発達障害のある息子、高校卒業後の寮生活と親離れのリアリティ。母が学んだ「安全基地」と「信じて見守る」距離感
社会人一歩手前。突然大人のルールに変わる瞬間
4月の初旬、コチ丸は1年の講習を受けるため、北関東にある講習会の寮に入寮しました。
これまでは、口が達者で生意気でも(笑)、学生という守られている立場ではあったので、親の私も心配しながらも、「困ったことがあってもきっと先生や周りの大人が助けてくれるだろう」という思いがありました。大学などに進学をしていたら、もう少しその期間も延ばせたかもしれないのですが、コチ丸が選んだ進路はある意味、「もう社会人と同じ」とみなされるものでした。
高校では2人部屋だった寮が、今回は1人部屋になりました。コチ丸にとっては念願の1人部屋(実家にいる間は私と寝室も共同でした)で嬉しそう。とはいえ、「1人で部屋を管理できるのかなー」と私は心配に。高校の寮に入った時も同じように心配していたことではあるのですが……(笑)。
掃除やゴミ捨て、髪が伸びたら美容院へ、調子が悪ければ病院に、何かに夢中になり過ぎて夜更かしして翌日に響く……そういう日常生活での当たり前のことが、自分で管理できるのか、誰の目も気にしなくていい環境だと全くやらなくなってしまうのでは……と案じていました。
またそれにプラスして、講習会へ通っている方の年代もさまざまです。例えば20歳を超えた方はお酒も飲めるしタバコも吸えるわけで、そんな風にさまざまな年代の方がいる環境でコチ丸は自分を律していけるのか、ということも心配で……。
さらには、お小遣いの問題も。どのくらい使うのか入寮前は全く想像がつきません。自分で管理できるのかはとても心配でした。何かにどっぷりハマって無駄遣いしないか?生活できなくなるほど使い込んでしまうのではないか?という懸念もあります。
1年後には本当の社会人になるので、できれば今からバイトをして遊ぶ分くらいは稼いでおいてもらいたいと思いつつ、コチ丸の通う講習会は1年しかなく、短期間の勤務になると周りのお店も認識しているようで、雇ってもらうところを探すことも難しく、バイトもなかなか思うように見つかりません。
普通に育てていてもおそらくぶつかるであろう子どもの独立問題に合わせて、自分たちと子どもの時代が違うこと、発達の特性からも配慮したほうが良いのではと思うことが重なり、コチ丸も分からないことが多かったと思いますが、私自身も分からないことばかり。
そんな中で私が大切にしたのは、できる限りコチ丸の意見を尊重することでした。
私とコチ丸は性別も違えば、選んだ進路も環境も違います。私が経験してきたこととは何もかも違う。だから私には分からないことばかりなのだろう、コチ丸を信じることが一番なのかなぁと。
また、私が養育者として判断しなくてはいけないことは、ちゃんと本人も納得がいくように話し合いながら決めるようにしてきました。
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初めての環境はポジティブ人間をもネガティブにさせる!!
他に変わったことというと、週に1回くらい、2人で電話をするように。
高校の2人部屋の寮では、同室の友だちの目も気になり、家族に電話するのも年頃的に恥ずかしかったのか、あまり連絡を取ることはなかったのですが、1人部屋になり、周りを気にしなくても良くなり、結構気軽に連絡を取れるようになったのはありがたかったです(話すのは大体お金の話ですが……笑)。
というのも、入講式の日、いざ会場に入って名簿を見てみると、合格者20名中、高卒の受講生はコチ丸を入れて3人だけ。
あとはみんな年上で、さらには社会人でこの資格を取るために1年間休職して寮に入っているメンバーなどもいて、コチ丸と一周り近く年が違う方や既に社会人経験豊富な方もいました。
想定していなかった環境にコチ丸も不安だったようで、入講式が終わって別れる際は珍しく元気がなかったのが気がかりで……。
その後は電話でまめに連絡を取るように。電話口の声が明らかに元気がない日が続き、姿が見えないことにハラハラしたものですが、コチ丸が部屋で1人悶々としているよりは、思っていることを口に出した方が良いだろうと。
誰かに話すことで解消されることもあるし、口に出すことで自分自身が納得いくこともあるから、悩んだ時、話せる相手として私を選んでくれているうちはありがたいと思っています。
しかし私自身としては、やはりコチ丸の不登校時代の危機感は完全には抜けておらず、「辞めてしまうかもしれない」という可能性もどこかでは常に持っています。もちろん、それならそれでコチ丸の選んだことなので、いつでも帰ってきてくれていいと思っていますが、自分で選んで決めた道をできる限りは続けて欲しいし、応援したい。それでも彼がすごいなと思ったのは、そのような環境でも未来の話をすることでした。
慣れない生活で大変なことはたくさんあり、愚痴をこぼしたりもしましたが、同時にコチ丸はしっかりとこの講習を終えた後の進路の話もしていたので、私にとってもそれは希望です。
そのくらい自己肯定感が高いので、私も前向きに励ますのが当たり前になっていたなぁと思います。
「ダメだったらどうする?」とか「無理じゃない?」とか、は私たち親子の会話にはほぼ出てきません。
「とりあえずできるとこまでやればいいじゃん」「やれるよ。みんなやってるんだもん」というとコチ丸も「それはそう」とすぐ納得。
