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【インタビュー】異例の大ヒットを続ける『この世界の片隅に』 片渕須直監督が明かす“この映画が目指したもの”

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【インタビュー】異例の大ヒットを続ける『この世界の片隅に』 片渕須直監督が明かす“この映画が目指したもの”

「全国の劇場へこんなにたくさんのお客さんが詰めかけていただいて、本当にありがたいですね」と映画のヒットを支える観客への感謝を口にしたのは、いま全国で大ヒットを記録している映画『この世界の片隅に』の片渕須直監督。右肩上がりに増える観客動員数、公開1週目には63館だった上映館が最終的には3倍以上となる200館(累計)を超える予定など、公開から1か月以上を経てもなお話題に事欠かない本作。連日、全国の劇場で舞台挨拶を行う片渕監督は映画のヒットについてこう語る。「映画は完成して劇場で上映されて、そこでお客さんから戻ってくる感想や反応を栄養にしながら、どんどん成長していくものだと思っているんです。SNSがあることで、お客さんの想いや感想がダイレクトに伝わってくる世の中になったんだなぁと思います」と真剣なまなざしで“社会現象”ともいえるこの状況を分析する。監督の映画や観客に対する真摯な言葉から、本作が異例のヒット作品へと成長していった本質に迫っていく。

戦時中の広島・呉を舞台に、知らない土地に嫁いだ少女・すずさんが懸命に生きる姿を描いた本作。登場人物たちの息づかいが感じられるようなディテールにこだわった描写の数々からは、アニメにも関わらずある種の“生々しさ”さえ感じる。


「アニメーションは誰かがイメージしたものを人の手で描いているので“画面の中に偶然が忍び込まない”と言われています。必ず誰かが考えて、それを絵に描きます。でも僕らは戦中の広島や呉を描くにあたって、自分たちの想像に任せないで、客観的な資料から知識と情報を集めて、“当時はこうだったに違いない”というものを描くことを目指しました。そうすると僕らが意図していなかった要素も映画にいっぱい入ってくるんですね。それが入れば入るほど映画が本当の世界に近づいていくわけです」。

監督をはじめスタッフは1930~1940年代当時の雑誌や公的機関が発行した通達、当時撮影された写真や日記、回覧板に到るまで、様々な一次資料に目を通し、作品にリアリティを反映させていった。

「セミ・ドキュメンタリーのような形で、実際の情報が作品に入ってくることによって、より映画の世界観が現実の方に拡張されていったような気がします。映画の世界観が、映画の中の現実だけじゃなくて、映画を観る側の現実とも触れ合って重ね合わさって、広い世界を持つ映画ができ上がったのかなと。
例えば映画では第二次世界大戦中の広島と呉を描いていますが、お客さんとお話をしていると“ウチの祖母はあの海軍工廠で働いていたんです。若い頃はあんなふうだったんですね”とか“当時その町に住んでいました。あの通りでした”という年配の方もいて、僕らの予想を遥かに通り越して、この映画が広い現実の世界に直接結びついているんですね。お客さんそれぞれの現実とか思い出と結び合わさって、映画って本当の意味で完成するんだなぁと思います」。

一次資料から得た膨大な情報をもとに、歴史に埋もれてしまいそうな戦時中の庶民の生活をアニメーションで浮かび上がらせる作業は、まるで仏師が木から仏を掘り出すようなストイックさとクリエイティビティを感じる。

「いやいや、それは大袈裟ですよ(笑)。制作中に戦時下の生活のディテールがわかってきて、その先があるとしたら“当時の人たちが戦争をどう思っていたのか”その心情を読み解いてみようと考えました。そうすることですずさんや他の登場人物が、それぞれの場面でどんな想いを抱いているのかを映画の中で作り上げることができるかもしれないと思ったんです」。

監督は登場人物たちが話す広島弁のイントネーションにもこだわった。監督もヒロインのすずさんを演じたのんさんも共に関西出身。キャラクターの心情を突き詰めることはできても、広島弁のイントネーションやニュアンスの確認は、試行錯誤の繰り返しだったという。

「スタジオの中には常に広島弁がわかる人に複数いてもらって、僕たちも広島弁に慣れるようにしました。作業をずいぶん繰り返す中で段々ニュアンスが掴めて来て、あっ今の広島弁は違うな、と自分たちでもわかるようになっていきました。そうした試行錯誤の結果として、映画を見てくれた広島のお客さんから“登場人物がみんな自分たちのおばあちゃんの時代の言葉を喋っていた”という感想をもらいました。“いまの広島弁ではない”ということなんですよね。映画を通じて“うちのおばあちゃんには、あんな可愛らしい娘時代があったんだなぁ…”と感じてもらえる広島弁が作り出せていたということですよね」。


映画の舞台となった広島の観客が監督に投げかけた嬉しい言葉。監督は早速、のんさんにその感想を伝えたところ、彼女から「“広島弁”と“昔の雰囲気”という二つの課題がクリアできていたんですね!良かった!」というメッセージが帰って来たとのこと。「彼女はやっぱり演じることが好きなんだなと思いましたね。闇雲に台本の上の台詞を感情的にぶつけていくのではなくて、きちんとすずさんという人格を彼女の中でイメージしようとしていました。彼女自身が不自然さを感じないすずさんのキャラクターを掴んでいった。そうした上で、すずさんがしゃべる台詞回しに、ちゃんとお客さんに対してエンターテインメントとなる面白さを持たせようという、何重にも意識を持って収録に挑んでいました」。

終戦から70年以上がたった。戦争体験世代が減少する中、ディテールにこだわり抜いた描写と妥協のないキャストの熱演で彩られた本作が、戦後世代に“戦時下のリアリティ”を伝えてくれる。


「戦争がある日突然に終わっても、そこで全てが終わるのではなく、そこで生活をしている人にとっては、その日の晩ごはんもあり、翌日の朝ごはんもあるのであって…。そうやってずっと生活を続いていくわけですよね。そうしてそれが僕たちの“今”に至ってる。そこに思いいたるというか、そうした当時の当り前な感覚に浸りたい。“歴史の1ページ”というその瞬間しか思い浮かべられないようなことではなく、時の流れをちょっと俯瞰して上から見ながらも、その時の流れに没入できるような作品を目指しました。それが『この世界の片隅に』なんです」。

ロードショーから年をまたいで2017年になっても、しばらくは日本全国の映画館で『この世界の片隅に』をめぐる活況が続きそうだ。

(text/photo:Hiroshi Suzuki)

■関連作品:
この世界の片隅に 2016年11月12日より全国にて公開
(C) こうの史代・双葉社/「この世界の片隅に」製作委員会

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