10秒で決める練習、してますか? 将棋に学ぶ、即断力と集中力
将棋には、ほかのゲームにはない大きな特徴があります。それは「一手しか指せない」ということです。王将を守る手、相手の駒を取る手、攻めを続ける手 ─ どれも魅力的に見えるかもしれません。しかし最終的には、たったひとつの手を選んで、駒を動かさなければなりません。
これはまさに、人生における選択と同じ構造です。進路を決めるとき、友達との約束を選ぶとき、限られた時間で何を優先するか決めるとき。私たちは常に「決断する」ことを求められています。
将棋で「決断する力」を育む
将棋の女流棋士で「ねこまど」代表の北尾まどか氏は、将棋を通じて子どもたちに「決断すること」の大切さを伝えています。
一局の将棋で、プレイヤーは何十回、何百回と決断を繰り返します。そのたびに、考え、判断し、そして決める。この繰り返しが、決断力を育てていくのです。
しかも将棋の素晴らしいところは、決断の結果がすぐにわかることです。よい手なら形勢が有利になり、悪い手なら不利になる。この即座のフィードバックが、「どんな決断がよかったのか」を体験を通じて教えてくれます。
たとえ失敗しても、次の対極でまた挑戦できる。この安心感のなかで、子どもたちは試行錯誤を重ねながら学んでいけるのです。
秒読みというメリット
将棋の決断力をさらに磨くのが「秒読み」という仕組みです。
「10、9、8、7……」
静まり返った対局室に、秒読みの声が響きます。持ち時間を使い切ったプロ棋士は、限られた秒数で次の一手を決めなければなりません。どんなによい局面でも、時間切れになれば負け。この時間制限が、思考力と決断力を同時に鍛える貴重な機会になるのです。
秒読みのなかで、脳内は驚くべきプロセスが展開されています。
直感が働く ─ 「この手がよさそうだ」という感覚が、瞬時に浮かび上がります
判断する ─ その直感が本当に正しいか、致命的なミスがないかを一瞬で見極めます。
決断する ─ 迷いを断ち切り、駒を動かします。
通常の対局では持ち時間かけて行うプロセスを、秒読みではわずか10秒などの短時間で完結させなければなりません。時間が限られているからこそ、思考の優先順位が明確になり、集中しやすくするのです。興味深いのは、秒読みには「考えすぎを防ぐ」効果があることです。無限に時間があると、人はかえって迷ってしまうもの。「限られた時間内に決めなければならない」という適度な制約が、思考をクリアにし、決断を後押ししてくれます。
時間制限が引き出す本当の実力
「あと10秒しかない!」
この適度な緊張感が、人の脳に特別なスイッチを入れます。脳科学の研究によると、期限が迫ると脳内でノルアドレナリンという神経伝達物質が分泌され、注意力や集中力が高まることがわかっています。つまり、時間制限は脳を「本気モード」に切り替えるきっかけになるのです。
秒読みのよいところは、この効果を安全な環境で繰り返し体験できることです。しかも、失敗してもまた次の対局があります。この「失敗してもいい緊張感」のなかで、子どもたちは少しずつプレッシャーとの付き合い方を学んでいきます。
適度な緊張を味方にする
秒読み中の対局者は、誰もが緊張しています。プロでも子どもでも、このドキドキ感から逃れることはできません。しかし、ここに秒読みの教育的価値があります。適度な緊張を繰り返し体験することが、感情をコントロールするよい練習になるのです。
最初は焦ってしまうかもしれません。
でも、経験を重ねるうちに、子どもたちは気づきます。「ドキドキしても、ちゃんと考えられる」と。
この経験は、将棋以外でも役立ちます。テストの残り時間が少なくなったとき、スポーツの試合で重要な場面を迎えたとき、人前で発表するとき。秒読みで身につけた「落ち着く方法」が、子どもたちの背中をそっと押してくれるのです。
実践!決断力を育む3つの方法
「でも、うちの子は将棋をやっていないし……」
そんな方もご安心ください。将棋を知らなくても、秒読みのエッセンスを家庭に取り入れることができます。大切なのは「時間内に決断する」という体験を、楽しみながら積み重ねることです。
1. 決断ゲーム
「明日着て行く服を5分で決めよう」と声をかける。もちろん、正解・不正解はありません。時間内に決めた部分をほめてあげましょう。
2. 宿題タイムアタック
「この計算問題を10分で解いてみよう」と時間を区切ります。ダラダラ取り組むより集中力が上がり、達成感も得られます。慣れてきたら、子ども自身に時間設定をさせるのも効果的です。「何分でできそう?」と聞くことで、自分の実力を見積もる力も育ちます。
3. お片付けチャレンジ
「3分でおもちゃを片付けよう!」と片付けを楽しいゲームにする。
どれから片付けるか、どこに置くか、小さな決断の連続が、判断力を育てます。
【忘れてはいけないこと】
結果の良し悪しではなく、「決断したこと」そのものを認めてあげることが大切です。「よく決められたね」「時間内に選べたね」「迷ったけどチャレンジしたね」という言葉が、子どもの自信を少しずつ育てていきます。
未来を切り拓く「決める力」
現代は選択肢があふれる時代です。情報は無限にあり、正解はひとつではありません。だからこそ、「自分で決める力」がこれまで以上に大切になっています。
将棋が教えてくれる決断力。それは単なるゲームのスキルではないのです。
集中する力 ─ 限られた時間で考えをまとめる経験が、学習や仕事の効率を高めます。
適度な緊張と付き合う力 ─ 緊張する場面でも、冷静に判断できる心の強さが身につきます。
挑戦する力 ─「自分で決めて実行する」という経験の積み重ねが、自己肯定感を育みます。
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小さな決断でもかまいません。秒読みのような時間制限のなかで、考え、選び、決める。この繰り返しが、子どもたちに「どんな状況でも、自分で道を選べる」という自信を与えてくれるのです。
将棋の秒読みは、ただのゲームのルールではありません。それは、不確実な未来を生き抜く力を育てる、最高の教材なのです。
(参考)
東京ウーマン | 東京で働く女性のライフスタイルマガジン[東京ウーマン]
日本将棋連盟の解説(コラム) |対局に遅刻をしたときはどうなる?意外と知らない、将棋の「時間」についてまとめてみました
ねこまど |ねこまど
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