"面白いモノ"を作れば世界中が見てくれる - 気鋭のクリエイターが制作秘話を語った「CREATE NOW "Best of MAX"」
アドビシステムズは、東京都・六本木の東京ミッドタウンホールにおいてクリエイターの祭典「Adobe CREATE NOW "Best of MAX"」を開催した。ここでは、午前中に行われた「キーノート」セッションの模様をレポートする。
「Adobe CREATE NOW "Best of MAX"」は、"Inspire"、"Learn"、"Connect"という3つのキーワードをテーマとした3部で構成されている。そのオープニングプログラムであるキーノートセッションでは、"Inspire"をキーワードに、ゲストスピーカーによる講演や、10月4日~8日に米国ロサンゼルスで開催された「Adobe MAX」の内容を受けたCreative Cloudの最新情報などが紹介された。
○高解像度デジタル映像の需要により、制作現場にも変化
キーノートセッションは、アドビ JAPAC地域マーケティング バイスプレジデント・木ノ本尚道氏の挨拶で幕を開けた。木ノ本氏は、近年、高解像度のデジタル映像へのニーズが非常に高まっているとし、12月12日に公開される映画「ゴーン・ガール」の編集に「Premiere Pro」が使われていることや、日本の次世代放送推進フォーラム(NexTV-F)において、4K放送のデータ制作ツールとして「Premiere Pro CC」が指定されていることを紹介した。
こうした環境の遷移によって、制作現場でもさまざまな変化が起こっており、デザイナーがコーディングを覚えたり、Webデザイナーが動画編集を学んだりするなど、クリエイターは常に新しいツールを学び、それを使いこなしているという。また、デザインの領域においても変化が激しくなっているとし、さらにビジネスの分野においても「クリエイティブを重要視している会社は10%以上収益の成長率が高い」というデータを紹介したうえで、「アドビはすべてのクリエイターのデザイン能力を信じ、デザインに敬意を表し、今後も長い間サポートしていきたいと考えています」と聴講者にアピールした。
一方、「Adobe MAX」で発表された数多くのアップデートの中でも、特に注目してほしいのが「モバイル」だと強調。昨今のモバイルデバイスのパワー向上に関して「このパワーをコンテンツ消費のためだけでなく、制作ツールとしても利用できると考えている」と述べ、あいさつを締めくくった。
○「Adobe MAX」で発表されたアップデート内容とは
次に、同社マーケティング本部 西山正一氏とCreative Cloud エバンジェリスト 仲尾毅氏のふたりが登壇。西山氏は冒頭で、Twitter上でのキャンペーンについて案内。続いて「Adobe MAX」でのアップデート内容について、"クラウド時代のワークフロー"と言える制作環境を実現する「クリエイティブプロファイル」、クリエイティブプロファイルを通じて、デスクトップとモバイル間を連携する9つの新しい「モバイルアプリ」、キーボードやマウスがない環境でのクリエイティブへの取り組みである「タッチインタフェース」、そしてアップデートによってさらに進化した「デスクトップアプリ」という4つのポイントを紹介した。
続いて、仲尾氏によるふたつの新しいモバイルアプリのデモへと移行。カメラで撮影したモノの輪郭を検出して自動的にベクトルデータ化するアプリ「Shape CC」のデモでは、筆で書かれた文字をiPhoneカメラで撮影し、即座にベクター形式のデータとして保存。それをクリエイティブプロファイルを通じて、iPad上の「Adobe Draw」やデスクトップの「Illustrator」上で読み込んで活用する様子を実演した。
続いて、身の回りにあるさまざまなアイテムから「Photoshop」や「Illustrator」、「Photoshop Sketch」(モバイルアプリ)で使える"ブラシ"を作成できるアプリ「Brush CC」のデモ。チューブから絞り出した本物の絵の具をiPhoneカメラで撮影し、ターゲット(利用アプリ)や種類、切り抜き、調整などを行って作成したブラシを、iPad上の「Photoshop Sketch」上で利用する様子を披露。さらに、同アプリで作成したビットマップ画像をIllustratorへ転送し、Illustratorの「オブジェクト」メニューから「Sketch and Line Art」→「パスまで拡張」を選択することによって、パスに自動変換されるという新機能もあわせて紹介された。
