒント
ーーお子さんのSOSサインについてもお伺いしたいです。お子さんが不登校や自傷などに至ったときには、お子さん自身がすでにかなりギリギリな状態に追い込まれているのではないかと思います。お子さんが元気そうに見えても実はギリギリな状態ではないか、親御さんが気づく前兆のようなものはあるんでしょうか。
山口:そうですね。
特性がある子どもたちの場合、言葉にする力とかやり方もそれぞれユニークだと思います。そうしたお子さんの場合、身体に症状が出ることも多いのかなと思います。体調崩すというのは分かりやすい例ですけど、ほかにも、もともと感覚過敏がある方の場合その過敏さが強くなるといったことがあります。例えば、匂いや音などへの過敏さが強くなる、今まで食べられていたものが食べられなくなる、といった体調面でのサインです。そうした、体調や感覚の変化がヒントになるのかなと思います。
あとは「やだ」ですかね。「やだ」と言って、いつも行っているところにも行きたがらないとか、いつもは自分でできることをやりたがらないとか。そもそも「やだ」といってやらないことって、ネガティブに受け止められがちだと思うんですけど、実は最も大切なコミュニケーションじゃないかと考えています。
とはいえ、私も一緒に暮らしている子どもがやだやだとしか言わないときには結構けんかになるんですけど……。でもやはり「やだ」は大事なサインなんだなって、「やだ」といえるコミュニケーションを大切にしたいなと思いますね。
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子どもの「やだ」の向こうにある、言葉にならない「嘆き」と「本当の願い」
ーー私の娘は重度障害があって無発語なので「やだ」と言葉では言えないですが、拒否の気持ちを身体で表現するんですね。床に寝転がったりして。そういうとき、例えば支援者の方などに「ちゃんとしなさい」と叱られると余計イヤイヤし続けるんですけど、「いっぱい頑張ってたもんね、ちょっと疲れちゃったよね」なんて分かろうとしてくれると、そのうち切り替えて活動し始めたりする。
山口:うん、そうですよね。周囲も「やだ」の解像度が上がるといいですよね。やだっていうと大人側は「拒否」とか「NG」といった意味合いでとらえるじゃないですか。
でもいろんな「やだ」がある。やだのバリエーションに私たちも気が付ける感覚を持てるといいですよね。
ーー「やだ」って言いやすい言葉ですよね。自分のつらいことーー例えばいじめられていたり勉強ができなかったりーーいろんなモヤモヤを言語化して家族に伝えるのってハードルが高かったり、恥ずかしかったりするかもしれない。私自身、親に自分の本当のところの悩みは言えなかった。「やだ」ということで、背景にあるいろんなモヤモヤやつらさを言わず、単に自分のワガママ的なものとしてとらえてもらえたほうが楽というか。山口:そういう面もあるかもしれませんね。「やだ」っていうのは、頭とか認知からやってくるものよりも、もっと体感的・肉感的なものですよね。
例えば私たちが会社に行きたくないときって、頭で「またあの上司にこう言われるからいやなんだよなあ」って考える前に、多分この辺り(お腹のあたりを指して)から……はらわたがやだって言っている感じがある。だから、お子さんが「やだ」っていうときも、無理に言語化させず、「なんかいやなんだよね」「最近やだって教えてくれることが多いよね」って、それを慈しむと言うか。ある種「どういう“嘆き"のかな」って一旦受け止められたらいいのかなと思いますね。
ーーお子さんが「やだ」っていうと、親御さんはどうしてもお子さんに対して「なんでいやなの?」って深堀りしがちになっちゃうと思うんですが、やはりそういうときは根掘り葉掘り聞かないほうがいいのでしょうか。
山口:いや、そんなことはないと思います。自分が自分がその子を大切だからこそ、なんでやだと表現しているのか気になるし、だったらなんでわが子がやだと言っているのか気になるし、何がいやなのって聞きたいですよね。
「言わないとわからないよ。言ってくれたらなんかできることあるよ」っていう風に言いがちだと思うのですけど、それはつまり「あなたのことを分かりたくて何かしてあげられたらいいなって思う」ていう「わたし」の願いでもあるんですよね。 だから「あなたのことが心配だし、なにかできることないかな?って思うんだけど……もきっと、言葉にならないこともあるんだよね」っていう風に、問い詰めるのではなくて、自分の願いとして伝えてみる。
ーーなるほど。問い詰めたいわけじゃなく、こういう願いを私は持っているんだよ、ということのほうを伝える。ただ、毎日の生活の中では、どうしてもその「やだ」を受け止めきれない場面もあったりすると思います。最初は本当に寄り添いたくて寄り添っているのだけど、だんだん「やだやだやだやだ」がエスカレートしてくるとどうしたらいいか分からない……ということもあるかなぁと。
山口:そうですね、そういうときは、ある意味もうあきらめる!って割り切るのもありかなと思います。ただ、あきらめるときの手札はいくつか用意してたほうがいいですね。
例えば子どもが着替えないっていうのがあるじゃないですか。最初は自発的に着替えることを寄り添って待ったり、テンション上がるように声掛けしてみるけれど、どうにも着替えられない。そしたら次の手段として、洋服を選べるように提示して、選んでもらう。それもできなかったら、ホワイトボードに、着替え・トイレといった項目を素敵なチェックボックスを作って、花とか飾ってみたりして、提示してみる。
