サッカー少年がラグビーW杯から教わる大事なこと
9月20日にラグビーのW杯が開幕しますね。みなさんも観戦を楽しみにしているのではないでしょうか。
サッカークラブや各種スポーツ団体を対象に「スポーツマンのこころ」と銘打つ講義で、一流アスリートになるための心得を伝え続ける岐阜協立大学経営学部教授の高橋正紀先生。ドイツ・ケルン体育大学留学時代から十数年かけ、独自のメソッドを構築してきました。
聴講者はすでに5万人超。その多くが、成長するために必要なメンタルの本質を理解したと実感しています。
高橋先生はまた、「スポーツマンのこころ」の効果を数値化し証明したスポーツ精神医学の論文で医学博士号を取得しています。いわば、医学の世界で証明された、世界と戦える「こころの育成法」なのです。
日本では今、「サッカーを楽しませてと言われるが、それだけで強くなるのか」と不安を覚えたり、「サッカーは教えられるが、精神的な部分を育てるのが難しい」と悩む指導者は少なくありません。
根性論が通用しなくなった時代、子どもたちの「こころの成長ベクトル」をどこへ、どのように伸ばすか。「こころを育てる」たくさんのヒントがここにあります。
(監修/高橋正紀構成・文/「スポーツマンのこころ推進委員会」)
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負けを認め相手を称えることは、自分の成長にもつながる(写真は少年サッカーのイメージです)
ラグビーW杯、自国開催のこの大イベントに私も大いに注目しています。
振り返ると、ラグビー日本代表が日本で耳目を集めたのは前回2015年のイングランド大会でした。予選プールの初戦で優勝候補の南アフリカを下す金星を挙げ、世界のスポーツ史上「もっとも人々を驚かせた試合」と言われました。無理もありません。イングランドの地元紙の勝敗予想で「日本が勝つ可能性は1%」とまで言われていたのですから。
今回のW杯前、南ア戦で日本が逆転トライを決めた映像はテレビで何度も流れているので、目にした方は多いでしょう。勝利の瞬間、ベンチにいた日本選手もプレーしていた仲間に駆け寄り大喜びでした。
そのなかで、チームメイトとは別の視点を持っていた選手がいました。前キャプテンで控えだった廣瀬俊朗選手です。彼は感動的な幕切れの中で印象的だったことを、メディアのインタビューでこう話しました。
「南アフリカの選手の態度が素晴らしかった。僕らに負けて悔しいはずなのに、自分たちから日本の選手に駆け寄って健闘を讃えていた。すごいと思いました」
彼は続けて「このようなノーサイドの精神がラグビーというスポーツにはある。
これこそが「グッドルーザー」の姿です。この連載で何度もお伝えした「スポーツマンのこころ」の大きな柱のひとつです。
「負け」という望まない出来事から生じる悔しさや、自分のふがいなさといったマイナスの想いにとらわれることなく、まず先にともに戦った相手をリスペクトする。敬意を示す態度こそが、一流のスポーツマン。そして、それは、プロだけではなく、高校生、中学生、さらには少年スポーツでもあるべき姿です。
なぜそうあるべきか。
自分を負かした相手を潔く称えることができる選手は、負けたことを貴重な体験として自分のなかで認められるので、そのあと強くなることができます。
片や、悲嘆にくれるだけで相手を認める気持ちを持てない選手や集団は、「お前のミスが」とか「相手が卑怯」とか「審判が・・」などと負けた言い訳を探す傾向が強いようです。そうなると、負けたことを糧にできません。
日本のスポーツシーンでは、まだまだ後者の傾向が強いようです。そのため、廣瀬選手も「ノーサイドがあるラグビーは素晴らしいスポーツだ」と言ったのでしょう。しかしながら、実際はすべてのスポーツにノーサイドの精神は存在します。私が留学したドイツや欧州ではサッカーやほかのスポーツすべてに「グッドルーザー」の考え方が根付いていたように思います。
日本では、ほとんどの選手が「グッドルーザー」という考え方自体を理解していませんから、当然実行できるわけがありません。
少年サッカーでも、負けたあとに審判にクレームをつけたりするコーチがいませんか。高校野球では、試合後に握手をしなかったチームが話題になったことがありました。なぜ日本のスポーツ選手やそれにかかわる大人は、グッドルーザーになれないのでしょうか。
講演やセミナーで大人の方に質問すると、「みんな勝ちたいから。勝利至上主義だから」という意見が多いです。その通りだと思います。
では、なぜ、何よりも勝つことを優先させる勝利至上になるのか。
少年サッカーのボランティアコーチをしている方で、よくあるのがこんな話です。
「週末の試合に負けると、翌週はずっと悔しくて仕事が手につかない」
「負けると気分が悪くて(お酒を)飲みすぎる」
ある大学の先生が、少年スポーツの指導者講習で講義をした際「みなさんは、なぜ子どものスポーツ指導をしておられるのですか?」と尋ねたら、ひとりの男性が「自分の生きがい。自分が元気であり続けるためにやっている」と笑顔で意見を述べたそうです。
