【取材】「駅の混雑が苦手」な子のお出かけが変わる?JR東日本で「カームダウン・クールダウンスポット」実証実験で目指すもの
安心して利用できる駅づくりを目指した実証実験
発達が気になるお子さんの外出においては、途中で「もしもパニックになったら」「具合が悪くなったら」といった不安を抱いている保護者の方も多いのではないでしょうか。
JR東日本では現在、横浜駅と立川駅で「カームダウン・クールダウンスポット」を設置する実証実験、駅の感覚情報やカームダウン・クールダウンスポットの位置をWebページで事前に確認できる「センサリーマップ」の試験公開を行っています。「すべての人の心豊かな生活の実現に向け、駅空間におけるユニバーサルデザインに関する研究開発」を行っているJR東日本の新しい取り組みについて、JR東日本研究開発センターサービスデザインユニットの担当者の方に実施の背景や具体的な内容を聞きました。
- 「駅の混雑」に着目。当事者の声と専門家の助言を活かした実証実験の背景と展望
- 横浜・立川駅に設置された「カームダウンスポット」の特徴と使い方
- 感覚情報を可視化する「センサリーマップ」の特徴と使い方
- 実施期間:2025年10月15日(水)~2025年12月22日(月)
- 対象駅:横浜駅(神奈川県)、立川駅(東京都)
- 設置場所:横浜駅、立川駅の改札内に数か所設置
- 実験協力:新国立競技場のユニバーサルデザインアドバイザーを務めた日本女子大学・佐藤克志教授、発達障害を手がかりとしたユニバーサルデザインコンサルタントの株式会社 Bridges to Inclusion代表取締役・橋口亜希子氏の助言のもと実施
騒音や光、混雑などによってパニックまたは気分が悪くなってしまった方が、気持ちを落ち着かせるための設備。本実証実験では、駅の混雑から少し離れて立ち止まり、気持ちを静めるための一助とすることを目的とし、駅の一角に設置しています。
光や音、においなどの五感に関する情報を、地図として表示したもの。
本実証実験では、駅の感覚情報や「カームダウン・クールダウンスポット」の位置をWebページ上に試験公開しています。
(試験終了後の12/23以降、センサリーマップは非公開となります)
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1. 取り組みの背景と当事者視点について
――今回の実証実験の背景を教えてください。
駅には施設の特性上たくさんの音や光、情報があふれています。そのため、発達障害、知的障害、精神障害などのある方、または感覚過敏の特性がある方の中には駅を苦手とし、利用を控えている方が存在していることが、2024年度我々で行った発達障害のある方へのアンケートやインタビューで分かりました。そこで、そのような方やそのご家族に少しでも安心して駅にお越しいただける駅環境を整えるための試行として、本実証実験を行うことを企画しました。
――2024年度の調査を通じて、特にどのような点に着目されましたか?
2024年度の調査では、光や音に加え、駅の混雑がストレスとなり鉄道を苦手としている方がいらっしゃることが分かったため、今回は駅特有の課題である“混雑”に特に着目しました。
――たしかに、多くの人が行き交う駅の「混雑」を避けるのは難しいですよね。当事者の方やそのご家族からは、具体的にどのような声が寄せられましたか?
