荒木村重&黒田官兵衛の“謎”を紐解く!石田三成 ZIBUが『黒牢城』「豊臣兄弟!」の時代&人物を解説【前編】

cinemacafe.net
荒木村重&黒田官兵衛の“謎”を紐解く!石田三成 ZIBUが『黒牢城』「豊臣兄弟!」の時代&人物を解説【前編】


6月19日(金)より全国公開となる映画『黒牢城』。約24万人のフォロワーを持つ歴史系インフルエンサー「石田三成-ZIBU」さんに作品の時代背景や見どころをたっぷり語ってもらった。

第166回直木賞と第12回山田風太郎賞をW受賞し、「このミステリーがすごい!」第1位ほか史上初4大ミステリー大賞を制覇した米澤穂信の傑作ミステリーを映画化した『黒牢城』。籠城作戦を決行する荒木村重を本木雅弘、牢に囚われた危険な天才軍師・黒田官兵衛を菅田将暉が演じる。

物語は戦国時代の「有岡城の戦い」が舞台になっているが、大河ドラマ「豊臣兄弟!」でも同じタイミングでこの場面が描かれたため、注目を集めている。

そこで今回、シネマカフェでは約24万人(2026年6月現在)のフォロワーを持つ歴史系インフルエンサー「石田三成-ZIBU」さんへのインタビューを実施!前編ではこの「有岡城の戦い」の時代背景や登場する人物を解説していただき、後編では『黒牢城』の感想、見どころなどを“ネタバレあり”でたっぷり語っていただいた。

今回は“ネタバレなし”で『黒牢城』「豊臣兄弟!」の時代&人物についての解説をお届け。なお、後編については、6月20日(土)公開を予定している。


荒木村重と黒田官兵衛 再評価される人物像とは?


――『黒牢城』が描かれている当時は、どのような時代だったのでしょうか?

まず前提として、中世から近世の移行期という時代の大きな流れがあった。中世は各地で色々な戦国大名や武将が権力を振るっている時代、そこから大きな権力が登場してくるのが近世、いわゆる統一政権と称されるものが出てくる時代になるわけだが、左様な中で権力を拡大していくのが、天下統一に邁進する織田信長公。それに対し、「こいつには天下を取らせない」と戦っているのが、中国地方の覇者・安芸国の毛利氏。この二大勢力に挟まれているのが、現在の兵庫県に当たる播磨国、この攻略を任せられていたのが、治部(三成)の主君である秀吉様であった!

当初、秀吉様は播磨国を順調に攻略していたわけだが、次第に織田権力に対して色々な人たちが反旗を翻すようになってくる。その裏切り者の一人が、摂津国、こちらも兵庫県だが、有岡城主の荒木村重殿。秀吉様は頑張っていたけど…急にアクシデントが起こるという、そんな時代背景でござる。

――荒木村重が謀反を起こした理由がよく分かっていないと言われています。

理由が分かっていない、それが非常に面白い!!最近の説だと、村重殿が治めていた地域(摂津や播磨)の国衆や百姓など、昔からずっとその土地にいる人たちの「織田の支配ってちょっと厳しすぎませんか?」「こんなんじゃ村重様についていけないわ」みたいな声が大きくなって、下の人たちの突き上げで先手を切って裏切ったのではないかって。
あくまで一つの説ではあるが、そんな説も出てきたりする!

――そんな時代の中で、荒木村重とはどんな武将だったのでしょうか?

戦国時代は、“下剋上”という言葉で象徴されるわけだが、その下剋上の時代を生き抜いた“ザ・戦国武将”っていうのが、この荒木村重殿ではないかと思う。元の主君であった池田勝正を追放し、その後、池田一族も全員自分の家臣に取り込み、その上で権力を握ったっていう人物なので、非常に計算高いところがあったのでは…?とも考えられる。

一方で、千利休の弟子でもあったということもあり、非常に教養高い人物でもあったし、新しく摂津の有岡城に入っていった中で、バラバラだった人々、家臣たちをしっかりまとめ上げていったので、ある程度カリスマ性もあった、そんな人物ではないかとも思われる!

――一方の黒田官兵衛はどのような武将だったのでしょう?

やはり一般的には“天才軍師”というイメージが非常に強いわけだが、実際に彼の動きというのも近年いろんな形で再評価されており、じゃあ一言で言うとどんな人物かというと、“外交官”。非常に優秀な外交官で、具体的な例が安芸国の毛利氏だった。相手をうまく説得して、自分の陣営へ味方につけるというネゴシエーターとして非常に優秀な人物。

秀吉様、豊臣政権の天下統一の手法というのは、敵対はするが、なるべく滅ぼさず。できれば自分の中にも引き込んでいくという形を取って、早々と天下統一を進めていったという背景があった。その中で重要になってくるのは、この官兵衛殿みたいな優れた交渉役、外交官みたいな人であった。


――やはり官兵衛もカリスマ性があった?