つまりは「勝っておいしいお酒を飲むためにやっている」ということ。目の前の子どもたちよりも「自分」が軸です。だから、負けることは認められないのでしょう。
大人たちがスポーツを正しくとらえなければならないのです(写真はイメージです)
以前にもお伝えしましたが、スポーツは非日常のもの(ゲーム=遊びの一種)だととらえなくてはいけません。
非日常だと大人たちが受け止めていれば、「サッカーばかりして勉強しない子ども」は出てきません。児童、生徒にとって、勉強は日常ですから、非日常のサッカーと同一線上に置いて議論すること自体ナンセンスだからです。
無論、勉強は苦手だけどサッカーは得意という子はいるでしょう。サッカーシーンで存在感を示すことはその子の自尊感情を高めます。だからこそ、そこで「サッカーをやり抜くことができるのだから、苦手な勉強でやり抜ければ、もっとサッカーがうまくなると思わないかい?」と大人が問いかけてあげてください。
『(非日常で)一流のアスリートである以前に、(日常で)一流の人間であれ!』
言葉の上では、ずっとずっと昔から言い続けられています。しかし、そんなことを言葉だけでなく、子どもが自分で実感したり、他の人のありようを可視化して学ぶことが必要です。そのためには、世界の一流アスリートが一堂に会するラグビーW杯を見ることは、子どもたちにとってよい勉強になるでしょう。
一緒にテレビ観戦する機会があれば、グッドルーザーやスポーツマンシップの視点からぜひ伝えてあげてください。
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高橋正紀(たかはし・まさのり)
1963年、神奈川県出身。筑波大学体育専門学群ではサッカー部。同大学大学院でスポーツ哲学を専攻。ドイツ国立ケルンスポーツ大学大学院留学中に考察を開始した「スポーツマンのこころ」の有効性をスポーツ精神医学領域の研究で実証し、医学博士号を取得。岐阜協立大学経営学部教授及び副学長を務めながら、講演等を継続。聴講者はのべ5万人に及ぶ。同大サッカー部総監督でもあり、Jリーガーを輩出している。
Jリーグマッチコミッショナー、岐阜県サッカー協会インストラクター、NPO法人バルシューレジャパン理事等を務める。主な資格は、日本サッカー協会公認A級コーチ、レクリエーションインストラクター、障害者スポーツ指導員中級など。
サッカークラブや各種スポーツ団体を対象に「スポーツマンのこころ」と銘打つ講義で、一流アスリートになるための心得を伝え続ける岐阜協立大学経営学部教授の高橋正紀先生。ドイツ・ケルン体育大学留学時代から十数年かけ、独自のメソッドを構築してきました。
聴講者はすでに5万人超。その多くが、成長するために必要なメンタルの本質を理解したと実感しています。
高橋先生はまた、「スポーツマンのこころ」の効果を数値化し証明したスポーツ精神医学の論文で医学博士号を取得しています。いわば、医学の世界で証明された、世界と戦える「こころの育成法」なのです。
日本では今、「サッカーを楽しませてと言われるが、それだけで強くなるのか」と不安を覚えたり、「サッカーは教えられるが、精神的な部分を育てるのが難しい」と悩む指導者は少なくありません。
根性論が通用しなくなった時代、子どもたちの「こころの成長ベクトル」をどこへ、どのように伸ばすか。「こころを育てる」たくさんのヒントがここにあります。
(監修/高橋正紀構成・文/「スポーツマンのこころ推進委員会」)
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負けを認め相手を称えることは、自分の成長にもつながる(写真は少年サッカーのイメージです)
■前回大会の南アフリカが見せた「一流のスポーツマンのこころ」
ラグビーW杯、自国開催のこの大イベントに私も大いに注目しています。
振り返ると、ラグビー日本代表が日本で耳目を集めたのは前回2015年のイングランド大会でした。予選プールの初戦で優勝候補の南アフリカを下す金星を挙げ、世界のスポーツ史上「もっとも人々を驚かせた試合」と言われました。無理もありません。イングランドの地元紙の勝敗予想で「日本が勝つ可能性は1%」とまで言われていたのですから。
今回のW杯前、南ア戦で日本が逆転トライを決めた映像はテレビで何度も流れているので、目にした方は多いでしょう。勝利の瞬間、ベンチにいた日本選手もプレーしていた仲間に駆け寄り大喜びでした。
そのなかで、チームメイトとは別の視点を持っていた選手がいました。前キャプテンで控えだった廣瀬俊朗選手です。彼は感動的な幕切れの中で印象的だったことを、メディアのインタビューでこう話しました。
「南アフリカの選手の態度が素晴らしかった。僕らに負けて悔しいはずなのに、自分たちから日本の選手に駆け寄って健闘を讃えていた。すごいと思いました」
彼は続けて「このようなノーサイドの精神がラグビーというスポーツにはある。
あらためてラグビーは素晴らしいスポーツだと実感した」と述べています。
これこそが「グッドルーザー」の姿です。この連載で何度もお伝えした「スポーツマンのこころ」の大きな柱のひとつです。
