【聴覚過敏/読者体験談】学校で椅子を投げパニックに。息子を救った「お守り」イヤーマフを手放すまでの10年間
ザワザワ、暗黙のルール、給食……苦痛だらけの学校生活
- 発達障害の特性を持つ子が直面しやすい、小学校での聴覚過敏や対人トラブルのリアルな葛藤
- 「お守り」としてのイヤーマフ導入後の子どもの具体的な変化
- 学校や周囲の保護者へ特性をカミングアウトすることで変わっていったこと
- 成長とともに自分で環境を調整できるようになる姿と、偏食や過敏を乗り越えていく中高生以降の見通し
お子さんについて
・お子さんの年齢:17歳
・お子さんの診断内容:ASD(自閉スペクトラム症)、LD・SLD(限局性学習症)
・診断がおりた年齢:ASD(自閉スペクトラム症)6歳、LD・SLD(限局性学習症)12歳
・エピソード内でのお子さんの年齢: 6歳
わが家の息子(現在17歳)は、6歳でASD(自閉スペクトラム症)、12歳でLD・SLD(限局性学習症)の診断を受けました。生真面目で融通が利きにくい性格で、学年が上がるにつれて悩みは軽減しましたが、特に小学校時代は大変でした。
息子にとって、小学校は常に聴覚過敏にさらされる環境でした。ザワザワした場所が大嫌いな息子にとって、学校生活は本当につらいものだったと思います。
- 授業前の休み時間や、多くの声が一度に聞こえる騒音
- 授業中の「はい!はい!」という挙手の声
- ピアニカやリコーダーの不協和音
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また、学校での暗黙のルール(登校後の着替えや水筒のしまい方など)が理解できず、お友だちから指摘されると怒ってしまうこともありました。また、正義感が強いゆえに、先生の注意を守れないお友だちに手が出たり、物を投げてしまったりと、トラブルにつながる行動も発生し、担任の先生から発達検査を勧められました。
当時の私は、先生から問題行動を聞くたびに、自宅で細かく学校の様子を聞き出していました。学校で先生に注意され、自宅でも私が否定的なことを言ってしまい、息子が話してくれなくなるという状況も生じました。
また、食事では偏食もありました。例えば、野菜は単品なら食べられてもサラダのように混ざると食べられない、混ぜごはんは食べられないなどです。給食が食べられない日は、学校の理解を得て、おにぎりを持参するなどの対応もしていただきました。
椅子を投げる事態に。聴覚過敏を救う「お守り」の導入
学校で問題行動が続く中、私は発達障害についての知識を得るために図書館に通い、イヤーマフの存在を知りました。すぐに担任の先生に相談したところ、特別支援学級の先生と共に校長先生や教頭先生に掛け合ってくださり、スムーズに学校でのイヤーマフ使用許可が下りました。発達障害に知見のある特別支援学級の先生が、イヤーマフの有効性を伝えてくれたのが大きかったようです。
息子には、先生が皆に説明した後で使うように伝えていました。しかし、登校してすぐ、ランドセルにイヤーマフが入っているのを見つけたクラスメートが、「いけない物を持ってきている!」と騒ぎ立ててしまいました。生真面目な息子は、取り返そうとパニックになり、近くにあった椅子を投げてしまったのです。幸い怪我人はいませんでしたが、大きな問題となりました。
担任の先生の計らいで、息子は特別支援学級でクールダウンし、その間に先生がクラスの子たちにイヤーマフは息子にとって必要なものであることを説明してくれました。特別支援学級の先生は、息子の気持ちを受容しながら、「椅子は投げてはいけないもの」だと諭してくれました。初日こそトラブルが起きてしまったものの、イヤーマフを使い始めた息子の様子は劇的に変わりました。
「これは良い!!ザワザワした感じが少なくなった!」と、息子はうれしそうに言いました。
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導入後に見られた主な変化は以下の通りです。
- 手で耳を塞ぐことがなくなり、授業をきちんと聞けるように
- LD・SLD(限局性学習症)による板書困難と忘れ物の減少
- 過敏によるストレスが減り、それまで毎日あった学校からの連絡の減少
私にとっても、土日の買い物にも一緒に行けるようになるなど、親子で心穏やかに過ごせる時間が増えていきました。イヤーマフは、私たち親子にとって欠かせない「お守り」となったのです。
イヤーマフで変わった息子。孤独な育児と「負のループ」に陥っていた母にも徐々に変化が
イヤーマフを使い始めてから、息子の学校での様子は劇的に改善しました。しかし、私自身、学校からの連絡に怯える日々の中で、深く疲弊していたのだと思います。当時は、周りの親御さんの視線が痛く感じ、誰にも相談できず、一人で涙を流す日が多くありました。
「私には育てられないのではないか」「どうしてうちの子だけ……」と、負のループにはまり、身動きが取れず、息子にあたってしまう自分も嫌でした。
そんな中、息子がイヤーマフを使い始めたことが、私にとっても大きな転機となりました。
もう限界だという思いから、保護者懇談会という場で、勇気を振り絞ってすべてを話すことを決意したのです。涙で声が詰まりながらも、息子の特性や、これまでの胸の内を、一気にカミングアウトしました。
この行動をきっかけに、職場でもカミングアウトしたところ、同じように困難な経験をされていた先輩ママが、「自分を責めないで!」と声をかけてくれました。この言葉は、孤立していた私を救ってくれました。カミングアウトしたことで、「息子くんがどんなことが苦手なのかをうちの子にも話すね」と言ってくれる保護者の方も出てきました。親から子へ、子から友だちへと伝わることで、少しずつ支援の輪が拡がっていったと感じています。
中学での環境の変化と、息子が手放した「お守り」
