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法律上“家族”でなければ40年の愛は無効ですか? 『これからの私たち - All Shall Be Well』が問うもの

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法律上“家族”でなければ40年の愛は無効ですか? 『これからの私たち - All Shall Be Well』が問うもの


法律で“家族”だと認められないということは、いったい何を意味するのか?香港映画『これからの私たち - All Shall Be Well』は、パートナーに先立たれた60代のレズビアンの女性が主人公。彼女が直面するさまざまな問題を通して、家族の意味を問いかける。

アンジーとパットは60代のレズビアンのカップル。一緒に暮らして40年以上、事業にも成功し、生涯共に暮らすつもりの気持ちのいい住処を手に入れ、家族や友人との仲も良好だ。そんな穏やかな日々が突然、パットの急死で終わりを告げる。立ちはだかる法律の壁と根強い差別。同性婚を認めていない香港の社会は、アンジーを“家族”から排除し、彼女から大切なものを奪っていく…。

同性婚が認められない香港。パートナーの急死で直面する壁


アンジーはパットの親族――兄の志成(ジーセン)とその妻の美(メイ)、甥のビクター、姪のファニーとその家族とも良好な関係を築いてきた。
しかし、パットが遺言書を残していなかったため、香港の法律では、パットの遺産も、思い出が詰まったマンションも、長年共に暮らしてきたアンジーではなく、兄が相続することになってしまう。

『これからの私たち - All Shall Be Well』を撮ったきっかけについて、レイ・ヨン監督は次のように語る。

「2020年に香港のLGBTQコミュニティーの遺産相続の権利に関する講演に参加しました。テーマが遺産相続なので、参加者の多くは60代くらいの方々。パットとアンジーのキャラクターは、インタビューした3組のカップルがモデルになっています。片方は亡くなっているので、つまり3人の女性にインタビューしたということですね。パートナーが亡くなると、それまで良い関係を築いていた相手の家族の態度が一夜にして変わってしまったという話を聞き、とても驚きました」。

ヨン監督は前作『ソク・ソク』(2019) で、高齢のゲイカップルの愛を描いた。
『これからの私たち』は同性カップルの関係性のみならず、彼女たちを取り巻く家族やコミュニティー、香港の格差社会にまで視野を広げた点で、少し趣を異にする。

「長年一緒にいる男性カップルの場合、付き合い始めた1980年代から1990年代の香港は今よりもっと保守的で、家族にパートナーを紹介することができず、秘密の関係を続けていました。でも女性の場合、“彼女たちはシングルだから友達が必要なのだ”と、周囲は2人を親友どうしのように扱ってきたのです。しかし同時に、彼女たちをパートナーとして見ている側面もあり、誰もそれについては言及しないという、非常に曖昧で奇妙な関係にありました。だから片方が亡くなると、家族との関係性が急激に変わり、より脆弱になってしまうのです」。

伴侶ではなく親友扱い? パートナーの家族の態度がひょう変



この映画で特に印象的なのは、中秋節の家族団らんの場面だ。何気ない和やかな日常のやり取りを通して、ヨン監督は、身内の間に存在するヒエラルキーを明示する。
輪の中心にいて会話の主導権を握っているのはパット。
兄の志成と妻の美は、常に控えめで、遠慮がちにアンジーとパットが準備した料理や酒を口に運ぶ。

経済的に余裕のあるアンジーとパットは、困窮しているパットの兄の家族を事あるごとに支援してきた。法的に権利があるとはいえ、その恩を身にしみて分かっているはずの兄が、パットの遺産を容赦なく相続することに、憤りを覚える人も多いだろう。監督によると、香港での公開時、観客の反応で目立ったのがパットの家族に対する怒りだったという。

しかし、兄の一家は何も悪くない。そもそも成功者など一握りしか存在しないのだ。

パットの兄の家族が経済的に困窮しているという設定にした理由について、ヨン監督は「家父長制の社会において、男性であることがいかに困難かを示したかったから」だと言う。「パットの兄は、キャリアの成功も十分な収入も得られず、落伍者だと見なされている。
彼自身も非常に苦しい立場にありますが、それでも家族のために何かしたいというプライドは持っています。そして彼が自分を正当化できる唯一の方法だと思っていることが、子供たちのためにパットのアパートを手に入れることなのです」。

