2015年の日本マイクロソフトが目指すITの未来
Microsoftは全社を挙げて「プロダクティビティ&プラットフォームカンパニー」への変革に注力している。その一端を垣間(かいま)見られたのが、1月29日に日本マイクロソフトが開催した「2015 Technology Update」だ。例年1月に行う記者説明会は、今年で5回目となる。登壇した同社CTO(最高技術責任者)兼 日本マイクロソフトディベロップメント代表取締役社長の加治佐俊一氏は、現在進行中の研究プロジェクトやMicrosoftの技術進化をアピールした。
○Nadella氏のCEO就任で変化するMicrosoft Research
IT技術の進歩は目覚ましい。かつて一部の好事家しか使っていなかったスマートフォンも今やフィーチャーフォンに置き換わり、街中を見渡せば多くの人がスマートフォンのディスプレイをのぞき込んでいる。Microsoft CEO(最高経営責任者)であるSatya Nadella氏が発した有名なキーワード「モバイルファースト、クラウドファースト」に対して加治佐氏は、「モバイルとは、単に人がデバイスを持ち歩くだけではなく、人々の出向いた先にあるデバイスも含まれる。そして、これらがすべてクラウドへ常につながった世界を指す」と、先のキーワードが持つ意味を説明した。
もちろんキーワードを唱(とな)えるだけでは、ビジョンを示したに過ぎない。実現するには基盤となる技術力やインフラ、開発・運用能力が必要となる。その技術力を生み出すのが、1991年からMicrosoftが運営してきた研究所「Microsoft Research」だ。同研究所といえば、創設者のRichard Rashid氏(現在はOSエンジニアリンググループに所属)が有名だ。当時のCTOだったNathan Myhrvold氏は「ハードウェアの進化が速まりつつあるため、IT技術を基礎から研究し、未来へ投資すべきだ」と、Bill Gates氏やMicrosoft経営陣に提案したという。その結果、翌年の1991年にはRashid氏を迎えて研究所を設立した、というのが大まかな流れだ。
Microsoft Researchは、"最先端の技術研究"、"革新的な技術の取り込み"、そして"自社製品へ未来を築く"という3つの使命を持ち、従来は3年以上先の自社製品に実装できる技術を研究してきた。これ自体は現在も変わらないが、Nadella氏のCEO就任後は研究期間にこだわることなく、研究プロジェクトチームがそのまま開発チームに加わるケースもあると加治佐氏は語る。
Microsoft Researchの研究結果から生み出された製品は、枚挙に暇がない。NUI(ナチュラルユーザーインタフェース)デバイスのKinectはあまりにも有名だが、Microsoftが発表したヘッドマウンテンディスプレイ「Microsoft HoloLens」や、80インチクラスの巨大デバイス「Surface Hub」も同様である。時をさかのぼればIMEの変換技術など、我々が意識しない部分にも研究結果が活かされているのだ。
●Microsoft Researchの注目プロジェクトを披露
○Microsoft Researchの注目プロジェクトを披露
加治佐氏は、Google Labsの猫をモチーフにした機械学習プロジェクトを引き合いに、プロジェクト「Adam」を紹介していたが、さらなる注目株として、いくつかのプロジェクトを披露した。
1つめは「Handpose」。HCI(ヒューマンコンピューターインタラクション: 人とコンピューターの対話型操作を実現する)の研究プロジェクトでは、Xbox One用Kinectを使用し、人の手や指がディスプレイにリアルタイムに映し出される映像を紹介した。
明るい場所だけでなく、暗い部屋でも赤外線を使って追従できるが、その際は若干のフレームレート低下が発生するという。加治佐氏の説明によれば、この研究プロジェクトはKinect for Windows V2が内包する深度センサーを応用している。
2つめは「RoomAlive」。以前に寄稿した記事でも紹介した「IllumiRoom」を進化させ、没入型の現実世界を拡張するプロジェクトだ。
