入学への不安に、別れの悲しみ。困難に立ち向かうための強さをくれる、世界の隠れた名作絵本
下の子が1歳に届くかどうか、という時期に、心不全を起こしました。まだ小さな子供の体に2度の心臓の手術が行われ、集中治療室に2ヶ月ほど入ることになりました。命の保証はできないと、お医者さんが難しい顔をするようなコンディションで、私と夫は交代で電車を乗り継いで、1時間以上かかる病院へほぼ毎日通うことになりました。
下の子供のことも心配でしたが、ちょうどその頃小学校2年生になるかならないかの年齢だった上の子供のことも、心配でたまりませんでした。集中治療室に入れるのは、親と祖父母だけ。たとえ兄弟であっても、就学年齢にあたる上の子供は入ることができません。学校で病気をもらっていたりしたら、集中治療室の他の子供達の命が危ないからです。
ある日突然弟が入院したかと思ったら、一度も顔を見ることができず、生死が危ぶまれる。7歳の子供には理解をすることも難しいですし、とても「怖い」経験でもありました。
本当だったら生や死については、もっと年齢が行ってから、ゆっくりと話し合おうと考えていました。けれど、そんなことができないくらいのスピードで、下の子の病状は悪化していきます。弟が死ぬかもしれないということ、死ぬとはどういうことなのか、話をしないわけにはいきませんでした。
親が毎日帰りが遅くなるのも、子供にとっては辛いことでした。どんなに頑張っても、家庭の空気は緊張してしまいます。そんな時にイギリスの家族のもとから届いたのがパトリス・カーストのThe Invisible String、『目に見えない糸』(本邦未訳)です。
そばにいなくても、遠く離れていても、愛情が伝わる糸が人の間にはあるのよ、と絵本の中でお母さんは子供たちに言い聞かせます。もしも、死んでしまったとしても。
派手に売れているわけではありませんが、長い間、苦しむ子供たちを支えてきた、隠れたベストセラーなのだと知ったのは、幸い下の子供が健康を取り戻した後のことでした。
著者パトリス・カーストは、学校へ行くことを怖がっていた息子のために、この本を書いたといいます。親と離れるのが怖い小さな子供の不安を、やさしくほぐしていくこの本は、結果的に入学だけでなく、引っ越しや親の離婚、死別など、子供が出会うかもしれない多くの「別れ」の不安と悲しみを和らげてくれる本として、多くの子供たちを癒してきました。昨年の冬に、新装版が出版されました。