すべての子どもが自分だけの輝きを持っている。音楽で「表現する力」を育む、インクルーシブな合唱団【ホワイトハンドコーラスNIPPON】に密着取材
プロの指導と弾ける笑顔。手と声で音楽を表現する「ホワイトハンドコーラスNIPPON」の練習現場
東京都内の会場で毎週日曜日に練習会が行われています。まずは声で歌う担当の「声隊」の練習からです。歌の練習に入る前、新しい曲の歌詞をみんなで作詞するためのキーワード出しを始めます。
「今回のイベントのテーマは?」
「どんなことを伝えたい?」
「この曲の場合はどう歌声で表現する?」
現地とオンラインで参加するメンバーをつなぎ、こうした視点から連想ゲームのように次々と言葉を出していきました。キーワードを集めることで、どのような想いをのせて歌うか、メンバーの認識を合わせることができます。実際に歌い始めると、十数名の人数でも圧倒的なパワーで、目の前で聴いていた取材班も思わずのけぞるほど。
手歌を担当する「サイン隊」の練習では、実際に曲に合わせて手歌を創っていくところから始まります。
「1番と2番、同じ歌詞だけど同じ表現でいいのかな?」
「歌詞に出てくる『かわいい』ってどういう表情で言っているんだろう?」
「この歌詞の『ドンドンドン』ってなんの音だろう?」
と深掘りし、各々の意見を出していきました。
意見をとりまとめ、実際に曲に合わせて手歌で奏でます。彼らの表現のすごいところはなんといっても表情です。「手」歌といっても手を動かすだけではなく、豊かな表情で聴衆に届け!という心意気が伝わってきます。
練習風景を見ていると、プロの音楽家による妥協のない指導のもと、子どもたちが本気で音楽に向き合っている姿が印象的です。驚くほどイキイキとした顔で、誰かの「できた!」や「それいいね!」と意見が飛び交う瞬間には全員で飛び上がらんばかりに喜び合います。
練習の合間には、一緒に会話を楽しむ子どもたちの姿も。学校や年齢、コミュニケーション手段の違い(手話や音声)を心地よい個性として受け入れ、互いから学び合いながら友情を深めています。彼らの弾けるような笑顔と美しいハーモニー、豊かな表情変化と全身を使って歌詞を表現する姿がそこにありました。
Upload By 発達ナビ【編集部Eye】
「ホンモノの芸術で魂を揺さぶりたい」という想い
創設者であり芸術監督を務める、ソプラノ歌手のコロンえりかさんがホワイトハンドコーラスの探究を始めたのは、大学時代に訪れた聴覚障害特別支援学校での体験がきっかけでした。生徒たちが「体を傾けて傾聴する」「目できく」姿、そして無音の中で身体から音楽が流れ出すかのように表現する姿に強い衝撃を受けたといいます。その後、2013年のザルツブルク音楽祭でベネズエラ発祥のホワイトハンドコーラスのパフォーマンスを目にし、「こんなにも美しい音楽の形はない!」と確信。「壁をこわしていく圧倒的に美しいものを、子どもたちと一緒に作りたい」という強い想いから、団体の立ち上げに至りました。
コロンさんは、「障害者アーツ」という言葉そのものをなくしたいという思いがあり、以下のように語ります。
『障害』という言葉を忘れてしまうような、心打つパフォーマンスを目指したい。そうでなければ、いつまで経ってもレッテルに伴う偏見や思い込みから自由になれません。
だからこそ、合唱団では子どもたちに普遍的な価値を持つ「ホンモノ」の作品と向き合っています。
例えば、ベートーヴェンの『第九』に取り組むとき、子どもたちは作品の背景にある「苦難から歓喜へ」というテーマに自身の人生を重ね合わせ、表現を磨き続けています。
Upload By 発達ナビ【編集部Eye】
団内で最も大切にしている姿勢の一つとして、障害者権利条約のモットーでもある「私たちのことを私たち抜きに決めないで」という言葉があります。団の重要な決定には必ず子どもたちが参画します。
例えば、手話では「障害者」という言葉は「壊れた+人々」という意味と同じ表現で表します。これに対し、若いメンバーから「私は何も壊れていない」という声が上がりました。数か月にわたる対話を経て子どもたちの意見を取り入れた新しい手話を考案し、京都市議会やオーストリア国会議事堂で発表。これを受けた京都市議会では全会一致で「手話言語における適切かつ時代に即した表現のあり方の議論と普及を求める意見書」が採択され、内閣総理大臣、衆・参議院議長、厚生労働大臣らに提出されるなど、子どもたち自身が社会を変える主体となっています。
音楽を通じて子どもが変わる瞬間
ホワイトハンドコーラスNIPPONへの参加によって、子どもたちのさまざまな変化を見てきたと、コロンさんはさまざまなエピソードを教えてくれました。
サイン隊のYさん。ご両親はYさんが生まれたときに重度の難聴があることを知り「親だけで音楽を楽しむのはフェアではない」と自宅のラジオを捨てて音楽と決別することを決意したそうです。しかしこの数年後、Yさんはホワイトハンドコーラスと出会い、活動を通じて音楽が大好きになりました。「音楽とはどんなもの?」と尋ねると、「よろこび」という文字を7色で囲む絵を描き、お風呂上がりには鼻歌ならぬ「鼻手歌」を楽しんだり、歌番組で歌詞の字幕を見ながら手話で表現したりします。そして、Yさんのご両親は「一緒に楽しめる方法があるとわかって家に音楽が戻ってきました」と報告してくれたと言います。
また、あるお子さんはASD(自閉スペクトラム症)と難聴があり、普段は車いすを利用していました。ホワイトハンドコーラス参加当初は腕を動かすことや目を合わせることもむずかしい状態。それでも練習には熱心に通い続け、次第に他メンバーと交流したいと考えるようになったようで、
