未来の日本IT産業を担う学生を育てる - 日本マイクロソフト社員による女子中高生向けプログラミング講座
○IT技術者が世界レベルで足りない
独立行政法人IPA(情報処理推進機構)が2014年4月に発表した「IT人材白書」によれば、人材が不足していると回答した企業は2009年度調査の48.8パーセントから、2013年度の82.2パーセントと急増している。もちろん、この数字を俎上(そじょう)に載せても意味がない。背景には、IT技術者のキャリアコースや、受注した案件をそのまま下請けに出す企業体質など、多くの弊害要素があるからだ。
それでも、IT技術者が足りないという問題は、目の前で起きている現象である。しかも世界レベルでだ。このような事情から2013年には、米国内の学校にコンピューターサイエンス教育の実施を目指す非営利団体「Code.org」が立ち上がった。Microsoft創業者兼テクノロジアドバイザーのBill Gates氏らは活動に賛同し、協力している。
そのCode.orgは、12月8日から14日(米国時間)の間、世界中の子どもたちにコードを書く(プログラミングをする)体験を提供する、「Hour of Code(コーディングを学ぶ時間)」キャンペーンを開催中だ。
既に180以上の国から1億人以上が参加し、Microsoft現CEO(最高経営責任者)のSatya Nadella氏も活動に参加している。
米国のMicrosoft本社と歩みをそろえる日本マイクロソフトもHour of Codeキャンペーンの一環として、日本マイクロソフト社員などが講師役としてプログラミングの楽しさを教えるイベントを開催中だ。ここでは、2014年12月12日に東京都の戸板女子中学校・高等学校で行われた学生向けプログラミング講座の内容を紹介する。
○女子中高生がプログラムを学ぶ意味とは
今回のイベントに参加したのは、私立戸板中学校・女子高等学校(以下、戸板校)の中学3年生から高校2年生の36名。参加者を募ると最後は抽選になるほど、生徒の興味は高かったと、同校で情報科を教える斉藤春香氏は説明する。また、司会進行を担当したのは、日本マイクロソフトとともにプログラミング講座を開催したライフイズテック取締役の讃井康智氏だ。
生徒が教室に集まると、Microsoftが2011年に作成した動画「Productiviry Future Vision」を各PCで再生し始めた。動画の内容はリンク先のYouTubeでご覧頂きたいが、簡単に説明するとMicrosoftが提唱する未来のデバイス利用シーンを映像化したもの。
当初は教室のあちらこちらから生徒の声が聞こえてきたが、映像が進むごとに視線と意識がPCに集中。彼女たちはいわゆるデジタルネイティブ世代だからこそ、映像の中の世界をリアルな"近未来"に感じたのだろう。
さらに続けて「The Hour of Code is Here」を各PCで再生した。こちらは前述のCode.orgが作成した動画だ。Bill Gates氏や米国大統領など各界著名人が、世界中の小中高学生にプログラミングの楽しさを伝えるという、今回のお題をそのまま映像化したものだ。
讃井氏は「この映像には、ITに関する大きな変化が込められている」と述べ、前者の映像にはITの進化を表していると解説した。手に持ったiPhoneを見せながら「iPhoneがリリースされてから7年、先の絵像には約7年後(2020年)の未来が描かれている」と語る。さらに後者の映像については「誰もが"ITを作る側"に回れる時代がそこまで来ている」と、今回の講座を開催する意義を生徒に説明した。
講座開始に先立って登壇したマイクロソフトディベロップメント 代表取締役社長 兼 日本マイクロソフト 業務執行役員 最高技術責任者の加治佐俊一氏も、「自分で作ったアプリケーションを世界中で使ってもらうような時代は目前。グローバル化した社会でチャンスにつなげるためのスキルを身につけてほしい」と、生徒たちに語りかけた。
続けてIT業界の転換期についても説明し、「今後も大きく変化する可能性がある。だからこそプログラミングを通じて理論的な思考を身につけてほしい」と、今回のプログラミング講座を受講する意義を生徒に優しく説明していた。
●ゲームでアルゴリズムを学ぶ
○ゲームでアルゴリズムを学ぶ
