ハイスペックすぎ!? - 獣医さんが"営業職"として働く会社に行ってきた
いまや子供の数より犬と猫の数の方が多いと言われるペット大国ニッポン。獣医師はさぞかし貴重な存在かと思いきや、獣医師免許をもつ人が営業職として活躍している会社があるらしい。その理由を聞きに、ロイヤルカナン ジャポンに行ってきた。
○なぜ獣医師が営業職に?
最初にお話を伺ったのは、ロイヤルカナン ジャポン社長の山本俊之さん。
--ペットフードメーカーとはいえ、なぜ「動物のお医者さん」を営業職に?
山本さん「私たちも初めから獣医さんに営業してもらおう、と考えていたわけではないのです。ただ、ロイヤルカナンという会社の価値観や理念、製品ラインナップ、そして獣医師の皆さんに商品のご説明をすることを考えると、結果的に今のような形になっています」
--会社の価値観や理念と言いますと?
山本さん「ロイヤルカナンは47年前にフランスで生まれたペットフードメーカーで、創業時から『Dog and Cat First(すべては犬と猫のために)』という価値観にもとづき、犬と猫の健康を最優先に考え製品開発をしています。また、栄養学の観点からロイヤルカナンの理念である、『Health Nutrition(ヘルス ニュートリション)』のもと50種類余りの栄養素を最適なバランスで配合した製品を提供することを追求してきました。こうして様々な種類の犬や猫の栄養ニーズを満たそうとした結果、製品数が全体で196種類以上と、あまりにも膨大になってしまいまして(笑)。
その一つひとつについてきちんと説明するには、栄養学や動物解剖学生理学などの高度な知識をもった人が最適だったのです」
--獣医師免許をもつ人たちはどんなお仕事を?
山本さん「主に動物病院などの獣医師向けの営業を担当してもらっています。獣医師の皆さんはペット治療の最前線で、犬や猫の健康に有効な情報を常に求めていますから、そういった方々と同じ土俵で話をするには、獣医学の知識が役に立つのです」
○テレビCMでは売れないペットフード
ロイヤルカナンのペットフードは、スーパーマーケットやホームセンターなどの量販店では見かけない。テレビCMもゼロ。誰もが簡単に目にしたり、手に取ったりできない商品を売るのは、いくら獣医師免許をもっているといっても、かなりハードルが高いのでは、と心配になったのだが…。山本さん「そうですね。しかも、私たちのお客さまは、獣医師やペット専門店のスタッフの方、ペットオーナーさんなど、犬と猫についての専門知識をもった方が多いので、特に気遣いが必要です。ロイヤルカナンの営業の仕方は、お客さまのところに行って商談やキャンペーンの案内をするといった一般的にイメージされる営業とは違いますから」
--では、営業職はどんな仕事を?
山本さん「営業担当のアソシエイト(社員)は、私たちの哲学や想いを伝える"アンバサダー(伝道師)"なのです。ロイヤルカナンの製品は、動物栄養学の粋を集めて作られています。
それを1頭でも多くの犬と猫に届けるためにはまず、そのオーナーさんに理想的な栄養について理解してもらわなければなりません。オーナーさんたちの有力な情報源が、獣医師やブリーダーの方々、ペット専門店のスタッフの皆さんです。営業担当者は、そういう方たちに対し、動物の理想的な栄養について、パッションをもってお話をするという重要な仕事をしているのです」
--ものを売るより思いを伝える、ですか
山本さん「熱い思い=パッションがあれば、その熱がそのまま獣医師さんやブリーダーさん、専門店スタッフに伝わり、今度はその人たちがアンバサダーになって、ペットオーナーさんに伝えてくれます。時間も手間もかかる、愚直なやり方だと思います。でも、そうやってヘルス・ニュートリションを浸透させるのが、ロイヤルカナンのやり方なのです」
○オンラインプログラムでパッションを維持
ロイヤルカナン ジャポンには、営業職の方たちがパッションを維持するための仕組みも準備されている。そのひとつが、Webで学べる犬と猫の栄養学講座「ヘルス ニュートリション ラーニング プログラム」。社長の山本さんを始め、アソシエイト全員がこのプログラムを受講し、犬や猫の健康についての知識を日々磨いている。たしかに、努力して学んだこと、自分がいいと思ったことは人に伝えたくなるかも。
山本さん「初級編から始まって、上級編は獣医師さんでも手こずるくらいですから、かなり難しいですよ。勉強したあとは4択式のテストを受けてもらうのですが、成績がランキング形式で発表されるので、気を抜けません」
--勉強熱心な人でないと務まりませんね
山本さん「今は正しい情報が求められる時代ですし、アソシエイトにしても、ペットオーナーにしても関心のある分野についての知識欲はかなり強いんです。オンライン講座という形で勉強ができることは、社内外ともに好評のようですよ。現在では一般会員様だけで1万人以上にご利用いただいています」
こうして深い知識とパッションを兼ね備え、さらには獣医師免許まで携えた営業職は実際にどんな仕事をしているのか。アソシエイト2名を直撃してみた。
<参考資料<
ペットの数 日本ペットフード協会
子供の数 統計局
●獣医の経験を生かした営業パーソンの働き方とは?