歩みのテンポを緩めたり立ち止まることはあっても、後ろに下がることはない子だなぁと感心しました。
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それでも子も親も前に進むしかないということ
そして受講が始まってから1か月半後、私とコチ丸は横浜で再会します。なんと応募していたアーティストのライブがなんとプレミアムな席で当選(!)したのです。
聴覚過敏がある息子は以前、同じアーティストのライブに連れて行っても、爆音を聴くことを拒否して眠ってしまうということがありましたが、今回は2人とも大盛り上がりで参加できました。
一緒に楽しめたこともまた、私にとっては感慨深い気持ちでいっぱいでした。
当時は無理やりこういう場に連れて行って、音楽を嫌いにさせてしまったのではないかなと思い悩んだこともありましたが、あの爆音の中、2人で大声で歌って叫んで踊れる日がくるとは……(笑)。
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新しい環境で1か月半経ったコチ丸は、実技実習のたまものか、すっかり身体も逞しくなって、メンタル的にも落ち着いているのが伝わってきました。
その時私は「あー、もう大丈夫だな。この1年、やっていけるな」と、直感。それは以前コチ丸が高校へ進学するために北海道に行った際にも感じた感覚でした。
その頃から電話をすれば友だちの話をするようになり、自分の部屋でみんなでサッカー観戦をしたとか、今度一緒にサッカーを見にいくなど話してくれるようになり、少し前には友だちと日雇いのバイトを一緒にしてきたといって、往復12kmの道のりを自転車で通ったという話もしてくれました。
発達障害の特性でもあると思いますが、小さい頃から興味の振り幅が大きく、マニアックなところを掘り下げられる性格のおかげで、会話の内容が幅広く、さまざまなタイプの人とまんべんなく話せるのは彼の強みだなと感じます。
同時に、熱中症になったとか、ご飯を節約しているとか心配な話もときどき耳に入ってきて、その度に急いで冷却グッズや仕送りをしたりと、親として心配なこともまだまだあります。
今回、高校を卒業してからのコチ丸を見ていて痛感したのは、「学校を卒業すると、社会は一気にフラットになるようにみえる」ということでした。
小・中・高校と、公立であれ私立であれ、私たちは「発達障害」「合理的配慮」という言葉をよりどころとして、学校側と何度も話し合い、環境を調整してもらうことができました。しかし、社会に出ればそんな特別な配慮の要請は当たり前には通じません。むしろ、それを説明することが逆に当事者にとっての負担となり、やりたいことの入り口にさえ立てない現実もあります。良くも悪くも、健常者と同じ土俵に立たされる、ということが往々にしてあるかと思います。
コチ丸は生活の大部分を自分でこなし、時には周りよりも抜きんでる力を見せることもあります。
だからこそ「大丈夫だ」と信じたい反面、世の中のルールや当たり前の厳しさに傷つけられてしまうことがあるのではないかと、親としてはどうしても身構えてしまいます。特性を抱えながら、特別扱いされない社会に参加し、そこでいかに自分の居場所を作り、自立していくか。それは結局、コチ丸自身にしかできません。
社会では周りと同じ「対等な立場」で扱われるからこそ、コチ丸が「自分らしく」いられる場所を守ること、そして、壁にぶつかったときには「いつでも客観的なアドバイスをしてあげられる仲間」であり、何か困難があったときには、体制を立て直してもう一度社会へ送り出すための「安全基地」であり続けること。配慮がみえにくい社会で生きるコチ丸が、自分の力でやりたいことを選び、歩き続けることを、私はただ信じて見守るしかないのだと思っています。
執筆/あき
コチ丸さんが新しい環境の中で、自分なりに生活を整え、人との関係を築きながら前に進んでいる姿が、とても頼もしく感じられました。
学校では、保護者や先生が本人の困りごとに気づき、必要な配慮について一緒に考えてくれることも多いですが、社会に出ると、周囲が先回りして支援を整えてくれる機会はぐっと少なくなります。そのため、自分の得意・不得意や特性を理解し、必要なときには「こうしてもらえるとやりやすい」と自分から伝えたり、周囲と相談しながら調整したりする力も大切になってきます。コチ丸さんは、今回の講習会に入る前から高校で寮生活を経験されていたとのことで、その中で、自分で生活する力だけでなく、困ったときに人に頼る力も少しずつ身につけてこられたのかもしれませんね。人に頼ることができる力は、障害の有無にかかわらず、社会の中で生きていくうえでとても大切です。
また、社会に出たからといって支援がなくなるわけではありません。必要に応じて、手帳や障害者雇用、就労支援機関、ジョブコーチ、発達障害者支援センターなど、さまざまな制度や支援につながることもできます。これからは、保護者が支援を整えることから、本人が自分に必要な支援を選び、周囲の力も借りながら自分の生活をつくっていくことへと、少しずつ支援の形が変わっていく時期なのだと思います。
コチ丸さん自身の力を信じ、本人の選択を尊重しながら、困ったときにはいつでも戻ることのできる安全基地でいようとするあきさんの姿勢は、これから社会へ踏み出していくコチ丸さんにとって、とても心強い支えになりますね。(監修:小児科医 室伏佑香先生)