成田空港第3ターミナルに陸上トラックが現れた理由は? - クリエイティブラボPARTY・伊藤直樹が仕掛けた「空港のデザイン」
成田空港で整備が進められてきたLCC(格安航空会社)専用の「第3旅客ターミナル」が、いよいよ本日(4月8日)から営業を開始することになり、その全貌が明らかになった。
延床面積6万6,000平方メートル、利用航空機の年間の発着回数は5万回、約750万人の利用者数を見込んでいる。そうした数値的な部分の一方で、色分けされた陸上トラックのような動線、ガラスではなく金網を使用した出発ゲート、450席のフードコートなど、"LCCらしさ"をふんだんに盛り込んだターミナルとなっている。
今回は、この「第3旅客ターミナル」のクリエイティブディレクションを務めたクリエイティブラボPARTYの伊藤直樹さんに、その完成までのお話を伺った。
○PARTYが空港の設計に関わったきっかけ
目の前に現れた伊藤氏は思ったよりも大柄で、「体育会系」が第一印象だった。青い折り返しのついた個性的なシャツにジャケット、7分丈のパンツの下は白と赤の靴下にスニーカーととても爽やかな出で立ちだ。さっそく、第3旅客ターミナルのクリエイティブディレクションに携わることになったきっかけを聞いた。
伊藤さん:
スカイツリーを設計した日建設計さんから、成田空港の第3旅客ターミナルを作りたいということで、お話をいただいたのが3年前のことです。
通常、サイン設計はハコができてから必要なところに設置していく、というのが流れなのですが、建築計画の段階からサイン設計を念頭に置いた空港を作りたいという姿勢に興味を持ち、ふたつ返事で参加させていただきました。
通常のように、ハコが完成した後にサインを置くとなると、どうしても空間の制約などが出てくるのですが、一緒にゼロから参加することで、ターミナル自体のコンセプトというか、フィロソフィーがしっかりと全体に反映できたと思っています。
○LCCターミナルを形作るということ
効率化によって低価格な運賃を提供するLCCの専用ターミナルというだけあって、ターミナルの設計も"リーズナブル"に行う必要があったという。
既存の空港に数多く設置されている内照式の看板は、1個あたりの価格が約100万円。同ターミナルの予算上、まずはこの看板をこれを減らすことが設計の前提となったそうだ。そこで、第3旅客ターミナルの看板には、何と横断幕などで使われるターポリンという布素材を採用。そこに光を当てることで、利用客に案内をしている。
――予算が限られた中、どのようにディレクションされたのでしょうか?
伊藤さん:
まず、設計費用が「ローコスト」であることをポジティブにとらえようと思いました。
どれくらいシビアだったかと言うと、提案後に先方から最初に出てくるフレーズが「予算」でしたね(笑)経済的な合理性をデザインに落とし込んだらどうなるか、ということを最優先にしたんです。
要するに、制約を好きになれるか、ということだと思います。制約を愛することができれば「予算がないこと」も愛することができる。「じゃあ、こうしようか」「こんなアイディアはどうだろう」と発想していきました。看板が作れないなら、道を使って直接案内してしまおう。壁面にわかりやすく、大きくなデザインを施そう。こういった発想で、看板の設置数を大幅に削減しました。
●陸上用トラックが担う"ニコイチ"の機能
○空の移動をスポーツに見立てた陸上トラック
こうした「制約」の結果で生まれたのが、同ターミナルの大きな特徴である、陸上トラックを模した動線のデザインだ。
実際に陸上競技でも使われているゴムチップ製の床材を採用し、ブルーで出発、赤茶で到着を表示。導線を明確にすることで、電光掲示板の案内を最小限にし、コスト削減にも成功している。
――なぜ、陸上トラックになったのでしょうか?