さらに西山氏が「Creative SDK」がパブリックベータとして公開されたことを案内。これにより、モバイルアプリの機能の数々やクリエイティブライブラリへのアクセス、「Photoshop Mix」の画像編集機能などを、サードパーティー製アプリが無償で搭載できるというものだ。既に「Snapwire」などのアプリでCreative SDKの画像編集機能が使われているという。
そして、数々のデスクトップアプリのアップデート内容として、「Dreamweaver」が64ビット化を果たしたことなどを紹介。特に注目してほしいアップデートとして、6月の時点ではベータ版であった「Creative Cloud Extract」(旧称:Project Parfait)が晴れて正式リリースされた点を挙げた。
これは、Photoshopを使わずにPSDファイルを編集できるという強力な機能で、夏にCreative Cloud上のストレージサービスのひとつとして登場したものが、このたびPhotoshopやDreamweaverに追加されたということだ。仲尾氏のデモでは、Creative Cloudのストレージ上にPSDファイルをアップするだけで動的なプレビューができるとともに、CSSを瞬時に生成する機能などを実演。同機能がこのたびDreamweaverに搭載されたことを紹介し、グラデーションの抽出や画像の移動および形式変換などをPhotoshopなしで行えることをデモで見せてくれた。
最後のテーマとなったのは、同社の「タッチインタフェース」に対する取り組みについてだ。今後、このタッチ操作どのようなクリエイティビティが実現できるかを、マイクロソフトとの協業で進めていくという。ここで仲尾氏が「Surface Pro 3」のタッチインタフェースによる、最新版のillustrator CCの操作シーンをデモした。ジェスチャーによる操作や付属のペンのみによる描画、タッチ操作による直感的な編集、タッチスライドや雲形定規、ペンの筆圧に応じた描画、雑に引いた線をつなげてくれる「連結ツール」などを実演したのち、「Surface Pro 3でのタッチとペン操作による新感覚のIllustratorをぜひ皆さんにも体験していただきたいと思います」と語った。西山氏によれば、今後はアドビとマイクロソフトとで「タッチインタフェースによるクリエイティブワーク」についてのセミナーを開催していく予定だという。
また、Illustrator以外にも、さまざまなアプリケーションに応じたタッチインタフェースの開発を進めていくということだ。●クリエイティブ表現の最前線を走る2名によるトークセッション
○人の顔を使ったプロジェクションマッピング「OMOTE」の舞台裏
ここからは2名のゲストスピーカーを迎えてのセッションとなる。最初は、映像制作会社「P.I.C.S.」のプロデューサー・浅井宣通氏による「テクノロジーは夢を見る」。浅井氏は、世界中で話題を集めた"人間の顔"に投影するプロジェクションマッピング「OMOTE」の制作者として、一躍時の人となった人物だ。冒頭の挨拶では作品の反響の大きさをあらためて実感している様子が窺えた。
映像制作会社でミュージックビデオやCMを作っていたが、最近になってプロジェクションマッピングの企画やプロデュース、テクニカルディレクションに携わるようになったという浅井氏。「OMOTE」は仕事ではなく、プライベートなプロジェクトとして友人と3人で作ったという。8月中旬に動画投稿サイト「Vimeo」にアップロードしたところ、1日で100万アクセスという世界的な広がりを見せ、まだ公開から2カ月ほどしか経っていないにも関わらず、世界各国からイベント出演依頼や具体的な制作依頼が相次ぐなど目まぐるしい日々が続いているという。
「OMOTE」は自主的なプロジェクトのため予算がなく、有名なモデルを使うこともTVや新聞などでの紹介もなかったが、同作品がコンテンツの力だけで世界に伝わったことによって、「作品力(おもしろさ)=媒体力」であることをあらためて感じたという。面白い物を作れば世界中の人が見てくれるということは、すべての人に開かれている可能性であり、素晴らしいことだと語った。
続いて、「OMOTE」のメイキングの紹介となった。同作品のタイトル「オモテ」とは「能のお面」のこと。3Dで制作したお面を顔にかぶせることがコンセプトになっているという。まずは女性モデルの顔を3Dスキャニングして「ポイントクラウド」と呼ばれる点の集まりからなるデータを作成。その点同士をつないで面にした3Dモデルを作り、同時に発泡スチロール製のモックアップを組み上げたという。
次に行ったのは「テクスチャシューティング」。
