子育て情報『マニュアル通りの指導ではコピーを生むだけ。見る者を魅了するサッカーを貫く静岡学園の井田勝通総監督が若い指導者に伝えたいこと』

マニュアル通りの指導ではコピーを生むだけ。見る者を魅了するサッカーを貫く静岡学園の井田勝通総監督が若い指導者に伝えたいこと

令和最初の全国高校サッカー選手権で優勝を果たした静岡学園高校。今年78歳となる井田勝通総監督にとっては96年の鹿児島実業との両校優勝以来、24年ぶりの選手権優勝となりました。

テクニックと個人技を大事にし、見る者を魅了する「静学スタイル」を確立させた井田総監督が、今だからこそ若い指導者たちに伝えたいことは何か。指導者として大事なことを伺いました。

(取材・文:元川悦子写真:森田将義)

目次

・負けた悔しさを糧に努力して初めて頂点に立てる
・かつては小嶺監督(現:長崎総合)の朝練を学びに行ったことも
・マニュアル通りの指導ではコピーを生むだけ
・行動を起こさなければいつまでもコピーから抜け出せない


マニュアル通りの指導ではコピーを生むだけ。見る者を魅了するサッカーを貫く静岡学園の井田勝通総監督が若い指導者に伝えたいこと

(C)森田将義

■負けた悔しさを糧に努力して初めて頂点に立てる

「清々しい青空、満員の観客の中で、美しく華麗で見る者を魅了する学園らしいサッカーを見せて、選手権の単独制覇を果たす。それが俺の夢なんだ」

96年1月の第74回高校サッカー選手権大会で鹿児島実業と両校優勝を成し遂げた後、静岡学園の井田勝通監督(当時)は悔しさをにじませました。それから24年の月日が経過した2020年1月、静学は悲願の単独優勝を達成しました。井田監督はすでに現場を退き、総合監督としてベンチに入っていましたが、教え子である川口修監督や齊藤興龍コーチらが自身の哲学を貫き、選手を育て上げ、成果を挙げたのだから、感無量だったはずです。


「修も監督になって10年目。優勝するまでには本当に長い時間がかかるもんなんだよ。俺自身も昭和51年度(1976年度)に初めて選手権決勝まで勝ち上がり、国立競技場の大舞台に立ってから、両校優勝するまで19年もかかったんだから。今のユース年代でトップを走る青森山田の黒田(剛監督)だって、柴崎岳(ラコルーニャ)を擁した2010年度の高円宮杯全日本ユース選手権の時は、1次リーグで学園に負けて敗退するくらいのレベルだった。『生みの苦しみ』というのはスポーツ界全体に共通するもの。負けた悔しさを糧に努力して初めて頂点に立つことができる。それを多くの指導者が体験し、理解してほしいな」と名将はしみじみ話していました。

■かつては小嶺監督(現:長崎総合)の朝練を学びに行ったことも

井田前監督が静学の指導を始めたのは1972年12月。
当時の日本サッカー界は1968年メキシコ五輪銅メダルの原動力になったドイツのデッドマール・クラマー氏のメソッドが中心でした。当時のドイツは4-3-3のスイーパーシステムがベースで、3人のDFの後ろにもう1人のDFを置いてセフティに守るという考え方がよしとされていたのです。

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