これまでにない技術の"使い方"が新たなイノベーションを生む - クリエイターの祭典「eAT KANAZAWA 2015」(1)
石川県金沢市で毎年開催される、メディアアートとクリエイターのための祭典「eAT KANAZAWA」(以下、eAT)は、IT黎明期の1997年から金沢市が主催し、行政が主体となってクリエイティブの情報発信を行うユニークな長寿イベントだ。
その特徴は、参加するクリエイターたちですら「これだけのメンツが集まる機会はなかなかない」と口をそろえていうほどの豪華なゲストに尽きる。eATは、その時代における旬な業界トップクリエイターが多数出演するという点で類を見ない。
今年のeATは、1月30日から2日間に渡って開催された。初日のメインイベントでもっとも注目を浴びたのは、菅野薫(すがのかおる)氏によるスペシャルセミナー「クリエーティブ・テクノロジストのコミュニケーション」だった。菅野氏は、大手広告代理店である株式会社電通でクリエーティブ・テクノロジストの肩書を持つ人物である。
「そもそも数学が大好きだった」という菅野氏は、父親の勧めもあって東京大学の経済学部に転向し統計学を学ぶ。そんな中、ジャズの音楽活動に熱中して取り組む過程で音楽を作成するプログラム統合環境として有名な「Max/MSP」(現在の製品名はMax)を駆使した音楽制作活動に傾倒。
電通に入社後は、自然言語処理やデータ解析ソフトの開発などの研究開発業務へとつながっていった。
電通に課されたのは、これをどうやって魅力的なものとして大衆にプロモーションするかだった。打ち合わせでは、ホンダのエンジニアからインターナビのテクノロジーをデータとともに説明された、コピーライターやアートディレクターなどの従来の広告クリエイターではこの意義を理解するのが難しかった。そこで呼び出されたのが研究部門にいた菅野氏だったという。同氏は細かく記録された走行データを見て分析を開始。「ホンダのみなさんと、ディスカッションしながら作った」というアプリにデータを読み込ませると、走行データが光の粒として画面を動き出す。数万台のインターナビ搭載車のデータから作られた光の粒は、アニメーションしながら軌跡が次第に道路を描いていく。
菅野氏は、ホンダ、電通側の両スタッフでアプリをみながら「このデータだけでほぼ日本の地図のように描けますね」と話していたと振り返る。
「ビッグデータの可視化」は統計の世界ではこの時期に始まっていたものの、菅野氏はそれを単純なグラフではなく、エンターテイメントにも通じるグラフィックへと昇華した。このプロジェクトではじめて、菅野氏は研究部署のエンジニアながら、CD(クリエーティブ・ディレクター)へと役職を変えてこの案件に参加することとなる。
●今必要なのは『Art, Copy & Code』
そして、ホンダと菅野氏の協業が始まる。2011年3月11日の東日本大震災。特に東北地方は地震や津波等によってインフラに壊滅的なダメージを受けた。道路も例外ではない。インターナビの走行データを使って何か貢献できないかと考えたホンダのインターナビチームは、インターナビで捉えた走行データを分析。どの道を車が通った実績があるのか?というデータを可視化した「通行実績情報マップ」プロジェクトを立ち上げ、震災後翌日にいち早くホンダのWebサイトで無償公開した。
このマップはグーグルの汎用マップ形式で配布され、グーグル・アースで読み込んで使うことができた。また、しばらくしてグーグルのスタッフによってグーグル・クライシスレスポンスにも取り込まれたことで一気に拡散し、より多くの人に使われたのだ。
そしてこのプロジェクトの一貫で菅野氏が制作した、「通行実績情報マップ」で公開されたインターナビの走行情報でアルタイムに復興に向けて道がつながっていく様子を「20日間の道の記憶」として表現したインスタレーション作品「CONNECTING LIFELINES」は、カンヌライオンズ国際クリエイティビティ・フェスティバルで5部門同時受賞するなど、数多くの国際広告賞で高い評価を獲得した。
その後、菅野氏はインターナビの「dots」プロジェクト、アイルトン・セナの鈴鹿サーキット当時世界最速ラップをエンジン音と光で再現した「Sound of Honda/Ayrton Senna 1989」、「東京オリンピック招致プレゼンテーション」でフェンシングの太田雄貴選手が使用した次世代の実況中継システムの映像、「カンヌライオンズ 国際クリエイティビティ・フェスティバル 2013」にゲスト招待されたPerfumeのライブパフォーマンスのプロジェクションマッピングなど、話題のプロジェクトを手がけている。
「かつて、広告の世界では『Art & Copy』というふたつの単語がメソッドとして用いられてきました。しかし、今必要なのは『Art, Copy & Code』なのです」と菅野氏は語る。これからのクリエイティブではコード、すなわちデータをプログラミング言語を用いてストーリーを描き、ビジュアル表現するスキルこそが必須となる。「イノベーションは何もないところから生み出されるのではなく、すでにあるテクノロジーが今までにない使われ方をしたときに起きるのです」。
このコメントには一般参加者のみならず、普段クリエイティブフィールドに身を置くゲスト登壇者たちも深い感銘を受け、eAT KANAZAWA実行委員長の中島信也(なかじましんや)氏(東北新社専務取締役)にいたっては「もう後半のセッション全部やめてこの話をどこまでも聞いていたい」とまで絶賛するほどのスペシャルなセミナーだった。
(氷川りそな)