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小学生にヘディング練習は必要か、英国のヘディング制限で考えたい子どもの安全な競技環境

サカイク
サッカークラブや各種スポーツ団体を対象に「スポーツマンのこころ」と銘打つ講義で、一流アスリートになるための心得を伝え続ける岐阜協立大学経営学部教授の高橋正紀先生。ドイツ・ケルン体育大学留学時代から十数年かけ、独自のメソッドを構築してきました。

聴講者はすでに6万人超。その多くが、成長するために必要なメンタルの本質を理解したと実感しています。

高橋先生はまた、「スポーツマンのこころ」の効果を数値化し証明したスポーツ精神医学の論文で医学博士号を取得しています。いわば、医学の世界で証明された、世界と戦える「こころの育成法」なのです。

日本では今、「サッカーを楽しませてと言われるが、それだけで強くなるのか」と不安を覚えたり、「サッカーは教えられるが、精神的な部分を育てるのが難しい」と悩む指導者は少なくありません。

根性論が通用しなくなった時代、子どもたちの「こころの成長ベクトル」をどこへ、どのように伸ばすか。
「こころを育てる」たくさんのヒントがここにあります。
(監修/高橋正紀構成・文/「スポーツマンのこころ推進委員会」)

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小学生にヘディング練習は必要か、英国のヘディング制限で考えたい子どもの安全な競技環境

(写真は少年サッカーのイメージです)

■小学生年代でヘディングの「練習」は必要なのか


みなさんは、幼児から小学生までのヘディングについて、どうお考えですか?

私はずっと以前から子どもを指導する際にはヘディングの練習はやらせていません。1990年代にドイツ留学し、その際に子どもにやらせていなかったこともありますし、「止める」「蹴る」の技術がサッカーでまずやるべきことだという認識や、「こんなに小さい頭では脳にあまり良くないのではないか」という危惧もあったからです。

その後、2008年に池上正さんが上梓された『サッカーで子どもをぐんぐん伸ばす11の魔法』を読み、「やはりヘディングはさせてはいけなかった。良かった」と自分が間違っていなかったことに安堵した記憶があります。

12年前にみなさんの手に渡ったその本には、こう書かれていました。

7~8歳では浮いたボールが蹴れません。ボールが空中に上がらないのだから、ヘディングを練習する必要はありませんね。
実は、私もこの考え方に出会ったのは20数年前です。それまでは、幼児にヘディングをやらせていました。

ある方との出会いが私に、大人も進化しなくてはいけないことを教えてくれました。

その方は、以前ジェフのゼネラルマネジャーを務めていた祖母井(うばがい)秀隆さん(現フランス・グルノーブル社長)です。

(中略)

私はYMCAにいたのですが、その祖母井さんにアドバイザーとしてYMCAに来てもらったのです。ヨーロッパの少年サッカーの指導法を教えていただいたのですが、幼児はもちろん小学生でもヘディングするなんてありえないと言われました。

「今まで、おれら何やってたんだ?」と大ショックでした。すぐに変えました。
全国のYMCAのサッカースクールのカリキュラムをすべて変更しました。

出典:サッカーで子どもをぐんぐん伸ばす11の魔法

「今日から、ヘディングはなくなります」と池上さんが発表すると、コーチからは大ブーイングだったそうです。でも、「間違っていたら変えなくてはいけない」と池上さんらが強く主張してYMCAは小学生にヘディングを教えることをやめたそうです。08年時点で20数年前とおっしゃっているので、1980年代のことです。

ところが、日本で小学生にヘディングの練習をさせる指導者はなくなりません。先日も、ヘディングが原因と疑われる硬膜下血症の治療をしている小学生の話をきいたばかりです。

■イングランドではユース年代の練習でヘディング制限するガイドラインを発表


イングランドサッカー協会は先月、ユース年代の練習でヘディングを制限するガイドラインを発表しました。11歳以下の子どもたちは原則禁止。
12〜18歳の年代でも最小限に抑え、段階的に増やすようにと伝えています。

