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コロナ禍でSNS拡散『ペイ・フォワード』の奇跡とは? 19年前の関係者を取材

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コロナ禍でSNS拡散『ペイ・フォワード』の奇跡とは? 19年前の関係者を取材

●邦題「可能の王国」に込めたメッセージ
「自分の周りの世界が好きになれなかったら? もし世界が、大きな失望でしかなかったら?」

社会科クラスのシモネット先生(ケビン・スペイシー)は、小学生たちにこう問い掛けた上で、「それなら嫌いな部分をクルリと変えてしまえ」「君たちならできる。不可能を可能に。君たち次第だ」と鼓舞する。シモネット先生からの課題「世界を変える方法を考え、それを実行してみよう!」に対して、ハーレイ・ジョエル・オスメント演じる11歳の少年・トレバーは、「世の中はクソだから」という理由で、「自分が受けた善意をその相手ではなく別の3人へと渡す」という“Pay It Forward”を思いつく。果たして、トレバーは「クソな世の中」を変えられるのか――。

キャサリン・ライアン・ハイドの原作をもとに映画化された映画『Pay It Forward』。日本では『ペイ・フォワード 可能の王国』として2001年2月3日に公開され、国内興行収入は16億円を記録した。同年6月に公開された主演作『A.I.』が96億円、ハーレイ・ジョエル・オスメントの出世作ともいわれる『シックス・センス』(99)の76億円と比較すると、大ヒットとはいえない成績だった。


この『ペイ・フォワード』が19年の時を経て、再び注目を集めている。新型コロナウイルス感染拡大の影響により社会活動の自粛が余儀なくされる中、ツイッター上では、「こんな時だからこそペイフォワードの精神で」と助け合いを望む声があふれる。映画の魅力を伝える人やオススメする人、原作の思想を広めようとする人。また、自ら行動を起こす人もいれば、「ペイフォワード」を掲げて医療従事者への支援を展開する企業も。各々の価値観に委ねられた“ペイフォワード”が人と人との結びつきを強め、未曾有の国難を懸命に切り抜けようとする人々の姿が浮かび上がる。

この現象を、同作の関係者はどのように受けとめているのか。ワーナー・ブラザースに問い合わせたところ、日本公開当時に宣伝部だった中村香織氏、加々見綾子氏が電話取材に応じてくれた。邦題に込められた同社の思い、そして公開から19年後に起きた1つの“奇跡”が明らかになった。

○■19年を経て「映画をやっていてよかった」

――中村さんは当時宣伝部で、ポスターや予告編制作などのクリエイティブ部門を担当されていたそうですね。中村:私もこの作品にはすごく思い入れがあります。なんとかヒットさせたいと思って、黄色だったアメリカ版ポスターのキーカラーを作品のピュアな部分が伝わるように白にして、コピーも変えました。

トレバーの考えは、一言で説明できません。「善意を3人に送る」というのをそのまま伝えてしまうと、説教臭いと思われてしまうのでそこをそのまま売りにするのは難しい。そこで、「一人の少年をきっかけに世界が変わる」現象そのものを伝えるため、「きっかけはここにある」というのをコピーにしました。通常、映画は現実から離れて非現実的な世界を楽しむものですが、この作品は観た人の中に入り込んで価値観を変えてしまう力があるので、「今見るべき必然性がある」ということも伝えたくて。
そうやってすごく力を入れたのですが……。


――結果が伴わなかった。

中村:本当は興行収入30億円、それ以上いってほしかったのですが、16億円止まり。その数字自体は決して失敗ではないのですが、私たちが狙った数字ではなかったので、すごく落胆して残念に思った記憶があります。「こういう作品を広めるために映画に携わっている」という思いもあったので……。そういう苦い思い出があるだけに、今回の取材を通して今でも観てくださる方がたくさんいらっしゃると知って、20年かかって満たされる思いもあるんだ……と。

トレバー少年じゃないですけど、正直な話をすれば、「こういう作品がヒットしないのか。所詮、社会はそんなもの」と自分を納得させるしかなかった。それが今になって花咲いて、「映画をやっていてよかった。
社会のせいにした当時の自分は間違っていた」と思いますね。これも1つの奇跡というか、『ペイ・フォワード』が教えてくれたことです。
○■「いま私たちが生きている世界」は変えられる

――2001年公開時、社会に影響を与えたような出来事は起こりましたか?

中村:世の中に大きなうねりを作り出すまでには至りませんでした。去年、『ジョーカー』に関わりましたが、そこまでいくと「社会現象になった」と言えるかもしれませんが……。一人でも多くの人に届いてほしいと願うように、祈るように仕事をしていた覚えがあります。

――『ジョーカー』のキャッチコピーは「本当の悪は笑顔の中にある」ですが、正反対の物語でしたね。では、サブタイトルの「可能の王国」はどのような経緯で決まったのでしょうか?
中村:「ペイ・フォワード」はキーワードとしてそこまで覚えにくい言葉ではないのですが、日本人にとっては馴染みのない言葉です。「恩や善意の先送り」という意味ですが、そのまま直訳してもわかりにくいので、当時の上司が「“可能”という言葉はキーワードだよね」と言ったことがヒントになりました。


ケビン・スペイシー演じるシモネット先生が「もし世界を変えるとしたら何をする?」と生徒に聞くと、生徒たちは「変えるなんてありえない」「無理」という、でも先生は「もし可能だったら?」と聞くんです。その瞬間、失望だらけの世界が可能性に輝きだす。「もしかしたら、いま私たちが生きている世界は変えられる?」と。観た後に、「自分たちの世界のことでもある」と自分ごととして捉えたもらいたかったんです。

――サブタイトルにそんな意味が込められていたとは! 願いが今、人々に届いていますね。

中村:そうですね。新型コロナウイルスで世界は大変な苦境に立たされていますが、この状況だからこそ、夢物語ではない『ペイ・フォワード』の真意が伝わるのではないでしょうか。『ペイ・フォワード』は、「自分の中の可能性」とも向き合わせてくれる映画です。
そのきっかけをツイッターを通してあらためて伝えてくださっているみなさま、本当にありがとうございます。

●タイトルに隠されたもう1つの秘話

――貴重なお話、ありがとうございました。さて、加々見さんはハーレイ・ジョエル・オスメントの来日を担当されていたと聞きました。当時のことは覚えていますか?