最初にお話をしてくれたのは、ベテリナリー事業部の藤崎智彦さん。獣医系大学を卒業後、動物病院に臨床医として3年間勤務したあと、臨床開発モニター職を経てロイヤルカナン ジャポンへ入社して3年余り。営業職として活躍する傍ら、昨年からエリアマネージャーとして、同じく獣医師免許をもつ営業職たちのマネジメントも担当している。
○獣医師から営業職へ
--なぜ獣医師免許を?
藤崎さん「子供の頃からハムスターやインコ、犬を飼っていて動物が好きだったのと、4才上の姉に借りた『動物のお医者さん』というマンガの影響で、小中学生のときにはもう、獣医になろうと決めていました。受験のときも迷わず、獣医大だけ。でも、大学に入ってから気づいたのですが、獣医には、人間のお医者さんのように生涯勤務医として働く人は少なく、一生仕事を続けるならいずれ自ら病院を開業するしかないのが実状です。卒業後は3年間動物病院で働きましたが、選択肢の少なさに悩みましたね」
--営業職になった経緯は?
藤崎さん「転職活動のとき、臨床医の経験を生かせる仕事がいいとエージェントに希望を出したら、ロイヤルカナン ジャポンを紹介されたんです。でも、最初は『営業』という言葉にやや抵抗がありました(笑)。研究とか学術的なことに携わる部署の方が僕には向いているんじゃないかって。でも、面接で『獣医さんと話す仕事だ』と聞いて面白そうだな、と。以前から栄養学に興味はありましたし、そういう営業なら、現場経験も生かせるかなと考えたんです」
○営業職としての目覚め!? 動物病院での一コマ
藤崎さんの仕事のひとつは、動物病院を訪問し、獣医師や看護師に対して、栄養学のレクチャーをすること。
藤崎さん「最近、人前で話すのがちょっと楽しくなってきました。必ずウケる鉄板ネタを日々追い求めています。例えば、肥満についてのセミナーでは、最初に太ったブチ模様の猫の写真を見せます。その子がダイエット用フードを食べ続け、ダイエットに成功すると、何と! "しま柄”になっちゃうんです。太っていたときは模様が膨らんで、丸く見えていたんですね。次に黒猫の写真を見せて、『この子は模様が見せられなくて、残念!』みたいな(笑)。そういう話をして、少しでも反応がいいと、すごくうれしい。営業の仕事に目覚めていましたね…」
--獣医師免許、役に立っていますか?
藤崎さん「名刺に『獣医師』と入っていると、それだけで安心してもらえます。
ときには、最前線で活躍する経験豊富な先生方から、『この症例にはどのフードがいいか』『この薬と併用していいのか』などという高度な質問を頂き、焦ることもあります。でも、そういう質問をいただけるのも、獣医師免許をもっているからだと思うとうれしいですね」
○日本発の柴犬用フード誕生が誕生したきっかけ
次に話をしてくれたのは、プロフェッショナル事業部の竹ノ谷剛さん。同社の営業は他業種から入ってきた人がほとんどだが、竹ノ谷さんは新卒で入社したうちの1人で、勤務年数は間もなく20年。主にブリーダーや訓練所の方々向けの営業を担当している。獣医師免許はないが、大学では畜産学科で栄養学や飼養学を学んだ。
--ブリーダーさんには、どんなお話を?
竹ノ谷さん「ロイヤルカナンには『バース&グロース』プログラムという、子犬の成長を母犬のお腹にいるときから考える栄養プログラムがあります。普通なら子犬用ひとつのところを、赤ちゃんのいる母犬用、赤ちゃん犬用、子犬用と3段階に分け適切なフードで子犬の成長をサポートしています。そういう細かな特徴を踏まえて、ブリーダーさんたちにそれぞれの栄養や使い方を伝えるのが、私たちの仕事です。
ドッグショーやキャットショーに出る方に、『ショーに出るための筋肉をつけるには、この犬種だとこの時期にはこのフードがいい』といったアドバイスをすることもあります。それから、ときには都市伝説のような質問に答えなければならないことも…(苦笑)」
--都市伝説!?
竹ノ谷さん「そうなんです。例えば、このフードを食べるとオスばかり生まれるとか、逆にメスばかりだとか。統計的にありえないことでも、きちんと確認してお答えしないと駄目ですよね。それから、『フードに熱湯をかけ、湯通しすると油が抜けていい』と言われたこともあります。そんなことをしたら、せっかく最善のバランスで加えている栄養が壊れてしまいますよ!と」
--お仕事の面白いところは?
竹ノ谷さん「印象に残っているのは、柴犬用フードの開発段階に携わることができたことです。今まであまり接触がなかった日本犬のブリーダーの方々とコンタクトを取るところから始まり、アンケート調査やテスト給与を経て、製品ができたときにはとてもうれしかったです。フランスのメーカーが作った日本発の柴犬専用フードですから。発売後は、日本犬のブリーダーの方々が集まるセミナーの中で講演させていただいたり、展示会へ出展しています。そのたびに柴犬専用フードを使用される方が増えていくのは充実感がありますし、やりがいを感じました。使ってくださる方からの評価も高いですし、これを食べた柴犬がショーで勝ったりすると、すごく励みになります」
ペットフードを売るためではなく、犬と猫を健康にするために働く営業職。そのパッションがあれば、この国が犬と猫が健康で幸せな生活を送れる本物のペット大国となる日は近いかもしれない。