「負け」という望まない出来事から生じる悔しさや、自分のふがいなさといったマイナスの想いにとらわれることなく、まず先にともに戦った相手をリスペクトする。敬意を示す態度こそが、一流のスポーツマン。そして、それは、プロだけではなく、高校生、中学生、さらには少年スポーツでもあるべき姿です。
■負けを糧にできる選手たちの特徴
なぜそうあるべきか。
自分を負かした相手を潔く称えることができる選手は、負けたことを貴重な体験として自分のなかで認められるので、そのあと強くなることができます。
つまり、敗戦から学ぶことができるのです。
片や、悲嘆にくれるだけで相手を認める気持ちを持てない選手や集団は、「お前のミスが」とか「相手が卑怯」とか「審判が・・」などと負けた言い訳を探す傾向が強いようです。そうなると、負けたことを糧にできません。
日本のスポーツシーンでは、まだまだ後者の傾向が強いようです。そのため、廣瀬選手も「ノーサイドがあるラグビーは素晴らしいスポーツだ」と言ったのでしょう。しかしながら、実際はすべてのスポーツにノーサイドの精神は存在します。私が留学したドイツや欧州ではサッカーやほかのスポーツすべてに「グッドルーザー」の考え方が根付いていたように思います。
日本では、ほとんどの選手が「グッドルーザー」という考え方自体を理解していませんから、当然実行できるわけがありません。
そして、当然ですが指導者も「グッドルーザー」を理解していないので指導できません。
■目の前の子どもたちよりも「自分」が軸になってしまう大人たち
少年サッカーでも、負けたあとに審判にクレームをつけたりするコーチがいませんか。高校野球では、試合後に握手をしなかったチームが話題になったことがありました。なぜ日本のスポーツ選手やそれにかかわる大人は、グッドルーザーになれないのでしょうか。
講演やセミナーで大人の方に質問すると、「みんな勝ちたいから。勝利至上主義だから」という意見が多いです。その通りだと思います。
では、なぜ、何よりも勝つことを優先させる勝利至上になるのか。
その理由の一つは、その人たちにとって、スポーツがあまりにも日常に入り込んでいるからです。
少年サッカーのボランティアコーチをしている方で、よくあるのがこんな話です。
「週末の試合に負けると、翌週はずっと悔しくて仕事が手につかない」
「負けると気分が悪くて(お酒を)飲みすぎる」
ある大学の先生が、少年スポーツの指導者講習で講義をした際「みなさんは、なぜ子どものスポーツ指導をしておられるのですか?」と尋ねたら、ひとりの男性が「自分の生きがい。自分が元気であり続けるためにやっている」と笑顔で意見を述べたそうです。
つまりは「勝っておいしいお酒を飲むためにやっている」ということ。目の前の子どもたちよりも「自分」が軸です。だから、負けることは認められないのでしょう。
■スポーツを正しくとらえれば「サッカーだけで勉強しない子」は出てこない
大人たちがスポーツを正しくとらえなければならないのです(写真はイメージです)
以前にもお伝えしましたが、スポーツは非日常のもの(ゲーム=遊びの一種)だととらえなくてはいけません。
非日常だと大人たちが受け止めていれば、「サッカーばかりして勉強しない子ども」は出てきません。児童、生徒にとって、勉強は日常ですから、非日常のサッカーと同一線上に置いて議論すること自体ナンセンスだからです。
無論、勉強は苦手だけどサッカーは得意という子はいるでしょう。サッカーシーンで存在感を示すことはその子の自尊感情を高めます。だからこそ、そこで「サッカーをやり抜くことができるのだから、苦手な勉強でやり抜ければ、もっとサッカーがうまくなると思わないかい?」と大人が問いかけてあげてください。
『(非日常で)一流のアスリートである以前に、(日常で)一流の人間であれ!』
言葉の上では、ずっとずっと昔から言い続けられています。しかし、そんなことを言葉だけでなく、子どもが自分で実感したり、他の人のありようを可視化して学ぶことが必要です。そのためには、世界の一流アスリートが一堂に会するラグビーW杯を見ることは、子どもたちにとってよい勉強になるでしょう。
一緒にテレビ観戦する機会があれば、グッドルーザーやスポーツマンシップの視点からぜひ伝えてあげてください。
<<前回|連載一覧|次回>>
高橋正紀(たかはし・まさのり)
1963年、神奈川県出身。筑波大学体育専門学群ではサッカー部。同大学大学院でスポーツ哲学を専攻。ドイツ国立ケルンスポーツ大学大学院留学中に考察を開始した「スポーツマンのこころ」の有効性をスポーツ精神医学領域の研究で実証し、医学博士号を取得。岐阜協立大学経営学部教授及び副学長を務めながら、講演等を継続。聴講者はのべ5万人に及ぶ。同大サッカー部総監督でもあり、Jリーガーを輩出している。
Jリーグマッチコミッショナー、岐阜県サッカー協会インストラクター、NPO法人バルシューレジャパン理事等を務める。主な資格は、日本サッカー協会公認A級コーチ、レクリエーションインストラクター、障害者スポーツ指導員中級など。