加々見:19年前の話なので……実は私も昨日の夜、観直してみたんですよ! 実は、あれからずっと観てなかったので。いやぁ……良い映画ですね(笑)!

――観て下さって、ありがとうございます(笑)。

加々見:当時、字幕などを担当する制作部門から宣伝部に異動した頃で、メインの業務は企業タイアップの獲得でした。今よりもずっとバイリンガルのスタッフが少なかったので、制作と宣伝の中で必要とされるところを手伝いました。来日もその一つです。


――彼は当時小学生ですよね。

加々見:そうですね。学校がある時期の来日は必ず家庭教師を連れてこないといけないので、お父様と家庭教師の女性が一緒にいらっしゃいました。午前中は勉強の時間なので取材はNG。ホテルの部屋で3時間くらいは勉強していたと思います。お父様もすごくほのぼのした優しい印象の方でした。

オスメントくんは、本当に良い子でしたよ。悪さも何もせず。彼ぐらいのキャリアだと調子に乗ってしまう子もいたと思いますが、あの子の場合はご両親もすごく真面目な方で。きっと良いご家庭なんだろうなと思った記憶があります。オスメントくんは『シックス・センス』があれだけヒットしたのに、そのことを分かっているのか分かっていないのか。天才なのにそんな素振りも一切なく、普通の子でしたね。

――彼の発言で覚えていることはありますか?

加々見:ごめんなさい! 19年も前のことなので、さすがに覚えてないんですよね(笑)。でも、すごく良い印象だったのは覚えていますし、他の方もそうなんですけど、2~3日一緒に過ごしていると帰る時にさびしくなるんですよね。オスメントくんの滞在期間は、2泊4日か、3泊5日ぐらいだったと思います。午前中は家庭教師との勉強の時間。午後はホテルに取材部屋を設けて、紙媒体やテレビの取材を受けてもらいました。

――取材では、どのような受け答えをする方でしたか?

加々見:映画の中でのイメージに近かったと思います。はにかみながらこたえて、ちゃんとポイントはついている。映画の中で伝えたいこと、これからの自分のことなどを真面目に答えていました。きっとその頃には海外の方でも相当取材を受けていたはずなので、慣れていたのかもしれませんね。

――そういえば、トレバー少年の父で酒癖の悪いリッキーは、ジョン・ボン・ジョヴィが演じていたんですね。

加々見:私もすっかり忘れていて、出てきてビックリしました(笑)。当時は、それで大騒ぎしたんですよ。「えっ!? 出るの!?」とみんなで驚いて。あまり良い役でもないし、少ししか出ないので、それはかなりの衝撃でした。
○■「みなさんの心の中」にある“明るい未来”とは

――その他に思い出に残っていることはありますか?

加々見:中村も言っていましたが、タイトルで苦戦したのを覚えています。日本語に訳したタイトルにするのか、原題の「Pay It Forward」を「ペイ・イット・フォワード」とするのか。カタカナ表記にすると、長いだけで意味は通じないのではという心配もありました。深い意味のある日本語の案もあったんですけど、ピンと来るものがなかったんですよね。最終的には、「ペイ・イット・フォワード」の「イット」は、日本人にとってはなくていいものと判断し、「ペイ・フォワードはどうですか?」と提案したら、「なるほど」と賛同を得られました。いちばんしっくり来るタイトルに決まったという記憶があります。

――「Pay It Forward」は、アメリカでは一般的なフレーズなんですか?

加々見:アメリカに長いこと住んでいたんですけど、この作品に携わるまで知らなかったフレーズでした。意味を知ればすぐに理解できて、そんなに難しくない言葉ですし、おそらくですが、この作品がきっかけで世の中に広まったのではないでしょうか。

現在、アメリカでは通信会社大手・ベライゾンが、ビリー・アイリッシュも参加した「ペイ・イット・フォワード・ライブ」というプログラムを展開中です。もともとあった言葉なのかもしれませんが、今だからこそ一般化しつつあると思いました。映画はアメリカでも大ヒットしたわけではないので、みなさんの心の中に残っていたということなのかもしれません。

――それぞれの価値観に委ねられた善意は、現実世界でも確かに存在していましたね。

加々見:新型コロナウイルスによるこの状況はありがたいことでもなんでもないですが、全世界が同じ悩みを抱えているのは、人類にとってこれまで経験してこなかったことだと思います。個人的には、再び原点に戻るというか、リセットされているような気がしていて。今まで当たり前のようにあったもの、自分にとって大切なものを再認識させられているというか。

こういうときだからこその助け合いじゃないですけど、「良いことをしていこう」と思っている人が増えているのは、未来にとってはすごく明るい出来事ですよね。ソーシャルがみんなの強みになっていますし、一番の頼りにもなっています。レディ・ガガや星野源さんの試みも、ペイ・フォワード的な思いが含まれているのではないでしょうか。こうやって、いろいろな形で世界が1つになっていくのは本当にすばらしいことですよね。私も久しぶりに観たら、「まさに今観るべき映画じゃん!」と思ってしまいました。

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