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【障害児育児とキャリア】公務員の私が直面した小1の壁、組織のルール…安定した職を手放して選んだ「想定外」の道

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職場復帰に不安を抱える中、訪れた転機


転機になったのは、執筆の依頼が来るようになったことです。

在学中にInstagramで育児漫画を発信し始めたのですが、フォロワーさんが増えていくにつれ、少しずつ執筆依頼が来るようになりました。
七転八倒してきた自分の経験が誰かの役に立つことがうれしく、できる限り引き受けたいと考えましたが、当時は公務員だったので副業にあたると判断されればマズイことになります。詳細を確認すべく、人事課に現在の状況を洗いざらい相談すると、返ってきたのはこんな答えでした。

「無給でなら、執筆を引き受けてもよい。ただ、通信とはいえ育休中に大学へ通うのは褒められたことではない。勉強する暇があるなら復職できるでしょ、と受け取られても仕方ない」

育休中のリスキリングが話題になる少し前のことで、雇用する側の率直な意見だったのだと思います。
けれど当時の私は、「わが子を理解したい一心で時間とお金と労力を注ぎ、得た知識と資格で復職後は福祉行政に貢献できればと睡眠時間を削って学んでいるのに、障害児を持った母親の立場はこんなにも理解されないのか!」とショックを受けました。


その後も、復職に向けて当時の上司や同僚と相談を重ねてきましたが、さまざまにシミュレーションしてみるうちに、未就学児のうちはまだ調整できても小1の壁が越えられなさそう、ということが分かってきました。
特別支援学校(市外)へ向かうバスの時間がもろに始業とかぶっていて遅刻が避けられず、遅れた時間に有給を当てることはできても、いずれ使い切れば欠勤扱い、ファミリーサポートに送迎を頼もうにも多動の激しい障害児は対象外……。

【障害児育児とキャリア】公務員の私が直面した小1の壁、組織のルール…安定した職を手放して選んだ「想定外」の道

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私一人の頑張りでどうにかなるものでもなく、比較的制度に恵まれているといわれる公務員の世界でも、わが家のようなイレギュラーを想定に入れた制度設計になっていないことがよく分かりました。
私の窮状を聞きつけてくれた職員労働組合女性部の方々が「現行規定ではわが子に障害があった場合に対応できない」「実際に辞めざるを得なかった人がほかにもいる」「制度改正を」と声を上げてくれましたが、規定を変えるのは基本的に難しく、改正のためには市に要求書を提出して長年の審議を経てからになるということでした。「すぐには力になれないのが申し訳ないけれど、私たち公務員には、困った人のために社会を変えていくための力があると信じてる。お子さんの事情もあるだろうから辞めるなとは言わないけれど、『続けられない現状』はおかしい。にれちゃんや、にれちゃんの立場になるこれからの人たちのために、選択肢を作りたい。この件は声を上げ続けていくから、諦めないでね」と先輩方に励まされ、思わず泣いてしまいました。


しかしもう一つ、個人的に大きな心配だったのは災害時の動員です。私の住む市は南海トラフ地震の警戒地域に当たります。市職員は災害時も市のために働く義務がありますが、子どもたちの様子から家庭を夫に任せて私が市役所や避難所で寝泊まりするのは難しいと感じていました。一応、乳幼児のいる職員に関しては動員免除の規定もありましたが、わが家の場合はどうでしょうか。次女は成長とともに留守番ができるようになるかもしれませんが、長女はおそらく今後もずっと、心得のある大人がついていないと命の危険があります。
ただでさえ少ない正規職員がギリギリの数で避難所を回す中、災害動員の免除をお願いし続けることを考えると途轍もなく心苦しく思いました。

復職に怯えてはいましたが、本心から復職したいとも願っていました。
行政職として人の役に立てることに喜びも感じていましたし、何より経済的に安定したい気持ちがありました。

子ども二人で5年半にも渡る育休中、育児休業手当が出るのはそれぞれの子の産後1年間です。無収入期間は3年を超えていました。夫も勤めていた事業所が閉鎖してしまい転職した直後で、家庭内には不透明な先行きへの焦りが満ちていました。

復職に向けての対策を練りながら無給でのボランティア案件をいくつかこなし、やりがいを感じていたところで、今度はWeb連載と電子書籍の出版のお話が舞い込みました。
公務員の出版は認められるケースがあると聞いたことがあり、改めて人事課に相談してみたところ、「他自治体では認めているところもあるかもしれないが、うちの市では職員が出版することは認めていない。無給での執筆も、職務専念義務違反と捉えることもできるので復職後は認められない」と言われました。
障害児親として働く困難さは考慮されないのに、障害児親として社会に働きかける活動は止められるのか、と思うと悔しさが込み上げてきて、とうとう覚悟が決まりました。今の状態では、復職しても精神的な余裕がなくなり、子どもたちに皺寄せが行くことは目に見えている。

どうせ数年後に退職を余儀なくされるのなら、仕事が来ているうちに在宅ワーカーになろう。
収入は下がるかもしれないけれど、時間に融通の利く在宅仕事なら、子どもの困りごとにも柔軟に対応できるはず。

5年半も休んだ上、労組の先輩からあんなに励ましてもらったのに辞めるなんて……という後ろめたさは物凄くありましたが、通常よりも少し手のかかる子どもたちの育ちを細やかに支えていきたい気持ちが勝りました。
お世話になった部署と、復職する道を一緒に考えてくれた人たちに頭を下げ、私は退職届を提出しました。

