自己主張できる子は強い? 精神科医が語る「いい子」が抱える見えないリスク
「いい子」という言葉からは、誰だって好ましい印象を受けるでしょう。しかし、「いい子」だからこそメンタル不調におちいってしまうことも珍しくないのが実情です。その危険性を指摘するのは、産業医として活動する精神科医の尾林誉史先生。「いい子」の心の内側にある本当の気持ちとはどのようなものでしょうか。
構成/岩川悟取材・文/清家茂樹写真/石塚雅人(インタビューカットのみ)
「いい子」は将来的にメンタル不調におちいるリスクが高い
子どもの性質、タイプは本当にさまざまであることは、子育てをする親であれば、自分の子、その同級生などを見ていて実感するでしょう。なかには、まったく手がかからず成績もよくて真面目な、「いい子」に見えるタイプもいます。しかし、そうした一見「いい子」がメンタル不調におちいってしまうケースもあるので注意が必要です。
「いい子」には、「親の顔色をうかがっている」という特徴が挙げられます。
指示されたり期待されたりしたことに応え続け、「お父さんとお母さんに認められている」と感じているため、「期待に応えられないと、認めてもらえなくなるのではないか」という不安を抱いているのです。つまり、判断軸が自分ではなく、親という、いわば他人にあるわけです。
このタイプの子どもがそのまま大人になり社会に出ると、どのような不具合が出てくるでしょうか?あらゆることを、自分ではなく他人を軸にして考えますから、組織や上司の期待に応えることをなにより優先します。もちろん、社会人として自らが属する組織や上長の期待に応えようとする姿勢も大切ですが、その気持ちが強過ぎるのはやはり問題です。
そういったタイプは、「これは自分に指示された仕事だから」と、困っていても周囲に相談したり協力をあおいだりすることができません。「他人を頼ることは相手の迷惑になる」と考え、キャパシティーを超える仕事をひとりで抱えた結果、メンタル不調におちいりやすくなるのです。
自己主張をしない「いい子」には要注意
そのようなリスクを抱える「いい子」と、メンタル不調の心配がない「いい子」の異なる点はどこにあると思いますか?それは、「適切な自己主張できるかどうか」という点です。「親が言うとおりにしないといけない」と、あくまでも親を軸に考える子どもは、その「親の期待に応えたい」ということ以外に多くの欲求をもっていません。
子どもらしく、たとえば「新しいゲームソフトが欲しい」「遊園地に行きたい」「オムライスを食べたい」と強く主張することが少なく、まさに親の顔色をうかがっているのです。
これは、「お父さんやお母さんには、自分の本当の気持ちを言っても大丈夫」「いまのままの自分を受け入れてもらえるはずだ」といった、いわゆる自己肯定感が育まれていないことを意味します。
考えてみれば当然のことではないでしょうか。どんなときも親という他人を軸にしているのですから、「これが自分だ」「このままの自分でいいんだ」という気持ちが育つわけがありません。
子どもが頑張っているプロセスをほめる
子どもの自己肯定感を育んでいくためには、親が子どもを認めてあげるということに尽きます。
私にもふたりの娘がいるので理解できますが、子どもに対して「こういう子に育ってほしい」と期待をかけたり、それを子どもに伝えたりするのは親として当然だと思います。ただ、「期待に応えよう」と子どもが一生懸命になにかに取り組んでいるのなら、そのことを認め、しっかりとほめてあげてほしいのです。
「勉強を頑張ってほしい」と子どもを学習塾に通わせて、子どもがテスト結果を見せたときに「○点ならまあまあね」くらいの返答しかしなかったら、子どもは「この成績を維持しないとお父さんとお母さんに認めてもらえなくなる」と考えかねません。
やはり大事なのは、ほめてあげることです。そして、ただ結果をほめるだけでなく、子どもが頑張ってきたプロセスをほめることも重要なポイントです。成功か失敗かという二元論で考えると、チャレンジの結果はそのどちらかになるのでしょう。しかし、その考えに子どもを染めてしまうと、「絶対に失敗できない」とやはり他人軸をもつようになってしまうのです。
たとえ結果は失敗に終わったとしても、子どもがチャレンジしたプロセスには、「失敗したかもしれないけれど、こういうことがわかったね」「最後まであきらめなかったのは本当にすごいことだよ!」など、ほめられるポイントはたくさんあるはずです。
そのことに価値を置いて子どもを認め、ほめ、子どもがどんどん自己肯定感を育んでいけるよう手助けしていきましょう。その子はきっと、メンタル不調の心配のない「いい子」に育ってくれるはずです。
『精神科医が教える 休みベタさんの休み方』
尾林誉史 著/すばる舎 (2025)
■ 精神科医・尾林誉史先生 インタビュー一覧
第1回:【不登校34万人】小中学生が出す“心のSOS”──親が気づくサインとは?
第2回:自己主張できる子は強い?精神科医が語る「いい子」が抱える見えないリスク
第3回:人と同じじゃないと不安――「正解ばかり探す子」に精神科医が伝えたいこと(※近日公開)
【プロフィール】
尾林誉史(おばやし・たかふみ)
1975年4月29日生まれ、東京都出身。
精神科医、産業医。VISION PARTNERメンタルクリニック四谷院長。株式会社産業医代表取締役。東京大学理学部化学科卒業後、株式会社リクルートに入社。社内外や年次を問わず発生するメンタル問題に多数遭遇。解決に向けて付き添うなかで目にした産業医の現状に落胆するも、とあるクリニックの精神科医の働き方に感銘を受ける。2006年、産業医を志して退職。退職後、弘前大学医学部に学士編入。
産業医の土台として精神科の技術を身につけるため、東京都立松沢病院にて初期臨床研修修了後、東京大学医学部附属病院精神神経科に所属。現在はnote、面白法人カヤック、ジモティーなど23社の企業にて産業医およびカウンセリング業務を務める他、メディアでも精力的に情報発信を行っている。著書に『働く人のためのメンタルヘルス術』(あさ出版)、『がんばらない めんどくさくない 人間関係を築くコツ』(ナツメ社)、『先生、毎日けっこうしんどいです。』(かんき出版)などがある。
【ライタープロフィール】
清家茂樹(せいけ・しげき)
1975年生まれ、愛媛県出身。出版社勤務を経て2012年に独立し、編集プロダクション・株式会社ESSを設立。ジャンルを問わずさまざまな雑誌・書籍の編集に携わる。