手をつないだ最後の日を、親は覚えていない。思春期の入口で終わるもの

手をつないだ最後の日を、親は覚えていない。思春期の入口で終わるもの

「ママ、手」

信号が赤になるたびに、横から小さな手が伸びてきた日がありました。言わなくても、こちらの指を探して、ぎゅっと握ってくる。夏はじっとり汗ばんでいて、冬は手袋ごしでもわかるくらい冷たくて。スーパーの帰り道は、片手に袋、もう片方の手にこの子。信号が青に変わると、つないだ手を前後に大きく振って、「いち、に、いち、に」と歩幅を合わせてくれた、あの背の低さ。

それが、今日。塾の帰り、同じ横断歩道で、つい癖で差し出した手に、「いいよ、もう」。目も合わせずに、半歩先を歩いていく背中。
ランドセルはもうなくて、肩にかけたリュックが、思っていたより大きい。並んで歩いているのに、手だけが、ぽつんと空いています。

「最後につないだの、いつだっけ」

家に帰ってから思い返しても、出てきません。去年の運動会?もっと前?思い出せるのは、小さかったころの手の感触ばかりで、「最後の一回」がどの日だったのかは、どうしても浮かんでこないのです。

同じ場面に覚えがあり、同じように最後の日を思い出せない親は、少なくないはずです。

「いいよ、もう」は、あなたを拒む言葉ではありません


横断歩道で引っ込められた手は、少し痛みます。「もう必要ないんだ」「邪魔なんだ」と、言葉にしないまま、胸のどこかで受け取ってしまう。

「いいよ、もう」を、親を拒む言葉として受け取らなくて大丈夫です。
高学年が近づくころから、「友だちに見られたら恥ずかしい」「学校の近くでは離れて歩いて」と口にする子も出てきます。あなたから離れたいというより、「自分ひとりで立っている姿」を、外の世界に向けて試している時期だと考えられます。横断歩道で手を離すのは、その練習の、いちばん小さな一歩です。

だから、追いかけなくていいのです。引っ込められた手を、もう一度差し出さなくていい。「前はつないでくれたのに」と、その場で言わなくていい。半歩先を歩く背中を、後ろから見ているだけで、今日の役目は足りています。

それでも痛むのは、弱さではありません。
小さな手の感触をこの手が覚えているから、空いた手のひらが、その分だけ寂しいのです。これは弱さの話ではなく、愛情の話です。

手をつないだ最後の日を、親は覚えていない。思春期の入口で終わるもの

最後かもの1回は、「最後」だと知らないまま過ぎていく


手をつなぐことには、終わりがあります。ただそれは、「今日でおしまい」と宣言されて終わるものではありません。

最初は、信号のたびにつないでいた。そのうち、道が広いところでは離すようになった。次に、友だちと一緒のときは離すようになった。そして気づいたときには、差し出す側がいつも親になっていて、ある日、「いいよ、もう」が返ってくる。
減り方はこんなふうに静かで、一段ずつで、どの段にも「これが最後です」という札はかかっていません。

最後かもの1回は、ほかの何百回と同じ、ただの横断歩道でした。その日のあなたは、夕飯の献立を考えていたり、仕事のメールを気にしていたりしたはずです。だから覚えていない。それはぼんやりしていたからではなく、手をつなぐことが、それだけ当たり前の毎日だったからです。当たり前だったものだけが、最後の日を残さずに終わっていくのです。


手をつないだ最後の日を、親は覚えていない。思春期の入口で終わるもの
数字にすると、こうなります

NHK『チコちゃんに叱られる!』では、親がわが子と生涯で一緒に過ごす時間は、母親で約7年6ヶ月、父親で約3年4ヶ月と紹介されました。番組で解説した関西大学社会学部教授の保田時男先生によると、その時間は幼稚園卒園の時点で32%、小学校卒業の時点で55%が過ぎているそうです(参考: 母親は「約7年6ヶ月」、父親は「約3年4ヶ月」。
わが子と〇〇する時間の短さに涙が出そうーー)。


半分を過ぎている、という数字を見て、少し息が止まった方もいると思います。ただ、この数字は、あなたを急かすためのものではありません。横断歩道で感じた「思っていたより早い」という感覚が、気のせいでも大げさでもなかったと教えてくれるだけのものです。