職業を通して人生観も変わった


このような形で転職をしたため、大学で取った2つの任用資格“社会福祉主事”と“児童指導員”は活かす場所がなくなってしまいました。
民間資格の“乳幼児食指導士”と“児童発達支援士”も職業に直結するものではないので、長女に診断がついたあとで取った4つの資格は、私の場合はキャリア上だと「特に意味がなかった」ということになります(今こうして子どもの発達に関するコラムを書かせていただけているので、まったくの無駄ではなかったとは思いますが……!)。

資格が肩書きに繋がったわけではありませんが、資格の勉強を通して得た知識は、特性ある姉妹を育てる中での土台になっていると感じます。人事課には却下された書籍の出版も実現しましたし、仕事に活かせるかどうかは今後の自分の活動の幅次第だと思います。


フリーランスになって良かったことは、なんといっても時間の融通が利くことと、自分のペースで仕事ができることです。
突然のお迎えや呼び出しにもすぐに対応できますし、ただでさえ心身の消耗が激しい障害児育児をする中で自分の心身と相談しながら仕事を進めることができています。休んだ分だけ収入は減りますが、迷惑を掛けるのも迷惑を被るのも自分だと思えば気は楽です。
次女の登園渋りが酷かった時期には、手を繋いで二人きりでゆっくり歩く登園スタイルに変え、次女の精神安定をサポートすることもできました。

将来への不安がないというと嘘になりますが、わが家の場合は退職直後に次女も発達支援に通わせることになったので、どうしたにせよ市職員として働き続けることはできなかったんだと諦めがつきました。今は、子どもたちの成長や家族の困りごとに寄り添いながら、自分に合う形で働けることを幸せに思います。

想定は崩れるもの


「時短で復帰」「定年まで勤める」という想定は崩れましたが、もう一つ崩れた想定があります。
それは「長女が特別支援学校に就学する」という想定でした。
長女は今、地域の小学校の特別支援学級に通っています。

長女の障害の重さからすると近い将来には特別支援学校に転籍することにはなるのですが、退職騒動の渦中で想定していた道とは違う道を歩んでいることになります。

振り返ってみると、長女の診断をきっかけにして私はいくつもの資格を取り、“あるべき進路”を思い描き、そして手放しました。
結果として、資格は職業には直結せず、公務員としてのキャリアも続けられませんでした。

就学もキャリアも資格の使い道も、想定通りに進んだことは一つもありませんでしたが、「想定は崩れるもので、崩れたあとにしか見えない道もあるよなぁ」と思いながら、今私は想定外の道を歩いています。

私が退職したあとの話ですが、市の労働組合は「障害のある児童を育てる親の場合は部分休業を小学6年生まで拡大すること」の要求書を市に提出してくれたそうです。もしも私の退職が障害児親にとって働きやすい労働体制を作るための礎になれていたら、復帰か退職かで苦悩した私の数年は無駄ではなかったんだと思えます。

官庁でのこうした動きは民間にも広がっていく傾向があります。

地域や職種が違っても、私と同じような状況で困っている人は少なくないと思うので、いずれは官民を問わず、“障害児を持てば退職”の一択ではなく“家庭の事情に合わせながら勤める”という選択肢が選べるようになるといいなと思います。

少なくとも私自身は、子どもの障害をきっかけに、働き方だけでなく人生の優先順位を組み替えることになりました。
今私は、「子どもの健やかな育ちを支えたい」という気持ちに正直に生きています。

【障害児育児とキャリア】公務員の私が直面した小1の壁、組織のルール…安定した職を手放して選んだ「想定外」の道

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障害のあるお子さんを育てながら働き方を模索されてきた道のりに胸が痛くなりました。お子さんの障害をきっかけに、働き方だけでなく人生の優先順位そのものを組み替えることは、きっと想定外の出来事だったのではないでしょうか。しかし、子育ては思い通りにいかないからこそ、その都度立ち止まり、悩み、試行錯誤しながら選び取っていくものなのだと改めて感じました。迷いながらも模索されたその道には、きっとそのご家族にとっての最善があると信じています。多くの親御さんに勇気を与える、大切なメッセージをありがとうございました。(監修:小児科専門医 /小児神経専門医/てんかん専門医/どんぐり発達クリニック院長藤井明子先生)

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(コラム内の障害名表記について)
コラム内では、現在一般的に使用される障害名・疾患名で表記をしていますが、2013年に公開された米国精神医学会が作成する、精神疾患・精神障害の分類マニュアルDSM-5などをもとに、日本小児神経学会などでは「障害」という表記ではなく、「~症」と表現されるようになりました。現在は下記の表現になっています。

神経発達症
発達障害の名称で呼ばれていましたが、現在は神経発達症と呼ばれるようになりました。
知的障害(知的発達症)、ASD(自閉スペクトラム症)、ADHD(注意欠如多動症)、コミュニケーション症群、LD・SLD(限局性学習症)、チック症群、DCD(発達性協調運動症)、常同運動症が含まれます。
※発達障害者支援法において、発達障害の定義の中に知的発達症(知的能力障害)は含まれないため、神経発達症のほうが発達障害よりも広い概念になります。

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