小学校での困難を乗り越え、中学・高校と進むにつれて、息子は大きく成長していきました。中学になると、小学校時代のような大きな声や不協和音が減り、息子にとって生活しやすい環境になったと感じます。
適切な距離の取り方も分かるようになり、気の合う友だちと一緒に過ごす時間が増えました。イヤーマフは、悪目立ちすることを嫌がり、使わなくなりましたが、しばらくは「使わずとも手元には置いておきたい」と机のフックに掛けていました。
そして、高校生になった2年前、「あー、もう大丈夫かな……使わなくても。耐えられなかった時は静かになれる場所に移動するから」と、イヤーマフをほかの人に譲りました。「お守り」がなくても自分で対処できるほど、息子は成長していたのです。
また、偏食への向き合い方にも変化がありました。中学では、小学校のような手厚い給食の支援(おにぎり持参など)は受けられませんでした。しかし息子は「しょうがないよな。
何とかするから大丈夫だよ」と、私を心配させないように明るく振る舞っていました。きっとこの時、「一口は食べよう!」と、自分で決めて頑張っていたのだと思います。
今では、嫌いなものはあっても偏食とまでは言えない程度にまで改善しました。食べてみたら意外においしく感じたものもあったようで「小学校時代から食べていれば良かった」と悔やむ姿も見せるほどです。自分で状況を受け止め、行動を決める力(セルフコントロール)が育ったことを感じます。
終わりは必ず来る。頑張りすぎずに乗り越えて
私自身の経験から言えるのは、たとえ日々の生活の中で終わりが見えないと感じても、「今がずっと続く訳ではない」いうことです。
子どもたちはゆっくりでもできることが増えていきます。この「成長している」という事実が、私自身の気持ちをとても楽にしてくれました。
お子さんの発達に悩んでいる方は、本当にお子さんのことを良く見て、何とかしたいという気持ちを強くもっていらっしゃると思います。だからこそ、頑張り屋さんで、つい力を入れすぎて疲弊してしまうこともあるでしょう。そんな時は少し休んで、適度に肩の力を抜くことで、これまで見えなかった解決策が見えてくることもあるかもしれません。当時「お先真っ暗」だと感じていた日々も、今は穏やかに振り返ることができるようになりました。あの頃、私自身が一番ほしかった言葉は、「あなたは充分頑張っていますよ」という一言でした。あの頃の自分のようにつらい思いをしている方に、この言葉がそっと届いてくれたら幸いです。
イラスト/もっつん
エピソード参考/りん
(監修:新美先生より)
聴覚過敏のある息子さんの学校での困難さと、その中で見つけていった工夫や親御さんの心の変化を聞かせていただきありがとうございます。ASD(自閉スペクトラム症)のあるお子さんにとって、学校は想像以上に刺激の多い環境です。特に聴覚過敏がある場合、本人にとって音は「我慢すれば慣れるもの」ではなく、常に神経をすり減らすほどの苦痛として感じられることがあります。授業に集中できない、落ち着かないといった様子の背景には、意欲や努力の問題ではなく、感覚過敏による疲労や限界が隠れていることも少なくありません。イヤーマフの導入によって息子さんの状態が大きく改善したというエピソードは、「環境を整えること」がいかに重要かを示しています。音の刺激が軽減されたことで、聴覚過敏そのものだけでなく、結果的に板書の困難や忘れ物の減少につながった点も印象的です。これは、本人の力が急に伸びたというよりも、「本来持っている力を発揮できる環境が整った」結果だといえるでしょう。イヤーマフは決して甘やかしではなく、合理的配慮の一つであり、息子さんにとって心身を守る大切な“お守り”だったのだと思います。
また、親御さんが感じてこられた精神的な孤立や、「負のループ」に陥ってしまう苦しさは、多くの保護者の方が共感される部分ではないでしょうか。学校からの連絡に怯え、周囲の視線を気にし、自分を責めてしまう——そのような状況の中で、勇気を出してカミングアウトされたことは、とても大きな一歩だったと思います。支援は、専門職だけで完結するものではなく、周囲の理解が広がることで初めて持続可能なものになります。思春期以降、イヤーマフを手放し、自分で対処方法を選べるようになった息子さんの姿からは、成長とは「困りごとが消えること」ではなく、「自分なりの対処法を身につけ、折り合いをつけられる力が育つこと」なのだと、改めて感じさせられます。
(コラム内の障害名表記について)
コラム内では、現在一般的に使用される障害名・疾患名で表記をしていますが、2013年に公開された米国精神医学会が作成する、精神疾患・精神障害の分類マニュアルDSM-5などをもとに、日本小児神経学会などでは「障害」という表記ではなく、「~症」と表現されるようになりました。現在は下記の表現になっています。
神経発達症
発達障害の名称で呼ばれていましたが、現在は神経発達症と呼ばれるようになりました。
知的発達症(知的障害)、自閉スペクトラム症、注意欠如・多動症、コミュニケーション症群、限局性学習症、チック症群、発達性協調運動症、常同運動症が含まれます。
※発達障害者支援法において、発達障害の定義の中に知的発達症(知的能力障害)は含まれないため、神経発達症のほうが発達障害よりも広い概念になります。
ASD(自閉スペクトラム症)
自閉症、高機能自閉症、広汎性発達障害、アスペルガー(Asperger)症候群などのいろいろな名称で呼ばれていたものがまとめて表現されるようになりました。ASDはAutism Spectrum Disorderの略。
SLD(限局性学習症)
LD、学習障害、などの名称で呼ばれていましたが、現在はSLD、限局性学習症と呼ばれるようになりました。SLDはSpecific Learning Disorderの略。