そこまでしても難しかったら「あー今日はしたくないんだね。できるの分かってるけど今日はママが手伝います!」って言って、諦めて全部手伝う。こういう手札というか段階を決めず、ずっと「やだ」「着て」だと、自発的にできる打率も下がってくるかもしれません。
ーー選んでもらう、提案する、というのはすごくいいですね。
山口: 声をかける側もやっぱり手持ちの札があると安心するという効果もあると思います。次にすることの見通しが持てるので。
ーーお子さん自身も、こういうパターンだと次に提案がくるなっていう見通しがあると、気持ちの切り替えもしやすいかもしれませんね。
山口:あとは 古典的なことですけど、たまたまできたときに褒めるというか、一緒に喜ぶというか、「なんかなんかお着替えもごはんもいい感じにニコニコ進んで、気持ちのいい朝だったね」みたいな、なんかそういういい時間だったねっていうことを強調して伝えられるといいのかなと思います。
私が「しんどい」のは、環境?視線?制度?頑張りすぎな心を「見える化」する
ーー発達に特性があるお子さんを育てていると、ご家庭の中だけでなく、社会生活の中でも課題に感じることが多くて、限界に達してしまう親御さんもいらっしゃると思うんです。
山口:発達障害があったり、さまざまな困難がある方にとって「しんどくなる要因」って1つじゃないんですよね。
お子さん自身が、例えば音に敏感さがあって、過ごすのがつらい環境がある場合もあります。道行く人のまなざしでつらく落ち込むということもあるかもしれません。学校や放課後等デイサービスなどでもう少しこんな支援があったらなと感じることもあるかもしれません。さらにはその外側にある制度ーーもう少し発達障害がある人に必要な支援や場所があったならとか。
そういうとき、「わー、もう大変!」となると、理由の分からないしんどさに飲み込まれてしまいやすい。なので、自分がこの社会のどこでどんなしんどさを感じているかを小分けにしてみられたらいいのかなと思います。もちろん、元気がないときにはそういう作業も難しいと思うので、お友だちとか、専門家とか、生成AI相手でもいいので、整理をしてみる。ーーしんどさの理由を「見える化」して、「ここがしんどいんだな、この場面では助けを求めてみようかな」とひとつずつ解決していくということですね。
山口:そうですね。もちろん、急に法律を変えることはできないし、相手を変えることもできないかもしれないですけど、できる部分でブレイクダウンしていく。
ーーこんな場面なら「療育だな」とか「お医者さんだな」とか「学校に相談だな」って整理したうえで助けを求める。
山口:もちろん、しんどい渦中にいるときは俯瞰したり、判断して行動したりするのは難しいので、少し落ち着いているとき や相談しやすいタイミングで大丈夫です。
相談ってそのプロセスにいろいろあるじゃないですか。その場所に自分が行くなり電話をするなりしないといけないし、そこで困りごとを言語化しないといけないし、もしかしたらネガティブな対応をされるかもしれない。だから、今がそのときじゃないのであれば、急がなくても大丈夫ですし、まずはご自身がいちばん話しやすいなって思い浮かぶ人や場所に相談するのがいいと思います。
ーーまずは話しやすい身近な人からでも相談してみるのもいい、ということですね。身近な人以外ですと、どんなところがあるでしょうか。
山口:一般的な相談先としては、地域の子ども家庭センターとか自治体窓口なんかが良いと思います。どうしてかというと、そういう場所の方たちは地域の資源を知っていたり、公的なサービスや制度について教えてくれたり連携してくれたりすることも多いからです。あとは公的なものといろいろ連携ができたり。サービスについて自分で調べるのは大変だけど、子育てのよろず相談として自治体が設置しているという建て付けではあるので。ただ、相談してもいまひとつだなっていうときもあると思うので、そういうときは民間の相談を使っても良いかもしれません。
どんな窓口であっても、期待するものと違うときってありますよね。そのときはがっかりすると思うんですけど、絶望はせずに「次行こ、次!」っていくつかの窓口に当たってみてほしいなと思います。
ーーありがとうございます。そうした窓口について、発達ナビでも情報をお伝えしていきたいと思います。
https://www.cfa.go.jp/policies/jidougyakutai/oyako-line
親子のための相談LINE|子ども家庭庁
https://www.soumu.go.jp/main_sosiki/hyouka/soudan_n/kyotsucb_tag03.html
こども・子育て(行政相談)|総務省
(コラム内の障害名表記について)
コラム内では、現在一般的に使用される障害名・疾患名で表記をしていますが、2013年に公開された米国精神医学会が作成する、精神疾患・精神障害の分類マニュアルDSM-5などをもとに、日本小児神経学会などでは「障害」という表記ではなく、「~症」と表現されるようになりました。現在は下記の表現になっています。
神経発達症
発達障害の名称で呼ばれていましたが、現在は神経発達症と呼ばれるようになりました。
知的発達症(知的障害)、自閉スペクトラム症、注意欠如・多動症、コミュニケーション症群、限局性学習症、チック症群、発達性協調運動症、常同運動症が含まれます。
※発達障害者支援法において、発達障害の定義の中に知的発達症(知的能力障害)は含まれないため、神経発達症のほうが発達障害よりも広い概念になります。