試合中のヘディングは従来通り可能です。

ただし、池上さんが本に書かれていたように、7~8歳では浮いたボールが蹴れないので、ボールが空中に上がらないため試合でもヘディングをすることは、ほぼありません。

イングランド協会が子どものヘディング禁止を決めたのは、同国のグラスゴー大学が昨年、元プロサッカー選手を対象にした調査で、認知症やパーキンソン病など脳の病を発症して亡くなる確率が一般の人に比べ3.5倍高くなるという結果を発表したことがきっかけになったと言われています。

ガイドラインでは、ヘディング練習が段階的に制限される年代の12歳以下は「月に一度の練習で最大5回」まで。13歳以下は「週に一度の練習で最大5回」まで。14〜16歳の年代は「週に一度の練習で最大10回」まで、18歳以下でさえ「可能な限り減らすように」と通達しています。

日本サッカー協会は現時点で、ヘディング練習に関する具体的な制限は設けていません。


12歳以下の指導では、ヘディングを教えるときは「生え際のところに首を固定して、ボールに当てる」といったやり方が紹介されています。

子どもの脳への影響は語られていません。そもそもボールは浮かないのですから、練習を禁止にすべきです。そうすれば、胸やももで体を入れてコントロールすることを覚えます。

それでは、ごく一部とはいえ、日本の指導者がなぜ子どもに、脳へのリスクの高いヘディングを教えてしまうのか。それは二つの理由が考えられます。
1.危険だという認識がない
2.認識があっても、体の大きな子どもがヘディングを覚えることで得点源になるため勝利に近づくことができる。

日本の少年サッカーの指導法は近年、少しずつ変化を遂げています。
とはいえ、技術や戦術にばかりエネルギーを注ぐあまり、いかに安全な競技環境にするか、いかに子どもたちにスポーツマンシップを伝えるかといった「勝利にかかわらない部分」が置き去りにされていないでしょうか。

■情報のアップデートには迅速に対応しなければならない

小学生にヘディング練習は必要か、英国のヘディング制限で考えたい子どもの安全な競技環境

(写真は少年サッカーのイメージです)

日本サッカー協会の指導者ライセンス取得の講習内容は、4年に一度見直します。ただ、情報が書き換えられる部分についてはもっと迅速に対処すべきだと感じています。

日本サッカー協会の指導者ライセンスを取得したサッカー指導者は医学的なこともおさえながら指導しています。例えば、中学生年代など身長が急激に伸びる時期(PHV年齢※Peak Height Velosity)には、身長の伸びと同時に内臓も肺も大きくなります。PHV年齢は女子が11歳。男子は13歳ごろですね。その時期には持久力系のトレーニングが必要になります。


ただ、単にランニングさせて走らせるやり方ではサッカーの技術との関連性がなくなってしまいます。ボールを使う練習の中で、心肺機能にも負荷を与える練習を意識的に行う事は欧州ではずっと以前から常識です。ところが、ここでも日本は遅れています。単調なランニングをさせるコーチは少なくありません。

ヘディングの指導も然りです。間違っていたら、変えなくてはいけません。

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高橋正紀(たかはし・まさのり)
1963年、神奈川県出身。筑波大学体育専門学群ではサッカー部。同大学大学院でスポーツ哲学を専攻。ドイツ国立ケルンスポーツ大学大学院留学中に考察を開始した「スポーツマンのこころ」の有効性をスポーツ精神医学領域の研究で実証し、医学博士号を取得。岐阜協立大学経営学部教授及び副学長を務めながら、講演等を継続。聴講者はのべ5万人に及ぶ。同大サッカー部総監督でもあり、Jリーガーを輩出している。
Jリーグマッチコミッショナー、岐阜県サッカー協会インストラクター、NPO法人バルシューレジャパン理事等を務める。主な資格は、日本サッカー協会公認A級コーチ、レクリエーションインストラクター、障害者スポーツ指導員中級など。

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