伊藤さん:
学生時代に陸上部だったことや、仕事でスポーツブランドとの関わりが多かったこともあり、「走る瞬間のポジティブな感覚」を表現できたら面白いな、と思ったのが提案のきっかけです。3年前に実施した最初の企画からずっと、この提案は続けてきました。
今回の設計コンセプトは「more than 2 into 1―ふたつ以上の機能をひとつのものに集約するという経済合理性―」でした。要はニコイチというやつですね(笑)予算が限られていますから、サインにサイン"だけ"の仕事をさせていたらとても追いつかない。それに加えて、トラックを歩いていたら搭乗口についた、みたいな体験が生み出せたら面白いだろうなと思ったんです。
空港の動線というのは、実はとてもシンプルです。
誰もが電車やバスで入口から入り、検査をうけたら搭乗口に向かう。だからこそ、トラックにできたというのもあると思います。それに、空港の移動というのは、かなり負荷がかかるものです。荷物は重いし、とくにLCCは(搭乗に至るまで)結構歩く必要があるんですよね。それを軽減するために、他のターミナルには動く歩道が置かれていますが、第3ターミナルでは十分な数を配備することが難しかった。そこで、移動をもっと前向きにとらえてもらえたらいいなと思い、このようなデザインにしました。
確かに、第3ターミナルへ向かうためには徒歩で第2ターミナルから向かうか、第2と第3ターミナル間を結ぶシャトルバスで移動することになる。動く歩道の設置はなく、第2ターミナルからはおよそ500メートルの距離(徒歩目安12分)がある。
それをいかに機能的かつ、楽しめる環境として存在させるが大きなポイントだったそうだ。
○「ハコ作り」から参加したからできるデザイン
――トラックをはじめ、カラーリングや素材選びについて教えてください。
伊藤さん:
ターミナルに採用したトラックの色は、陸上競技で使われている公式カラーと同じものです。空に向かうイメージの青で「出発」を、アースカラーの赤茶で「到着」を表現しました。ゴムチップ製のトラックは足への負担も少なく、長時間歩いても疲れにくいという特性もあります。
トラックの青はとても鮮やかな色なので、他の部分は極力を色を入れず、モノクロとしました。欧文フォントはNeue Frutigerを採用しています。先ほども触れたことですが、建築の段階から景観をデザインできたのは本当に良かったですね。
ターポリンの案内板もそうですが、成田空港さんからは掃除のしやすさとか、耐久性、万が一のテロ対策など機能的なところにオーダーが入ることが多かったので、ひとつひとつ検証して解決していくという作業が必要でした。
ピクトグラムに関していうと第1、第2ターミナルのそれと変えてしまうと合一性が取れないということで、形は基本同じです。ただ、陸上のスタイルで三角だけの矢印で行き先を案内したりするなど、今までなかった工夫をしています。
伊藤さん:
また、全体のデザインに関しても「デザインをしないデザイン」を念頭に置いていたので本来建造物として必要な要素は工場や倉庫、スタジアムなど空港ではないものを研究して着想していきました。天井の配管は工場のイメージ、動線という観点ではIKEAもとても参考になりましたね。待ち時間の長いLCCならでの工夫もあって、色分けしたソファベンチを空港オリジナルで作ったりもしています。
――最後に、今回手がけた第3旅客ターミナルへの想いをお聞かせください。
伊藤さん:
安く旅をする、ということを徹底的に楽しめる人たちに使ってほしいと思います。
経済合理性がデザイン合理性にもつながっていく。それは空港自体のデザインもそうですし、フードコートのデザインやお店選びにもこだわっていて、日本ならではの安くて美味しいものがそろっています。
国内線もあるので、2020年東京オリンピックの見据えてバックパッカーなど、海外旅行者にも楽しんでもらえたら嬉しいですね。成田は羽田と比べると、立地的にも相当な逆境にあると思っています。ですが、第3ターミナルを利用してもらえれば、LCCでも出発の高揚感や到着の安堵感を味わえるようにデザインしたつもりです。このターミナルから、成田に対するこれまでの固定観念を打ち破れたら楽しいと思います。