「”こんにちは”と言いたい。
みんなと話したいから、発声する方法を教えて」
と訴え、口話のレッスンをするようになりました。すると「だれかと繋がりたい」という思いが彼女の毎日をメキメキ変えていき、コンサートでは笑顔いっぱいで歌詞を表現できるように。
「失敗」は存在しない。挑戦と「できた!」を全員で喜ぶ文化
ホワイトハンドコーラスNIPPONの練習現場には、子どもたちがのびのびと自己表現できる独自の環境と工夫があります。
指導において最も大切にされているのが、「失敗を恐れずに挑戦できる雰囲気づくり」です。挑戦した後に「学び」があるなら、それは失敗ではなくすべて成長のための財産になると、コロンさんは考えています。「できないかどうかじゃない、やりたいかどうかだ」という合言葉のもと、正解のない問いに自ら想像力を働かせて挑む姿勢が育まれています。
見え方や聴こえ方、体の動かし方が一人ひとり異なる中で、手話通訳者の常駐はもちろん、対等に助け合える体制を整えています。 日本の祭りからヒントを得たMATSURI組織モデルを最近導入し、小さな子どものリーダー、青年団のリーダー、長老といった形で、子どもが自分の言いやすい人にいつでも相談できる雰囲気を守り、可視化できるように努めています。
自分の成長だけでなく、友だちが初めてチャレンジしたことや「できた!」という瞬間を、全員で自分のことのように大喜びします。この相互承認の文化が、子どもたちの自己肯定感と安心感を強固なものにしています。
ご家庭で子どもの「表現したい」を引き出す3つのヒント
自分の想いを表現するのが苦手だったり、自分の殻に閉じこもりがちだったりするお子さんに対して、ご家庭で保護者ができる関わり方についてコロンさんに伺いました。
表現することは本来、心を解放し、他者と理解し合う喜びにつながるものです。競争やノルマという文脈ではなく、「伝えるって楽しい」「心を通わせるって心地いい」という根本的な喜びを大切に育てていくことが第一歩となります。
その上で、子どもが何かを表現し始めたら、まずはすべてを肯定することが大切です。 『星の王子さま』に出てくる「羊が入った箱」のように、大人には見えていなくても子どもには見えている素敵な世界があります。まずはその世界観を尊重するよう心がけると良いと思います。
そして「表現を引き出す」ために最も必要なのは、子ども自身の中に「もっと伝えたい」「知りたい」という気持ち(探求心)が芽生えるのを待つことです。 心理的安全性の中で「伝えたい相手」に向けて心が動き出した瞬間こそが、大人がそっと手を差し伸べる最高のタイミングになると思います。
取材を終えて
従来の福祉では「障害のある子どものため」に「障害のない人が手を差し伸べる」という一方的な思い込みを持つ人がいます。これに対し、全てのメンバーが対等に魂を差し出し合い、共に作品を作り上げようとするのがホワイトハンドコーラスNIPPONです。
そこには、大人の思い込みや社会の壁を軽々と超えていく子どもたちの力強い姿がありました。
「すべての子どもに、自分だけの輝きがある」
彼らの声と手が紡ぎ出す圧倒的なハーモニーは、子育てに悩む私たちに温かいヒントを教えてくれています。
ホワイトハンドコーラスNIPPONでは、さまざまな場所でイベント活動を行っています。2026年は以下の公演がありますので、ご興味のある方はぜひお越しになってみてください。
ともともフェスタ2026
- 開催日時:2026年10月10日(土)
- 会場:東京駅丸の内口 行幸通り
- 時間:16:30〜17:00
- 入場料:無料
https://www.tomotomo.go.jp/festa2026/
ともともフェスタ2026
今後のイベント情報については、ホワイトハンドコーラスNIPPONの公式ホームページにて随時更新しております。
https://elsistemaconnect.or.jp/activity/whc-nippon/index.html
一般社団法人EL SISTEMA CONNECT
ホワイトハンドコーラスNIPPONでは見学・体験を随時受付しております。ご希望の方はこちらのフォームよりお問い合わせください。
https://elsistemaconnect.or.jp/contact.html
ホワイトハンドコーラスNIPPONお問い合わせフォーム
(コラム内の障害名表記について)
コラム内では、現在一般的に使用される障害名・疾患名で表記をしていますが、2013年に公開された米国精神医学会が作成する、精神疾患・精神障害の分類マニュアルDSM-5などをもとに、日本小児神経学会などでは「障害」という表記ではなく、「~症」と表現されるようになりました。現在は下記の表現になっています。
神経発達症
発達障害の名称で呼ばれていましたが、現在は神経発達症と呼ばれるようになりました。
知的障害(知的発達症)、ASD(自閉スペクトラム症)、ADHD(注意欠如多動症)、コミュニケーション症群、LD・SLD(限局性学習症)、チック症群、DCD(発達性協調運動症)、常同運動症が含まれます。
※発達障害者支援法において、発達障害の定義の中に知的発達症(知的能力障害)は含まれないため、神経発達症のほうが発達障害よりも広い概念になります。
ASD(自閉スペクトラム症)
自閉症、高機能自閉症、広汎性発達障害、アスペルガー(Asperger)症候群などのいろいろな名称で呼ばれていたものがまとめて表現されるようになりました。ASDはAutism Spectrum Disorderの略。