笑い飯・哲夫、仏教通が語る“煩悩”との向き合い方 コロナ禍で心に響く教えも
●きっかけは実家に来たお坊さん
「小さい時に、お坊さんの声がかっこよかったっていうのが一番のきっかけかもわからないです(笑)」。軽快な漫才口調とは正反対の穏やかなトーンで、仏教に興味を持ったきっかけを明かすのは、お笑いコンビ・笑い飯の哲夫だ。クリスマス生まれ・ミッション系大学出身でありながら、お笑い界屈指の仏教通である凄腕漫才師が持つ仏教観とは? 著書『ザ煩悩』(KADOKAWA)では、煩悩(煩わしい悩み)に対する仏教的解決策を紹介している哲夫。煩悩との向き合い方について、そして、新型コロナウイルス感染拡大が続く今だからこそ心に響く仏教の教えも語ってもらった(※取材は緊急事態宣言の発令以前に行ったもの)。
――哲夫さんが仏教通であることをまだ知らない人もいるかと思います。改めて、仏教通になった経緯を教えてください。
小さいときから、うちの家には月に1回、月命日と言ってご先祖さんの命日にお坊さんがお経をあげに来ていまして。そのお坊さんの声がすごくかっこよくて、お経を子供心に「かっこええなあ」と思っていました。
あるとき「あれ何を言うてるのやろ?」と思って、大学くらいになってからお経の意味とか、仏教のことをいろいろ調べるようになったら、「なるほど、そういうこと言ってたんか」と。仏教って、調べれば調べるほど、「なるほどな」という面白い話がいっぱいあるんです。
お笑いを始めたときは、仏教って堅いイメージがあるから隠していたんです。けど、ネタ帳とかにちょいちょい写経したりしていて。あるとき番組で、先輩が勝手に後輩のネタ帳とかを探るっていうのがあって、それで僕のネタ帳を見られたときに、お経がボロボロ出て「気持ちわる~」って(笑)。そして、ヨシモトブックスという出版の部署が吉本にできて、「般若心経の本を書かへんか?」という依頼が来て、「ヤバイ、仕事にさせられる」みたいな。ある意味、諦めたといいますか、隠さんでもええかということで書かせてもらって。そのおかげで、講演依頼であるとか、番組で仏教のことをやってくれとか、出版も次から次へとお話をいただけるようになりました。
――そんな哲夫さんは、12月25日のクリスマス生まれで、大学もミッション系だったんですよね。
そこが矛盾してるんですよ。むちゃむちゃ西洋で(笑)。――仏教には興味深い教えがたくさんありますが、哲夫さんが特に好きな教えやフレーズはなんですか?
かっこええの、いっぱいあるんですけど…「吾唯足知」という言葉の書き方がかっこええのが京都の龍安寺にあるんです。全部、口が入ってて。それが書いてある蹲踞(つくばい)と言って水がたまるところがあるのが、龍安寺っていうところなんです。四角を使ってこんなうまいことしてるんやって、「吾唯足知」はめっちゃズキューンと来ました。お釈迦さんが亡くなるときの言葉「自分の悟りをよりどころにしなさい」も好きですかね。
いろいろ教えたけど、悟りの域に行けたっていう方法があるんやったら、それはそれで正しいから、伝えていっていいんだよ、みたいな。ほんまに、すごく優しい哲学なんですよね。
――今回の書籍は、仏教の教えを交えて悩み相談に乗るラジオ番組『仏教伝道協会 presents 笑い飯 哲夫のサタデー・ナイト仏教』と連動したものです。相談内容で、特に印象深いものは?
「事業所の、ボーイッシュな女性に、壁ドンをしてもらいたい」。そういう煩悩があると。そもそも、事業所って何(笑)? そこの説明が全く書かれてなかったので、インパクト強かったですね。「何を言っているんだこの人は?」って(笑)。皆、共有できるようなお悩みをお持ちなんやなという風には思いました。
すごく勇気をもってお悩みを描いてくれたなっていうのが、W不倫をしている女性の方が、ご主人に離婚をしてくれとお願いしているけれども、主人は別れてくれないと。こんな女の人いるんやなって。これこそ煩悩やなあと思わせてもらいました(笑)。
●仏教通でも「煩悩の塊」
――4月からは、相愛大学の人文学部に客員教授として就任されましたが、講義の内容はどのようなものになるのでしょうか。
客員教授にならせてもらった経緯は、これ(『ザ煩悩』)の一個前に、釈徹宗(しゃくてっしゅう)先生という浄土真宗のお坊さんでありながら教授をしてはる方がいらっしゃって、その釈先生との共著で『みんな、忙しすぎませんかね?~しんどい時は仏教で考える。』という本を書かせてもらったんです。その釈先生が相愛大学の教授をされているので、そこからご紹介いただいて。仏教講座言うて、いろいろなところで講演会をやらせてもらってて、その講演会みたいな内容を、学生たちにできたらなあというような感じですね。
――ラジオや公演などを通じて、若い世代に浸透していっているという実感はありますか?