2024年度、LITALICO研究所に協力いただいたアンケート調査(※)では、「Q.鉄道で移動しているとき、ストレスがたまったりパニックになりそうなことはありますか?」と伺ったところ「ストレスがたまったりパニックになることはない」と答えた方はわずか3.7%で、そのほかの方は何かしらの体調不良を感じた経験をお持ちであることが分かりました。
またそのような場合の対処方法は「我慢をしてその場をしのぐ」、「駅構内で気持ちが落ち着くまで待つ」という回答が多くみられ、「トイレで気持ちが落ち着くまで待つ」と答えた方も一定数いらっしゃいました。
その結果から「実は困りごとを抱えているけれどもご自分で何とか対処されて鉄道を利用されている方がいらっしゃる」と分かりました。また駅特有の混雑や列車の遅れ等の異常時への対応がストレスとなっていることも調査から分かりました。
※アンケート調査詳細
期間:2024/7/29~8/2、8/15~9/4、回答者数:54名(うち精神障害者保健福祉手帳またはカードを持つ方は83.3%、普段鉄道を1人で利用すると答えた方は85.2%)
2. 具体的な検討と工夫について
――専門家(佐藤教授・橋口氏)の方のご助言も反映していると伺いました。
橋口さんからは、2024年度の調査研究時は、当事者目線で駅や鉄道に乗る際の困りごと、および類似事例として成田空港におけるカームダウン・クールダウンスペースの例などを教えていただきました。そして駅で「カームダウン・クールダウンスポット」として活用可能なスペースはどのような場所か、実際に一緒に駅を歩いてアドバイスをいただきました。
2025年度の実証実験では、具体的なカームダウン・クールダウンスポットおよびセンサリーマップの具体的な記載項目や文言について監修をいただきました。読みやすいよう文章には「るび」を振り、分かち書きとしたほか、カームダウン・クールダウンスポットには気持ちを静めるのに役立つよう、足跡マークやアイキャッチを設けたこともポイントです。
佐藤先生には実証実験の企画に際しアドバイスをいただきました。
2025年度は研究室の学生さんにもお力をお借りし、実証実験期間中の調査にご協力をいただいています。
Upload By 発達ナビ編集部
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――カームダウン・クールダウンスポットについて、パーテーションなどの仕切りがない仕様を選ばれたのはどのような理由からですか?
駅ではお客さまの移動動線の確保、安全管理(目的外利用や汚損の防止)、消防法等の観点から、個室タイプのカームダウン・クールダウンの設置に向けては多くの課題が存在しています。そこで本実証実験では、駅で“いま”実施できる合理的配慮手法として、駅の一角を利用した「スポット」としてカームダウン・クールダウンを設置することを提案しました。
本スポットにはパーテーションや仕切り壁がないため、光や音、におい等は遮断ができないものとなっていますが、「混雑で気持ちが疲れてしまった際に人の流れから外れて、立ち止まって一息つける“滞留エリア”」という位置付けでのご利用を提案しています。
――混雑から離れられる場所があることは、安心感につながりますね。設置場所はどのような観点で選ばれたのでしょうか?
橋口さんにいただいた選定ポイントを基に、柱の陰や壁のくぼみなど、駅の混雑から少し離れて落ち着けそうな場所を選定しました。またなるべく改札の近くで選定し、地図が苦手な方でも利用時に場所が分かりやすく、安全面から駅係員の目も届きやすくなるように配慮しました。
――さまざまな配慮をされているのですね。
どのような方の利用を想定されていますか?
駅を利用される際に混雑によって気分が悪くなってしまった方、またはなってしまいそうで少し休憩されたいという方に利用していただければと考えています。当事者の方からは、「気分が悪い際にはそっとしておいてほしい」というご要望もあったため、「カームダウンスポット」には周囲の方に向けて「そっと見守りをお願いします」とメッセージを記載しています。また安全管理のため、30分以上利用されている場合は駅係員がお声がけする場合があるということもスポットには記載しています。
――続いて、センサリーマップについてお聞きしていきます。はじめに表示されている情報について教えてください。
駅という施設の特性上、とても静かな場所または光の少ない場所を示すことが難しいため、逆に感覚刺激が特に多い場所について記載をするようにしました。
具体的には、広告サイネージのある場所、ときどきイベントが開催される場所を掲載しています。また比較的混雑が少ない改札と時間も、各駅にヒアリングを行った上で掲載しました。
そのほか、安全面での情報として駅係員がいる改札や自動販売機の位置なども掲載しました。音については駅のさまざまな場所で発生するためイヤーマフのご利用が有効である旨を記載しています。
――事前にそうした情報を得られると、計画的に利用できそうですね。
初めて行く駅の場合はおでかけ前に予習されると伺いました。今回作成したセンサリーマップはそのような場合の駅情報の確認ツールとしてご活用いただければと考えています。
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3. 今後の展望について
――今回の実証実験では、どのような点を検証する予定ですか?
