愛あるセレクトをしたいママのみかた

結果を手放したとき、本当の「私」が始まる

愛カツ
秘めた思いを抱え続ける重さ。その手放し方を、少し考えてみませんか。(50文字)心の澱(おり)を直視する誰かを思う気持ちは、美しい反面、ときに心を重くします。「どう思われているのか」という不安。進展しない現状への焦り。それは、知らず知らずのうちに心の澱となって溜まっていきます。その停滞感に慣れてしまう前に、少し立ち止まってみましょう。あなたの貴重な時間と感情の主導権を、相手に委ねすぎてはいませんか。
相手の領域、自分の領域冷徹な事実として、他人の心をコントロールすることはできません。彼が何を考え、誰を選ぶのか。それは彼の領域であり、あなたが介入できることではないのです。しかし、自分の気持ちをどう扱うかは、完全にあなたの自由です。告白とは、相手を動かそうとする行為ではなく「私はこう思う」という事実を提示し、自分と相手の間に明確な境界線を引く作業といえるでしょう。通過儀礼としての「告白」思いを言葉にすることは、一つの区切りになります。もし受け入れられなかったとしても「伝えた」という事実は揺らぎません。それは、曖昧な状態に終止符を打ち、過去の自分自身と決別するための通過儀礼のようなもの。
結果がどうであれ、行動を起こしたというその一点において、あなたは以前よりも確実に、自分の人生を掌握できているはずです。最後に変化には痛みが伴うこともあります。けれど、停滞の中でゆっくりと摩耗していくよりは、ずっと健全な痛みかもしれません。その先に広がる景色をどう受け止めるかは、またそのときのあなたが決めればいい。そんな風に、少し力を抜いてみるのも悪くないのではないでしょうか。(愛カツ編集部)

提供元の記事

提供:

愛カツ

この記事のキーワード