生徒の一部は、プログラミングの基本となる論理的思考(アルゴリズム)をゲーム感覚で習得する、課題解決型ゲーム「アルゴロジック」を経験済みだという。それでも最初からコーディングを行うのは難しいため、スマートフォン向けゲーム「Angry Birds(アングリーバーズ)」をプレイ。もちろん同じゲームではない。プログラミングの基礎であるアルゴリズムを学ぶため、「前方に移動」「左に曲がる」「右に回転」といったアクションを事前に組み立てて、目的の結果を導き出すというものだ。
ライフテックのメンバーや日本マイクロソフトの社員、戸板校の先生などがプログラミングを手助けしつつ、生徒のコーディングが始まった。基本的な操作は、アクションをコード部分にドラッグ&ドロップし、最後に実行ボタンを押すだけとシンプル。生徒たちは皆マウスを手に握りしめ、真剣にディスプレイを見つめていた。
割当時間は30分程度だったが、会場からは10分ほどで次々とステージをクリアする生徒が続出。当初は目標を10ステージとしていたが、全20ステージをクリアする生徒も現れるほどだった。
はじめはキャラクター移動だけのブロックを使っていれば済むものの、ステージを進めると繰り返し(for)や条件分岐(if)が登場し、アルゴリズムの基礎が自然と身につく形になっている。興味を持たれた方は、Code.orgのWebサイトを訪れて見て、生徒たちが体験したゲームをプレイしてほしい。
プログラミングに成功すると、生徒たちから歓声が上がる。
だが、陽気な声を上げた直後にそのままディスプレイを真剣に見つめている姿は、「解く楽しみ」を感じているようだった。そもそもプログラミングには、最初のお題目(要求分析)をもとに頭の中でパズルを組み立て(ソフトウェア設計)、実際にコードを記述する(コーディング)、その結果が正しく動作するか確認(テスト)という流れがある。
今回の講座では、ドラッグ&ドロップ操作およびブロック選択がコーディング部分に相当する。力業でキャラクターをコントロールする生徒もいれば、条件分岐などを用いてアルゴリズムを正しく導く生徒もいた。
讃井氏は「基礎的なプログラムは今回のように簡単な仕組みで動作する」と生徒に語り、さらに「友達と語り合いながら楽しんだように、実際のコーディングも楽しんでほしい」と講座を締めくくっていた。
実際にプログラミングを体験した中学3年の高橋蕗さんと高校2年の岩﨑綾乃さんは、2人ともプログラミングの概要自体は理解しているという。岩﨑さんは大学に進学してもプログラミングにチャレンジしたいと語るものの、実際にスマートフォン向けアプリの開発経験を持つ友人を引き合いに出して、「世界が相手となると、(小さい頃からプログラムを勉強している子どもが多いため)経験面で厳しそう」と語っている。高橋さんも「自分が怖がらずにチャレンジすれば、誰でもプログラムできるの」と自信を見せつつも、世界を相手にするという話題になると「その自信を持てなさそう」と10代の素顔を見せた。
●Visual Studio 2013を使った講座も
第2部では、Windowsストアアプリを実際に開発するため、Visual Studio 2013を使った講座も開催。既存コードをコンパイルして実行するところから始まり、ボタンの作成やアクション変更、数値や変数を部分的に変更するといったコーディング方法も紹介した。やはり生徒たちは真剣なまなざしで講師の説明を聞きつつ、実際のコーディングにチャレンジしていたが、初めて触れるであろうVisual Studioの操作に迷う場面も少なくなかった。
戸板校の学園長 大橋清貫氏は、「日本の教育は長きにわたって"受け身"の授業が多かった」と前置きし、今回のプログラミング講座を受けたことで「生徒が受け身ではなく、作る側、発信する側に立つことで、劇的な成果が生まれる」と感想を述べている。
使い古された言い回しで恐縮だが、今回の取材でもっとも感じたのは、"IT教育の重要性"だ。冒頭でも述べたように世界レベルでプログラマー不足が叫ばれ、日本でも2013年6月発表の成長戦略で「プログラミング教育」という単語が踊っている。もちろん講座を受けた生徒が皆プログラマーを目指す必要はない。だが、教育の場を提供する大人の立場から見れば、学生の選択肢が広がることは喜ばしいの一言に尽きるはずだ。
近年のMicrosoftおよび日本マイクロソフトは、「Microsoft Imagine」というブランドのもと、IT教育に注力している。IT企業である同社の裾野を広げるという意味合いもあるが、関係者も「将来プログラマーになならなくても構わない。ITビジネスや社会貢献につながればよい」と活動の意義を語っていた。
今回の講座を受けた彼女たちが、日本のIT産業をけん引する一員となることを願いたい。
阿久津良和(Cactus)