「息子に釣り合わない」学歴や仕事を見下す義母!だが”義妹”が味方になってくれ…義母「何よこれ…」
親戚が集まる家に向かう朝、足が重くなる感覚を想像できるでしょうか。朝から晩まで働いても、返ってくるのは感謝ではなく小言だけ。そんな日々が何年も続いたら、心はどこかで静かに折れてしまいます。ずっと耐えていた人が動き出す瞬間には、必ず理由があるものです。数年間の理不尽に、義妹と2人で終止符を打った正月私は長男の妻として結婚して数年になります。義母は60代で、見栄っ張りなうえに一度言い出したら執拗な人でした。ことあるごとに私と義妹を呼び集めては、自分の自慢話や家柄の良さを鼻にかけ、私たちの実家や学歴、仕事までを見下すような発言を繰り返していたのです。20代で社交的な義妹は次男の妻にあたり、いつも笑顔でその場をやり過ごしていました。
特につらかったのが、毎年お正月に本家へ集まるときです。「あなたたちの実家はお里が知れるわねえ。うちの息子たちに釣り合わないわ」と義母は鼻で笑い、私たち2人にあれこれと用事を押しつけます。お茶出しから親戚全員分の料理の準備、片付け、さらには親戚の子どもたちの面倒まで、まるで都合の良い使用人のようにすべて任されていました。当の義母は座って見ているだけという理不尽な状況が、数年間も続いていたのです。今年の正月も、朝から晩まで立ちっぱなしで、休む暇もなく働き通しでした。台所と座敷を何往復したかもわからないほどで、義妹と目が合うたびに互いの疲れが伝わってきます。そんななか、義母は親戚たちの前でわざとらしくため息をつきました。
「長男のところの奥さんは、何をやらせても手際が悪くて困るわ。私の若い頃はもっと完璧にこなしたものよ。次男のところも気が利かないし、息子たちが本当に不憫だわ」と言い放つ声が、座敷にやけに響いたのを覚えています。これには普段大人しい私も、笑顔で耐え続けていた義妹も、さすがに我慢の限界でした。親戚たちの前で人格まで否定してくる義母に対し、私たちは静かに、しかし確実に反撃の準備を整えると決めたのです。実は私たちは、義母の悪質な嫌がらせや数々の罵倒を、お互いのスマホのボイスレコーダーで完璧に録音していました。証拠さえ残っていれば、あとから言い逃れをされる心配もありません。翌日の夕食時、親戚一同が再び集まった席で、私と義妹は笑顔で切り出しました。
「お義母様からの『教育』の数々を、皆様にもお聞きいただきたいと思いまして」と前置きし、その場で録音データを再生したのです。「骨の髄までこき使われて当然」という義母の生々しい暴言が響き渡ると、にぎやかだった部屋は一瞬で静まり返りました。義母は顔を真っ赤にして「何よこれ、捏造よ!」と夫たちに助けを求めます。けれど夫も義弟も「母さん、もう限界だ。ここまで最低な人間だと思わなかった」と冷たい目を向けるだけでした。(30代/女性)最後に理不尽な扱いを黙って受け入れ続けても、相手の態度が変わるとはかぎりません。言葉による攻撃は、その場では形に残らないからこそ、平気で繰り返されてしまうものです。だからこそ、つらいと感じた出来事は日付や状況を書き留めるなど、記録として手元に残しておくことが自分を守る力になります。
そのうえで信頼できる相手に共有できれば、我慢だけに頼らない選択肢がきっと見えてくるはずです。(愛カツ編集部)※愛カツ編集部が独自に収集した実際の体験談をもとに記事化しています※この記事はAI生成された画像を使用しています