うむ、非常に人間的な魅力がないとできないことではないかと思いまする。次ページ:なぜ官兵衛が有岡城に?その背景を考察

なぜ官兵衛が有岡城に?その背景を考察


――村重と官兵衛のエピソードといえば「有岡城の戦い」ですが、それ以前の2人の関係性はどうだったのでしょう?

「有岡城の戦い」以前の2人がいかなる関係であったかというのを詳細に追えるものは中々ないけれども、そもそもの話として、有岡城に官兵衛殿が遣わされるっていう意味が非常に大きいのではないかと思う。秀吉様の陣営で一緒に戦っていたような人物で、官兵衛殿は播磨国出身の国衆、村重殿も摂津国の城主だったということで、2人とも割と新規で織田陣営に入ってきたことなど、境遇とかいろいろ似ているところもあって、想像の域なれど、親しい関係があった?とも思いまする。

――官兵衛が幽閉されてしまうびっくりエピソード。そういうことはよくあったのでしょうか?

使者だったら返すか殺すかっていうのが慣習としてあった中で、あえて捕えて罪人みたく扱って幽閉するってことが「何故なんだろう?」って。これも一つ大きな謎。『黒牢城』ではこの幽閉が謎解きにも関わってくるのが面白い。

――「有岡城の戦い」の時、石田三成は18歳くらいだと思いますが、何をされていましたか?

もう思いっきり秀吉様のそばに仕えて、取次役を務めていた。
色々な人たちの連絡役をやっているようなポジション。昔の人たちは、手紙とか直接偉い人本人に送れないので、偉い人のすぐそばにいる人に手紙を送るけど、その手紙の宛先になっていたのが、石田三成!!!

――石田三成と、村重と官兵衛それぞれの関係性やエピソードがあれば教えてください。

三成は取次役ということで、(有岡城の戦いの時は)そもそも軍隊率いて戦うっていう立場にはまだなっていないので、村重殿との接点はない。ただ、有岡城の後、村重殿は道薫という名前をつけて茶人として過ごすようになるが、どこで過ごしていたかっていうと、大坂の堺。そこで村重殿は最後、茶人として余生を送るわけだが、ちょうど村重殿が亡くなる年、天正14年(1586年)。この年に三成が堺の奉行になっている。堺を統括する役割になっていて、今まで2人とも人生が交わってはいないが、最後の最後、支配者としての三成と、その地で最後亡くなる村重殿というのが重なる瞬間、これがバトンタッチみがあって面白いって考えておる。官兵衛殿に関しては、三成と非常に有名なエピソードがある。
三成も官兵衛殿も朝鮮出兵に行った時に、三成が奉行職として統括役みたいなことをやっているけど、官兵衛殿、めちゃくちゃ三成と仲が悪いというか、気に食わなかったことがあったっぽくて…。で、ある日、三成が官兵衛殿の屋敷に、「ちょっと作戦会議しましょう」みたいな感じで行ったら、官兵衛殿ずっと囲碁やってて、三成を無視して、三成めっちゃブチ切れたって話があったりする。

ただ、同じように有岡城の後の話になってくるが、福岡の博多の町を整備しようってなった時に、官兵衛殿と三成の2人でうまく連携して、町割りをしっかりやっていくみたいなことをしているので、2人が本当に連携、タッグを組んだら悪くなかったのではないかと信じていまする。

――この時代で他に印象に残っていることはありますか?

この時が三成の主君である秀吉様が浅井家を滅ぼした後で、近江国の長浜城の城主になって、一国一城の城主になってからの、初めてともいえる大仕事をしていた時期。あと、信長公が亡くなった後、天下を取ることになる秀吉様にとっての、城主になった上での最初の大事な任務っていう、そんな時代背景があるんじゃないかってシミジミしております。

【後編】に続く。(6月20日(土)掲載予定)


【石田三成-ZIBU-】
戦国武将「石田三成」に扮し、時事ネタと歴史を絡めた投稿で、現在(2026年6月時点)Xのフォロワー約24万人。 NHK放送「天下人のスマホ」シリーズのスマホ画面監修、著書に「いざ関ヶ原 スマホを持った 石田三成」(KADOKAWA)、「#石田三成のつぶやき」(サンライズ出版)。



『黒牢城』は6月19日(金)より全国にて公開。

(text:cinemacafe.net)

■関連作品:
黒牢城 2026年6月19日より全国にて公開
©米澤穂信/KADOKAWA©2026映画「黒牢城」製作委員会

提供元の記事

提供:

cinemacafe.net

この記事のキーワード