研究としては、現在実施している利用者アンケートや現地調査から、実際に利用された/利用されることを想定した際のご感想や、もっとこうしてほしいというニーズを集めたいと考えています。
――さいごに、将来的な展望をお聞かせください。将来的な整備は今のところ未定ですが、研究結果を社内外問わず広く情報展開を行い、今後のインクルーシブな駅環境整備に活かしていきたいと考えています。
成田空港に整備されているカームダウン・クールダウンスペースの利用者アンケートで、空港以外で同様のスペースが必要な場所として、鉄道駅を挙げられている人がいました。鉄道利用においても当事者のニーズが潜在的に存在することが、あらためて示されたと言えます。
空港で導入されている居室型やボックス型のスペースを、鉄道駅にそのまま整備するのは難しい場合があるかもしれません。しかし、今回の実証実験で提案された「スポット」という考え方は、鉄道駅における一つの方向性を示すものだと考えています。
何より、このような「スポット」が整備されていること自体が、騒音・光・におい・混雑といった環境要因で困難を抱える人々に対し、「鉄道事業者が理解してくれている」という安心感を提供することにつながると期待しています。
まず親の立場として、私自身の発達障害の子育てで、息子がパニックになった際に柱や自動販売機などの傍で落ち着かせた経験をお伝えさせていただきました。
次に大阪・関西万博などこれまでカームダウン・クールダウンに携わってきたユニバーサルデザインコンサルタントとしては、カームダウン・クールダウンにはさまざまな期待や要望がある一方で、不特定多数の方が利用する駅への設置は防犯や安全対策なども考えると、できること・できないことの制約があるため、今回のスポットは音や光、においなどがあることを前提とした上で、混雑や人の動線から外れ立ち止まって落ち着けることを目的としている旨を事前に伝える大切さをお伝えいたしました。
また、今回の取り組みは障害者差別解消法の「合理的配慮は『環境の整備』を基礎とする」という一文にあり障害者差別解消法の3つ目の柱となる『環境の整備』に値する好事例となる取り組みであることもお伝えしました。
とかくこのような取り組みはゼロか100か、正しいかそうでないかで議論されがちなため、事業主側がチャレンジに躊躇してしまうことも多々ある中で、今回の取り組みは果敢に勇気を持って今できることを一歩踏み出したとても画期的な取り組みだと感じています。また取り組みの背景には、昨年度から発達障害を手掛かりとした駅環境整備をテーマに研究に取り組まれてきたプロセスがあり、そのプロセスに価値があるまさしく「プロセスエコノミー」の取り組みだと感じています。ユニバーサルデザインで大切なことの一つはプロセスであるため、このプロセスも含め、日本を代表する鉄道会社のJR東日本のこの取り組みが好事例となって社会に広がっていくことを切に期待いたします。
(コラム内の障害名表記について)
コラム内では、現在一般的に使用される障害名・疾患名で表記をしていますが、2013年に公開された米国精神医学会が作成する、精神疾患・精神障害の分類マニュアルDSM-5などをもとに、日本小児神経学会などでは「障害」という表記ではなく、「~症」と表現されるようになりました。現在は下記の表現になっています。
神経発達症
発達障害の名称で呼ばれていましたが、現在は神経発達症と呼ばれるようになりました。
知的障害(知的発達症)、ASD(自閉スペクトラム症)、ADHD(注意欠如多動症)、コミュニケーション症群、LD・SLD(限局性学習症)、チック症群、DCD(発達性協調運動症)、常同運動症が含まれます。
※発達障害者支援法において、発達障害の定義の中に知的発達症(知的能力障害)は含まれないため、神経発達症のほうが発達障害よりも広い概念になります。