お寺とか行かせてもらうと、若い大学生くらいの子も来ていて、「御朱印ガール」なんていう言葉もあったりするくらいなので、みんないい感じのテーマパークみたいになってきているんじゃないかなって思いますね。
――哲夫さんご自身は、普通の人と同じように、煩悩がありますか?
もちろんそうです。煩悩の塊だと思いますよ。煩悩だらけです。
――煩悩とは、どんな付き合い方をしているんでしょう?
「この煩悩で、誰かを傷つけてなかったら、まあ、ええんちゃうん?」っていうような。人が嫌な思いをしてなかったらいいんかなあという感じですかね。
――周りの芸人さんで、煩悩を抑えきれていないなと感じる方はいますか?
「この人はめちゃめちゃ煩悩あるなあ…」と思う人は、多々いますね。そうやなあ…ギャロップの林ですかね。
「『こいつ、絶対髪の毛生やしたいやろなあ』っていう煩悩あるやろなあ」と思いますよね。それでええのに(笑)。フサフサでありたいっていう煩悩が。
――相方の西田さんの煩悩はいかがでしょう?
どうかなあ…。めっちゃ口臭い時があって。彼が歯を磨いているところを最近は1回も見たことがないんですけど、その臭さっていうのが、お墓の花を立てるところの水を、1年間代えてなかった時の匂いがするんですよ。だから「ああ、ちょっと仏教の匂いしてるなあ」と(笑)。臭い言うても、仏教的に臭い奴やからなあ、奈良の人やなあと思います。
●災厄に対する考え方
――仏教には夫婦以外の人間と肉体関係を持つことを戒める「不邪淫戒」の教えがありますね。たびたび芸能人の不倫が報じられますが、仏教の観点から不倫に対してどんな考えをお持ちですか?
芸人目線で言うと、男の芸人が結婚していても、少々女性と飲みに行くくらいは許してくださいと思っています(笑)。なぜなら、相手の女性もすごく楽しめるであろうから。Win-Winというやつです(笑)。
――芸能界だと、そういうお付き合いも必要なのかな…と思ったりします。
最近はね、「女遊びは芸の肥やし」と言えなくなってきているけれども、そこは一つ、今後もそちらでお願いしたい(笑)。Win-Winなので。
――今は新型コロナウイルスに対して不安を抱く人々が多いです。仏教では、こういった災厄に関して、どんな教えがあるのでしょう?
四苦(しく)というのがあって、生老病死。生まれること、老いること、病気になること、死ぬことというのが、四つの大きな苦しみで、そこにノミネートされているのが病ですから、そこはもう受け入れないと仕方ない。でも今、皆が予防しているから、いつも冬場は毎回、インフルエンザになったっていう人を聞いていたんですが、今年は周りでインフルエンザになった人を聞いていないんですよね。だから、やっぱり予防ってすごいなと思いました。
――買い占めなどで、思いやりを忘れた人の利己主義が露見することもありますよね。
仏教はとりあえず、みんな一緒だと。特に大乗仏教はそういう考え方なんですよね。人の苦しみは自分の苦しみであって、人の喜びも自分の喜びになる。みんな一緒だっていうような感覚で言ったら、自分だけがモノをためておこうという感覚にはならないですよね。皆がある程度、同じだけ、モノを食べることができてとか、皆が同じだけマスクを使うことができてとか、そういう感覚になるので、買い占めっていうのは、仏教的にはなかなか考えにくいですね。
――「みんな一緒」という意識は大事ですね。
考え方の一つの指針ですからね。聖徳太子がなぜ仏教を政治に取り入れたかったかと言ったら、十七条の憲法の一番最初に「和を以て貴しとなす」と言っているんですけど、仏教観で和って言うのは和やか。そういうものを、日本人一人一人、持っとかなあかん、それを尊いものとせな。ほんま、優しい教えやなと思います。
■哲夫(笑い飯)
1974年12月25日生まれ。奈良県出身。吉本興業所属。2000年7月に相方の西田幸治と笑い飯を結成。Wボケ漫才で繰り出す個性的なネタを武器に『M-1グランプリ』決勝に9度進出し、ラストチャンスとなった2010年に悲願の初優勝を果たし、全国区の知名度を獲得。これまでに仏教関連の本では『えてこでもわかる 笑い飯哲夫訳 般若心経』『ブッダも笑う仏教のはなし』などを出版