アンジーも彼らの厳しい暮らしを知っているからこそ、自分の権利を主張することが正しいのか、それで果たしてパットが喜ぶのか、心に迷いが生じる。登場人物の中に明確な悪者が存在しないところが、アンジーを取り巻く状況のやるせなさを、より一層際立たせる。

「私は、パットの家族を単なる悪役ではなく、観客が共感できるように描きたかった。それぞれ欲望や必要性や目標を持ってはいますが、何が正しくて何が間違っているのかは彼ら次第であり、正しい行いをするかどうかは、それぞれが置かれた状況や道徳的義務をどう感じているかにかかっているのです」(ヨン監督)
この映画には、激しい言い争いや大きな事件も起こらない。ただ、パットがいなくなったあとの現実を、淡々と描写する。その中で、すべてを観客に悟らせていく演出が巧みだ。


たとえば食事のシーン。アンジーとパットは、お粥や腸粉など、伝統的な香港風の朝食をたっぷりと食べる。夜になれば友人とバーで語らい、そんな友人たちも、アンジーを励ますために手作りケーキを持ち寄る余裕がある。一方、兄の家族は肉体的にきつい労働に明け暮れ、食事はテイクアウトの弁当をかきこむ。

「アンジーたちは半ばリタイアしている状態なので、ゆっくり食事を楽しむ余裕があります。一方、パットの兄の家族は仕事で忙しく、料理する暇もないのでテイクアウトの弁当を買っている。脚本の段階から、誰が何を食べるのかは指定しています。その人の置かれた状況や属しているクラスを反映させることができるからです」

必死で働いてきた香港のレズビアンたち



劇中のさまざまな描写から、パットとアンジーがアパレル事業で成功し、豊かな暮らしを送っていることが分かる。
パットには商才があり、アンジーはその美的センスでパートナーを支えてきた。

「現在60代の女性が20代の頃といえば、1980年代から1990年代。当時の香港の女性は結婚することを期待されていたので、結婚しない女性たちは、自力で生計を立てられるほど逞しく、職場では男性と同等であることを証明しなければなりませんでした。そのため、懸命に働かざるを得なかったのです」とヨン監督は説明する。「私がインタビューしたレズビアンのカップルの多くは、生活水準を維持するために懸命に働いていました。そして当時の香港は経済が急成長していたので、彼女たちの多くがビジネスで成功しています。社会的地位を下位中産階級から大きく上げることができる時代だったのです」。

アンジーを支えるレズビアンの友人たちも、弁護士だったり、商売で成功していたりと、みんな暮らし向きがいい。
豊かな暮らしは、彼女たちが懸命に働いた証しだ。だからこそ、彼女たちが必死に築き上げてきたものが、法的に家族ではないという理由で奪われ、なかったことにされる現状に、アンジーも観客も打ちのめされる。追い込まれていくアンジーにとって、かけがえのない存在が、レズビアンの友人たちであり、彼女たちの連帯が、この理不尽な世界に灯る明かりでもある。「レズビアンのグループを招いて書き上がった脚本を読んでもらった際、彼女たちからこう指摘されました。『この状況なら、アンジーはこんなに孤独ではない。彼女を支えるレズビアンの友人グル-プがいるはずだ』と。あの世代の女性たちは、レズビアンとして生きることを選ぶと、家族から拒絶されました。だから支え合える友人グループが必要だった。それが彼女たちにとっての“選択”であり“家族”と呼ばれるものだったのです」(ヨン監督)

同性婚が認められないことで、法律上の性別が同じ者どうしのカップルが直面するさまざまな問題を突きつける『これからの私たち - All Shall Be Well』。今年11月28日、東京高等裁判所が同性婚を認めないのは“合憲”だという判決を出したことで、日本でも同性婚をめぐる議論が再び熱を帯びている。そんな今だからこそ、この映画を考えるきっかけにしてほしい。人間1人1人の権利と存在が尊重される社会になれば、誰もが少しずつ生きやすくなるはずだ。

『これからの私たち - All Shall Be Well』はシアター・イメージフォーラムほか全国にて公開中。

(新田理恵)

■関連作品:
これからの私たち - All Shall Be Well 2025年12月13日よりシアター・イメージフォーラムほか全国順次公開
©2023 Mise_en_Scene_filmproduction

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