「もう手をつないでくれない」を、言い換えてみる


空いた手のひらを見るたびに浮かんでくる言葉を、そのままにしておくと、寂しさだけが残ります。言葉を少し置き換えるだけで、同じ場面が、別の顔を見せてくれます。

頭に浮かびがちな言葉こう言い換える「もう手をつないでくれない」「手をつながなくても、横断歩道を渡れる子になった」「最後の日を覚えていない私は、ぼんやりしていた」「覚えていないのは、それが毎日の当たり前だったから」「触れ合いは、もう終わってしまった」「形が変わっただけ。並んで歩く時間は、まだ続いている」
3つ目について、少しだけ補足を。
手をつなぐことが終わっても、触れ合いが終わるわけではありません。帰り道に肩を並べる、背中をぽんと叩く、ハイタッチをする。こどもまなびラボの子どもをハグしていますか? 1日10秒で「心と脳」が育つ、親子スキンシップの科学の記事でも、スキンシップの形は年齢に応じて変わるものの、思春期になっても、適切なスキンシップは親子の絆を保つうえで大切だと紹介しています。幼児期以降は、子どもが求めてきたときに応えることが大切になる、とも。求められたときに応えられるように、手を空けておく。それだけでいいのです。

手をつないだ最後の日を、親は覚えていない。思春期の入口で終わるもの


「これは下ろしていいこと」リスト


最後に、空いた手を持て余している日のために、「これはしなくていい」を並べておきます。全部を守る話ではなく、しんどい日に、ひとつ下ろせば十分です。


  • ✓追いかけなくていい。引っ込められた手を、もう一度差し出さなくていい
  • ✓寂しいと言っていい。ただし言う相手は子どもではなく、パートナーや友だち、自分のノート
  • ✓写真を見返していい。手をつないでいる写真を探して、ひとりでじんとしていい
  • ✓「つないであげられなかった日」を数えなくていい。両手が荷物でふさがっていた日も、隣を歩いていた
  • ✓「もう終わり」と決めなくていい。人混みや暗い夜道で、ふいに手が戻ってくる日が、この先にもある

4つ目について、ひとことだけ。精神科医で青山渋谷メディカルクリニック名誉院長の鍋田恭孝先生は、共働き家庭が増えるなかで、子どもと接する時間が足りないのではと不安になり、子どもに「申し訳ない」という気持ちを抱く親が増えていると話します。そのうえで、ひとり親の家庭でも、子どもときちんと接する時間を1日に3時間ほど持てれば、母親が専業主婦の家庭と比べても子どもの育ちに変わりはないという研究報告もあると紹介し、限られた時間を「大切な宝物」と考えて、楽しい時間にしてあげてほしいと述べています(参考: 子どもを見えなくさせる「期待と不安」というフィルター。親子は一心同体?)。数え直すなら、つなげなかった日ではなく、つないでいた何百回を、宝物として数えてみてください。

***

最後の日を覚えていないことを、責めなくていいのです。覚えていないのは、それだけたくさんの日に、あなたがこの子の手を握っていたからです。この子は、あなたの手を何百回も握ったうえで、「いいよ、もう」と言えるようになりました。それは、あなたが一緒に渡り終えた証拠です。

今夜、スマホのアルバムを少しだけ遡って、手をつないでいる写真を1枚、探してみてください。日付を見て、「このころはまだ、つないでいたんだ」と確かめる。最後の日は思い出せないままでいい。その1枚があれば、つないでいた時間は、あなたのものとして手元に残ります。

よくある質問(FAQ)


Q. 外では手をつながないのに、家ではソファでくっついてきます。どちらが本当の気持ちですか?
A. どちらも本当です。外で見せる顔と、家で安心しているときの顔が、別々にあっていい時期です。外で距離を取るのは、友だちの目を意識し始めたからかもしれません。家でくっついてくるのは、安心を確かめたい気持ちの表れとも考えられます。くっついてきたときに短く応じるだけで十分で、外での距離を家に持ち込む必要はありません。


Q. 寂しくて、つい「前はつないでくれたのに」と本人に言ってしまいます。
A. 言ってしまった日があっても、取り返しはつきます。ただ、この言葉は子どもには重く届きやすいので、次からは別の相手に向けてみてください。パートナー、友だち、自分のメモ。「今日、手を引っ込められた」と書くだけでも、気持ちの置き場ができます。子どもには、代わりに「気をつけて渡ってね」のひとことで十分です。


Q. 中1の娘が、まだ外で手をつないできます。周りと比べて、少し心配です。
A. 心配しすぎなくて大丈夫です。同じ年齢でも、つなぐ子もつながない子もいて、手を離す時期は家庭ごと、子どもごとに違います。本人が求めてきているなら、応えてあげてください。思春期になっても、子どもが求めてきたときに応えるスキンシップは、親子の絆を保つうえで大切だとされています。離すときは、本人が自分で決めます。


Q. 下の子がまだ小さいので、今度こそ「最後の日」を見逃したくありません。どうすれば覚えておけますか?
A. 見逃してしまっても、かまいません。「これが最後かも」と身構えて歩くと、つないでいるあいだの時間が、かえって味わいにくくなることもあります。残したいなら、つないでいる日に写真を1枚撮っておくだけで十分です。最後の日を特定できなくても、「このころはまだ」の記録があれば、あとから思い出すには足ります。



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