ヘアメイクアーティストが実際に顔にメイクしたものを3方向から撮影し、そのデータを3DCGソフトで3Dモデルにテクスチャとして貼り付けることで、パソコン内で動かせるリアルな3Dモデルになるという。そのテクスチャをはがした、やや不気味な2Dの顔データを土台として、アニメーションを作成していくとのことだ。続いて、顔の位置を検出する「キャリブレーション」や動いた顔の位置を取り込む「モデリング」をすることで、パソコン内の3Dモデルと実際の女性モデルの顔の動きと同期し、パソコンの画面に映っているものを女性モデルの顔にプロジェクターで投影することで、ピッタリ合う仕組みになっているという。
また、このような作品を作る上での大切なポイントとして、「テクノロジーの精度」(位置がズレていたりタイムラグが生じると面白くないから)、「クライアントワークでは精度の追求が難しい」(開発時間が足りないから)、「表現について」(テクノロジーのギミックだけでは、人は感動しない)、「普遍性と時代性」(変わらないものと時代によって変わるものの両方が必要だと語る。
OMOTEの場合の"普遍性"は日本の伝統や美意識、"時代性"はテクノロジーによるギミック)、そして「根性」(あきらめないこと。OMOTEは途中何度も挫折しかけたが、6カ月かかって完成した)という5つを挙げた。このほか、友だちが集まって作りはじめたが内容がまとまらず、毎週夜中まで徹底的に議論して皆が納得できるまで詰めた結果、ひとりではできない優れた作品ができたという経験から感じた「コラボレーションのメリットとデメリット」や、好きでなければ夢中になれない、好きでやっていれば気づいたときには上達しているという"「好き」力"や、自分が面白いと思うことによってエネルギー源となる"「ワクワク」力"、そして記憶をコーヒー豆、パッションは熱湯、創造力を作品に例えた方程式「創造力=記憶×パッション」、そして自分の中のやる気は何だろうと考えた浅井氏が共感できるという楽曲として、槇原敬之の「ぼくの一番欲しかったもの」を紹介。会場内に曲が流れたのちエンディングとなった。
○「無から有を生み出す物」と言う意味ではクリエイターは「創造主」
キーノートセッションのラストは、クリエイティブラボ「PARTY」を率いるクリエイティブディレクター・伊藤直樹氏による「BE CREATOR! ~君は神になりたいか~」と題されたセッションだ。
伊藤氏は最初に「クリエイター」という言葉について、イギリス人の英会話の先生から「クリエイターを英語にすると創造主(つくりぬし)を意味する」と指摘されたエピソードを紹介。その瞬間は顔が赤らんだものの、自分でクリエイターと名乗ることもあながち悪いことではないと感じたという。その理由として、「創造主」や「神」というのは言い換えれば「無から有を生み出した者」であり、われわれクリエイターが常に感じている「今までになかったものをこの世に生み出したい」という思いと合致しているからだという。ネット上には多くの「神」が存在するが、その人たちはきっと無から有を生み出した人であるからこそ称賛されるのだとし、「自分たちも常にそうでありたい」という思いを明かした。
続いてスクリーンに映し出されたのは「12(9)」という数字。これは、同社で最も多くのソフトウェアを扱えるデザイナーが、実際に扱えるソフトウェアの数だという。合計12種類で、そのうちアドビ製品が9種もあり、ひとりで何でもできてしまう「フルスタック系」として頑張っているという。
ここで伊藤氏は自分の過去を振り返り、20歳では「何かを作りたい」という思いがあったものの引きこもりであったが、25歳で広告代理店に入社してひきこもりは卒業。それでも「1人がいい」と思っていたが、30歳になりもの作りはできるが「ひとりでは限界」だと感じたという。35歳でもの作りをしてきたが「皆とやることは大変だ」という思いが募ったが、40歳で皆とのやり方がわかり、震災直後に「PARTY」という会社を設立。東京とニューヨークに拠点を置き、現在30名ほどのクリエイターが在籍しもの作りをしているという。
PARTYとは「徒党」であり、その意味は「あることをなすために団結する」ことだ。伊藤氏は、本当は「孤高」が好きだが、無から有を生み出すためには徒党を組むほうがいいと感じたとそうだ。続いて、同社が携わった数々のプロジェクトを、制作費とそれに関わった人数とともに紹介。最後に制作費300億円(当時の貨幣価値で30億円)で21万人もの人が関わった「東京タワー」の例を挙げ、「いつかは21万人の規模で東京タワーのようなものを作りたい」という夢を語り、キーノートの最後を締めくくった。