上図をご覧になれば分かるように、IllumiRoomはあくまでも前方の空間をゲームなどの仮想世界と現実世界をつなげたものだ。対してRoomAliveは、文字どおり部屋全体を対象に現実社会とつなげている。
たとえば部屋全体にゲーム画面を貼り付けて、そこに現れるキャラクターを撃つ・踏む「Whack-A-Mole」や、仮想的な罠を仕掛けた場所に人が近づくと罠が発動する「Traps」といったサンプルを披露。個人的には、リビングなど既存の物理環境と、仮想的な環境をシームレスに両立する本プロジェクトは期待大だ。
3つめの「ViiBoard」は、離れた場所と場所をボードや映像・音声を使ってつなげる研究プロジェクト。以前からMicrosoft Researchは、遠隔地同士のコミュニケーションシステムをさまざまな角度から研究しているが、ViiBoardはビデオカメラと音声、そして共有するホワイトボードをインターネット経由で相互的につなげて、リアルタイムコミュニケーションを実現するというもの。
こちらは会場でデモンストレーションを披露したので、下図をご覧頂きたい。
最後は「Sway」だ。2014年後半にMicrosoftが発表したOfficeスイートの1つだが、こちらもMicrosoft Research出身。会場ではベータテスト中のWeb版だけではなく、開発途中のiPhone版を使ってSwayの機能を紹介した。Swayは撮影した画像や思い浮かんだテキストといった内容を組み合わせ、独自のデザインエンジンを介した1つのコンテンツを生み出すツールである。
会場では日本マイクロソフトの開発担当者である鵜飼佑氏が登壇し、同社広報チームが作ったコンテンツや、即興で作成したコンテンツを披露した。一昔前はユーザーが発する情報はWebページというのがお決まりの流れだったが、現在は動画をはじめ多様な選択肢が存在する。Swayは、このような飛躍的なアイディアを具現化するツールとして研究されてきた。
なお、Swayに関しては現在取材を進めているので、タイミングを見てその内容や注目ポイントを改めて紹介する。
●未来を見据えるMicrosoftの目指す先とは
○未来を見据えるMicrosoftの目指す先とは
話は前後するが、加治佐氏はMicrosoft/日本マイクロソフトの開発モデルに関しても言及していた。Microsoft Researchの変革と同じ、Microsoftの開発姿勢は俊敏な開発モデルを採用し、テレメトリー的にユーザーフィードバックを重要視する姿勢にシフトしているという。昨年からプレビュー版を公開しているWindows 10も約80万件のフィードバックを踏まえ、柔軟な開発に活かしているそうだ。
開発モデルの革新は社内にとどまらない。従来は競合相手といわれていた企業や、オープンソース陣営とも手を取る姿勢を打ち出したのは記憶に新しい。開発環境であるVisual Studioの事実上の無償化や、iOS/Android用アプリケーションを開発できる「Xamarin」との連動は業界どころか、日本マイクロソフト社内でも驚愕の事実として伝えられたそうだ。とある関係者は「(Microsoft/日本マイクロソフトは)どこへ向かうのか?」と、先の発表を聞いた時の感想を筆者に語っていた。
近年のMicrosoft/日本マイクロソフトは、過去のいわば"帝国的"な発想で突き進んできた同社を知るユーザーとして、違和感どころか、"異なる企業ではないか?"と首をかしげるようなアクションを次々と打ち出している。Gates氏、Steven Ballmer氏、そしてNadella氏、CEOが変わることでこれほど企業の姿勢が変化するのは米国的とは理解しつつも、「モバイルファースト、クラウドファースト」や、IoT(Internet of Things)の具現化など、現状を踏まえると素直に納得できるだろう。
最後に加治佐氏は、リアルタイム翻訳を実現した「Skype Translator」を引き合いに出し、「2015年中に日本語版をリリースできる」と述べている。パーソナルアシスタントシステムのCortana(コルタナ)しかり、同システムを搭載するWindows 10しかり、Microsoft/日本マイクロソフトは2015年もIT業界の中心に位置しそうだ。
阿久津良和(Cactus)